D.Force The Fourth Chapter
Force-29
望まぬ戦い
リーガルがナチの真名を口にした瞬間、ナチは言い様の無い恐怖が走った。足元から何かが伝い、上ってくるような悪寒に体が凍りつく。
「そうそう、一つ言い忘れていました。真名の拘束は、私が口にした真名を、本人が耳にしていた時にだけ力を発揮するのです」
ナチは微動だにしない。
「耳を塞いでいたら助かったかもしれませんが」
言い、リーガルは高らかに笑った。
「だから何よ!!」
真名を奪われたナチがすぐ目の前にいた。リーガルの目の前ではじける赤い炎。
「どうして!?」
驚きの声と共にリーガルはすれすれのところでかわす。
ナチは平然とそこにいた。リーガルに襲い掛からんと術力を高めている。
「真名を拘束したのに・・・」
「術の発動に失敗したんじゃないの?わたしは平気よ!!」
リーガルが真名を口にした瞬間、確かに何かが迫ってきた悪寒に襲われた。だが、それだけだった。
「ならば、もう一度!堕ちよ、ナチュラル・クロード!!」
声高々に上げるもむなしく、ナチは体勢を崩さない。それどころか術力はより高まっている。
「何故です、術は完璧なはずなのに!」
「それは残念ね!」
ナチが風を切って躍り出た。
「あの人の名前、返してもらうわよ」
ザシュッ
胸に刻まれた大きな傷。
悲鳴が耳を劈いた。
ナチはすぐに横に飛び、うずくまっている仲間のところに向かった。
「何故・・・真名が・・・」
胸を切り裂かれたリーガルは膝を折って地に伏した。
「大丈夫?」
ナチがうずくまっている人物の元に駆け寄る。
「えっと・・・」
名前を思い出そうと頭をめぐらせる。
ナチの頭の中に不意に流れて込んできた真名。
「スティング!!」
名前をようやく思い出し、ナチは声をかけた。すると、スティングはゆっくりと顔を上げた。
「ナチ・・・」
「良かったー、戻った!良かった、スティング!!」
リーガルが傷ついたことで術が切れ、スティングの真名が持ち主のところに戻ったのだ。
「そうか・・・僕はスティングだった・・・。ずっと名前を探し続けて、でも、見つからなくて」
相当な恐怖だったのだろう。真名を取り戻した今でも、スティングは細い声で、憔悴した表情が抜けない。
「何故・・・」
リーガルの低い声が響く。悔しそうな表情。血が止まらぬ胸を押さえ、ナチを睨んでいる。
「術が不発に終わっただけよ。残念ね」
勝ち誇ったように言うナチ。
だが、リーガルは何か思い当たったように口元が薄く笑った。
「そうですか・・・あなたはナチュラル・クロードではないのですね・・・」
当たり前のように言ったリーガルに、ナチは眉をひそめた。
「何言ってるのよ。わたしは正真正銘のナチュラル・クロードよ!身分証明書だってあるんだから」
「・・・後付された名前は真名でありません。ナチュラル・クロードの名は偽物」
ナチの言葉を無視し、リーガルは続ける。
「後付でもなんでもないわよ!わたしは、ナチュラル・クロー・・・」
「どちらにせよ、術に堕ちなかったあなたの真名はその名ではありません」
たんっ
血の軌跡を残し、リーガルは大きく後ろに跳んだ。
「また、会いましょう」
そして溶け入るように消えてしまった。ナチは歯軋りし、睨んだ。
「ナチ・・・」
か細い声に振り返る。よろよろとスティングが立ち上がるところだった。
「大丈夫?」
すぐさま駆け寄り、支える。前髪が濡れる額にぴったりとついている。それほどの恐怖だったのだろうか。
「でも・・・どうして・・・。僕の正式な名前じゃないのに・・・」
納得がいかないようにつぶやく。
「よくわからないけど、真名っていうのは、小さい時に覚えた名前なんだって。えーと、つまり、スティングの場合は・・・」
「僕のミドルネームの"S"は、十二歳の時に付けられたものなんです」
スティングがフォローを入れるように言うと、ナチがうなずいた。
「そうそう、そう言う事。小さいときの名前がキーになるみたい。後付された名前は駄目だとか云々言ってたわ」
言い、ナチにふと疑問がよぎる。
・・・じゃあ、わたしの名前は?
