D.Force SideStory
星空に願い一つ

さわさわさわ
「・・・・・・・」
さわさわさわ
「・・・・・・・・ねえ、ディクス・・・」
さわさわさわさわ
「ディクスってば!」
ナチがイライラしたように声を荒げた。
するとナチの前を歩いていたディクスが振り返る。不機嫌そうなナチを認めると、不思議そうに首をかしげた。
「なんだ?トイレか?」
「違うわよ!それ、手に持ってるやつ」
ナチが不服そうに指をさす。ディクスが手に持っているものに向けられているようだ。
ディクスもその手に持っているものに目をやる。
「笹(ささ)がどうかしたのか?」
手と肩で支えている細くて長い幹の笹の葉を揺らす。するとさわさわと涼やかな音が流れた。
「だーかーらー、その笹の葉がさっきからわたしの顔に当たって痒いんだって。もうちょっと距離置いて歩いてよ」
笹を持って歩いているディクスの後ろを着いていたナチが文句を言う。
どうやら、笹の葉がナチの顔に触れて邪魔だったらしい。
「はいはい」
妹のわがままに肩をすくめ、二つ返事で応えるとディクスは再び笹を持ったまま歩き始めた。
季節はもう夏だった。厚い雲が青空を漂い、灼熱の太陽が照りつける。
だが、初夏の熱風が笹の葉を揺らすと、笹の葉はこすりあって涼しげな音を奏でた。その音が心地よいのだろう。ディクスもナチも珍しく会話も無く館に向けて歩いていた。
「今日は七夕だからな~」
ディクスが楽しそうに言う。うきうきしているのが笹の葉の揺れ具合でよく分かる。
「楽しそうね」
ナチが呆れたように言うと、ディクスが背を向けたまま大きくうなずいた。
「そりゃあもう!だってさ、願い事が叶うかもしれない行事だぞ?誰だって楽しみさ」
「今まで叶った願い事ってあるの?」
「あるよ、もちろん」
「へぇ~、で、その願い事って何?」
ナチが再び問いかけると、ディクスは急に立ち止まった。つられてナチも立ち止まる。
「どうかしたの?」
どこか一点を集中して見ているディクスにナチが不思議そうに訊くと、ディクスは持っていたもの全てをナチに押し付けた。
「すまん!今から夏のサマーセールだった!これを逃したら、俺は来年まで後悔しなきゃいけなくなる!」
鬼気迫るといった様子で、ディクスがすごい勢いでナチに全てを渡すと、全速力でそのセールが行われている店に走っていってしまった。
セールだけあって、人はいつもの何倍もいるように見えた。その中にディクスが一人突き進み、やがてナチから見えなくなってしまった。しばらくは帰ってこないだろう。
一人きりになったナチはため息をつくと、館に向けて再び歩き始めた。


「ナチ!」
ようやく宮殿敷地内に入り、もうすぐで館に着くというとき、ナチは呼びかけられ振り向いた。
「どうしたんですか?それ」
ナチを呼び止めたスティングが不思議そうに指をさした先には笹があった。
「ああ、うん。今日七夕でしょ?ディクスがお願い事書いてつるしたいんだって」
「七夕やるんですね。僕も一度だけやったことありますけど」
暑さで半分消耗気味のナチにスティングが思い出すように言う。
この七夕という習慣はエンドレスにはないものだった。有名は有名な行事ではあるが、この国ではあまり浸透していないものらしい。
実際、ディクスたちが七夕用の笹を見つけるのに町の郊外まで歩いて切ってきたくらいだ。
苦労の甲斐あって、良いものを持って帰ることができたのだが・・・
「ねえ、スティング。館で話そう?この笹が重くって・・・」
「え?ああ、そうですね。じゃあ、僕がそれ持ちますよ」
スティングが笹を受け取り、二人はようやく館に戻った。
館にはセカンダリ以外誰もいない。エアコンは消して外出したため、館内は恐ろしく暑くなっているだろう。
照りつける太陽の日差しに熱くなったドアノブに手を掛け、肩で押すようにして中に入る。
「ただいま~・・・・・・あれ?」
