D.Force The Last Chapter
Force-30
やっぱりいつものテンションで!
「はい、どうぞ」
ナチはスティングにお茶を差し出した。
そして、光の差し込む明るい窓辺にあるテーブルに腰をかけた。
「有り難うございます」
スティングはティーカップを手に取り、口に含んだ。砂糖を入れたわけでもないのに、十分な甘さが口を潤す。
どこか懐かしい香りに首を傾げた。
「ディクスが栽培してた紅茶よ。デルタから持ってきたの」
「道理で。この香りは忘れられないですね」
スティングは部屋を見渡した。
六畳の部屋が二つ。小さなテーブルに二脚の椅子。小さな食器棚にはそれぞれの食器が二つずつ。
ディクスが愛用していた料理の本も棚にきちんと納められていた。
「今はどうやって生計を?」
「ようやく術教員の仮免許を取得できたの。新しく出来た学校で副教員として働いてるのよ。大変だけど、子供達も熱心だし、やりがいがあるわ。スティングは?」
「エンドレスも全土でようやく支援が終わったところです。ディオライトの影響で壊滅的だった町も今は昔と同じ豊かな暮らしです。明日はエルダスに行ってエンドレスの状況を報告する予定で。あと、飛空挺発着場の建設の件についても」
そのついでにここに立ち寄ったらしい。
二人がこうやって会うのは実に久しぶりだ。戦闘で切られたスティングの髪はまだ短いままだった。それがスティングをより大人っぽく見せるのか、ナチは少し変わったスティングをまぶしそうに見ている。
「リスタルは?」
「ええ、リスタルも復興しましたよ。あの美しい湖も健在です」
スティングの答えに、ナチの表情が明るくなった。
「そっかぁー、良かった。久しぶりに行って見たいなぁー」
「デルタにもたまには寄ってくださいよ」
「エンドレスがもっと近いといいんだけどね・・・。さすがに"ディスティール"からじゃ遠いわ」
そう、ここはエンドレスから遥か遠いディスティール。
ディオライトの戦いから既に四年が経過していた。
院生のナチはデルタを出、本来ディスティールがあった場所から少し離れた場所に復興したネオディスティールに移住していたのだ。
「この町も大分人が増えましたね」
スティングは窓から見える町並みを眺めてそう言った。
広がる・・・とまでは行かない。まだ出来立ての小さな町だった。新しい屋根が太陽の光を受けて輝いている。
「うん。家もどんどんできてるのよ。ここみたいにアパートも多いし。これから何が起きるんだろうって、毎日がわくわく」
「デルタもいいですよ。町がもっと綺麗になりましたし。そろそろ帰ってくるのもいいんじゃないですか?」
ナチは笑って首を振った。
「まだここに来て三年よ。これからなのに」
「エリオスが会いたがってましたよ。"ナチュラルを連れて帰って来い!"ってうるさいのなんの・・・」
「ざーんねん!私はここでの自分の居場所を見つけたし、それに―――――― 」
ナチは立ち上がって青い空を見上げた。
「竜神様との"約束"があるから。それを果たすまでは戻れないわ」
「強い意志ですね」
ナチもまた、少女から大人へと変わっていた。
笑顔は昔と変わらない。だが、時折見せる凛とした表情は大人の女性そのものだった。
守られる事を後ろめたく感じ、守ろうと躍起になっていた少女の姿は今は無い。
「それで・・・ずっと気になってたんですが・・・」
ナチの様子を窺うようにスティングは問う。
「その"約束"ってなんですか?」
すると、ナチは少し驚いた表情を見せた。
「もしかして、スティングに話してなかったっけ。とてもシンプルな約束よ。"ディクスは必ず帰ってくる"って。その場所が"始まりの地"なの。ディクスと別れる直前に竜神様と話す機会があってね。その時に交わしたの」
「竜神と・・・」
「ネタばらしをすると、ディクスと枕投げをしていた時にディクスが気絶して・・・で、気絶した所で試しに竜神様を呼んでみたの。そしたら本当に出てきたからこっちがびっくり」