「ナチ?」
スティングが、眉間に皺を寄せて黙ったナチに声を掛ける。
「ううん、なんでもないの。あいつも馬鹿よねー!術不発で逃げ帰って」
取り繕うように笑う。
「でも、これで新しい敵が明らかになりましたね」
捕まえられなかった事を悔しそうにスティングが言う。
同時に、ナチの脳裏に浮かぶバイオレットの顔。
「そう・・・だね」
新しい敵がどんどんやってきても、バイオレットとの戦いは避けられない・・・。意思に反して、ナチの中の勘がそう働く。
今回は戦う事は無かった。けれど、次は?
「ナチ」
肩を叩かれ、ナチは驚いた。
「帰りましょう」
スティングの笑みに少しだけ気が和らぐ。
「そうだね」
そして、ナチは宮殿へ招かれた。
スティングが客用に所有しているらしい一室を割り当てられ、その広い部屋に一人、長い影を落とした。
「・・・・・・」
荷物を床に無造作に置き、ソファに座った。
「戦いたくない・・・わたし、戦いたくないよ・・・」
術を生み出す両手の平を見つめ、つぶやく。
「駄目、絶対に・・・!」
拳を硬く握り締め、ナチは心に誓った。
「ナチ?」
宮殿にやってきた翌々日。
スティングの部屋で、ナチは本を読んでいた。読んでいるはずなのだが、一ページ目からページが全く進んでいない。
「あ、うん、ごめん」
スティングに声を掛けられ、ナチは苦笑すると、本を両手に持ち、ページをめくった。
「いたっ」
ページをめくった右手指に軽い痛みが走る。指を見ると、赤い線から血がにじんでいた。
「大丈夫ですか?」
紙で指を切ったナチに心配そうにスティングが声を掛けると、ナチはまたまた苦笑した。
「うん。術ですぐに治すから」
ため息をつき、術を発動した。
「あれ・・・?」
指を見つめるが、赤い線は消えない。こすっても、治っているように見えない。
集中力が足りないのだと、もう一度念をこめて術を発動する。
「・・・どうして・・・」
傷は消えない。傷を触っても痛みが走るだけだ。
それから数度術を掛けてみたが、効果は無い。
「ナチ?」
ナチが焦っている様子に気付き、スティングが立ち上がった。
「傷が治らなくて」
少し困惑したように言うナチ。スティングは傷ついたナチの手をとった。
「深くはなさそうですね」
傷が酷すぎてナチの術が追いつかないこともあるが、今回はそうではないらしい。
「もう一度やってみてください」
「うん」
言われ、いつものように術を発動した。・・・が、さっきと同じだ。
発動できず、ナチの表情に焦りが見え始めた。
「ナチ、光の球をだしてみてもらっていいですか?」
「え・・・うん」
今度こそは・・・と、ナチは手の平を広げて光の球を――――――
「嘘・・・」
かすかな光さえ見えない。手の平には何の変化も無かった。
「もう一度」
スティングに促され、もう一度光の術を発動させようとするが、反応が無い。
スティングはナチの手をとったまま、眉をひそめて手の平を凝視した。
「多分――― 」
「多分?」
「ナチの深層心理が術の発動を拒否しているんだと思うんですけど」
深刻な表情のスティングにナチは首を振った。
「深層心理?わたしはいつも通りよ」
「いや、でも・・・」
困惑し、何かを言いにくそうなスティング。
その表情を読み取り、ナチは気付いた。
「そう・・・か。わたし、イオさんと戦いたくないから・・・だから、術が・・・」
戦いたくないという強い意志が術に影響を与えた。攻撃の術でなくとも、戦いたくないという意志が全ての術の発動を妨げる。
知らずの内に戦いの中心となる術を自ら封じていたのだ。
「ナチ・・・」
心配そうなスティングにナチは笑いかけた。
「大丈夫。こんなのすぐに戻るわ。それに、術なんか使わなくたって・・・」
「気に病むのもわかります。ですけど、ナチ自身が危険におかされるという事を忘れないでください」
スティングの指がナチの傷をなぞる。
