D.Force The Fourth Chapter
Force-30
遺志

「はっ・・・!?」
ごふっ
口から大量の血を吐いたのはリーガルだった。
ナチに剣を振り下ろしたまま、宙に停まっているリーガルの胸に黒い大きな爪が貫いていた。
ナチはリーガルの姿に驚いている。
「え・・・?」
焦点をリーガルから、その後ろへと変える。見えたのは腕を突き出しているバイオレットだった。
リーガルはぎこちなく首を回し、バイオレットに疑惑の視線を投げかけている。
「ナチュラルは駄目なの・・・。ナチュラルは私を私として見てくれたから・・・」
血を流すリーガルに目をそらしたい気持ちを抑え、震える声でバイオレットは言った。
「な・・・ぜ・・・?」
「リーガル。貴方は私に仕えてくれた。けれど、それは私を武器として見ていたから。あなたは私の本当を何も見てはいなかった。私の大事なものさえもわかっていなかった。だから―――」
バイオレットの手がわずかに動く。
ぐちゅっ
同時に、リーガルを貫く爪も動き、さらに奥深くもぐりこむ。
「ぐっ・・・がぁっ」
物言えぬほど口から血が溢れる。喉を伝い、体を赤く染め、地に池を作る。
「ディオライトに侵された貴方に未来はないの、リーガル。―――ごめんなさい」
シュゥゥゥゥ
リーガルの体から蒸気が上がる。
ボッ!
炎が上がるような大きな音の後、リーガルは一瞬にして塵と化した。
炎をまとった、胸を貫いた大きな爪は残るが、リーガルのものは何一つ残してはいなかった。沈黙の後、バイオレットは術を解いた。
表情を暗くし、ナチを見ている。ナチも口を結び、沈痛な面持ちで見ている。
「化け物だと思わない?こんな私」
しゅるっ
黒い大きな爪がバイオレットの元に戻る。バイオレットの指の動きにあわせ、ぎちぎちと嫌な音を立てた。
「・・・私をこんなにしたのは父よ。酷いわよね」
暗い表情の中で、自嘲気味に笑う。
「全てはエンドレスを討つために」
黒い爪が消滅し、バイオレットは銀の剣を構えた。剣先が向いているのはスティング。
バイオレットと同じく、スティングも剣を構えた。
「私は、父を憎んでる。でも、父を追いやったエンドレスはそれ以上に憎い・・・!だから、死んで!!」
キィンッ
二本の刃が交わる。
「剣に力がこもってませんよ・・・」
バイオレットの瞳の鋭さが急に和らいだ。
「私は戦闘の道具になんかなりたくなかった。体に闇を宿してまで・・・。国が無いならそれでも良い。普通の生活を送りたかった・・・」
スティングの言葉に、バイオレットは崩れ落ちた。剣が地面に落ち、両手を地に着ける。バイオレットは手の甲で涙をぬぐうと、顔を上げた。
「ねえ、スティングさん。父を助けて。闇から解放してあげて」
どこか寂しげな笑みをたたえ、バイオレットは懇願するように言った。
「ええ、もちろんです」
その意志を受け止めるように、スティングは答えた。
「イオさん!」
争いが止んだと分かると、ナチはバイオレットに駆け寄り、彼女に肩に手をやった。
「ナチュラル、あなたはたくさんの人に愛されてる。支えられ、必要とされてるわ。あなたならきっと、全てを元通りにできる。―――――- 有り難う・・・」
汗で髪を肌に張り付かせた顔で、バイオレットは笑んだ。
「イオさん?」
その笑みに、何か嫌な予感がして、ナチは不安げに名前を呼んだ。
「ナチュラル、スティングさん。ほんの少しの間だったけど、あなたたちと過ごした時間、本当に楽しかった。一時だけ普通の女の子になれた気がするの」
まだ地面に膝をつけたまま、ナチとスティングに向かって言った。
そして、すぐ目の前のナチの瞳をまっすぐ見た。
「ナチュラル、さっきの言葉、訂正するわ。・・・両親を殺した相手に感謝だなんて、その時はナチュラルの気持ちが理解できなかったわ。だけど、今の私なら分かるわ。だって、ナチュラルと出会った時間がとても楽しくて、最高だったから・・・!この瞬間の為に今までがあったんじゃないかって、そう思えたの」
立ち上がり、優しい笑みを浮かべるバイオレット。さっきまでの狂気は嘘のように、そこに普段の彼女がいた。
「良かった・・・、良かった!!」
バイオレットに抱きつくナチ。バイオレットも、ナチを包み込むように腕を回した。
「帰ろう?イオさん」
泣きはらした顔で笑みを浮かべたナチ。それを優しく見つめ返すバイオレット。
「行きましょう、バイオレットさん」
スティングも安堵したように促した時だった。
「有り難う。でも―――――― 」
ナチとスティングから立ち上がって一歩退いた。