外界に出てきた竜神もナチの顔がいきなりあり、かなり驚いていた。
そして、二人は初めて普通に会話らしい会話をしたのだが・・・
「もしかして、ディスティールにいるのは"始まりの地"というのがディスティールだからですか?」
気づいたスティングに、ナチはうなずいた。
「ご名答!戦いが終わった直後、絶対にディクスは帰ってきてるって勝手に確信してしまって・・・でも、ディクスは館に帰ってきていなかった。あの時は本当に落ち込んじゃったなぁ」
モンスターたちが去っていったあの瞬間。ナチは戦いが終わったのだと思い込んでいた。
同時に、ディクスの戦いが終わったのだとも。
しかし、確信にも似た期待を抱いて館に帰ったナチを待っていたのは静寂だったのだ。
「後で僕が館に行った時、ナチの余りの落ち込みぶりにどうしようかと思いましたよ。話しかけても反応が無いですし」
「あの時はさすがにね。疲れてたし。で、何とか竜神様との約束を思い出して、その約束が果たされることを願ってここに来たってわけ。最後の望みってやつかな」
これでスティングはようやく理解できた。四年前、突然ディスティールに移り住むと言い出したナチ。
移住先がどうしてリスタルではないのかと、疑問に思っていた。しかも、ディスティールの復興は始まった直後で、町の設備は不十分。わざわざ移り住むような所でもなかったのだ。
「本当の町の場所からちょっと離れてるけど、ここはディスティールに間違いないし。約束だからね。ちゃんとここで待ってないと後で恨み言言われそうだから」
「ナチが僕に移住の件を話してくれた時、ディスティールの町が再興しているのを知らなかったので、ナチが野宿で生活するのかと驚きましたよ」
ナチが移住を口にしたのは戦いが終わってから半年くらい経った頃だった。
突然の発言で、誰もがそれを止めようと必死だったのだ。
「あー、まあ、再興の話が無かったら私もまだデルタにいたかも・・・。何より、自立ってのを体験したかったしね。んー、自活とも言うのかな」
「経済的にも自立するという事ですね。すごいですね、その歳でそんなことまで考えてるなんて」
「色々考えるの楽しいしね。ディクスじゃないけど、自分の家を建てたいなとか考えるのが楽しいもの。今ならディクスの気持ちがちょっと分かるかも」
マイホームとうるさく言っていたディクス。その時ナチは大して興味は湧かなかったが、アパートで一人暮らしをするようになり、マイホームの事を考えるようになったのだ。
あれこれ考えるのが楽しく、いつしかマイホームを持つことが夢の一つになってしまっていた。
「土地なら任せてください。良い物件紹介しますよ」
「仲介料払うから良いとこ頼むわね」
話がひと段落した所で、町の学校から時報の鐘の音が響き渡った。
時計に目をやると午後三時を指していた。それを見て、スティングは残念そうにため息をついた。
「そろそろ出発の時間?」
すると、スティングはうなずいた。
「有り難うございます、ナチ。今度はデルタに来てくださいね。帰ってくる予定が着いたら呼んで下さい。迎えに来ますから」
「そこまでしなくても!今度デルタに帰る時はディクスを引っ張ってくるから。それまで待ってて」
「・・・ええ、僕はデルタで待ってます」
ナチの笑みにスティングも微笑んだ。
「送ってくわ。飛空挺この近くなんでしょう?」
言い、ナチはスティングをエレカーに勧めた。
「エレカーにだって乗れちゃうんだから」
以前は乗れなくてディクスやスティングに頼っていたナチ。今や自分のエレカーを手にし、自由に走り回っているらしい。楽しそうに運転している。スティングは助手席に乗り、外に広がる草原を眺めていた。
走ってしばらく、待機している飛空挺が見えてきた。
「飛空挺、慰霊碑の近くに止めてたんだ」
ナチは飛空挺から少し離れた場所に車を止めた。車から降りると、慰霊碑に駆け寄った。
そこには花が咲き乱れていた。
「あれ、この花・・・」