ナチが館の扉を開け、留守番をしているセカンダリたちに声をかけた。しかし、ナチの表情が一変して驚きの表情になる。スティングも同じだ。館に入るなり驚きの表情を見せた。
「――――――なんだか、妙に涼しくないですか?」
「・・・うん。玄関ホールにはエアコンは無いはずだし、部屋のエアコンもちゃんと切ってここを出たのに」
それなのに、この玄関ホールはあまりにも涼しすぎた。外と館内の境界である玄関扉で、熱気と冷気が押し合いをしている。
「でも、生き返りますねー、この冷たさ」
ひんやりとした空気が二人のほてった体を冷やす。
「セフィーロー、レクサスー、アクオスー?」
ナチが呼びかけると、右手の部屋からセフィーロとアクオスが。そして反対側の左手の部屋からはレクサスが出てきた。三頭とも二人の帰還を喜んで嬉しそうに鳴いた。
だが、しっくりこないナチとスティング。
「ねえ、セフィーロ。どうしてこんなに涼しいの?」
ナチがセフィーロをなでてやりながら問うと、セフィーロはアクオスのほうを振り返った。アイコンタクトを送られたアクオスはひと鳴きすると、再び右側の部屋に戻ってしまった。
「何かあるんでしょうか?」
笹を適当なところに立てかけると、ナチとスティングは右側の部屋に入る。
すると・・・
「さ、寒い・・・!」
ナチが腕をさする。どうしてかこの部屋だけは異常に寒かった。その部屋の中央にはアクオスが。
なにやら術を発動しているようだ。
さらに入ってきたセフィーロ。こちらも術を発動させた。すると、狭い部屋のなかに冷たすぎる風が巻き起こったのだ。
どうやら、夏の暑さに耐えかねて、この二頭で協力して涼しい環境を作り出していたらしい。
玄関ホールが涼しかったのも、この部屋の冷気が漏れてしまったからだろう。
「なんだー、そういうことだったのね」
「でも、レクサスは・・・」
二人が振り返ると、左側のドアから顔だけのぞかせてこちらをじっと伺っているレクサスが。
「多分、レクサスは寒いところが苦手だからじゃないかな。炎を司る竜だから」
ナチが手招きしてレクサスを呼ぶが、レクサスはやってこない。悲しみを込めた目でこちらを見ているばかりのようだ。
「なんだか可哀想ですね」
「涼しいほうがいいけど、レクサスものけ者にしたら駄目だよね。スティングはセフィーロとアクオスの相手してくれる?わたしはレクサスを相手するから」
「じゃあ、後で交代しますね。今日は本当に暑いんですから無理しないでくださいよ」
「大丈夫よ、これくらい。じゃあ、よろしくね!」
そう言ってナチはレクサスの待つ部屋に向かった。
スティングは、やや寒い部屋で二頭の相手をすることになったのだが・・・。
「もしかして、お昼寝の時間ですか?」
術をかけたまま床に寝そべってだらだらしている二頭。
「アクオス、セフィーロ」
反応なし。
「ふぅ・・・」
午前中からの公務で疲れているスティングは、床に座るとアクオスに背中を預けて二頭同様寝入ってしまった・・・。


それは今から十年以上も前のこと――――――
スティングが七夕というものを始めて体験した日。
「それでね、このタンザクに願い事を書いて笹の葉につるすと願い事が叶うのよ」
姉のフィオールがスティングとエリオスに嬉しそうに言う。
並んで座っている二人は、目の前に置かれている短冊を凝視している。この七夕という風習が一体何なのかよく理解していないようだ。
フィオールにペンを握らされたはいいものの、何を書こうか迷っているらしい。
「ねえさま、お願い事って?」
「スティングにもお願い事あるでしょう?それを書けばいいのよ」
そう言うと、いち早く書き上げたフィオールはその短冊を笹の葉につるしてしまった。さっきから悩みに悩んでいるのに一向に思いつかないスティングとエリオスは、困惑しつつ相変わらず短冊を凝視していた。
「二人ともタンザクにお願い事書いたらちゃんとあの笹の葉につるすのよ?」
