D.Force The Last Chapter
Force-1
願いに反して
そして全てが始まった。
永遠の幸せを確信したはずだった。
切れる事無き絆を結んで。
「やっぱり・・・心配だな・・・」
宮殿のすぐ手前まで来て、スティングは振り返った。
大丈夫だと言い張ったナチを一人にしてきたが、あんなことがあってからすぐに立ち直れるとは思えない。
ナチの事だから、強がってるのかもしれない・・・
考えると、ますます心配になってくる。足が館に向きかけて、しかし、思いなおして再び宮殿に向かおうとしたり。文字通り、スティングは右往左往した。
っていうか、ここまで考えてるくらいなら、いっその事様子を見に行ってすっきりした方が良いんじゃないか?
大分時間が経ってからようやく結論にたどり着き、スティングは館へと道を戻り始めた。
暗くなったデルタに、館の光は明るい。館に光が灯っている事に安堵し、スティングは玄関前に立った。
「いつもみたいに笑って出てくると良いんだけど・・・」
不安をぬぐえないまま、スティングは深呼吸した。
扉を数回叩く。
しかし、なかなか反応が返ってこない。もしかして、何かあったのではないかと緊張が走った時だった。
がちゃっ
四度目のノックをした後、扉がゆっくりと開いた。スティングは、ナチが倒れこんでいたのではないと安堵した。
そして、扉の向こうから、逆光に暗いナチが現われた。
「安心しました。ナ・・・」
言いかけたスティングが固まる。
「・・・チじゃないいぃぃぃっ!!!」
明らかにナチではないシルエットに、スティングは絶叫した。
ばちんっ!
スティングが無意識に出現させた術がスパークする。
「うわわわわっ!!」
襲ってきた痺れに、出てきた相手も驚いて叫んだ。
「なっ、何者!!!」
飛び退き、スティングは鬼気迫るといった様子で睨みつける。
すると、相手はかなり怒った様子でつかつかと近づき、スティングの頭を思い切り殴った。
「お前こそなんなんだよ、スティング!!」
「いたっ!!」
「扉をがんがん叩くから仕方なく出てきてやったってのに――――――。いきなり術をぶっ放すな!」
聞きなれた声にスティングは瞠目した。
暗がりで顔はよく分からないが、これは確かに・・・
「どうしてディクスがここにいるんですか!?」
「俺んちだから!」
「そうじゃなくて、どうしてデルタにいるんですか!?」
「家がデルタにあるからだろ!」
「でもなくて!!北エンドレスはどうしたんです?」
「連れて帰れるか、あんなもん!」
「いい歳して話の主旨を取り違えないでください!」
「誰がお年寄りだ!」
「誰もそんなこと言ってませんって!それより、ナチはどうしたんです?」
息を切らせてスティングが問うと、ディクスは急に真顔になった。
「――― お前、何か知ってるのか?」
ディクスの神妙な表情に、スティングはすぐに察した。
「ナチ・・・・・・」
やはり、ナチを一人にするべきではなかったと表情を暗くし、事情を説明しようと顔を上げたときだった。
「スティング・・・まさか、お前―――――― 」
「え?」
ディクスの両手がスティングに伸びる。そして、その両手親指がスティングの頚動脈にあてがわれた。その親指に少しずつ力が加えられていく。
「ディ、ディクス・・・!?」
「ナチを"襲った"んじゃないだろうな」
冤罪にもかかわらず、ディクスはスティングの首をぐいぐい締め付ける。
こ、これはやばい・・・!
「ぼ、僕じゃなくて"エリオス"が・・・!!」
とんでもない嘘でその場を逃れようとする。もし、エリオスがこの場にいたら、スティングは間違いなく殺されていただろう。
「エリオスさんがんな事するわけないだろうがーっ!」
あ、ディクス、それ酷いですよ。僕より付き合いの浅いエリオスを信じるなんて――――――
ディクスの言葉に、スティングは心の中で突っ込んだ。
だが、冷静になってる場合ではない。
「違いますって!!」
どかっ!
