D.Force The Last Chapter
Force-29
希望

「・・・スティング!?」
スティングの体がゆっくりと倒れてくる。
う・・・そ・・・!
逆光でスティングの表情は分からない。
スティングを受け止めようと、ナチが手を伸ばしたその時。
スティングの足に力が入る。
「"爪が甘かった"ようですね!」
まだ使える片腕で剣を持ち、それをエメラルディアの口腔に突き立てた!
ものすごい咆哮が響き渡る。
「ス、スティング・・・」
「さあ、今のうちです!」
まだしりもちをついているナチを立たせ、スティングはその場を退いた。
ずぅんっ
それと同時に、エメラルディアの体が地面に落ちた。
「ナチュラル、スティング!」
よろめきながら、エリオスがやってきた。さっきよりも顔色は悪い。ナチが放った術がエリオスの状況を悪化させたのだろうか。
「え、エリオスさん!ご、ごめんなさい、大丈夫ですか・・・って!スティングは大丈夫なの!?」
爪が襲い掛かったスティングの背中に回ろうとしたナチの肩をエリオスがつかんだ。
「・・・・・・心臓に悪い。見ないほうがいいだろう」
眉をひそめて警告するエリオス。
「・・・そんなに酷い?」
「ああ、私が見る限りではな」
苦笑するスティングに、エリオスはうなずいた。傷が酷い割にはスティングは平然としているが・・・。
「痛覚鈍化の術はこういう時に役立つんですよね。傷は治っていないですからその場しのぎの術ですけど」
「これを着て傷を隠せ。目にするだけでこっちの気分が悪くなる」
エリオスは羽織っていたコートをスティングに突き出した。
「有り難う」
素直にスティングは応じ、それを着た。
「それにしても、さっぱりしたものだな」
スティングの少し後ろを見ながらエリオスが言う。
その言葉に、ナチは慌ててスティングの背後に回った。
「な、無い・・・」
腰に届くほどだったスティングの長い髪の毛が綺麗さっぱりなくなっていた。うなじが見えるほどぎりぎりまで切断されている。
エメラルディアが倒れている場所に目をやると、豊かな髪の束が地面に広がっていた。
「・・・・・・」
目が点になっているナチ。地面に広がる髪と、スティングの背を交互に見比べ呆然としている。
「大した事無くて良かったです。エリオスも無事みたいですし」
「まあ・・・な。ピンチにしては上出来なんじゃないか」
「・・・・・・」
「ナチ?」
スティングに肩をゆすられ、ナチは我に返る。
「髪・・・」
ナチは散らばっている髪を指差した。
「それくらいどうって事無いですよ。長すぎだったので、そろそろ切りたいと思っていた所ですし。体が軽くなったような気がします」
笑うスティングだったが、ナチは申し訳ない思いで一杯だった。
「ごめんなさい・・・」
「気にしないでくださいよ!ナチが無事で何よりです」
スティングの優しさが胸痛いと感じつつも、感謝の気持ちを伝えようと口を開きかけた。
「・・・?」
だが、不意な違和感に、ナチは口を閉ざす。
相変わらず上空には無数の鳥がいる。鳴り止まない戦闘の爆音も遠耳に聞こえるのだが・・・
「・・・何か来る」
ナチは緊張した面持ちで周囲を見ている。
「さらに敵が増えるとか?」
「ううん、違う。そうじゃなくて―――――― 」
ズズズズッ
スティングも耳に響く異変に身を構えた。
遠くから聞こえる地響き。それはだんだん近づいてくる。
「来る!構えて!!」
ドンッ!