一方的にそう告げ、フィオールは部屋から出て行ってしまった。
残された二人はフィオールが部屋から遠ざかったのを確認すると、ため息をついて椅子から降りてしまった。そして笹の葉につるされたフィオールの短冊をものめずらしそうに観察する。
初めて見る短冊。どう見てもただの紙だ。
エリオスがぺらぺらの紙を確認するように手で触り、そして首をかしげた。
「ねえさま、なんてお願い事書いてる?」
一方、笹の葉に興味を持っていたスティングは笹の葉を手でつつきながら訊く。
「うん。えっと、"お料理が上手になりますように"・・・って書いてあると思う、多分」
「料理?もしかしてこの前のお菓子がまずかったからかな?」
この前のお菓子・・・・・・それはフィオールの作ったゼリーだった。この季節にと、涼やかなお菓子に挑戦したらしいのだが、見事に失敗。
それでも大丈夫だろうとスティングとエリオスの二人に差し出したのだが・・・
「飲み込むのがやっとだったよね。あのゼリーちゃんと固まってなかったし」
「すごく甘くて僕びっくりしたよ。でも、僕はエリオスみたいに吐き出さなかったけどね」
最初で最後の一口を飲み下したことをスティングは誇らしげに言う。
エリオスはそんなスティングに呆れている。
「別に自慢するようなことじゃないと思うけど。スティングは何を書くか決めた?」
「ううん、決めてない。だってさー、こんな紙に書いて笹の葉につるすだけで願い事が叶うなんてあり得ないもん」
「僕もそう思ってたんだよね。もしかして願い事が叶ったら他に悪いことが起きるとか・・・そういうことがあったら嫌だし」
ただの風習ではあるが、幼い二人は七夕の行事を真剣に受け止めているのだ。
もし、願い事が叶ったら、その代償に何か悪いことが起きるのではないかと不安に思っているらしい。
「どうせなら大きな願い事がいいよね。叶えて貰えるなら」
「エリオスはどうなの?」
「決めてないよ」
さも当然だというようにあっさりと答える。
「でも、現実的なお願い事じゃないと絶対叶えて貰えないよね、きっと」
「ゲンジツテキって?スティング」
言っている意味がよく分からないのか、エリオスが頭の中を疑問符でいっぱいにして訊いた。
「えーと・・・、僕がお願い事に"鳥になりたい"って書いても、叶うわけ無いだろう?」
「東の塔から飛び降りたら、数秒は鳥になれるよ?」
「それって鳥になるって言わないよ!僕死ぬじゃん!」
「鳥になりたいって言ったのはスティングじゃないか」
「例えばの話だよ!」
はぁはぁと息を切らしてスティングが抗議するが、エリオスは不思議そうな顔をしてスティングを見ている。
「でもさ・・・」
「何?スティング」
スティングがさっきまで掛けていた椅子に座りなおし、テーブルの上で腕を組んだ。
「鳥になれたら、外に出られるよね」
「外に・・・?」
「エリオスは考えたことない?外に出てみたいって」
エリオスは少し考え、それから首を横に振る。エリオスの反応に、スティングは少し残念そうな表情を見せた。
「だって、宮殿の庭から外に出たことほとんどないよ、僕たち。外に出たらいけないって言われて、全然外に出れなくて・・・友達もいなくて・・・」
寂しそうに語るスティングがそこにいた。
考えれば、自分は宮殿の中にいてばかりだった。どこに行くにも誰かの許可が必要だったし、増してや、宮殿の敷地の外に出るなど滅多になかったのだ。
自分の行きたいところに行く自由など、自分にはないのだと気付き始めたのは最近。それからというもの、"外"の世界は一体どうなっているのか知りたくてしょうがなかった。
本や図鑑で見るのではなく、自分の目で確かめたかった。外には自分が知らないものがたくさんあるはずだ。知るべきことだってたくさんあるはず。
そして、あるべき仲間がそこに待っているはず。
なのに――――――
「だから鳥になれたら世界中を飛びまわれるだろう?僕、外に出てみたいんだ」