「リーンレイよ。これもデルタで分けてもらったのを植えたんだけど。驚いた。数日前はつぼみすらなかったと思ったのに」
屈んでリーンレイを観察し始めた。
「こんなに咲いたのは初めて。毎年一輪か二輪くらいしか咲かないのに。こんなにたくさんに咲いてる・・・」
「本当に綺麗ですね」
スティングも屈んで咲くリーンレイに手を触れた。
「この辺りを何とかお花畑に出来たらって思って。良かった、夢が叶いそう」
「ナチの思いが花に伝わったんですよ」
にこーっとスティングの満面の笑み。
「スティング・・・台詞がくさい・・・」
「えっ、あ・・・そうですか?」
スティングは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「最近女性に対しての話し言葉とか、気遣いとか・・・色々うるさく言われてて・・・」
「お嫁さん探しも大変ね・・・」
「そういうわけじゃないんですが・・・。ナチの前なのに思わず"嘘"を言ってしまったようです」
「・・・そうやってはっきり言うのもどうかと思うけど」
しかし、健在のスティング節にナチはおかしそうだ。
「やっぱりナチと話してると気が楽です。猫かぶる必要も無いですし。宮殿は窮屈でしょうがなくて」
「だからって、宮殿抜け出さないようにね。女装してデルタうろついてたって、今度は私は助けられないんだから」
「僕は奇跡を信じますよ」
そして、お互いに笑った。
「じゃあ、また今度ね。仕事頑張ってね!」
「有り難うございます。近いうちに手紙出しますね」
スティングは手を振り、飛空挺へと戻っていった。
それから間もなく飛空挺は轟音を立てて浮上していった。吹き飛ばされないよう足を踏ん張りつつ、その様子を目で追うナチ。
垂直上昇した青い機体は、爆音を残して飛び去った。
「・・・相変わらずすごい音」
耳が麻痺するこの感覚が懐かしくさえ思える。
飛空挺が去った後、ナチはその場に立ち尽くしていた。目に入る、どこまでも青い空。ゆっくりと流れる白い雲。
ざぁぁっ
強めの風が吹き、花を揺らす。
と、花の香りが一段と強まったような気がし、ナチは地面に視線を落とした。
「えっ・・・!?」
さっきまでは草原だった場所にリーンレイが広がっていた。石碑の周囲に群生はしていた。だが、この草原一帯に広がっていなかったはず。
ナチは目をこすって周囲を見渡した。
淡いオレンジの地面。甘い、鼻をくすぐる香りが風と共に運ばれてくる。
ナチの夢が一瞬にして目の前に実現したのだ。
「リーンレイが・・・こんなに・・・?」
ナチは屈んでリーンレイに触れた。この足元の花も、さっきまでは無かったはずだ。だが、手に触れるそれは確かにここに存在する。
それはナチが望んでいたものだ。
「一度枯らせたからな」
耳に届いた声。
「あの時はお前に散々なじられた挙句に術をお見舞いされたけど・・・これなら十分だろ?」
ナチはゆっくりと顔を上げた。
広がるリーンレイの花畑。が、ナチの視界には誰もいない。
「何ぼけてるんだよ、こっちこっち」
背後にはっきりと聞こえた懐かしい声。
ナチは胸に手をあて、深呼吸する。そして、意を決したようにゆっくりと振り返った。
サァッ
リーンレイと一緒に咲いている小さな白い花が風に舞う。
「・・・ディクス」
「他の誰に見える?お前の兄貴だろうが。容姿端麗術力優秀スポーツ万能完璧無敵のな」
当たり前のようにそこにいる。何一つ変わっていないディクス。
いつもと同じ、自信ありげな笑みを浮かべている。
「――― 帰ってきたんだ。本当に帰ってきたのね?」
「ああ。待たせてごめんな。寂しかったろ?」
「・・・全然」
こみ上げるものを堪え、涙混じりにナチは首を振った。
「嘘付け」
ディクスは両手を広げ、来いと合図を送っている。ナチはゆっくりと歩み寄り、その胸に納まった。
ディクスがつややかな長い金色の髪をなでる。
「なんだか背が伸びたか?」
「伸びてないわよ。テキトーな事言って・・・。四年も待ったんだから・・・!」