衝撃が襲い掛かる!身を構えていた二人は立っていられず、地面に叩き付けられた。
二人を取り囲んでいたモンスターも、甲高く鳴き叫び、暴れ狂っている。
だが、衝撃はやがて収まった。大きな衝撃は一度だけで、後はだんだんと弱くなったのだ。
「・・・地震?」
ナチが立ち上がりながらつぶやく。
「まさか、こんなに大きな地震が来るはずは・・・」
ナチは何気なく空を見上げた。
その時だった。
「見て!空が・・・!」
「光の・・・柱・・・?」
天を貫くようにそびえる一条の光。
チカチカと瞬いた後、崩れるように消えた。
バサッ
たくさんの羽音にナチとスティングは我に返った。悠長に空を眺めている場合ではない。
戦いはまだ続いているのだ。
「えっ?」
しかし、振り返った先にモンスターの姿は無かった。
鋭いくちばしを構えていた鳥たちは空に舞い、牙を剥いていたモンスターたちは逃げるように森へ帰っていく。
この場所だけではない。他の場所でも同じような現象が起きているのか、飛び去る鳥たちで空は埋められていく。
町を襲撃していたモンスターも、門を通り抜けて走り去っていく。もちろん、呆然と立っているナチとスティングを無視してだ。
「スティング、これって・・・?」
「ええ、もしかして―――――― 」
空は青く澄み通っていた。
耳につく嫌な泣き声も無く、やわらかく吹く風の音だけが聞こえる。
恐怖に震えていた住民も顔を出し、ざわざわと人の声も大きくなっている。
「ディクス・・・」
つぶやきが空に消える。
デルタに数日振りの平穏が訪れたのだった。


『エクセル様、ディオライトの気が・・・!』
『消えた・・・一瞬にして』
エクセルは地上を見下ろした。地上から襲ってくるような鋭い気が突然消失したのだ。
『もしかして、ディオライトがマスターに!』
勝利の言葉を口にしようとしたセルディアを、エクセルは首を振って否定した。
『恐らくリーンレイの大地に誘導しただけだろう。それで気が消失しただけだ。まだ封じるとまでは行かない』
『そんな・・・』
『かつての神竜とディオライトの戦いは数年に及んだ。その時ほどの力が無いとは言え、たった数日で決着しない。本当の戦いはこれからだ』
『では、私たちはまだ待つ必要があるのですね・・・』
『そうだ。その間に子竜の名に恥じぬよう、大陸を守る義務がある。数日とは言え、ディオライトが大陸に残した影響は甚大。する事は多いぞ、セルディア』
『はい、エクセル様』
後ろに控えていたクォートの翼が羽ばたく。同時に、大きな翼を広げ、セルディアは青い空の高みへ舞上がった。


「アルバート様!外をご覧ください!」
アルバートの従者、オリヴィアが興奮した様子で窓の外を指差している。
そばにいたナーシャも、その光景に目が釘付けになっていた。
「何事だ」
アルバートが窓辺に寄り、オリヴィアが指差す先を見た。同じように、部屋にいたフィオールの従者イリアスと、国王の従者のアーネスが駆け寄った。
「・・・柱?」
輝く一本の柱。天空より突き落ちたのか、それとも、地上より突き出たものなのか分からない。厚い雲と、地上を結んでいるように見える。
「町から鳥や竜たちが去っていく」
安堵したような・・・だが、信じられないといった様子のイリアス。
地上に降下していた鳥たちは、今は上空に向けて一斉に飛び立っている。宮殿に向かっていたモンスターも、身を翻して森に帰っていく光景が目に入った。
「どういうことでしょう。こんなに一斉に退くなんて・・・」
「もはや我々に敵わないと撤退したか?」
オリヴィアとナーシャは、惨事が去った喜びよりも、その理由を論じることに熱心だった。
「国王に報告して参ります!」
吉報と捉えたらしいアーネスは、急いで部屋を出た。
「アルバート様、ようやく平和が戻りますね。理由は分かりませんが、敵が撤退して何よりです」
オリヴィアの言葉に無言でうなずくアルバート。だが、その顔つきはまだ厳しい。
