D.Force The Fourth Chapter
Force-19
任務終了

誰もいない空虚な部屋。ついさっきまでは大きな竜が三頭寝ていたその部屋にナチはたたずんでいた。
手を軽く握り、どこか遠くを見つめるような視線を向けている。
「いなくなっちゃった」
横顔に差す橙色の光のまぶしさに目を閉じる。
閉じたまぶたの裏にあの光景が蘇った。
芝生が広がる広大な第三庭園。
四頭のセカンダリ、そしてディクス、ナチ、スティング、ライア・・・セカンダリを連れ帰るジュライがいた。
「エリオスさんは?」
「もう、別れを済ませたそうです。それに、大事な会議が入ったとかで」
姿を見せないエリオスにナチが首をかしげると、スティングはそう答えた。
―――――― エリオス、本当は最後まで見送りたいだろうに・・・
全てにおいて自分の感情を抑えるエリオスの事だ。例え大した用事でなくとも、この場にやって来なかっただろう。
エルダスから遥々やって来たジュライは、四頭のセカンダリたちに何か話しかけている。その様子を見、ナチはもちろん、他の二人も居たたまれない思いで一杯だった。
ジュライが話しかけると、何らかの反応をセカンダリたちが示す・・・そして、ジュライが嬉しそうに笑い、ジュライに甘えてくる・・・
やきもきした思いが三人に渦巻く。それが嫉妬から来るものである事は承知だったが、どうする事も出来なかった。
もう、以前のように触れ合う機会は去ってしまった。
ジュライは全てのセカンダリに話しかけ終わると、今度はライアと話し始めた。
そのやり取りが彼らの緊張を誘う。
「みんな、どこに行くんだろうね・・・」
セカンダリ達が一体どこに行くのか。三人には見当もつかなかった。ナチの問いに答えられず、ディクスもスティングも口をつぐんだままだ。
どこで何をするのか。知りたいとは思いつつも、反面、知ってはならないと強く感じていた。
もし、知るところとなれば、会いに行くかもしれない・・・
セカンダリたちのためにも、そして、自分のためにも甘えてはならなかった。
話を終えたのか、ライアとジュライが互いにうなずいた。
ジュライは固まっている三人のところにやってきた。
「皆さん、有り難うございます」
神妙な表情の彼らに一礼する。
「短期間でここまで心を通わせる事が出来るとは。おかげで私と彼らの意思疎通も以前よりずっと良くなっています」
少し興奮したようにジュライはそう言った。
ディクスたち三人はその言葉に笑みを浮かべた。だが、どこかぎこちない。
「それと、彼らにこれまでの状況を聞きました。彼らの弱点を克服させ、なおかつ人間への愛情を深めてくれた・・・あなた方に託して大正解でした」
「それは良かったです。少々不安だったのですが」
スティングが答える。
「あの・・・。セフィーロたちは子竜に・・・?」
果たして彼らが子竜になれるのか。ナチは不安げな様子でジュライに問う。
「彼らはこの数ヶ月で人間への理解と慈しみが深まった事でしょう。子竜には何よりも大事な要素です」
安心させるようにジュライは微笑んだ。
「あなた方の思いは、常に彼らと共に在ります。それを糧に彼らは高みを目指すでしょう。大丈夫です」
付け加えられた言葉に、ナチに安堵の表情を見せた。
「では―――――― 」
ジュライの"最後"の一礼。
そして、セカンダリの元へ歩いていく。ディクスたちとの距離が遠くなり、セカンダリたちとの別れが近づく・・・
「セフィーロ!!」
ジュライがセフィーロの背にまたがった時、ナチが声を上げた。
走り、セフィーロに手を差し伸べた。ディクスもスティングも同じだ。
ナチの後に続くように、それぞれのセカンダリの前に着いた。
「セフィーロ。本当に楽しかったよ」
「有り難うな、レクサス。元気でやれよ!」
「アクオス、立派に務めを果たすんだよ。今まで有り難う」
最後の言葉をセカンダリたちにかける。
「ずっと、ずっと大好きだからね。だから、また、その翼で会いに来て。待ってるから・・・」
返事をするように、セフィーロは口先でナチの頬に触れた。
バサッ
羽ばたき始めた大きな翼。
ナチとセフィーロの距離が一気に遠のく。両サイドにいたレクサスとアクオスにもグリーンの光が走り、飛行術を発動させた。
三頭のセカンダリたちは地上の三人を見下ろすような形で滞空している。