スティングの足がディクスの腹を直撃した。
「ぐはっ!」
不意打ちにディクスの手が緩み、スティングは慌ててその場を離れた。ディクスは腹を押さえ、うずくまった。
「違いますよ!ナチは・・・」
スティングの表情が暗くなる。
「・・・んだよ、早く言えよ・・・」
苦しそうにしつつ、事情を知ろうと立ち上がった。
「ナチに、女性の友達がいたことを知ってますか?」
問うと、ディクスは一瞬わけが分からないといった表情を示し、うなずいた。
「確か、院に入学してきたとかって、ナチがすごく嬉しそうにしてたけど。名前は、えーっと・・・」
「バイオレット」
思い出せない名前をスティングが言うと、ディクスは手を叩いた。
「そうそう!初めて会ったときに、いきなり左腕を押さえて倒れたから驚いたんだ。・・・で、そのバイオレットさんとナチに何の関係が?」
「院生の初めての同性の友達だからと、一緒に館に泊まったり、ナチは彼女を大切にしていました」
「・・・それで?」
答えになっていない返答に、ディクスはいらついている。貧乏ゆすりをするように足を踏み鳴らしている。
「その彼女が・・・死んだんです」
ディクスの足の動きが止まった。
「バイオレットさんは自ら命を絶ちました。その理由を、ナチは自分のせいにしてるんです」
「自殺・・・?」
「自殺という言葉は適切ではないかもしれません。ですが、バイオレットさんはナチをこれ以上苦しませないために自らを犠牲にしたんです」
もう、泣かないから。もう、誰も犠牲にしないから・・・!
泣きながら言っていたナチの言葉を思い出す。
「一体どうして・・・」
「彼女は・・・エルディストの娘だったんです」
「エルディスト・・・って!!お前とナチを襲ったやつだろ!?」
「バイオレットさんは、父親の腕を切り落とした僕と・・・居合わせた金髪で青い目の女性を探していたんです。でも、それがナチであると気付く前に、二人は打ち解けて・・・」
「二人は最後まで戦ったのか?」
「いえ、バイオレットさんはナチと戦う事を望んでいませんでした。ですが、彼女の左腕に埋め込まれたディオライトの化身は彼女を蝕み・・・それ以上の進行を防ぐために、バイオレットさんは・・・」
「ディオライト!?伝説の鳥だろ?」
当たり前のようにスティングが言う言葉にディクスは動揺している。自分がいない間にこんな事が起きているとは夢にも思わなかったのだ。
「僕も理由は分かりません。でも、バイオレットさんは、もう、いないんです・・・」
スティングは悔しそうに拳を堅く握り、うつむいた。
「本当に・・・すみません。ナチを危険な目に合わせて、つらい思いをさせて・・・僕が頼りないばかりに」
握りこぶしで目を押さえる。
「・・・」
スティングの言葉がディクスの胸に突き刺さる。
のん気に北エンドレスに行っている場合ではなかったのだ。
大体、ナチがエルディストに狙われていることは分かっていた。それなのに、自分の事ばかり優先で、ナチはたった一人で大変な思いをして――――――
「・・・・・・」
ディクスはゆっくりとした足取りで館に戻り始めた。
「ディクス?」
その後をスティングが追う。
ディクスはどこか意識が飛んでいるような表情で二階に上がった。そして、ナチの部屋に入った。
スティングはそれ以上入る事が出来ず、扉の前で立ち止まった。
部屋の扉を閉めると、ディクスはナチが眠っているベッドのそばに膝を着いた。
「ナチ・・・」
ディクスにすがって泣いていたナチは、糸が切れたように急に大人しくなり、そのまま意識を失ってしまった。
そのナチを部屋に運んで寝かせていたが、ナチの涙はいまだに枯れない。
「本当にごめん。俺は、いつでもお前を振り回して、肝心な時に力になれなくて・・・。お前の事何も気付いてやれなくて・・・本当に、ごめん・・・!」