「これからがエンドレスの国政が問われる。直ちに支部に各地の被害状況と被害額の算出を報告するように伝達を!それから、予算調整の緊急会議を行う。議会の召集の準備を頼む」
『はっ!』
喜びに浸る余裕は無い。
かくして、エンドレスは各地の復興政策に乗り出したのだった。


「姉さん!危ないっ!!」
アリスを襲おうとしていた怪鳥を、ミリアの術が弾き飛ばす。真っ赤な血しぶきをあげ、怪鳥はラグーンの海に落ちた。
「ウミネコたちが喰われてる・・・酷い・・・」
普段はおとなしくしているはずの鳥たちが暴徒と化し、ラグーン中を攻め立てていた。
争いの中、エメラルドグリーンの海は血が混ざり、不吉な色を染められている。
「一体何が起きているの・・・?」
変化は数日前。中心街で観光客を襲う鳥が出てきたとの報告があった。そして、ラグーンにやってくる客船に鳥が群がるように襲ってくる事件も起きた。それから間もなく、ラグーンは無数の鳥や竜に襲われることとなったのだ。
深海にすむ海竜も出現し、浜の一部にクレーターができるほど激しい戦いもあった。
ペンションを経営しているアリスとミリアも、この数日、交代で討伐に出るも鳥たちは引かない。
「火炎煉獄!!」
ミリアの放った術が空を焦がした時、鳥の動きがぴたりと止まった。騒がしかった声も、止み、不気味な静寂を生み出している。
「一斉にかかってくる気かしら」
その奇妙な雰囲気に、アリスが緊張した声でつぶやく。
ところが、鳥たちは翼を羽ばたかせ、何かを探すように首をせわしく動かしているだけだった。
やがて、二人を襲っていた鳥たちはその場を飛び立った。
無数の鳥はちりぢりになり、シェルガーデンは普段の穏やかな光景に戻ったのだ。
海の色はまだ戻らないが、心地よい小波の音が耳に届く。
「終わったの・・・?」
突然去った脅威。誰もが呆然と、飛び立つ鳥たちを見つめていたのだった。


そして、エンリージュ。
「グレース様!早くこちらへ!」
グレースと護衛が古い石畳を走っていた。老朽化した宮殿より安全な格納シェルターに向かう途中だった。
護衛は襲ってくるモンスターを確実になぎ払っていく。
だが、"一人"だけ違っていた。
「うわあっ!やられるっ!!」
襲い掛かる鳥を仕留められず、逃げようとしたマインは躓いて転んだ。
鳥の鋭い牙がすぐ目の前に来た時――――――
「バニッシュ!!」
グレースの術が鳥を砕いた。
「あなた大丈夫?」
転んだままのマインに声を掛けると、マインは慌てて立ち上がった。
「も、申し訳ありません!護衛の任に就きながら――― 」
「・・・謝る余裕があるなら、死ぬ気でこの場を突破なさい」
グレースの表情が険しくなる。
第二群がグレースとマインたちを取り囲んでいたのだ。
「う・・・あぁぁっ!」
マインは頭を抱え、かがみこんだ。グレースは手をかざし、術を発動しようとした時だった。
「え?」
鳥は見事に方向を変え、どこかに行ってしまった。マインは恐る恐る顔を上げる。
グレースは従者の制止も聞かず、町が見える場所へ急いだ。
エンリージュの空を覆っていた鳥と竜も見る見るうちに数を減らし、青い空が前面に広がった。
討伐隊の院生や住民たちがその様子を見上げている。
「鳥と竜の暴走は、竜神とディオライトの聖戦の予兆・・・。この大陸は誰に委ねられたの?」
去っていく者を見据え、グレースは答えの無い疑問を胸に抱いたのだった。


東に位置するはサイバーシティのエルダス。
術が使えない住人が多いこの街は、鳥と竜の暴挙に異常なまでの混乱を見せていた。
怪我人が多数出る中、町中心部の野外病院でエイブルは休みも取らず、ずっと患者の手当てをしていた。
パンッ!パシッ!
鳥がぶつかる音、くちばしでつつく音。はたまた、術で攻撃してくる鳥によって、野外病院を守るように覆っているエイブルの術は限界まで来ていた。
どんっ!