同時に、傷跡が消失した。
「僕はナチが傷つく所を見るのはごめんですよ」
苦笑したスティングにナチは小さくうなずく。
「うん・・・分かってる」
傷の消えた指先を見つめ、ナチは答えた。
「やっぱり、僕じゃ駄目みたいですね」
暗い表情のナチにスティングは苦笑した。
「ナチにはディクスじゃないと」
「え?」
「僕じゃディクスの代わりにはなれそうに無いですね」
「そんな事・・・!」
言いかけ、ナチはうつむいた。
「責めてるんじゃないですよ。ディクスが離れてから大分経ちますけど、やっぱりナチはディクスが必要なんだって、そう思っただけです」
「わたしはスティングに感謝してるわ!忙しいのにわたしの事を気にかけてくれて・・・本当に――― 」
「感謝なんていらないですよ」
少し寂しげに笑んだスティングに、酷く心が痛む。
「わたしは・・・スティングの事―――――― 」
ばさっ
羽音が耳に届き、ナチもスティングも顔を上げた。窓の方に目をやると、一羽の鳥がこちらを見ていた。
「鳥・・・?金色・・・」
からすほどの大きさの鳥が窓辺に停まっていた。羽根を小さく羽ばたかせ、二人がいるテーブルに下り立つ。
「飼われている鳥でしょうか?」
金色の鳥なんて見たことが無い。誰かが飼っていた鳥が逃げ出したのだろうと思ったときだった。
『ワレトタタカエ』
鳥がそう口を利いた。
「あっ!」
鳥は羽ばたき、窓辺へ行ってしまった。二人を見つめるように滞空した後、飛び去った。
「我と戦え・・・?」
鳥の言葉をスティングが繰り返すと、ナチは立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。
「ナチ!」
スティングもそれを追いかける。剣を手にし、宮殿を飛び出す。
鳥は二人を誘導するかのようにゆっくりと飛んでいる。それを見上げながらナチとスティングは走る。
人気の無い、宮殿敷地内の暗い場所に来た時だった。
「!?」
スティングの目の前を走っていたナチが急に姿を消した。驚いて立ち止まり、あたりを見渡すが、ナチの姿は無い。
代わりに、黒いぽっかりとした空間があるだけ。
「・・・・・・」
それが罠である事は重々承知だ。スティングも勢いよく飛び込んだ。
飛び込んだその先に見えたのは、ナチとバイオレットだった。
リーガルと戦った時のように飛ばされたのだろう。ナチとスティングは、エルディストと戦ったあの場所にいた。
飛んでいた金色の鳥はバイオレットの指先に停まり、涼やかに鳴いた。
「ご苦労」
バイオレットがそう口にすると、鳥は金の羽を散らして消えた。
「イオさん・・・戦えって・・・?」
ナチが恐る恐る口にすると、バイオレットは薄く笑った。
「そのままの意味よ、ナチュラル」
「ナチは戦う気はありません!」
スティングが怒りをあらわにするが、バイオレットは同じ表情のまま二人を見据えている。
「私、ナチュラルの言葉を聞いて愕然としたの。だって、ナチュラル、自分の両親を殺されたのに、竜神を憎んでいないんだもの。それどころか、デルタに来れて、仲間に会えたって。どうしてナチュラルの中には憎しみが無いのかってとても驚いたわ」
スティングに答えず、歩きながらバイオレットは言葉を続ける。
「私はどうかって・・・その時考えてみたの。国を無くし、父が復讐の鬼となった。その元凶はエンドレスだったわ。だから私は憎んだ。この国の崩壊を切望したわ。私はナチュラルのような優しさは無いの。何故なら―――――― 」
バイオレットは左袖を肩まで捲り上げた。
その光景にナチもスティングも息を飲んだ。
赤黒く腫れ、白い蒸気を上げている左上腕部。湯が沸騰するように、わずかに動いている。
「腐敗が進行しているの。・・・もう、止められないのよ・・・じきに私は飲み込まれる。私でなくなってしまうの。だから、その前に――――――」