冷たいナチの手を握り、ディクスは震える声で話しかける。
しかし、ディクスの期待する反応は無かった。
「はぁ・・・」
ナチの手を握ったままうなだれる。
分かってるのに、俺はいつもナチを苦しめて・・・ナチがぼろぼろになってから気付くんだ、いつも。今回だって同じだ・・・俺は、ナチを全然見ていない・・・
ポケットからフォースを取り出し、見遣る。
「フォースさえなければ、俺たちは・・・」
大好きなリスタルを離れる事も無く、穏やかに過ごせているはずだった。戦う事も、狙われることも無い、普通の生活。
だが、フォースを追うことを選択してしまった今、それは夢でしかない。
「俺にフォースは必要ない・・・。追い続けて、ナチを苦しめるなら俺はフォースなんかいらない。もう・・・追いかけたりしない・・・」
手の中の三つのフォース。目をそむけ、ポケットにねじりこんだ。
「ナチ、俺はお前のそばにいるから。もう、普通の生活に戻ろう」
ナチの額に手を当てる。思いのほか冷たかった。
「リスタルに戻って、二人でのんびり暮らそう。な?」
ディクスはそうつぶやいた。
「ほら、ジュライから預かったフォースよ。フォースが二つあればネルディアスの子竜に勝てるわ」
手の平のフォースをクォートとライアに見せる。
「・・・・・・預かってきたのはいいけど、ジュライやエクセル様がフォースを必要としている時はどうするの?」
自慢げなセルディアに、ライアがじっと見つめて問う。
「それは、もちろん私が飛んで持っていくわ。大丈夫よ。私の翼を持ってすれば、一日でエルダスに着くもの」
「その前に、どうやって、エクセル様やジュライさんがフォースを必要としてるって伝えられるかですよね」
冷静にクォートが続ける。
一瞬口ごもったセルディアだが、思いついたように手を叩いた。
「大丈夫!エルダスでは当たり前にあるけど、宮殿にならデンワくらいあるでしょ?エクセル様から宮殿宛にデンワを掛けてもらって、取り次いでもらえばいいのよ!」
「神殿にはデンワは無いよ、セルディア。ついでに言うと、エクセル様もジュライも機械オンチだから無理だと思うけど・・・」
と、クォートが言う。
「ボタン押すだけよ、問題ないわ」
「でも、私用で使うのは―――――― 」
宮殿の"電話"を使うとなれば、やはりライアが絡んでくる。
ライアは公務に私的なことを持ち込むのは好きではないようだ。あまり気乗りしない様子でうなっている。
「いざとなったら、エクセル様はセカンダリの背中に乗ってやってくるわ。大丈夫よ!」
何日もセカンダリの背中に乗って疲れ果てているエクセルを想像し、ライアとクォートはため息をついた。
「でも、いいわ。私たちにはフォースが必要なのだから。フォースが二つあれば、ネルディアスの子竜が持つフォースを奪い返せるしね」
「そう!だから必要なのよ!」
少し乗ってきたライアに、セルディアはうなずいた。
「じゃあ」
言い、ライアは手を差し出した。それが何を示しているのかわからず、セルディアは首をかしげる。
「フォースを渡しなさい」
そして、手をさらに伸ばす。当然セルディアは断るが、ライアは無言で迫る。
「―――――― 渡しなさい」
静かな台詞に込められた威圧感。セルディアはしぶしぶ、二つのフォースを手渡した。
「これは必要な時にあなたに渡すわ。あなたにフォースを託していたら、何に使うか分からないもの」
「そ、そんなことないわ!!」
「・・・ついこの間、ネルディアスの子竜に先制したのは誰?」
ネルディアスの子竜が素性を明かしたとき、セルディアは感情に任せて戦闘を仕掛けた。その短絡的な行為をたしなめるようにライアは訊いた。
