D.Force The First Chapter
Force-29
スカーレット

「スティング様、用意が整いました」
「わかりました、すぐに行きます」
自室のドアの向こうからの呼びかけにライアが返事をする。
「いよいよですね」
「ああ。なんとか上手く行くといいんだが」
スティングはそうつぶやいて立ち上がった。
「王子、その服で宜しいのですか?もう少し型がしっかりしたものの方が宜しいのでは・・・」
アドバイスをするが首を振って断った。
「いや、こっちの方が動きやすいんだ。万が一のためにね」
そう言ったスティングはこの前まで身にまとっていた服を着ていた。
・・・こんなところで役に立つなんて・・・
もう着ないだろうと思っていた分、嬉しく思う。
「じゃあ、行こう。ブルーフォースの出港だ」


エンドレスの首都デルタに沿うようにして建てられたのがエントランスブルー。例の飛空挺の発着所だ。
だだっ広いアスファルトに蒼い機体が悠然と構えてある。
「飛空テストは全てチェック済みです。あとはエルダスのスカイーゲートの受け入れ態勢のみです」
前を歩くスティングに、書類に目を通しながらライアが報告する。
「操縦士は?」
「操縦士はエンドレス屈指の術者、ハルキ・ヴィルストル、三十六歳。二十六歳のときにマスターの称号を修得済み。彼はブルーフォースの全てのテストにおいて優秀な成績を修めています。一番適した逸材ではないかと」
言ったところで、管制室への廊下を曲がる。
「術で空は飛べるのか?」
「飛行術・・・ですか?いえ、履歴書には」
スティングの質問にライアが不思議そうに答える。何故そのような質問をしたのかわからない。
「ならば、エンドレス屈指という肩書きもうかうかしてると剥奪されてしまうかもしれないな」
「??」
何故ですか?と訊く前に、管制室に着いた。
数多いコンピューターのモニターを監視する数人のスタッフが目に入る。
「スティング様、いよいよですね」
リディアから派遣された技術者が嬉しそうにいう。
「ええ。リディア国には本当に多大な協力をしていただきました。有難うございます」
口調を変え、感謝の意を述べる。
「でも、正直驚きました。エンドレスのマインドリンゲージシステム(MLS)がここまで秀逸なものだったとは。我々もうかうかしていられませんよ」
そう言って苦笑した。
「術を併用した飛空挺がコンセプトでしたから。科学の波に薄れ行く術の時代を繋ぎ止めるためにもMLSはどうしても必要な要素だったのです。研究の成果が出たようで私たちもほっとしているのです」
―――― 特に最近、リディアの企業がディオール大陸に進出しているおかげでただでさえ薄れている術の存在が余計に希薄になってきている。エンドレスとて例外じゃない・・・
前々から感じていたことだった。人は便利なものを求め、術を使わなくなってきた。
・・・術がなくなる前に・・・
懸念していることが現実にならないよう、科学と術を併用した最初の創造物がこの飛空挺だった。
これを応用して術を併用するようなものが増えれば・・・
そうなれば、自然と術を使うものが増えてくるのではないか?それがスティングの考えだった。術を捨てるわけにはいかない。
思いを力にするのは人間にしかできないことだから・・・
「エルダスのスカイゲートに着陸後、三時間のメンテナンスを経て再びエアーポートに戻ってきます。問題なければ来月からにでも、王室用に利用可能で、今現在、荒野の南東、シアンにも小規模ですが発着所を建設中です」
「そうか・・・」
「離陸まで後十分あります。もうしばらくお待ちください」
そう言って厚いガラス張りの管制室から一番見晴らしの良い場所を勧める。
『コックピット異常ありません。天気も良好、フライトには絶好の日和です』
室内のスピーカーから操縦士に抜擢されたヴィストルの声が聞こえた。スピーカーを通してわずかに飛空挺の駆動音が聞こえる。
「レイル、操縦士との会話は可能か?」
「ええ、可能です。少しお待ちください」
そう言ってレイルはインカムをスティングに渡した。
「こちら管制室のスティング、厳しい適性検査をよく通過しました。これからのフライト存分に楽しんでください」
インカムを通してヴィストルに伝える。
『スティング様!?管制室にいらしたんですね!』
スティングの言葉にヴィストルが驚く。