「・・・・・・」
いつもの明るい表情とは違うスティングにエリオスは困惑していた。
――――――スティング・・・そんなこと考えてたんだ・・・僕は一度もそんなこと思わなかったけど・・・
「大丈夫だよ。大人になったらきっと外に出れるよ!僕たちまだ子供だから出れないだけでさ」
「本当かな・・・」
エリオスが元気付けるようにスティングに言う。しかしスティングは自信がなさそうにエリオスにつぶやく。
「うん!だったら、お願い事それにしたらいいよ。大人になったら外に出たいって」
「うん・・・」
「叶うよ、きっと!」
落ち込み気味のスティングに後押しするように、エリオスは満面の笑みでそう言った。
事実、この時自信があった。
今は子供だから自由に外に出れないのだと。大人になれば自由になれるのだと、そう確信していた。
だが、これから来る数年後。
その確信は打ち砕かれるということを、まだ無垢な彼らは知る由もなかった。
自分たちは王族という名で縛られたかごの中の鳥であると―――――
かごの中の飛ぶことの叶わない、鳥・・・
「はい、これ」
エリオスがスティングに差し出したのはペンだった。
「早くタンザクに書いて、吊るさないと」
「ありがとう」
ペンを受け取り、スティングはお願い事を短冊に書いた。
"鳥になって外に出たい"
そしてその短冊を笹の葉に吊るす。
「これで大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。これで願い事が叶うね。よかったね!スティング」
エリオスが言うと、スティングは少し恥ずかしそうにうなずいた。
これでこの笹に吊るされた願いごとは二つになった。そして、三つ目の願い事。エリオスの願い事は・・・・・・
「ねえ、エリオス!こんな時間だよ!急がないと術の演習が始まっちゃう!」
壁に吊るされた大きな時計を目にして、スティングが驚きの声を上げる。
「行こう、エリオス!また怒られちゃうよ!」
スティングはあわただしく部屋を出て先に行ってしまった。
「あっ、待っ・・・!」
引き止めるのが遅かったらしい。エリオスも続けて部屋を出ようとして・・・
「・・・・・・」
ふと振り返ったその視線の先には真っ白なままの短冊があった。
残念ながら、素敵な願い事はエリオスには思い浮かばなかった。短冊に書くべき、ふさわしい願い事は―――――
再びドアに向き直り、エリオスはドアノブに手を掛けかけたが、思いついたように引き返してテーブルの上のペンを取ると、走り書きで短冊に願い事を書く。
"ねえさまのお願い事も、スティングのお願い事も叶いますように"
相当急いで書いたため、他の誰かが読んでも分からない字だったかもしれない。だが、エリオスはその願い事を一心不乱に書き上げると、急いで短冊を吊るす。
これで笹には三つの願い事がそろった。
幼い日々の、たった一度の七夕。
それから、時が経ち、現在――――――
「スティング、ねえ、スティング!」
肩をゆすられ、スティングはうっすらと目を開ける。
目の前には心配そうな表情のナチがいた。寝てしまったスティングを起こそうとしたが、なかなか起きなかったらしい。
「大丈夫?反応無いからびっくりしちゃった」
「す、すみません。セフィーロもアクオスも寝てしまったから僕も、つい・・・」
気づけば一番遅くまで寝ていたのは自分だけだったようだ。セフィーロとアクオスがスティングを覗き込むように見ている。
「有難う、アクオス」
今まで背中を預けていたアクオスをなでてやり、スティングは立ち上がった。そして何気なく、部屋の外の玄関ホールに目をやる。
・・・・・あ・・・
そこには、さっき自分が立てかけた笹の葉があった。
そして、幼い頃の出来事を思い出す。
僕、短冊に鳥になりたいとか何とか書いていた気がするけど・・・エリオスはなんて書いてたんだろう?