「・・・わかったわ」
おとなしく引き下がったセルディアに、ライアも、クォートもほっと息をついた。
「さてと。そろそろお開きにしましょう。暗い庭園で密談してると怪しまれるわ」
笑いながらライアが言い、それぞれの場所に戻ろうとした時だった。
宮殿に向かおうとしたライアの目の前に人影があった。まっすぐ、こちらに歩みを進めているようだが。
「あなたは・・・?」
近づいてきた男を見て、ライアは眉をひそめた。ライアの反応に気付いたほかの二人も立ち止まり、同じほうを向く。
その男は三人を見て不敵な笑みを見せた。
「セルディアの知り合い?」
「まさか。デルタに知り合いはいないわ」
クォートが訊くと、セルディアは首を振って答える。少なくとも、ライアもセルディアもクォートも見知らぬ人物のようだ。
その無言のままの男に、三人は不審そうな視線を投げている。
「それを――――― 」
男は一言口を開き、ゆっくりと指で示した。
何を指しているのかわからず、三人ともお互いを見つめた。
「回収させていただきます」
二言目が放たれた次の瞬間――――――
がくんっ
三人の体が地面に崩れ、重圧と恐怖が襲い掛かった。セルディアとクォートは崩れ落ちた瞬間に気を失ったのか、苦しそうな表情をたたえたまま目を閉じている。
「ま・・・さか・・・」
かろうじてライアが顔を上げる。目の前には口元に薄い笑みを浮かべた男が。
その背後に黒いもやが見えたような気がした。巨大な力を秘めた、何か。
男の手がライアに伸びる。同時に、湧き上がる恐怖。手がすぐ目の前に来た時。
ライアは成すすべなく、意識を失った。
ディクスは目をしばしばさせてナチを見つめた。翌朝になってもナチは目覚めなかった。
ようやく表情は穏やかになったものの、起きる様子は無い。
「・・・」
ナチの部屋から出れば、スティングが廊下に膝を立てて寝入っていた。ディクスとナチが出てくるのを律儀に待っていたのだろう。
壁にもたれかかり、時折倒れそうになりながら舟をこいでいる。
昨日は気が立っているせいで気付かなかったが、スティングも戦いのせいか、大分汚れていた。伝説の鳥、ディオライトが宿った人間と戦ったのだ。その戦いは壮絶だっただろうと、ディクスも予想できる。
起こさぬよう、静かにホールに下りる。
ゆっくりと玄関の扉を開けると外に出た。
外はうっすらと霧が出ていた。冷たい空気を全身で吸い込むように深呼吸をする。
重い頭が少しだけ軽くなったような気がした。
「ふぅ・・・」
吸い込んだ息をディクスはゆっくりと吐き出した。そして、空を見上げた。
こんなはずじゃなかった。
ナチに会いたくて・・・いつもの笑顔が見たくて・・・ののしられたって、喧嘩したって良い。いつもの元気なナチに会うはずだった。
だから、急いでアトレイユから帰ってきた。グレースから貰った、飛空艇のチケットを使って。
なのに――――――
親友を失う事のつらさは、正直ディクスには分からない。だが、ディクスの想像以上にナチが苦しんでいるのは痛いほど分かった。
リスタルに帰ったら、少しは気も和らぐかな・・・
本気でリスタルに帰ることを考える。傷心のナチも、ここに留まっているよりかは帰ることを望むだろう。
「帰ろう、リスタルに!」
両手を空に大きく広げ、声を上げる。
「そして、マイホーム!」
そこでナチと二人で暮らす!それが一番じゃないか。
ほんの少し笑む。
「フォースの事も、何もかも忘れよう。それが一番良い」
薄空に、ディクスはまぶしそうに目を細めた。
きびすを返し、ディクスは再びナチの部屋に戻った。
戻ったディクスが目にしたのは、ぼんやりと天上を見ているナチだった。
「ナチ・・・!」
「・・・ディクス・・・?」