バイオレットの右手に現われた銀色の剣。それを両手で構え、ナチとスティングを睨んだ。
「待ってください!恨みがあるのはエンドレスでしょう?ナチは関係ありません!」
親友だったバイオレットの豹変についていけないナチをかばうようにスティングが前に出る。だが、バイオレットはそれを鼻で笑った。
表情が豹変する。
「うぬぼれないで。あなたなんか必要ないのよ、スティング。私が必要としているのはエンドレスの国王だけ・・・。あなたはあいつを絶望に追いやるための道具でしかないわ」
「どうしてガイスターは再び反乱を起こしたんです?これが無ければ、あなたも普通の生活が出来たはずなのに」
訴えるスティングに、バイオレットの目はさらに鋭くなった。
「反乱?だって、当然でしょう?二十年以上前・・・我がガイスター国がエンドレスを落とすというクーデターは、エンドレスによる虚言だったのだから!」
「なっ・・・!」
「やはり、あなたも知らなかったの。エンドレスはあの時の愚行を抹消していたのね。さすが、卑怯な手を使うエンドレスだけあるわ」
皮肉を交え、高らかに笑う。
「馬鹿なことを!まさか、エンドレスが・・・」
「大国だからする事よ、スティング。百年以上前にガイスターを破壊しても、その残り香はエンドレスの脅威だった・・・。だから、エンドレスは卑怯な手を使ってガイスターを再び襲ったのよ。私たちは平和に暮らしていたはずなのに、それを壊した・・・」
「そんな・・・」
「多勢に無勢。私たちはあっけなく負けたわ。殺されていく仲間を助けるために父は最期まで抵抗を続けた。けれど、エンドレスはそれをあざ笑い、そして――――――」
一瞬息を飲み、慟哭した。
「私の"兄"を殺した!年端もいかぬ子供を、父親の目の前で・・・!」
悲痛な叫びがスティングを貫く。バイオレットからつむがれる非情な行為。それが、エンドレスが起こした事などと信じられない。信じることが出来ない。
「・・・それから、私が生まれ、私は暗殺者として育てられた。エンドレスを討つ日を心待ちにして・・・」
零れ落ちる涙。それが演技などとは思えない。
だとしたら、エンドレスはガイスターを陥れた・・・?
スティングの頭が混乱し、バイオレットに立ち向かう事が出来ない。
「激しい憎悪は父を虜にし、闇を呼んだ。そう、ほんの少し前。まだ情のあった父は、完全なる非情と化してしまった・・・。そして、私の中にも、闇の一部が埋め込まれた」
左腕に宿した闇はバイオレットを蝕んだ。物理的にも精神的にも侵していた。
「大嫌い。偽善なんて・・・エンドレスは偽善の塊よ」
「でも、僕は――― 」
「あなたも一緒よ、スティング。国のためなら卑怯な手だってお手の物でしょう?」
スティングは何も言い返せない。
自分はエンドレスを担う者だと、エンドレスの行き先だけを考えていた。他国の事など、真面目に考えた事があっただろうか。
そして、常に未来の自分の立場を念頭に置き、エンドレスがどうあるべきかを考えていた。
しかし、過去の事など知りもしなかった。過去があってこその未来を忘れていた。
「過去は簡単に水に流れたりしない」
心を見透かすような言葉にスティングの胸が疼く。
「イオさん・・・」
ナチの呼びかけもバイオレットは答えない。
「さあ、宴を始めましょうか!」
銀の剣を突きつけ、バイオレットは高らかに宣言した。
「駄目、イオさんっ!!」
地を蹴り、大きく跳んだバイオレット。銀の剣に赤い炎を宿し、ナチに切りかかる。
「ナチ!」
バイオレットを見上げ、動けないでいるナチの前に飛び出したのはスティングだった。スティングの張ったシールドが二人を包み、バイオレットの攻撃から身を守る。
「戦いなさい、ナチュラル!!」
今度は二人の足元がすさまじい熱量を放つ。スティングは慌ててナチを抱きかかえてその場を跳んだ。
ドンッ!!