不意に巨大な竜が野外病院の直上に落ちてきた。術障壁によって守られているが、竜はもがき、その下にいる人々は恐怖に震えた。
同時に、その術を発動しているエイブルの負荷も一段と大きくなる。
・・・もう、もたないかもしれない・・・
諦めが心を支配しようとした時、体の負担が急に軽くなるのを感じた。
見上げれば、襲い掛かっていた鳥、落下してきた竜が空へ戻っている光景が目に入った。先ほどの狂気ぶりは嘘のように、すべてが空に帰り、飛んで消えた。
エイブルはゆっくりと立ち上がり、空を仰ぎ見た。
「神が助けたもうたとでも・・・?この世に奇跡は存在したのか」
信じがたいその光景に、エイブルはそう口にせざるを得なかった。


「ナチ」
空を見続けているナチの肩に、スティングが手を置いた。
「・・・そうだね、帰ろう」
そして、三人は宮殿へ帰途に着いた。
「あの建物の向こうで小隊が待機しているはずだ。医療班もいるから治癒してもらえ」
「・・・有り難う」
あれから十分ほど経過しているが、歩くにつれ、スティングの表情が険しくなっている。その変化に気付きながら、ナチはスティングの横に着いている。
「スティング、もしかして、痛覚鈍化の術が・・・」
「ええ・・・背中が燃えるように熱くて・・・」
スティングがついに膝を着いた。
「だいじょ・・・」
ナチが目にしたスティングの背は鮮血に染められていた。エリオスから渡された厚手のコートが真っ赤だったのだ。目を向ければ、スティングが歩いてきた道に、点々と赤い染みが続いている。
「術で痛みは感じなかったんですけど、出血だけは酷かったみたいで・・・はは、術の効果が持たなくなりました」
スティングの顔は真っ青だ。息もどこか弱弱しい。
「エリオスさん!」
声を掛けられ、先を行っていたエリオスが戻ってきた。
「見栄を張っているからこうなるんだ!!」
スティングの状態を見るなり、エリオスは声を荒げた。
「・・・見栄を張るならエリオスと良い勝負だと思うけどね」
「減らず口を叩いている暇があったらすぐに残りの術を解け!痛覚鈍化の術は治癒の術を無効化する!」
「それは怖いかも・・・」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!あ、眠りの術でも・・・」
「そんな事したら、スティングの体力が著しく低下して死ぬ確率が倍増だと思うが」
ナチの思いつきに、エリオスが冷静に突っ込む。
「というわけだから、早いところ痛覚鈍化の術を解いて!」
「・・・分かりました」
しぶしぶ、スティングは術を解いた。同時に、体に大きな衝撃が走った。背中が熱いなんてものじゃない。
引き裂かれるような、耐え難い痛みが直撃した。
「ぐ・・・ぅっ・・・!!」
先ほどの減らず口を叩く余裕など無い。
「ナチュラル、リヴァイヴの術に加勢してくれるか?」
「はい!」
エリオスが手をかざす、そして、ナチがそれに加勢するように手を添えた。二人の術力は微量だ。
スティングの怪我を回復させるには時間がかかるだろう。それまでにスティングの体力が持つことを願った。
「スティング、頑張って!」
「こんなところで犬死する気か!?」
二人の声にも応えず、スティングの表情はさらに険しくなる。
「コートを脱げ!」
エリオスはいきなりスティングのコートをつかむと、思い切り引っ張って脱がせた。
「うああああっ!」
傷に密着していたコートを強制的にはがされ、スティングは絶叫を上げた。
「・・・っ!」
エリオスが見るなと言っていたスティングの背の傷を目にし、ナチは思わず顔を背けた。
「・・・酷いな・・・術は効いているのか?」
「で、でも、少しでも・・・治さないと・・・」
震える声でナチは再び手をかざした。スティングは沈黙を守っている。さっきよりも動きが緩慢になっている気がするが・・・。
「まずい・・・!急ぐぞ、ナチュラル!」
「三人ともどうしたの?」
緊迫した状況の中、のんびりとした声が聞こえた。
「フィオールさん!」
「姉上!」
フィオールは小走りにやってくると、うなだれ、膝を着いているスティングの背を見た。
「あら、酷い」
言う割りに、フィオールは大して驚きもせずスティングの背中を見ている。