ディクスを認めると、ナチは少しだけ笑んだ。
「大丈夫なのか?」
返事をしようとしてうなずきかけたナチの表情が急にゆがむ。じっとディクスを見つめた後、我慢が出来ないというように枕に顔を埋めた。そして、再び始まる嗚咽。
「ごめん、ナチ。俺はお前を守るべきなのに、肝心な時にそばにいてやれなくて・・・お前のことに何も気付いてやれなくて」
声こそ出さないが、ナチは頭をわずかに横に振っている。だが、ディクスは続けた。
「違うんだ。俺はお前を見ているつもりだったんだ。だけど、全然わかっていなくて。俺は、お前の兄貴なのに」
「そうじゃないわ・・・」
枕を放し、ナチはゆっくりと顔を上げた。
「駄目だよね。イオさんと約束したのに・・・落ち込まないってスティングにも約束したのに――― 」
目を硬く瞑り、溢れる涙を堪えようとする。
「堪えられないの。弱すぎる自分が情けなくて・・・」
再び・・・。
ディクスはそう思った。それは過去に何度もあった事だった。一人前になろうと、背伸びをして挫折をしてしまうナチ。そんなナチを何度も見てきた。その度にナチは大人になっていった。
だが、今回はわけが違う。
ナチは、こみ上げる悲しみを自分の弱さのせいにしている。バイオレットを失った悲しさと、受け止められずに涙を流している自分に対するもどかしさがナチに渦巻いているのが分かった。
悲しいと言う感情はごく自然な事なのに――――――
「ナチ。時には思いっきり感情をぶちまけて良いんだぞ」
ディクスの一言にナチは顔を上げた。
どうしてそんな事が言えるのかと言いたげな瞳を向けた。
「人間誰でも強がってばかりじゃ生きていけないんだ。見てみろよ。俺なんか、もう駄目だ!って思ったらいつもトリップしてるだろ?はけ口は必要なんだ。それにすがる事は絶対に自分を甘やかす事じゃないし、恥ずかしいことじゃないんだぞ」
「でも、わたし、今までずっと誰にも迷惑かけないで、一人で頑張るって、何度も誓ったのに――― 」
イオさんとだって約束した・・・わたしはもっと強くならなきゃいけない。強くなければ、イオさんとの約束が果たせない――――――
強い使命感が頭をめぐる。
「前にも言ったけど、誰だって一人じゃやっていけないし、一人で何でもかんでも遣り通す事が一人前じゃない。必要だと思ったら誰かに縋ったらいいし、泣きたくなったら泣けば良い。自分の感情を押し殺してばかりだと、自分を追い詰めるぞ。自分の気持ちに向き合って、素直になることも一人前だと思わないか?」
「でも・・・」
「泣きたい時は存分に泣いて、約束の時ってのが来たら、全力で向かえばいい。気持ちの切り替え、切り替え!」
「・・・・・・」
ディクスを見つめるナチの表情はまだ悲しみにゆがんでいる。その様子を見て、ディクスはうなずいた。
「よしよし、今はまだ悲しい時だろ?泣くな、頑張れなんて俺は言わない。だから、我慢するなって」
ナチの頭をぽんぽんっと軽く叩いた。
「・・・っ・・・!」
悲しむ事を肯定されたナチは体を震わせた。押さえていた感情を吐き出すように、苦しそうだった嗚咽が大きな泣き声に変わる。
だが、ディクスは少しだけ安心した。自分の気持ちを押さえつけ、強がっていたナチが感情のままに涙を流している事が嬉しく思えたのだ。
強がる事は悪い事ではないが、時として自分を苦しめるだけの事もある。ディクスは、感情を吐き出すことがナチの気持ちが少しは軽くなるだろうと確信したのだ。
「よしよし」
泣いているナチの頭を優しくなでる。と、何かを思いついたように手を離した。
「必要だったら、大好きなお兄ちゃんの胸を貸してやるぞ!」
ディクスは満面の笑みを浮かべて大きく腕を広げる。が、ナチは枕に顔を埋めたまま首を横に振った。
・・・チッ・・・!