炎に赤く染まった大地が突き上がる。
「あなたは仇なのよ!!」
大きく薙いだバイオレットの腕から炎の矢が無数に出現する。目標狂わず、ナチに向かって突き進む!
「ナチ!我を忘れないでください!」
崩れ落ちそうなナチを支えたまま、スティングはバイオレットの攻撃を無効化する。スティングはバイオレットに不意打ちを食らわせたいところだが、ナチが気がかりで自由に動く事が出来ない。
「ナチ!」
耳元で叫ぶスティング。その声がナチにとってうるさかった。
・・・我を忘れる?わたし、正常よ。だって、イオさんと戦いたくないもの・・・
心の中で冷静にそう思う。ナチの力がさらに抜け、ナチを支えるスティングにさらに負担が掛かる。
「・・・くっ・・・!」
「共に逝かせてあげるわ!」
戦おうとするスティングと、戦う意志を持たないナチをあざ笑うかのようにバイオレットは言い放つ。
振り上げた両手から上がる赤い炎。螺旋を描くように天を登り、黒い炎に変わった。
「これが・・・、呪われたディオライトの力よ!!」
幾筋もの黒い炎が生き物のように二人を取り巻く。シールドでかろうじて耐えるスティングだが、巻き付き、シールドを加圧している力に汗をにじませている。
「ナチ、しっかりしてください!自分自身の呪縛を解かなければ、術は発動しません!」
しかし、ナチはうつろな眼差しで何も返さない。
「バイオレットさんとちゃんと話して、仲直りするんじゃなかったんですか!?」
ほんの少しだけナチは顔を上げた。
「分かり合えないまま終わるなんてバイオレットさんも望んでいないはずです!彼女を止められるのはナチだけなんですよ!」
ナチがゆっくりと顔を上げた先には、黒い炎の途切れ途切れに見えるバイオレット。だが、その表情は遠すぎてよく分からない。
・・・・・・イオさん、笑ってるの?悲しんでるの?
黒い炎に阻まれ、バイオレットの姿が見えなくなった。
シールドに更なる力が加えられ、スティングを圧する。
「ナチッ!!」
叫んだ時、ナチはスティングに支えられていた体を起こし、手を掲げた。
その手に力がみなぎり、熱い塊を生み出す!
カッ!
ナチの術がシールドの内側を破り、黒い炎を白い光で包み込んだ。まばゆい光がバイオレットを襲い、光がやんだ時。ナチはバイオレットを見据え、立っていた。
「イオ・・・さん・・・」
ナチの唇がかすかに動く。
術を放つも、まだうつろな瞳のナチ。完全に術が戻ったのではないと察し、スティングは構えた。
「ナチ、僕がバイオレットさんを食い止めます。ですから、その間に思いを伝えてください」
態勢を整え、スティングはバイオレットに向かい、跳んだ。
「思いを伝える・・・」
スティングの背中をぼんやりと見つめるナチ。そのスティングを迎え撃とうとするバイオレット。
「女性に攻撃を加えるのは好まないのですが・・・!!」
言うスティングの手に絡みつくようして現われた水流が高い音を立てて硬質化する。
それをバイオレットに振り下ろす!