ただ一頭、飛び立とうとしないセカンダリがいた。
辺りをきょろきょろし、悲しげな声で鳴いている。
「エデン、探してる・・・」
「え?」
ナチのつぶやきにスティングが声を上げる。
「エリオスさんを探してる!」
叫ぶと、ナチは走り出した。
「どこに行くんですか!?」
「エリオスさんのところ!今ならまだ間に合うわ!」
告げ、再び走り始めたときだった。
「!」
庭園の入り口。いつの間にか人が立っていた。見覚えあるそれに、ナチは立ち止まる。
その人物は走ってきたのか、息を荒くし、こちらにやってきた。
「エリオス・・・」
よろよろとやってきたエリオスに、スティングは目を開いた。ナチは驚いた様子で無言でエリオスを見ていた。
エデンも、待ち人がやって来たと分かるや否や、羽ばたき、エリオスの前に降りた。
「間に合った・・・」
息をつき、エリオスはエデンの横顔をなでた。
「どうしても一目会っておきたくて、会議を抜けてきたんだ」
その言葉を聞き、スティングは目を丸くした。
仕事に私情を挟まないエリオスの行動に驚いているらしい。
「エデン、お前に会えて本当に良かった」
エデンは小さく鳴き、エリオスに甘えた。
「有り難う」
エリオスは腕を大きく広げ、可能な限り抱きしめた。
そして、出発を促すジュライの呼びかけ。
するりとエリオスの腕からエデンが離れた。
触れた感触を惜しむように、ゆっくりと上昇していくエデンと共に手を上げていく。
やがて、その手がエデンを離れた。
「お前が子竜になったとき、デルタに来てくれ!その時まで、私もここに在ろう!」
羽音に思いが掻き消されぬよう、エリオスは大声で呼びかけた。エデンも思いに応えるように咆哮を放つ。
そして、エデンはほかのセカンダリたちがいる場所に着く。
ジュライが合図を送る。まるで別れを惜しむように、セカンダリたちは背を向けた地上の四人に幾度となく振り返る。
段々と遠くなる姿。
「セフィーローッ!」
ナチが大声で呼び、手を振る。あふれる涙を堪え、ナチはその名を呼び続けた。
「レクサスッ・・・!」
同じように空を見上げていたディクス。一瞬、何か術を発動しようとしたようだが、圧し止める。
「アクオス・・・」
もう見えなくなってしまった水色の巨体。それでも視線をはずさず、スティングがつぶやいた。
ライアも、同じように空に視線を投げていた。
そんな後姿を見ていたエリオス。
「有り難う、スティング。お前が託したエデンは私の安らぎだった」
誰にも聞こえぬようつぶやくと、一人静かに庭園を去った。
飛んでいってしまった四頭の姿が見えなくなってから大分時間が経った。
「行っちゃったね」
「ああ、あいつらの事だから、いい子竜になるだろうな」
「僕達も彼らに負けないように頑張らないといけませんね」
言い、三人は笑った。
そして、何事も無かったかのように館へと戻った。
戻ってから、何故か足がこの部屋に向いてしまい・・・ナチはここにいた。
「ナチ」
声をかけられ、ナチは振り向く。部屋の扉にディクスがいた。ナチはそれを確認すると、視線を戻した。
ディクスは何も言わず、ナチの横にやってきた。
「よく"どこに連れて行くんですか?"って、訊かなかったな」
ナチと同じ先に視線を投げ、ディクスは言った。
「お前が聞き出してくれるんじゃないかって、俺、ちょっと期待してたんだけど」
残念そうな恥ずかしそうな・・・ディクスは頬の辺りを掻くが、ナチは何も返さない。
ただ一点を見つめている。
そこはほんの少しくぼんでいる床だった。厚みのある絨毯が"重み"で跡になった場所。
そう、そこはセフィーロが定位置にしていた寝床だった。
「俺なんか、レクサスが見えなくなりそうになったとき、術で追いかけようと思ったんだ。なんとか圧し止めたけど」
一瞬発動しようとした術は飛行術だったと、ディクスは苦笑した。
「成長したな」
ナチの肩に手を置く。
それを振り払わず、ナチは黙ったままだった。
「・・・今度は、俺がデルタを離れる番かな」
ため息混じりに言うと、ナチはようやくディクスに向き直った。
「北エンドレス?」
「ああ。レクサスたちもいなくなったし、ここでやることは無くなったからな」
「いつ出発するの?」
「―――――― 明日・・・かな」
視線をはずし、横目でナチを伺うようにディクスは答えた。