ディクスは内心舌打ちした。そして立ち上がり、大きく伸びをした。
「なあ、ナチ」
泣いているナチは反応をしないが、ディクスは続けた。
「リスタルに帰ろうと思うんだ」
すると、ナチは顔を上げた。泣きはらした顔が驚いている。
「フォースの事は・・・もう、追わないことにするよ。だからって、この数年は無駄じゃないぞ。ここまでこれただけでも十分だと思う。お前も良い経験になっただろ?」
「でも・・・」
ナチに対してフォースを追い続ける必要はないと言った事はあったが、ディクス自身がフォースを追うことをやめると言ったのはこれが初めてだったのだ。
それをどうしてやめようと・・・?そう疑問の表情がナチから読み取れる。
「そろそろ普通も良いかなってさ。戦いの無い生活も良いだろ?」
「ディクス。わたしの事なら気にしないで―――――― 」
言いかけたナチに、ディクスは軽く首を振った。
「いや、俺が・・・さ。なんっつーか・・・もう、いいかなって。フォースの事が重いんだ・・・。アトレイユでも手がかりは見つからなかったし・・・」
言いながら、ディクスは三つのフォースを取り出した。
「まあ、幸運にもフォースは見つかったんだけどさ」
新しいフォースを目にし、ナチは目を見開いた。
「それでも、俺とフォースの関係は分からないし・・・もう、いいんだ、理由なんて。説明のつかない事なんか、この世には五万とあるわけだし。血眼に探して人生無駄にしたくないしさ。俺だっていい歳だから、そろそろ落ち着きたいなーなんて、考えてもいるし」
そして、ディクスはベッドの端に腰を下ろした。
「普通が一番なんだよな、きっと。そ、普通になるだけなんだ」
「それでも、フォースはディクスの所に集まるわ」
ナチは冷静に言った。
「新しいフォース、見つかったんでしょ?それって、フォースがディクスにあるべき場所である証拠じゃない?それなのに、簡単に投げ出すの?」
「フォースがあっちからやってくるのは構わない。だけど、俺はもう追わない・・・」
「どうして、そんな事言うの・・・?二人で頑張ってきたのに・・・危険だって潜り抜けてきたじゃない」
ナチの言葉にディクスがわずかに反応する。
・・・だからだ。危険だからだ・・・
ナチの言う、潜り抜けてきた危険が頭に浮かぶ。その危険にいつもさらされていたのはナチだ。今回だって親友を失くすという事態まで起きてしまった。それなのに・・・
「お前はリスタルに帰りたくないのか?」
ナチは一瞬口ごもる。
「・・・それは、いつかはって思ってる。いつまでもここに世話になるわけにもいかないし、リスタルが好きだし・・・。でも、それはディクスとフォースの関係がちゃんと分かってから!わたしはいつもそう思ってやってきたのよ。そうじゃなきゃ、帰れない。フォースが重荷になるってなら、半分わたしが背負うから。どうやってって訊かれたら答えられないけど・・・でも、フォースの事はわたしの問題でもあるの!」
懸命に訴える。
「ここままだと、また危険な目に――― 」
「大丈夫。わたしは弱くないもの。今は悲しくて泣いているけど・・・でも、すぐに立ち直れると思う。わたしはやるべきことがあるし、ディクスもいるから・・・。だって、いつでもディクスが守ってくれたじゃない」
「でも、俺がいない間にお前は・・・」
「全てをディクスに押し付けたりなんかして無いわ。今回だって・・・。だから、まだ悲しいのよ。胸が・・・痛くてね」
うつむき、ナチは胸のあたりをぎゅっと抑えた。
「ここが熱くて・・・」
しばらくそうし、ナチは顔を上げた。
「もし、ディクスがわたしの事を気にしてそう言っているなら、わたしは賛成できない。・・・わたしは、最後まで突き止めたい」
「それでも、俺は――――――」
「わたしの願いは変わらないわ」
ナチは答えた。
「お前は・・・強いんだな」
ディクスは苦笑した。
「立ち直りは早いからね」
「そうか」
言い、お互い笑った。
「じゃあ、俺は料理でも作ろうかな。お前の好きな料理作るよ」
ディクスは立ち上がった。
「うん、楽しみにしてる」
「気持ちの整理が着いたら下りて来い。美味い料理を用意して待ってるからさ」
「ありがと」
うなずいたナチを確認すると、ディクスは部屋を出た。
見事に帰省を跳ね返され、ディクスは少し驚いていた。
・・・・・・リスタルに帰りたいのは俺のほうなのかな・・・?
ドアに背中を預け、手の中にあるフォースを見つめた。
いつまでも得たい情報が何も手に入らないフォース。
「俺は、フォースとの関係を知ったところでどうしたかったんだろうな」
そもそも情報を得る必要も無かった。
今ならまだ間に合う。普通の生活に戻れる。
そう、ディクスに強い思いが生まれる。
「ナチ、ごめん。やっぱり、もう、やめるよ、俺」
今、決断しなければ、いつまでも引きずってしまう・・・
意志を固めるように、ディクスはフォースを強く握り締めた。