「感じるでしょう?私の中でディオライトが暴れているのよ。もう、これ以上私に抑えられる力は無い」
殺気無きバイオレットだが、違う何かが彼女を取り巻き、ただならぬ気を放っていた。
「もう、これ以上誰も傷つけたくないの。ディオライトの侵食は止められないの」
「そんなの分からないわ!止められる可能性だって―――――― 」
叫びむなしく、バイオレットは静かに首を振った。
「もう、一体化してしまったのよ。私が飲み込まれるのも時間の問題なの。いつ、力が暴走するか分からない」
絶望の中で、バイオレットはなお笑みを浮かべている。
「でもっ・・・!」
手を掛けようとしたナチュラルを振り切るように、バイオレットは後ろに遠く飛んだ。
たんっ
優雅に着地をすると、侵食の止まらぬ左腕を掲げた。
「ナチュラル。あなたは私の希望よ。だから、どうか父を―――――― 」
そして、バイオレットの優しい笑みが真剣なものに変わった。その瞳の中に、ナチは言い知れぬ恐怖を感じた。
「イオさ・・・」
「さあ、ディオライト!暴れ狂い、苦しむがいい!ガイスターはお前ごときの黒い血に汚されはしない!」
バイオレットが掲げた左腕を強くつかむ。つかんだ手から広がる青い炎。
「やめて、イオさん!!」
悲鳴を上げるナチをいとおしむようにバイオレットは見つめている。だが、意を決したように再び目を真剣なものに変えた。
「これは、私の中に巣食う悪魔。私の憎悪を糧に成長するの。だから―――――― 」
祈るように目を閉じたバイオレット。その祈りに呼応するように、青い炎がバイオレットを包み込んだ。
「お願いだからやめてーっ!!」
「ナチュラル、どうか悲しまないで。これは私の意志だから」
駆け寄ろうとするナチをスティングが止めに入る。スティングから逃れようともがくが、離れられない。
無情にも炎の勢いは止まらない。その中に一人たたずむ笑みを浮かべたバイオレット。
炎が天空に向かって勢いを増す。そして、黒く変化した。
それはまるで鳥が炎から逃れようともがいているようだった。だが、バイオレットが生み出す炎はそれを許さない。
断末魔にも似た炎の轟音。辺り一帯を襲った後、金色に変化して四散した。
ディオライトが消失した瞬間だった。
「イオさん、ディオライトはいなくなった!もう、自由なのよ!!」
その叫びはむなしかった。既に声はバイオレットに届いてはいない。
「イオさんッッ!!」
何度叫んだか分からない。ナチが渾身の力を込めて叫んだ時だった。
"有り難う、ナチュラル。私はあなたの幸せを願うわ。あなたは私の大事な友達だから―――"
炎がひときわまばゆい光を放ったとき。バイオレットのそんな声が聞こえたような気がした。
炎の柱が崩れた。
それを終焉とするかのように青い炎も跡形なく消え、光輝く粒子が天に舞い上がり、金色の軌跡を残して消えた。
呆けた様子でナチは虚空を見つめている。
だが、どんなに見つめてもバイオレットの姿は無い。
「スティング・・・これって、夢だよね」
目の前の光景に愕然と膝を着いた。
「ナチ!」
「イオさんが・・・イオさんが・・・!!」
ナチが慕った友人は既にいない。
「嫌だ、いや!!どうして、どうしてなの?どうしてイオさんが・・・!?」
スティングの腕を強くつかむ。
「イオさん、イオさん・・・!どうして・・・!?」
ナチの頬を涙が伝い、スティングの服を濡らした。
激しい震えと、嗚咽が治まらない。
やがて、戦いの赤い炎が消えてもナチは泣き、叫び続けた。
それを、ただじっと見つめ、受け止めていたスティングだったが、思い切ったようにナチに手を伸ばした。
「ナチ!!」
うつむいていたナチの両頬を両手で挟み、強引に顔を上げさせた。
泣きはらした顔にうつろな瞳。なおも泣き続けようと顔を下げようとするナチを、スティングは力づくで阻止する。
「バイオレットさんの言葉を忘れたんですか?」
「わたし・・・は・・・」
「つらいのは痛いほど分かります。でも、今は泣かないでください」
了解することが出来ず、ナチの瞳から大粒の涙が幾筋も流れる。
「バイオレットさんは、ナチに全てを託したんです。それを拒否して泣き続けるつもりですか?彼女はナチを信頼しているからこそ行動を起こしたんです。その思いを無駄にしないでください!」
「駄目よ・・・、駄目!わたしがイオさんと出逢わなければこんな事には・・・。だって、わたしはイオさんを―――――― 」
「殺してなんかいません」
ナチが続けようとした言葉を否定した。