「ってことは二十三?年取ったなー」
「――― ディクスは三十路過ぎてるじゃない」
「はっ・・・!!」
「ほんと、遅すぎるから死亡届だそうかと思ったわよ」
「お前残して簡単に死ねるわけ無いだろ」
「保険金も掛けてたのに・・・」
「嘘・・・!?」
「・・・自分で生命保険掛けてたじゃない。ディクスがいない間、誰がディクスの税金と保険料払ったと思ってるのよ」
「そ、そう言われると返す言葉が・・・」
「でも、これから自分でちゃんと払うってなら許してあげる。もう立て替えないからね」
「・・・ああ、そうだな」
ナチはディクスから離れ、笑って見せた。そして、照れたように笑うディクス。
「ほんと、ちょっと大人びたな。・・・成長したんだな」
ナチをまじまじと見ているディクス。ナチ本人は変わったつもりは無いが、他人から見ればやはり成長したのだろう。
少し変わった妹に嬉しく思いつつ、寂しい気持ちも感じた。
「そうそう。私だってちゃんと職についてるんだから、ディクスも就職してよね」
「お前が・・・!?何の仕事を・・・?―――――― というか、どうしてディスティールに・・・!?」
今さら疑問に思ったのだろう。ディクスはディスティールの広い野原になぜナチがいたのかと不思議に思っている。
ディクスはナチと竜神の約束を知らないのだろう。
それを察知したナチは意地悪く笑みを浮かべた。
「竜神様と私の秘密よ」
「なんだ、それ・・・」
一人のけ者にされた気がし、ディクスは不愉快そうだ。
「こんなところで立ち話もなんだし、家に帰ろう?エレカーそこにあるし」
「家・・・家って・・・?エレカーって、お前免許取ったのか?しかも、マイカー・・・!?」
家もあってエレカーまで備えている・・・。なんとはぶりの良い事だろうと、ディクスは目を丸くしている。
「お前、何の仕事してるんだ・・・?変な仕事してるんじゃないだろうな」
「まっとうな仕事よ!!それに、家って、アパート借りてるの!エレカーだってローン組んでるんだから!!」
「そ、そうか。・・・で、どこに住んでるんだ?まさか、デルタとか言うんじゃないだろうな」
「来れば分かるわ」
エレカーのキーを回しながら得意げに言った。
「・・・でも、良かった」
「何が?」
「お前がちゃんとこうやって生活してて。何かあったらって毎日が不安でしょうがなかった。お前を離した事なんて無かったから、世間知らずで苦労してるんじゃないかってずっと考えてたんだ」
「皆が支えてくれたしね。それに、ディクスは帰ってくるって信じてたもん。だから今まで頑張ってこれたの。会った時に胸張って成長した!って言えるようにね」
「もしかして、すごく恨まれてるんじゃないかって心配してた・・・」
「恨むなんて!ディクスはディクスのする事があったんだから。それが大陸の運命を左右する事だってなら私は末代まで自慢できるわ」
「なんか・・・そう言われると照れるなぁ」
と、ディクスは顔を赤くして空を見上げた。
「―――――― ディクスは全然変わってないわね。少しはまじめになるかなとか期待していたけど」
「馬鹿言え。俺はいつだってまじめだろうが」
「もしかして、すごく老けてたらどうしようかと思ってた」
「まさか!俺のこの美貌は永遠のものだしー」
「んなわけないじゃない!その内顔に皺が寄ってくるわよ。楽しみー!」
「ははは、老後の介護は頼んだ、ナチ」
「絶対嫌」
「そう言わずに。それに俺、術使えなくなったんだー。少しは労われ」
ふんぞり返るディクス。
「え・・・?」
思いも寄らぬ発言にナチの目が点になる。予想通りのリアクションに、ディクスは苦笑した。
「ちょっとな。代償というか。まぁ、前みたいに使えるようになる頃には、俺死んでるだろうけど」
「だって、術力は精神力が源だから・・・そんなはずは・・・」
「俺と竜神との"約束の代償"なんだ。俺はこれからを俺として生きたい。マイホーム建ててさ」
「でも、リーンレイ咲かせたの・・・」