「戦闘で怪我をしてしまって・・・」
「無茶をしたら駄目ってあんなに言ったのに。困った子ね」
急く二人とは対照的に、マイペースのフィオールに、ナチもエリオスもやきもきしている。
「姉上・・・できれば加勢して欲しいのですが・・・」
「当然よ。任せて頂戴」
すると、ナチとエリオスの二人を押さえ、スティングの背に両手を当てた。
悲鳴こそ上げなかったが、スティングの背がびくりと動いた。
「・・・・・・」
フィオールの唇が僅かに動いた。と、眩い光がフィオールのかざした手から溢れる。真っ赤な背中も光に浸食されて真っ白くなっている。
ふと何かに気付いたようにナチは自分の体を見た。それはエリオスも同じだった。自分の体を見て不思議そうな顔をしている。
「体が・・・軽い」
ナチは腕を曲げたり腰をひねってみたりしている。そして、怪我をしていた腕を見た。
「傷が治りかけてる・・・」
「私も同じだ。傷が消えている」
エリオスは胸の辺りを軽く叩き、痛みが激減していることを確認している。
「これが魔法の力よ。術を併用すれば効果倍増。研究成果が得られて良かったわ」
手をかざすのを止め、フィオールはにこりと笑った。スティングだけではなく、光を浴びたナチとエリオスにも効果を発揮したらしい。
ところどころ痛みを感じていた部分がすっきりしている。
「魔法ってすごい・・・」
「ナチュラルさんも興味持ったのなら学んでみるといいわ。もしかしたら魔力を持っているかも」
フィオールは屈んでスティングの肩を叩いた。
「スティング起きて。もう背中に痛みは感じないはずよ」
数度揺さぶられた後、スティングはゆっくりと顔を上げた。
「姉上・・・?」
ゆっくりと起き上がり、頭を抑えて立ち上がった。
「スティング、あなた髪が・・・」
そこでようやく、スティングの後ろ髪がなくなっていることに気付いたようだ。口に手をあて驚いている。
「ええ、さっぱりしました」
首に手を当て、苦笑するスティング。それを悲しげな目で見つめるフィオール。
「残念だわ。三つ編みをしてあげることができなくなるなんて。暖かい昼下がりにあなたの髪を梳くのが楽しみだったのに」
「大丈夫です。今度はエリオスが髪を伸ばすそうですから」
そんなこと一言も口にしていないエリオスに話を振ると、エリオスは仰天したように首を振った。
「お前と一緒にするな!」
「でも、エリオスが髪を伸ばさなかったら僕と髪型かぶるよ」
「冗談じゃない!髪が伸びるまでカツラをかぶっとけ!」
ムキになるエリオスに、ナチもフィオールも笑っている。そんな二人に気づき、エリオスは恥ずかしそうに口を閉ざした。
「おかげさまで普通に歩けるくらいは回復しましたし、帰りましょう」
「傷は完全に防いだわけじゃないわ。帰ったらもっと適切な治療を受けて頂戴ね」
そして、帰途に着こうとした・・・が。
「お・う・じっ!!」
いつの間にかレイルが背後に立っていた。驚いたスティングはその場から飛び退こうとしたが、レイルに肩を掴まれ、顔を引きつらせている。
「軍を離れて一体何をやっていたんですか!?」
「・・・」
「しかもなんです、この背中の傷は!王子たるもの、こんな無残な背を市民にさらすなんて何をお考えです!?混乱中の都市だからといって、全く・・・自分の立場というものを理解なさい!」
スティングの傷は完全に治ったわけではない。そんな、血が生々しく残る背を無防備にさらして歩くというのは王位後継者としてはありえない事だ。
「それに、髪までばっさりと・・・。髪を切る手間が省けたと笑うしかありませんね、これは」
呆れているレイルは腕を組み、見下ろすようにスティングの後姿を見ている。
「滑稽な事です。王位継承者足るもの、身勝手な行動で返り討ちにあって髪を失い、醜い背をさらして帰還するなど・・・。敗北者同然です。分かっておられるのですか!?」
「レイル、言いすぎよ。この子達はデルタを守りたくて・・・」
「守り方があるという事です!軍を指揮して効率よく敵を殲滅する方法だってあります。それなのに、あろう事か軍を放棄して無謀な真似をするとは片腹痛い!国外追放ものです!」