「今回私は搭乗出来ませんが、そのときはどうぞ宜しくお願いします」
『こちらこそ!スティング様とお話できて光栄です。わたしくしなんかを大事な任につかせていただき本当に有難うございます。誇りです』
交信を続けるスティングにレイルが合図を送る。
「ますますのご活躍を期待しています。あなたにブルーフォースは預けました。良い航行を!」
『了解!』
そして交信が途絶えた。
『ブルーフォース、総起動開始。第一、第二エンジン起動確認。第三、第四エンジン起動開始しました。出力最大。四基異常なし、予備エンジンチェック完了こちらも異常無しです。整備士は直ちに持ち場を離れ、待機してください。まもなくブルーフォースが発進します。整備士は直ちに・・・・』
オペレーターの声が響く。機体の異常さえなければ後は全て操縦士に任せられる。ブルーフォースがスムースに航行できるかどうかは全て彼の精神力、想像力にかかっているのだ。
マインドリンゲージシステム―――― 操縦者の意思を直接コンピューターに送り込み、思いのままに操るシステム。エンドレスの逸材だといわれるくらいの強い術力―――― 精神力、意志力、想像力の持ち主でなければ機体は暴走してしまうだろう。
航行中は機体と操縦士は常にリンク状態にある。その間意識を保っていられる体力も必要だ。とはいえ、戦闘機のように右往左往するわけではないから通常航行中は自動操縦システムが作動しているが。
ゴォォォォ・・・
管制室が振動に震える。いよいよ出発のときだ。


―――――― 二年前
「これが飛空挺?」
計画している飛空挺の試作ができたからとの報告を受け、スティングは機体の格納庫に来ていた。
目の間には赤い機体。全長三十メートル、高さ十五メートルの小型飛空挺。
「これはまだ試作段階です。スティング様が目指しておられる飛空挺はこんなものではありませんよ。もっと大きな、そして蒼い機体のものを予定しています」
技術者が誇らしげにいう。
「飛行テストは・・・」
「一度だけ済ませました。マインドリンゲージシステムもしっかり生きています。優秀な術者ならば誰でも操縦できる夢のような機体・・・リディア国でもここまではできないでしょう」
赤い機体に触る。つややかな機体。しかし格納庫ではその全容は良くわからない。
「これ、出してもらっても構わないですか?」
スティングの提案でスーパーソニックトランスポート、Scarlet―――― スカーレットは二度めの日の光を浴びた。その名の通り音速に近い速さで移動する。
太陽の強い日差しを浴びて緋色の機体がきらめく。
「さすがに術だけで機体の浮遊は不可能ですから、エンジンを使って航行します。動力源は電気で、もし途中で足らなくなっても術を使えば補充できるように設計してあります」
言いながら今度は機体のエントランスドアを開ける。
「こちらへどうぞ」
招き入れられたのは操縦室だった。窓の代わりに巨大なモニターが設置してあった。操縦室の中央前、シートが一席設けられていた。そばによる。
シートの肘掛にある青い水晶、そしてレーダー用のモニター、交信器具、計器以外にめぼしいものはない。操縦桿さえなかった。
「操縦士はこれを使ってコンピューターに意思を送り込むんです」
そう言ってリンカーを掲げて見せた。
「やはり相性があるようで。悪いとどんな優秀な術者でもこのリンカーを通さないと微動だにしません。相性抜群だとその肘掛の水晶に手を置くだけでも起動可能なのですが・・・まあ、これを通さなければ離陸もしませんけどね」
ははっと笑う。
術力が強くて相性が合わなければ、リンク(意思疎通)ができないってことか・・・
ゆったりとしたシートに身を沈めてみる。リラックスした状態を保てるようにか、とても落ち着く場所だ。
自分の部屋にも一つ欲しいな。
そう思う。丁度の位置にある水晶に手を置き、ゆっくりと目を閉じる。そのときだ。
――――― スカーレットへようこそ
その声に驚いて目を開ける。後ろにいる技術者を伺うがどうやら彼ではないらしい。首をひねり、気を取り直してもたれかかる。
――――― あなたの名前は?
今度は思わず立ち上がった。男とも女ともつかない不思議な声。
「・・・どうかされました?」
落ち着かないスティングに不安そうに声をかける。
「い、いえ、なんでもないです」
気のせいかな?