「俺の最後の力。いやー、大変だった。力が暴走しないかと冷や冷やで」
「意味が分からない・・・」
「だって、俺と竜神の秘密の約束だからな。教えない」
「私の真似しないで教えてよ!」
「ヤダ。まー、気が向いたら話してやるよ。それまで待っとけ」
「・・・どうせ私をからかうための嘘なんでしょ!本当に術が使えないのかここで試して・・・」
「お、お前!本当に使えないんだってば!!」
コォォォォッ
ナチの術が収束する音・・・ではない。
ディクスとナチは迫ってくる音に顔を巡らせた。
「飛空挺・・・?」
いち早くディクスが空を指差す。
「ブルーフォース・・・にしては小さいような・・・」
ナチはその機体を目を凝らして見ている。
ついさっき飛び立っていたブルーフォースとはまた違う機体。赤い塗装の小型飛空挺だ。
スティングとは違う誰かが飛んでいるということだろうか。
「おい、こっちくるぞ!!」
小型とは言え、巻き起こる風は強い。ディクスとナチは身を硬くして目を瞑った。
小型飛空挺は二人がいる近くに着陸し、すぐさま扉が開いて誰かが飛び出してきた。
「すみません!忘れていた事があって―――――― 」
現れたスティングをぽかんと見つめるディクスとナチの視線。
そして、唖然とした顔でそんな二人を見つめるスティング。
ついさっきまでいなかった顔がここにある。
時が止まったように三人はあっけにとられていた。
「で、出たーっ!!!」
いつぞやの反応と同じように、ディクスはスティングを指差して大声を上げた。
先に絶叫され、スティングは驚いて口を閉ざしてしまった。
「スティング!何でお前がここにいるんだ!?」
「何でって・・・ここデルタ・・・じゃないですけど!ディクスこそどうしてここにいるんです!?ついさっきまではいなかったはずなのに・・・!」
「地面から湧いて出てきたの」
ナチは冷静に地面を指すと、スティングはうなずいて手を叩いた。
「ははぁ、なるほど」
「納得するな」
「でも、ついさっきはいなかったですよね・・・本当にディクスなんですか?」
「他の誰に見える?俺は秀麗眉目な――― 」
言い終える前に、スティングは手を差し出した。一瞬何か分からなかったが、ディクスは思わず握り返した。
「お帰りなさい」
そのままぐいっとスティングはディクスを引き寄せ、その背中に手を回した。
「・・・男にハグされるのは嬉しくないんだけどな。まあ、お前なら許してやるか」
ディクスはスティングの背中を叩き・・・異変に気付いて何度も叩いた。
「ん、え?」
そのままの態勢でスティングの背をばしばし叩き、強くさすったりしている。
「あ、あの、何か・・・」
ディクスにハグしてしまった事に後悔を抱き始めたスティングは困惑した様子で問う。
ディクスは離れると、スティングの背後に回った。
「無い!」
「ええ、まあ」
スティングだと判別できる材料であった長い髪がごっそり無くなっている事に、ディクスは口をパクパクさせている。
ついさっき、スティングが突然現れた事より衝撃的らしい。
だが、寂しくなったスティングの背を見つめるディクスの表情が急変した。
「・・・ついに抜けたか・・・」
「抜けてないですよ!!切ったんです!!」
そっと手を合わせて哀れんでいるディクスに、さすがのスティングも言い返す。
「いや、いつか抜けると思ってたんだ、俺」
「違いますって!」
「じゃあ、対策のためか」
「な、何の対策ですか・・・。念のために言いますけど、僕の家系は男性陣の抜け毛率は低いですから大丈夫なんです」
「遺伝的な抜け毛は無くても、お前んち、ストレス性の脱毛が多そうだよな」
いい事を言った!と、ディクスが得意げなのが非常に頭にくるところだ。
「二人とも感動の再会早々、抜け毛で盛り上がらないでよね!雰囲気ぶち壊し」
「本当に、どこまでもディクスなんですね。再会早々いつものノリだなんて」
「俺は思った事を素直に言ってるだけだ」
ふんぞり返って偉そうにしているディクス。
ナチとスティングの二人は揃ってため息をついた。