「レ、レイルさん。スティングもエリオスさんも、わたしを心配してくれて・・・。わたしが無茶をさせてしまったんです。ごめんなさい」
すると、レイルは少しひるんだ顔を見せたが、ため息をついて真顔に戻った。
「・・・女性を守る騎士なら、白馬くらい駆って助けに行きなさい。なんです、その身なりは。いつの間に貧民層が似合うようになったんです」
戦闘や血やらでスティングの服はぼろぼろだった。さらに、背中は全開だ。
レイルもまた、エリオスと同じようにコートを脱ぎ、スティングに無理やり羽織らせた。
「有難う・・・」
やや怯えながらもスティングは礼を言った。
「エリオス様もです。今回ばかりは私も黙っているわけには参りません。ナーシャにこの件は詳細に報告させていただきます」
「っ・・・!」
さすがのエリオスも、その言葉に動揺を見せている。反論を言いたいところだが、レイルが言うことは最も。諦めた様子で肩を落としている。
「お二人には軍の指揮戦術を一から学んでいただかなくてはなりませんね。軍の力を引き出せないようでは国を統括できません。ご覚悟ください」
「あら、大変。指揮戦術なら兄上の鞭がたっぷり入るわね。いい指揮官になれるわ!」
フォローにならないフォローが、窮地に立たされているスティングとエリオスを直撃する。
それ程に、その指揮戦術の学習は非常に苦痛らしい。
心身ともにこう着状態の二人を見て、ナチは手のひらを地に付けて謝りたくなった。
―――――― ほんとごめんなさい。まさかこんなことになるなんて・・・
思いもよらぬ余波に、一同現実の厳しさを思い知らされる羽目になったのだった。
「ライアに良い国を見せるのでしょう?約束したのではないですか?」
すると、スティングはうつむいていた顔を上げた。
「ああ・・・、そうだ。そう約束した」
ライアと約束したから、王となり、国を統括する事を改めて決意したのだ。
「物怖じしない行動は賞賛します。ですが、国を統括し豊かにするという大役を担っているという事をお忘れなきよう、お願いしますよ」
「・・・もちろん。僕がまた暴走しそうになったら止めてくれ、レイル」
「ライアを伴わないのはつらい所ですが、どうにかしましょう。・・・と、その前に暴走しないでください」
「そうだね」
スティングは苦笑して頬を掻いた。
「それでは皆さん、宮殿に戻りましょう。戦闘の影響で、宮殿までは歩きになりますが、大丈夫ですか?」
その場の全員がうなずき、そして、宮殿へ歩き始めた。
「僕たちは宮殿に戻りますが――― 」
宮殿の手前に来た時。スティングは振り返ってナチに聞いた。
「うん。わたしは館に戻ろうかな。もう、混乱も収まったし、それに――― 」
ナチが言わんとしていることを理解したスティングは笑顔を見せた。
「ええ、その方がいいでしょう。後で寄ってもいいですか?」
「もちろん。傷を治してもらったらね」
そして、分かれ道でナチは立ち止まった。
「じゃあ、わたしは館に戻ります。色々お世話になりました!」
深々と頭を下げる。
「また一人になるつもりか、ナチュラル。まだしばらくは宮殿で・・・」
スティングがエリオスの肩を叩き、うなずいてみせた。
「もう、鳥が襲ってくることはないでしょうし。大丈夫です!有難うございました」
言い切ると、ナチは走って行ってしまった。
「確かに襲ってはこないとは思うが、一人で館に帰るなんて」
エリオスは納得がいかない顔をしている。
「大丈夫なんだよ、エリオス。だって、"戦いは終わった"んだから」
意味ありげに笑うスティングの意図を汲み取れないエリオスは怪訝そうだ。
「さあ、お二人とも戻りましょう。その身なりを何とかしていただかなくては示しがつきません」
「おいしい料理を作るわ。久しぶりにみんなで団欒しましょう」
レイルとフィオールに促され、スティングとエリオスは宮殿へと戻ったのだった。


体の疲労なんて忘れていた。
全速力で館に向けて走り続ける。
戦いは終わった。だから、だから――――――
そんな思いがナチを突き動かす。館に戻ったら、今までどおりの生活が再会されるはず。
なぜなら、そう"約束"したのだから。
一心不乱に走り、ようやく館が見えてきた。
――― お願い・・・!
心の中で強く願い、ナチは館のドアノブの手を掛けた。