「でしたら私がお相手します!」
突然上がった声にスティングは顔を上げた。
「お前は・・・!!」
スティングの頭上に現われたのはリーガルだった。
ずどんっ
重い音を立て、リーガルの術がスティングの術を砕く。間一髪、スティングはすぐに逃れ、地面に着地した。
衝撃にしびれた腕をかばい、スティングは間をおかずリーガルに立ち向かう。
「エンドレスの末裔とこうやってお手合わせできるなんて幸せです」
「だったら、すぐに後悔させる!」
挑発するリーガルと、向かうスティングの剣が火花を散らす。お互いの技量を試すかのように、術を使わない、剣技のみの戦いが展開する。
「・・・ナチュラル」
そんな二人をよそに、ナチとバイオレットは静かに対峙する。
「帰ろう?イオさん」
ナチが手を差し出す。
「帰る?ナチュラルが帰る場所に私は存在しないの。そして、私が帰る場所に、貴方も存在しない」
「これから一緒にいれば良いじゃない。今までなんて関係ないもの」
「馬鹿ね。どうして父の仇と共に帰らなければいけないの?貴方は私の憎むべき敵よ」
広げたバイオレットの両腕に黒い炎が螺旋状に伸びる。不快な音を立て、炎の勢いが増していく。
キィィィィ
まるで、鳥が狂い鳴きしているような音が体を振るわせる。
「やっと思いが果たせる・・・。父の仇を討ち、私はようやく父に認められる・・・」
「それ、本当?」
「当たり前でしょう?何のためにディオライトを宿らせてまでここまで来たと思っているの?私は幼い頃から暗殺者として育てられたのよ。貴方とエンドレスの末裔を殺せば、私は本当の暗殺者になれる。父に認められるのよ」
酔いしれるバイオレットに、ナチはうなずいた。
「だったらいいよ。イオさんがそれでいいなら、わたしは何もしない」
「いい心がけね。感心するわ、偽善者さん」
バイオレットが構えると、炎はさらに黒い輝きを増した。
「偽善でしかいられなくて、ごめんね」
何処か寂しげにナチは微笑んだ。
「死ねっ!!」
鳥をかたどった黒い炎が轟音を立てて飛翔した!
立ち尽くすナチ。守ってくれるスティングはいない。
ナチめがけて鋭い嘴が伸びる。ナチはその炎を見つめたまま微動だにしない。
「ナチッ・・・!」
リーガルの相手をしているスティングが状況に気付き、身を翻した。その隙を見逃すリーガルではない。
スティングが苦し紛れに光の術を放ち、目をくらませる。それでもリーガルの笑いは止まらない。
「敵に背中を見せるとは馬鹿な人ですね!」
歓喜の声と共に、スティングの背中に黒い光が突き刺さった。
同時に、ナチにバイオレットの放った炎が到達した!
「・・・・・・」
ナチの寸分前まで。
ナチを突き刺すことなく、時が止まったように炎がすぐ目の前にとどまっている。だが、熱さをまるで感じない。
手を突き出したまま、バイオレットはナチを見つめている。それはナチも同じだった。炎の先にいるバイオレットを見つめていた。
「試したの?」
バイオレットが問うと、ナチはかくんとうなだれた。
「ごめん。ちょっと試した」
ばつが悪そうにナチが答える。
「だって、イオさんだもん。本気で攻撃してくるなんて有り得ないから・・・。でも、良かった」
ナチの笑顔にひるみ、バイオレットは悔しそうに唇を噛んだ。
「ははっ!エンドレスの末裔が!!」
ナチの安堵を破るかのように、リーガルの嘲笑が響いた。
ナチが気付いた時。スティングは地面に倒れようとする瞬間だった。
「!?・・・スティング!!」
長い髪が宙になびき、スティングの体が地面に叩きつけられた。その背中には黒い刃にも似たものが。
ナチの目が見開かれ、顔から血の気が引く。
・・・うそ・・・?