「バイオレットさんの表情を見たでしょう?落ち着いた、柔らかい笑み。彼女は苦痛から解き放たれたんです。彼女が一番望んでいた事だったんですよ。きっと、バイオレットさんは父親の事が気がかりで、自分のことは何もかもが後回しになっていた・・・けれど、ナチがいたことで彼女の中で気持ちの整理がついたのでしょう。バイオレットさんはナチに出会えて幸せだったんです」
「そんなの綺麗事よ・・・」
「じゃあ、バイオレットさんの、ナチと過ごした時間は最高に楽しかったと言う言葉は嘘なんですか?」
力を入れていた手を緩める。
「スティング・・・?」
自分を見つめるスティングの顔。その頬に涙が流れた。
「もう、誰も亡くしたくはないでしょう?誰かが犠牲になるなんてご免です」
ナチからスティングの手が離れ、落ちた。うつむき、嗚咽を堪えるようにスティングは続けた。
「僕達の力が足りないばかりに犠牲を出してしまいました。・・・だからこそ、もうこんな悲劇は起こしてはいけないんです」
「・・・」
スティングの様子にナチは目を見開いている。
「僕は本当に役に立たないですね。バイオレットさんを救えず、ナチにだってこうやって言う事しか出来ない・・・。それに、エンドレスは―――――― 」
そう言ったスティングが、何かに気付いたように顔を上げた。
「エンドレスがクーデターを行わなければ、バイオレットさんも普通に暮らせたんですよね」
震えているのはスティングの声だった。
「え・・・?」
ナチが思わず顔を上げる。急に様子の変化したスティングに驚いているようだ。
「バイオレットさんを殺したのは・・・僕、ですね・・・」
スティングは言い、そして、片手で目を覆った。
「僕はエンドレスをこれほど憎いと思ったことはありません。この国は一体何をやっているのでしょうか?無駄に人を殺め、人生を狂わせ・・・。こんな国を僕は信じてきたのでしょうか」
声と体の震えが強くなってきている。スティングは拳を叩きつけ、地面に額を押し付けた。
「ス・・・ティング・・・」
ナチがスティングの肩に手を置こうとした時だった。
「ナチ」
スティングが急に顔を上げた。そして、すぐそばに落ちていたバイオレットの剣を手に取る。
「これで・・・、僕の左腕を切り落としてくれませんか?」
剣を差し出し、真剣な面持ちでそう言った。とんでもない申し出に、ナチは首を振って断る。
「バイオレットさんや、ガイスターの人たちの苦しみとは比にならないかもしれません・・・。ですが・・・」
「だ、駄目!絶対に駄目!」
一歩退き、断固拒否するナチに、スティングは立ち上がってなおも迫る。
「ナチには申し訳ないと思います。お願いします」
ナチは、差し出された剣を思い切り叩き落した。落ちた剣は地面に突き刺さり、鋭い光を放った。
「何言ってるのよ!スティング一人のせいじゃないわ!腕を切り落としたって、誰も喜ばない!」
興奮したナチとは対照的に、スティングは落ち着いた様子で続けた。
「でも、僕の気持ちの整理がつきません・・・。贖罪の代わりとしてはあまりにも軽いですが――― 」
光宿らぬよどんだ赤い瞳。どこか自暴自棄になっているスティング。だが、怖いくらいに冷静で、否定する事を許さぬ圧迫感があった。
それに怖じず、ナチは激しく言葉を叩き付けた。
「そんなのスティングの自己満足じゃない!罪を償いたいなら、エンドレスを変えれば良いでしょう!?一生掛かってでも、エンドレスを良い国に変えなければ、いつまで経っても同じことが繰り返されるだけ・・・!その度に体を切るつもりなの?違うでしょう!?」
叫びに近い声を放ち、ナチは地面の剣を引き抜き、スティングから遠ざかった。
「スティングがエンドレスの全てを背負って、犠牲になるなんておかしいよ・・・」
ナチを見つめるうつろな瞳のスティング。
「さっき言ってたじゃない。悲劇を起こしてはいけないって。自分で悲劇を起こしたら本末転倒よ」
スティングの悲しげな表情は変わらない。ナチは、決心を固めるように息を深く着いた。
チャッ
バイオレットの剣を構える。
「わたしは・・・もう、泣かない。だって、スティングがそんなだから・・・わたしがしっかりしなきゃ、イオさんに顔向けできないもの」
まだ涙は乾いていない。ナチは凛とした顔つきで言い放った。
「スティングみたいに他に逃げたりしない!わたしはイオさんとの約束を必ず守ってみせる!」
普段とは違う、勇み立つナチ。
その様子に口つぐみ、何も返さないスティング。
「さっきは励ましてくれたのに・・・。残念よ、スティング。悪いけど、わたしがその根性を叩きなおすわ!」
ザッ!