「そう、明日」
早すぎるとも遅すぎるとも言わず、ナチは声のトーンを低めに返した。
「寂しいか?」
少し顔をうつむかせたナチに、ディクスはおどけた様子で覗き込む。
「まさかっ!」
ばしっ
ディクスの頭を一撃する。
「いってー・・・」
「ちゃんと、情報つかんできてよ。じゃないと、わたし家出するからね」
一歩退き、ナチは腕を組んでディクスに言った。さっきまでのしおらしさはどこに行ってしまったのか。
目の前にはいつもの調子のナチがいた。
「当然だろ?すごい情報を見つけ出して、全てを暴いてやるんだからな」
「期待してる」
逆光に暗いナチの顔は笑っていた。ディクスも笑む。
「荷物の準備は?」
「今からするよ」
「じゃ、わたしも手伝うわ」
ナチは小走りにディクスの部屋へと向かい・・・
「俺の部屋?」
パタンッ
遠耳に聞こえる自室の扉が開く音。
「ま、待て!タンスの中にはあんなものやこんなものがっ!!」
色んな物が詰まっているらしいディクスのタンス。
秘密のエリアをナチに見られたら・・・
ディクスはものすごい勢いでナチを追いかけたのだった。


「ジュライ・・・無事に終わったようね」
空を見上げ、セルディアがつぶやく。視線の先には飛び去る四頭のセカンダリ達の姿があった。
「次は私の仕事の番ね」
フォースを握る手に力を込め、力強く言った。


「本当に大丈夫か?」
セカンダリとの別れの次の日。
荷物を背負い、ディクスはかなり不安げな表情でナチに訊いた。
「当たり前でしょ!大丈夫、大丈夫!一人じゃないし」
ディクスとは対照的にナチは満面の笑みで手を振った。その隣に苦笑しているスティングがいる。
「まあ・・・すぐに戻ってくるつもりだけど」
それでも表情は晴れない。やたらと元気のあるナチをいぶかしげに見つめた。
「ディクスこそ気をつけてよ。わたしがいないからって、発狂しない様にね」
「それは保証できかねるなぁ」
「・・・フォースの事、ちゃんと調べてきてよ。わたしもこっちで頑張るから」
考え込んだディクスにナチは言う。
「心配要りませんよ、ディクス。宮殿敷地内の館ならたとえ女性一人でも大丈夫です。安全ですから」
言ったスティングの顔をディクスはジト目で凝視する。そして、短くため息をつくと、ナチに真剣な表情で向き直った。
「ナチ・・・」
「なに?」
「念のために言っておくけど・・・」
今度は難しい表情で指を指した。
「僕・・・ですか?」
指されたスティングが首をかしげた。ナチと顔を見合わせ何が言いたいのかと互いに伺った。そんな二人の様子を見ているディクスの表情がさらに険しくなる。
「分かってるとは思うけど、スティングは男だからな」
指したままディクスはナチに念を押した。
「な、何てこと言うんです、ディクス!!酷いですよ!」
今さら性別の確認をされたスティングはかなり憤慨しているようだ。珍しく怒った様子でディクスに抗議している。
「ディクスはスティングが女の子だとでも本気で思ってたの?」
呆れた様に言うと、ディクスは首を振った。
「違う。そうじゃなくて――――――、お前は意識してないかもしれないけど、一応スティングは男だから」
まだわけの分からない事言うディクスにナチは困惑した。スティングはまだ興奮冷めやらない。
「分かってるわよ、そんなこと。今さら念を押されなくても」
「・・・・・・若気の至りって事もありうるし―――――― なんかこう、不意打ちにがばっと・・・」
「不意打ち?」
一応男だし・・・などと、ディクスは独り言のようにつぶやいている。時折スティングを突き刺すような鋭い目で見たりと、かなり怪しい。
「僕に何か問題でもあるんですか?」
ディクスのことだから何か言いたい事でもあるのだろうと、半ば諦めた様子でスティングは訊く。
すると、
「俺の監視が無いのを良いことに襲うなよ、スティング」
さらっと・・・だが、真剣な表情でディクスは言った。
「こう見ても男だから、気を抜くな、ナチ。男は隙あらば襲ってくるぞ」
今度はナチに。
「うん、そう言う事」
言いたい事を告げ終えたディクスは責任を果たしたとでも言うように満足げにうなずいた。
『何がそう言う事!?』
ナチとスティングの声が重なった。
「自分とスティングを重ねないでよね!襲うのはディクスでしょ!」