「少しは再会の感動に浸れるかと思ってたけど・・・」
「ディクスの前じゃ、それも形無しですね・・・」
「俺達の間に感動なんて言葉は似合わないだろ」
「まあ・・・そうだけど・・・」
ディクスに言われ、ナチもスティングも渋い顔でうなずく。
「何はともあれ、俺は帰ってきたんだ。ナチ、俺との約束忘れたわけじゃないだろ?」
「ディクスとも何か約束してたんですか?」
ナチは少し考え、思いついたように人差し指をピッと立てた。
「ああ、絶対に平和を取り戻してハッピーエンドにしてやるからってやつ?ディクスは帰ってきたけど、それってハッピーエンド?」
「ハッピーエンドだろ!っていうか、それじゃなくて、その後!」
わめくディクスにナチは耳を押さえ、面倒そうにうなずいた。
「私の手料理?」
すると、満足そうにディクスはうなずいた。
ディクスがディオライトとの戦いに身を投じる直前、帰ってきたらナチの得意料理を食わせろと約束したのだ。
「料理研究家として、お前のこの数年の成果を評価するよ。俺にたどり着く事が出来たのか勝負だ!」
「悪いけど、負ける気がしないわ!」
「スティングは審査員な」
「はい、任せてください―――――― って!僕、これからエルダスに大事な用事が・・・。エリオスからナチに渡してくれと頼まれていたものを持ってきたんです。さっき忘れてたので」
当たり前のように審査員に抜擢されたスティングは思わず了解の返事をしてしまった。だが、二人に付き合っている余裕は無いのだ。
思い出したように手に持っていた小箱をナチに渡した。
「なんだろう?」
「あ、それ、周囲に誰がいないときに開けるようにって・・・ああ、開けてしまいましたね」
スティングの忠告遅く、ナチはその小箱を開けてしまった。
「・・・石?」
水晶にも似た原石だ。粒といえるくらいに小さい。箱を覗き込んだディクスとスティング。ディクスは中身を見て首を傾げているが、スティングは目を見開き、ぽかんと口を開けてそれを見ている。
「何だろう?護符用の石かな・・・」
さらに、小箱の中に小さく畳まれた紙が入っていた。それを広げて読もうとしたナチをスティングが慌てたように制す。
「あの、それは後で読んで下さい。色々大事な事が書いてあると思うので、余裕がある時にでも・・・」
ナチに言うスティングだが、ディクスの様子を横目で窺っていたりしている。
「・・・スティングがそう言うなら・・・」
ナチは紙を小箱に戻すと、蓋を閉じた。
「ところで、スティング。お前、エルダスに用事があるって言ってたな」
「ええ、明日会合があって――― 」
「オーケー!時間はあるって事だな。エレカーでここからエルダスに走ったって、数時間。そこの飛空挺なら数十分で着くだろ。しかも会合が明日なら、今夜一杯は余裕って事だ」
勝手に推理し、スティングの予定を勝手に決め付けてしまった。
「ですが、打ち合わせが!」
「エンドレスの未来がかかってるのに引き止めたら可哀想でしょ!」
だが、ディクスはにやっと笑った。
「そっか。ナチ、お前は俺と水入らずで過ごしたいって事だな。いいよ、この数年間、お前がどう過ごしてきたか問い詰めるから」
すると、ナチは慌てて首を振り、スティングの腕を取った。
「食べてくよね・・・!?」
「ええっ!?」
「よし、数年ぶりに揃ったこの三人の祝杯だ!」
訴える眼差しのナチ。そして、盛り上がっているディクス。
久しぶりの再会。そして、求めていたこの感覚。
不意に、言いようの無い懐かしさがスティングにこみ上げてきた。
「――― 祝杯と言うなら参加しないわけにはいかないですよね」
観念したように言うが、嬉しさで胸が一杯だった。
そう、ようやくこのメンバーで揃ったのだ。もしかしたら、もう会えないとさえ思っていたこの三人がこの場に集結したのだ。
その思いはナチも同じだった。声を上げて泣きたくなるくらいの喜びと、胸を熱くする感激。
そして、ただ帰ってきた、それだけのディクスの存在に大きな安堵を感じていた。