剣を構えたまま、ナチは地を蹴った。風を切り、スティングの目の前に躍り出る。
危機感すら無いのか、スティングは動きを見せない。
「腕を落として気が済むなら、望むとおりにするわ!」
剣圧が地面を吸い上げ、勢いと共にスティングの腕めがける鋭い刃がぎらついた。
ナチは腰を落とし、スティングの左腕を狙い、思い切り剣を振り上げた!
がっ!!
「!」
剣の衝撃がナチの体に伝わる。同時に、ナチの表情が驚愕に変わった。
寸止めしたはずだった。なのに、剣はなにかにもぐりこんだ。
剣はスティングの腕に――――――?
振り上げた剣を握るスティングの右手が目に入った。
動けず、ナチはその手に釘付けになっていた。
「エンドレスは良い国に生まれ変われるでしょうか?」
つぶやくようなスティングの声。
「僕は変えられるでしょうか・・・?」
「スティングしか変えられない!前にも言ったでしょう?スティング以外に誰もいない!スティングがやらない限り、何も変わらないのよ!」
剣を構えたままナチは叫ぶ。
スティングらしくない、弱気。ナチはいよいよ怒りが心頭に達する。
「これでもまだ言い訳する気?本当に切るわよ」
「嘘つかないでください。この一撃、本気でしょう?」
声に凄みを利かせてナチが迫ると、スティングは微笑した。
「だったら・・・!」
むきになり、再び剣を振るおうと柄に力を込めるが・・・微動だにしなかった。押しても引いても全く動かない。
「術を使って・・・あっ・・・!」
どうせ術を使って防いでいるのだろうと思っていたナチの表情が変わった。
剣を伝う赤い滴。
「これでも結構痛いですね」
赤い軌跡にナチは目を見開いている。スティングはいつもの笑み。
まさかの事態にナチに後悔が襲う。
「バイオレットさんや、ガイスターが受けた痛みはこんなものではないでしょうけど――――――」
スティングの剣を握る右手に力がこもる。さらに血が流れ出、地面に小さな水溜りを作った。
「スティング!」
ナチが構えていた剣をようやく離す。同時にスティングの手からも剣が滑り落ちた。
「どうして素手なんかで受け止めるのよ!こんなに血が・・・」
攻撃をしておきながらだが、スティングの無謀な行動にナチは動揺を見せている。
確かにナチは本気でスティングに切りかかった。だが、それはスティングが当然避けるだろうとの確信があったからこそだった。
寸止めまでして威嚇した。だが、スティングは自ら右手を出したのだ。
「でも、この痛みのおかげで目が覚めました。もう、無駄な血を流さない方法に気付きましたよ」
血だらけの右手に目をやり、しっかりとした声で告げた。
「僕がエンドレスを変えれば良い。ガイスターの悲劇を起こさないよう・・・、バイオレットさんのような犠牲者をださないよう・・・」
そして、右手を握り締めた。さらに地面に落ちる血。
「スティング」
少しぶっきらぼうな言い方、だが、ナチは申し訳なさそうな表情だ。
スティングの右手にナチの手が添えられる。
「スティングの苦しみも分かる。・・・だから、二人で・・・ううん、皆で頑張っていこう?全てが終わって、皆が幸せになるように」
ナチの放つ術でスティングの傷が少しずつふさがっていく。
いつの間にか普通に術を使っているナチに、スティングは驚いている。
「ナチ・・・」
「ね?」
言われ、スティングはほんの少しだけ笑んだ。
「ナチの言葉で気付きました」
「それはわたしも同じ。スティングの言葉で気付いた」
互いに力が抜けたように笑った。
そして、今は何も無くなってしまった大地に目をやる。そこは、黒くこげ、まだ白い煙が立ち昇っていた。
「イオさん・・・、わたし、必ずやり遂げるわ。全てを元通りにするから」
空を見上げ、ナチは決心を口にしたのだった。


時間をかけ、二人はようやく館まで戻ってきた。
「・・・うん、大丈夫。さっき散々泣いたから。イオさんのためにも、落ち込んでばかりいられないって思うから」
ついさっきの出来事だ。悲しみがそう簡単に消えるわけではないが、ナチはバイオレットの約束を果たすため、その感情を殺した。