再度腰をかける。納得のいかないまま、背中を背もたれに預けたときだ。
―――― あなたの名前は?】
再びそう訊かれた。自分の頭にだけ響く声。何なのかわからなかったがとりあえず答えてみることにした。
・・・僕はスティング、スティング・S・G・エンドレス・・・
心の中で自分の名前を答えたその瞬間、頭の中が何かに吸収されるような違和感を覚えた。一瞬気が遠くなる。手に触れていた水晶が意思を持っているかのようにぴったりとフィットするのがわかる。
「えっ?」
思わず声に出して驚く。次の瞬間、目の前のモニター、計器が動き出した。今まで何の変化もなかったランプも今は何かの前触れを表すように点滅を繰り返している。
エンジンの起動が振動となって身体に伝わる。
「なっ!?動き出した!?」
スティング以上に驚いたのが技術者だ。
『ようこそ、スカーレットへ。マスター・スティング・S・G・エンドレス』
今度は例の声がスピーカーを通して聞こえた。
「マスター?」
「スティング様っ!!なにかされましたね!?」
かなり取り乱している様子だ。
「えっと・・・名前を訊かれたから答えただけなんですけど・・・」
何が悪かったのか検討もつかない。ただ正直に答えただけなのに・・・
取り乱していた技術者も落ち着き、そしてため息をついた。
「スティング様も屈指の優秀な術者でしたね。忘れておりました。さすがです、ここまで起動を可能にするなんて」
今にも航行しかねないくらいの雰囲気を持つ操縦室に視線をめぐらす。
「もし、リンカーを装着していたらきっと浮上していたでしょうね」
そして、ははっと笑った。
『スカーレットは離陸態勢に入りました。次の指示を待ちます』
その言葉に技術者のあごが外れた。
「そんな・・・まさか・・・リンカーなしで・・・?」
ぶつぶつつぶやいている。
・・・・飛べるのかな?
心の中でそう思う。
―――― 可能です】
今度は頭に直接答えが響く。今度はあわてない。
でも、どうして僕が?
【スカーレットがあなたをマスターとして認めたからです】
心の問いに、スカーレットはそう答えた。
【スカーレットはあなたの意のままに―――
「スティング様、危険です!今すぐシートを離れてください。このままでは冗談ではなく離陸してしまいます!」
緊迫した面持ちでスティングに迫る。しかし、スティングはその場を動こうとはしなかった。水晶に手を置いたまま目を閉じている。
「航行を開始」
『了解しました』
スティングの了解を得たスカーレットはそのエンジンの起動音をさらに大きいものにした。振動がさらに大きくなる。
「スティング様!どういうことですか?すぐに中止してください、危険です!」
悲痛な声を上げてシートにしがみつく。
「もしスティング様に万が一のことがあったら・・・私は・・・」
航行を止めようと必死だ。しかし、スカーレットが操縦士と認めたもの以外の命令は受け付けない。
―――― 航行は危険なのか?
再度心で呼びかける。
【スカーレットはマスターの安全を第一に、全てを預けます】
―――― つまり、セーフシステム以外は全て僕自身の意思にあると?
【そういうことです】
手を置いている水晶から今までに感じたことのない感覚―――― 浮遊感が伝わってくる。
・・・これを元に操作するのか・・・
マインドリンゲージのシステムがわかった気がした。
最終的な意見――――― 航行に必要なスティングの離陸イメージを待っているのか、スカーレットは動きだそうとはしなかった。
・・・・もしここで僕が離陸のイメージを送り込めばこの機体は・・・
そう思って迷わず水晶から手を放した。
「航行は中止。今すぐエンジンを停止してくれ」
シートから立ち上がり命令する。
――――― 声紋確認・・・最終決定の意志を確認します』
・・・全ての命令は水晶を通さないと駄目なのか。
再びシートにすわり水晶に手を置く。
――――― 離陸中止の最終確認をします】
・・・・航行中止だ。
頭に響くスカーレットの問いにスティングは迷わず答える。
『意志確認。スカーレットは航行中止します。全エンジン停止、全システムスタンバイに入ります』
その声と共に振動は少しずつやんでいった。点滅していたランプも滅したところで元の状態に戻った。
やがてスカーレットは静けさをとりもどす。
「スティング様!驚かせないでください!どれだけ寿命が縮んだことか・・・」
その場にへなへなと座り込んだ。
「ごめんなさい・・・まさかここまでできるとは思いもしなくて」