一人考えるが、思い当たらない。
確か、字が下手すぎて読めなかったような気がするんだけど・・・
「スティング、大丈夫?」
一人で考えているスティングにナチが声をかけると、スティングは恥ずかしそうに笑った。
「あの笹に願い事を書いた短冊を吊るすんですよね?皆はなんて書くのかなって思って」
「ただの行事だけど、結構考え込んじゃうのよね。どんなお願い事書こうかなって、毎回真剣だもん」
ナチが真剣なのも確かだが、一番真剣なのは七夕を楽しみにしているディクスだったりする。
毎回、相当時間をかけて短冊に願い事を書いては笹に吊るしているのだ。
「一応、行事の一つだから、ディクスが今日、色々とやってくれるとは思うけど、スティングも来るでしょ?」
「ええ、是非」
「良かった!じゃあ、今日の七時過ぎくらいにね」
嬉しそうにナチはそう言った。


七時とはいえ、夏の夜の帳は遅い。まだ明るめの空を眺めつつ、スティングは手土産のスイカを抱え、再び館にやってきた。
「こんばんは」
「おー、やっと来たな」
館の中ではなく、庭のほうでなにやらせわしく仕事しているディクスがいた。だが、一つだけ違ったのは・・・
「ディクス、その服って」
「ああ、浴衣だよ。ヨクイじゃないぞ、ユカタ!」
袖をひらひらさせてディクスが答える。
どっからか調達してきたらしい浴衣をディクスは着用していた。渋めの色がディクスによく似合う。
「意外に俺って腰細いだろ?」
帯で締めている腰の辺りを指してなぜか自慢げに言う。
「――――――え、ええ、そうですね・・・」
「安心しろ、お前のもちゃんと用意してあるから。館の中にナチがいるから訊いてみるといい」
そう言うと、ディクスは再び作業に没頭し始めた。
半分に割った竹をなにやら設置しようとしているらしいが。
仕方なく館に入る。そこには待ってましたと言わんばかりの、満面の笑みのナチがいた。
ナチも同じだ。華やかな柄の浴衣を身に付けていた。
「いらっしゃーい、スティング」
「お、お邪魔します・・・」
そして、ナチが嬉しそうに差し出したのは・・・
「ねえねえ、どっちがいい?」
一方はディクスが来ていた浴衣とよく似た柄のもの。そしてもう一方は・・・
「こっちもいいかなぁーって思って。ああ、大丈夫よ。"女物"でもサイズは合うはずだから」
「いえ、こっちがいいです」
断言すると、女性物を押し付けられる前に、スティングは無難なほうを受け取ったのだった。


すっかりあたりも暗くなり、空には星が輝き始めた。
昼間の暑さもどこへやら、夜の外は風も冷たく、とても気持ちが良かった。
「行くぞー!」
ディクスが所定の位置にスタンバイする。ナチとスティングも"それ"を待ち構えるために"下流"に着く。
「オッケー!」
そしてディクスが、"それ"を流した。
半分に割った竹に流れる水と共に一緒にやってきたもの。それをナチが箸ですくい上げると、手に持っていたガラスの器に入れる。
「これって、確か・・・」
「うん、流しそうめんだよ」
ちゅるちゅるとそうめんを美味しそうに食べながらナチが答えた。上流に目を向ければ、次のそうめんを流そうと、ディクスがスタンバっていた。
流れる水はアクオスが制御しているらしい。上流にちょこんと座って真剣そうだ。
「おい、スティング。今から流すからちゃんと取れよ」
そして新たに流れてきたそうめんをなんとかすくい上げ、ナチと同じように味わう。
「流しそうめんって、七夕のものなんですか?」
「ううん、違うよ。わたしも、ディクスが流しそうめんをするって言ったときは驚いたけど、楽しいし・・・・・・ね!」
次に流れてきたそうめんを上手くすくって食べる。
夜空に広がる、きらきらした星々。風に揺れてさらさらと音を流れる笹の葉。そして、さらさらと流れる水の音。
そして――――――
「ぎゃーっ!しまった!!自分の分とっておくの忘れたーっ!!」