「バイオレット様、やりましたよ!これで長年の雪辱を果たせました!」
バイオレットもナチと同じように驚愕の表情でその様子を見ている。
地面に倒れたスティングは身動きすらしない。完全に沈黙していた。
「スティング・・・?」
震える声もスティングに届かない。
リーガルはスティングのそばに寄り、口元をゆがめて見下ろした。
「下らない。何が竜神の血を引く一族だというのです」
動かぬスティングの頭を蹴飛ばし、踏みつけた。
「その血を引く一族ももはやここまで」
その様子をバイオレットは黙って見ている。悲しんでいる様子も、喜んでいる様子も分からない、無表情だった。
「・・・スティング・・・?」
目を見開くナチ。ぺたんと地面に膝がつく。脱力した様子でスティングを見つめた。
・・・そんなはず・・・ないよ・・・だって、スティングが・・・
突然溢れる涙。ぽたぽたと流れ、地面に落ちる。
「リーガル、もういいでしょう?」
だんっ!
剣をスティングに突き立てたところで、リーガルはようやくバイオレットに向き直った。
「エンドレスの国王に見せ付けることは出来ませんでしたが、この首を手土産にすれば、気が狂うでしょう。エルディストさまがそうだったように」
だが、バイオレットは何も返さない。
「これでエンドレスも―――――― 」
「だとしても、エンドレスは朽ちません」
突然上がった声。何度も何度も聞いてきた、聞き間違うはずの無い声がナチに届く。
だが、その声の主はリーガルの足元で――――――
「貴様・・・!」
リーガルが空を見上げた。ナチも釣られて見上げる。
「あっ」
銀の長い髪が風になびいている。太陽の日にきらめく二頭の水竜を従え、宙に停まっていた。
「くそっ!飛行術か!!」
手の届かない場所で、スティングは静かに手を下ろした。と、同時に水の竜が溶け消えた。
「水竜波!」
ごぼっ
「なっ・・・!」
地面から水が湧き、天を突き刺す勢いの水の竜がリーガルを貫いた!二頭の竜が絡み合うようにリーガルを天高く巻き上げる。
その間も、リーガルは水に包まれ、息することを許されない。
もがく力も尽きようとしたとき。水の竜は消失した。
「ぐぅっ・・・!」
かなり高いところからリーガルの体が落ちる。このままの勢いで落ちれば確実に――――――
「風よ!」
バイオレットの声が風を呼び、リーガルを受け止めた。リーガルは咳き込みなら地面に足をつけると、スティングを睨んだ。
「どうして・・・」
悔しそうに歯軋りする。目の前に立っているスティングがいる。だが同時に、リーガルが蹴った地面に伏しているスティングも存在する。
「簡単ですよ。いまの水竜と同じ原理に、幻術を絡ませたものです。僕を蹴った感触も、見た目も本物そっくりだったでしょう?」
真名を奪われ、散々な思いをした事を恨んでいるのだろう。スティングは冷たく言った。
「真名を拘束しますか?僕が自我を失えば、この竜が暴れ狂いますよ」
シュルッ
"倒れているスティング"が急に形を失い、水と化した。それは渦を巻き、水竜となった。そして、スティングを守るように一周すると、背後に着いた。
「ならば、本当の絶望を与えるまで」
リーガルに薄い笑みが浮かぶ。そして、ナチを指差した。
「リーガル、やめなさい」
バイオレットの言葉も耳に入らないのか、リーガルの詠唱が入る。
青白い光がリーガルの剣を包む。
「させるか!!」
「リーガル!」
術を阻止しようとするスティング。そして、叫ぶバイオレット。そして――――――
「ガイスターの仇!!」
バイオレットの制止を振り切り、リーガルはナチに切りかかった!
・・・やばいっ!!
「ナチッ!」
スティングの水竜がリーガルを襲う。だが、それも遅かった。
ナチは金縛りにあったかのように剣に目を奪われている。
「リーガル!!」
バイオレットの叫ぶもむなしく、リーガルの鋭い剣がナチのこめかみめがけて振り下ろされた!
どしゅっ
ナチの視界が赤く染まった。