「もし、寂しいとか、助けが欲しい時は遠慮なく呼んでください。すぐに駆けつけますから」
「そう言ってくれるだけですごく助かる。有り難う。スティングも同じだからね。一人で抱え込んだら駄目よ」
気丈に笑顔を見せ、ナチは手を振ってスティングを見送った。
スティングの姿が見えなくなっても手を振り・・・その手がついに落ちた。
―――――― どうしよう・・・
ナチは恐怖に顔がこわばっていた。
スティングが去った後、ナチは激しい後悔に陥っていた。
無理を言って、もう少しスティングにいて貰うべきだったかと思う。今追いかければ間に合うだろうか。
だが、大丈夫だと言った手前、そうする事もできない。
ナチに再来する恐怖と後悔。
どうしてバイオレットを助けられなかったのか・・・あの時、止められなかったのか。
脳裏に焼きついた光景が頭の中で何度も再生される。
「イオさん・・・」
がちゃっ
玄関の扉を重そうに開け、ホールに入る。同時に、その場に崩れ落ちた。
あぁ・・・どうしよう・・・わたし・・・わたしは・・・
流すまいと誓ったはずの涙が溢れる。
わたしが、イオさんのお父さんと戦わなければイオさんがこんな目に合うこともなかったかもしれない・・・イオさんを殺したのは・・・やっぱり――――――
考えてはいけない事ばかりが思い浮かぶ。
自分が壊れてしまうような気がし、ナチは堪えた。口を押さえ、目を堅く瞑る。
何でも良い、支えてくれる言葉が欲しかった。だが、ここはナチ一人だけの空間。
言葉をかける者は誰もいない。
異常なまでに震える体、そして、口からこぼれるうめき声。落ち着こうと、もがくように空気を取り入れようとするが、それすらもままならない。
言いようの無い苦しみがナチを襲う。
駄目・・・壊れる・・・壊れる・・・!
何もかもが狂い、壊れるような恐怖感に悶え、限界に達しようとした時・・・。
「ナチ?」
突然の声に、ナチは目を見開き、息を止めた。うつむかせていた顔をゆっくりと上げる。
厨房から見せた懐かしい姿。崩れるナチを心配そうに見ている。
―――――― どうして・・・?
突然現われた姿に一瞬頭が白くなるが、今はその存在こそ自分が求めているものだと一瞬の感激がナチを襲った。
「どうかしたのか・・・!?」
駆け寄るその姿に胸が熱くなる。緊張の糸が切れ、安堵感がナチの表情を崩す。
「ディクス・・・だ・・・」
剣を支えにナチは懸命に立ち上がった。
「ナチ!どうしたんだ!!」
だが、崩れ落ちそうなナチをディクスは抱きとめた。
抱きとめた瞬間、ナチが異常なまでに震えているのがわかった。血の気の引いた顔に、冷たい汗が流れている。
「一体何が?それに、その剣・・・」
ナチが手に持ったままの見慣れぬ剣を指差す。
かちゃんっ
その剣が床に落ち、高い音を立てた。
「ディクス・・・わたし――― 」
剣を携えていたナチの震える手が、ディクスを強くつかむ。
うつろな瞳がディクスを見上げる。
「大丈夫、大丈夫だ!俺が着いてるから!」
ディクスの言葉とその存在に感謝するも、ナチの恐怖にも似た感情は治まらなかった。
「どうして・・・!?」
抑えきれず、激しい感情が再びあふれた。
嗚咽を堪える事すら出来ず、ナチは感情のままに涙を流すことしか出来なかった。
崩れ落ちるナチを支えるように、ディクスは膝をついた。
「ごめんっ・・・今だけ・・・、もう、泣かないから。もう、誰も犠牲にしないから・・・!」
留守の間に一体何が起きたのか、ディクスは推し量れない。だが、推測するよりも、今はナチを受け止め、慰める事しか頭に無かった。
「大丈夫だからな。お前には俺が着いてるから」
ナチの頭を抱き、言い聞かせるようにディクスは何度もつぶやく。
バイオレットの銀の剣が二人の兄妹を映していた。


少しずつ、少しずつ近づいてくる
夢にまで見た真実がすぐそこまで
そして、彼らは本当の苦悩に直面する


D.Force
第四章   - 終 -