「僕、女性を襲ったりなんかしません・・・」
「ほんっと、最低!どうして余計な心配しか出来ないわけ?」
「あんまりです、ディクス・・・。そんな目で僕のこと見てたんですか?」
激怒しているナチと、落胆しているスティングにディクスは驚いた表情を見せた。
「俺はナチの身辺を心配して・・・!別にスティングを信用してないわけじゃないけど・・・、でも、ちゃんとこうやって釘を刺しておかないと、事後じゃ遅いし」
「ばっ・・・!!」
当たり前のように酷い事を言う。本人にはその自覚が無いのだろう。
顔を真っ赤にして"馬鹿"と言いかけたナチの表情が豹変した。
「と言うわけで、お気をつけて」
にかっと笑い、ディクスは締めくくった。
「な・に・が、お気をつけて・・・よ」
重い、沈んだ声。急変した空気に、ディクスの表情が固まった。
術こそ暴発しないが、ナチの殺気は相当なものだ。感情を抑えた声の中に、計り知れない怒りが込められている。
「・・・お、俺は純粋にナチの事を心配して・・・」
恐怖を感じずにはいられないディクスは動揺している。
ショックを受けていたスティングも緊張した面持ちでナチから一歩退いていた。
それほどナチは禍々しい気を放っていた。
「ディクス・・・、今ディクスがどれだけ失礼な事をスティングに言ったか分かってるの・・・?」
「・・・・・・」
確かに直に言いすぎたかもしれない。
肌にぴりぴりと痛い空気にディクスは硬直した。
「スマン、スティング・・・」
「いえ・・・妹を心配するディクスの気持ちもわかりますから・・・」
ディクスが恐怖で棒読み勝ちで謝ると、スティングは慌てて言い返した。
だが、ナチの殺気は治まらない。
もしかして、取り返しのつかない事を言ってしまったのではと、ディクスはたじたじだ。
「ディクス、そろそろ出発した方が?」
「お、おおっ!そうだった!」
腕時計をしているわけでもないのに、ディクスは手首を見ながらわざとらしく言った。
「じゃあ、俺は行くから」
そして背を向けた。だが、肝心のナチは何も言ってこない。
「行って・・・来るから・・・?」
強烈な殺気を浴びつつも、ディクスはやや寂しげに振り返った。
「―――――― 行ってくれば?」
冷ややかに、ナチは返した。
・・・・・・怖い・・・っ!!
ぎぎぎと、ぎこちなくディクスは進行方向に向き直った。
「じゃ・・・」
消え入りそうな声を残し、ディクスは行ってしまった。
「ディクス行っちゃいましたよ・・・」
「分かってる」
怒って反応を示さないと思っていたが、ナチは普段どおりに答えた。気づけば殺気も嘘のように治まっている。
「ナチ?」
踵を返してディクスが行った方向とは反対にナチは歩き始めた。その後をスティングが追う。
「ああでもしないといつまで経っても出発しないでしょ、ディクス」
「え?」
歩きながら呆れたようにナチは言った。ナチの横顔を伺いながらスティングが訊き返す。
「北エンドレスまで行ってまで調べるのよ?わたしの事が心配だからって早く切り上げて帰ってきてもらったら、見つかる情報も逃しちゃう」
「それって・・・」
「自演に決まってるじゃない!わたしが怒れば、怖がってしばらくは帰って来れないでしょ。過剰な演技だとは思ったけど、ディクスには効果覿面だったみたいね」
ナチは笑った。
「演技だったんですか・・・!?」
スティングは驚いた声を上げ、そしてほっと胸をなでおろした。ナチがキレていると勘違いしていたらしい。
「でも、ディクスは本当に言いすぎ。あれはいくらなんでも酷いわ。・・・ごめんね、スティング」
「いえっ!いいんです、その事は。ディクスは真剣にナチのこと心配しているだけですし、当然ですよ。それに、僕も男ですし――― 」
「・・・・・・え?」
ナチが急に立ち止まる。戸惑いの表情でスティングを見た。
"それって、襲ってくる可能性があるって事?"
そんな疑問がナチの表情からよく読み取れる。
「そ、そういう意味じゃなくて!僕は女性じゃないって事です」
「だよね」
ははっと、取り繕うようにお互い笑った。
そして、しばしの沈黙。
「帰ろうかな」
「ちょっと仕事が」
二人の声が重なる。気まずい雰囲気に曖昧いな笑みを浮かべた。
「じゃあ、またねスティング」
「また明日」
手を振り、ぎこちな気に別れたのだった。