溢れる様々な感情に耐え切れず、笑っていたナチの顔が急にゆがんだ。
その様子にいち早く気付いたスティングは、乗ってきた赤い飛空挺を指差した。
「――― 僕、この事知らせてきますから、ここで待っててくださいね」
そう言うと、走って行ってしまった。
「誘ったはいいけど、本当に大丈夫なのか、あいつ。なあ、ナチ―――――― 」
振り返り、ナチの同意を求めたディクスの目が見開かれる。
「うわっ!」
いつの間にか泣いているナチを見てディクスが慌てる。
「ど、どうした・・・?」
「わ、私だって分かんないわよ。仕方ないじゃない・・・涙が・・・出ちゃって・・・」
ナチは鼻をすすり、ディクスから視線をはずして目を伏せた。
「だって、すごく安心したんだもの。いつも、この場所に来るたび、帰ってきてるんじゃないかって探してた・・・。この数年、ずっと、ずっとだよ・・・?本当に諦めた事だってあるわ」
「ナチ・・・」
「でも、気付いたらいつもここに来てて・・・いつものように探して・・・なのにいないんだもん。それが突然こうやって現れて嬉しくないわけがないじゃない・・・!こんな日が来るなんて、信じられなくて。だから、これも夢なんじゃないかって・・・」
ディクスが帰ってきた夢を何度も見た。その度にそれが夢である事に失望した。
だから、本当に諦めようと考えた事もあったのだ。それでも、ナチの中に留まっている僅かな希望がナチを奮い立たせてきた。
そして、今日。待ち望んでいた奇跡が到来した。
「――― ずっと待っててくれたんだな。でも、もうお前の手の届かないところに行ったりなんかしない。約束するよ。前みたいにお前を守る力は無くなったけど、そばにいる事くらいはできるから」
うつむくナチの前に屈み、ナチの様子を窺うように顔を上げてディクスは言う。
「・・・本当に、力使えなくなっちゃったんだ・・・?もしかして、ここに戻ってくるために?」
「それは俺も竜神も合意の上だ。俺はナチの傍にいたいと思った。それは竜神も同じだ」
そして、ディクスは自分の胸を抑えた。
「竜神・・・様・・・」
「竜神からの伝言だ」
立ち上がり、ディクスはナチに手を差し出した。その手の平に乗っているものを見て、ナチは驚いて顔を上げた。
「"君は私の導きの光だ。君に出会えた事に感謝する。本当に有難う"」
「こ、これ、青い石・・・!割れたはずなのに・・・!」
ディクスの手にあったのは、ナチが大事にしていた青い石のネックレスだった。あの青い石は粉々に砕けたはずだが・・・。
「前みたいにお前を守る力は無いけどな。竜神の強い思いが込められてる。もちろん、俺だって」
そして、驚くナチに、そのネックレスを着けた。
胸元に、懐かしい石の冷たさを感じる。そして、じんわりと心が温まるような感覚に表情が和らいだ。
「なんだか思い出が蘇ったみたい・・・」
青い石を手の中に包み、ナチは深く呼吸をした。
「俺まで思い出にするなよ。思い出はこれから作るんだからな。分かってると思うけど、しばらくはうるさいから」
「私の私生活に口出しするって事?悪いけど、そう簡単に――― 」
「ディクス、ナチ!!」
スティングが再び飛空挺から駆けて来た。
「かなり怒られましたけど、何とか今日一杯は予定空けられました!」
息を切らせてはいるが、嬉しそうな表情のスティング。
「そっか良かった!じゃあ、早速買いだしに行かないとね」
「楽しみにしてますからね、ディクス。久しぶりの豪華料理を頼みますよ」
「仕方が無いわね。私の台所ちょっとだけ貸してあげる。料理の腕が落ちてたら許さないんだから!」
二人の言葉に、ディクスは額を押さえてやれやれと首を振った。一つため息を大げさにつき、親指を立てて自分の顔を指した。
「あったり前だろ?お前らこの俺を誰だと思ってる?」
そうすると、ナチとスティングは顔を見合わせた。
そして――――――
『ディクス・クロード!!』
見事の声を合わせて楽しげに言ったのだった。