座り込んだ技術者を支えながら立ち上がらせた。
「でも、初めてですよ。何人もの優秀といわれた術者を搭乗させてきましたが、リンカーなしに航行まで可能にしようとしたんですから。驚きました」
胸の辺りを押さえながらいう。
「今のスカーレットのコンピューターは少々頑固なようだ。外部からの命令を受け付けるようシステムを再構築しなければ・・・」
機体を降りた技術者は一週間徹夜だとか、妻に逃げられるだとか、一人ぼやいている。
日の光を浴びていた機体は、もとあった格納庫に収めれた。


そして現在。
そのスカーレットはどこに行ったのか、あるいは廃棄されたのか。スティングにもわからない。二ヶ月前自分を迎えに来てくれたレイルとライアは小型飛空挺に乗ってきたがそれはマインドリンゲージシステムを搭載していないリディア製のもの。
スカーレットではなかった。当時の技術者も入れ替わり、行方を訊くこともできない。
管制室から一度宮殿に戻った。
「エルダスへは東を北よりに航行、ルシアナ砂漠、北エンドレス上空を通過のち、エルダスに離着予定です」
再び公務を始めたスティングにライアが追加報告をする。
「術と科学との連携、うまくいくといいですね」
「ああ。術だけでなく、科学だけでなく・・・この融合が一番ふさわしいと僕は思うんだ」
ペンを走らせながらいう。
「・・・・・そういえば、王子。最近私たちの前でも"俺"って言わなくなりましたね」
その一言に手が止まる。
「なんだか変な感じです」
ライアが笑う。言われて最近の自分の言葉を思い出してみる。
―――― 言われてみればそうかもしれない・・・
「そう言われてみればそうかもな。旅をしている間はずっと"僕"で通してきたからね」
苦笑する。
過去、普通に"俺"という一人称を使っていたスティングだったが、最近までは従者の前でしか使う事はなかった。
スティングは厄介にも複数の一人称それぞれを使い分けていた。
使い分けることで自分の立場を意識的に変え、対応していたのだ。そしてわかっていた。それぞれの一人称に対して、自分の中にそれぞれの人格が存在していたことも・・・。
時に威厳あるものとして振る舞い、時に優しい口調の好青年として振舞う。ある時は普段とは裏腹な攻撃的な口調で振る舞い・・・
この三つの人格とも言える異なった振る舞いに、スティング自身疲れ切っていた。
・・・はずだった。だが、良く考えたら、旅を始めてディクスたちに自分の正体がばれてからだ。今の自分自身が自然体であるということに気付いたのは。そこにある自分自身にリラックスしている自分がいた・・・。
・・・"僕"・・・が、本当の僕なのかな・・・?
自分自身に問いかける。
そして自分でも変なことを考えたものだとちょっと笑い、それからスティングは書類をライアに渡した。
「じゃあ、ライア、この書類をニルダに渡してくれ。不備があったらまた連絡するようにと」
スティングが飛空挺の操縦士募集要項の書類をライアに渡す。
「わかりました。では失礼します」
そう言ってライアは部屋を出た。一人になったスティングは席を立ち、窓辺に向かった。
真っ青な空を見上げる。
―――― ・・・・・僕も乗って行けばよかったかな・・・
そうすれば二人に逢えたかもしれないという思いがさっきから消えなかった。しかし、スティングは彼らがエルダスに着いているという核心はなかったのだ。
ライア達にも心配かけるわけにはいかない。思いを振り切って今回の搭乗を断ったのだった。
片耳――― ピアスのないほうの耳を手で触る。
「いいかげん別のピアスで代用しないとふさがってしまうな」
机の引き出しを開け、姉のフィオールから貰った物をつける。服も普段着に着替える。そして思い出の詰まった服を丁寧にたたむとクローゼットにしまう。
昼食までにはまだ時間があるな・・・・
少ない自由時間を活用すべくスティングは自室を離れ、エンドレスの機密書、また貴重な歴史書が保管されている書庫に向かった。
宮殿内の人口庭園を通り抜け、パスを通過し、重々しい雰囲気の書庫に足を踏み入れる。一度ここの書籍を全て読破しようと意気込んでいた時期があったが、読みなれない古代文字、神聖文字に、汚れてかすれてしまっている書物に疲れ、あきらめてしまったのだ。
しかし今、目的がある以上活用しない手はなかった。衰退している術のため、そして、エルダスにいるであろう彼らのために。
読みかけの書物を手に取ると光球を生み出し、頭にその内容を叩き込み始めた。