せっかくの雰囲気をぶち壊すディクスの悲鳴。
上流でひたすらそうめんを流しっぱなしのディクスは、自分の分を確保するのを忘れていたらしい。
「だ、大丈夫ですよ、ディクス」
絶叫しているディクスをなだめるようにスティングが指をさす。
「ほら、ディクス。わたし達が取りこぼしたそうめんが桶にたまって、こんなに!」
そしてナチが竹の終点においていた桶(おけ)に漂っているそうめんをディクスに見せる。
「お、俺の流しそうめん・・・」
ディクスは地面にひざを着き、がっくりとうなだれた。


あれから後、アクオスの術が暴走してディクスがそうめんと一緒に流れたり、スティングに女物の浴衣を着せようとしたディクスとナチが感電したりと、色々なトラブルもあったが、すっかり夜は更け、七夕のメインイベントがやってきた。
本当に、旬なセットをディクスは一体どこから調達してきたのか、木の長いすに"ござ"を敷き、そこに三人は落ち着いていた。
館の前の庭は水浸しのため、場所は二階のテラスだ。
「いつも思うんですけど、ディクスはこういったグッズをどうやって調達しているんですか?」
「通信販売」
即答した。
「・・・・・・ところで、ナチはなんてお願い事を書くんですか?」
「秘密」
考え事をしているのか、そっけなく答えられ、スティングは仕方なく自分の短冊に目を向けた。
――――――どうしようかな・・・
隣のディクスの短冊をちらっと見る。
"宮殿のシェフ級以上の主夫になって、宮殿の厨房を占拠する"
・・・厨房ジャック!?
ディクスの短冊に書かれている願い事にスティングは戦慄した。ディクスの真剣な横顔から、冗談で書いているのではないらしい。
フォースのことは書かないんだろうか?
疑問も生まれるが、つっこまずに自分の中にしまっておくことにした。
「よしっ!」
ナチが声を上げると、短冊のひもを、ほどけないように強く縛って笹の葉につるした。
間も無く、ディクスも考えに考え抜いた願い事の一枚を選んだのか、震える手で笹の葉につるそうとして・・・やめて、別の短冊に持ち替えて・・・でもやっぱりさっきの短冊も捨てがたいから持ち直して・・・を数度繰り返し、ようやく笹の葉につるし終えた。
そしてスティング一人だけが残ってしまった。
先に事を終えた二人は、スティングが持ってきたスイカを美味しそうに食べている。
「うーん・・・」
深く考えてみるがなかなか思い浮かばない。
初めて七夕した時は、外に出たいって書いたんだっけ。どうしようかな、今度は・・・
ふと見上げると、何故だか喧嘩しているディクスとナチが目に入った。
「ちょっとディクス!なんで人のかじったスイカ食べてるのよ!」
「さっさと食べないで置いてるからだろ?食べられたくなかったら名前書いとけよ」
「一番美味しい部分をとっておいたのに・・・。それにその食べ方やめてよね、箸で種取ってからスイカ食べるの。男だったらがぶっていきなさいよ」
「うるさい、これは俺の食べ方なの!お前こそ、少しは俺みたいに上品に食べたらどうなんだ?」
スイカをめぐって喧嘩しているらしい二人にスティングは思わず笑ってしまった。
そしてふと、あることを思いつく。
「・・・・・・・・そうか・・・」
こう書けばいいんだ。
スティングはペンを握りなおすと、迷いなく、願い事を短冊に書き上げた。


時刻は既に夜中。
そらにはうっすらと天の川が見受けられる。星の集まりが川の流れとなって空を飾る。
館からの帰り、スティングはその美しい空を目に焼き付けておきたくて、空を見上げながら歩いていた。
やがて光のなくなった庭園に足を踏み入れたとき、暗がりに人影を発見する。
「――――――姉上と・・・・・・エリオス?」
目を凝らしたその先にはフィオールとエリオスがいた。二人とも空を見上げている。
やがてフィオールはエリオスに何かを言うと、その場から立ち去ってしまった。一人きりになったエリオスは空を見上げたままだ。
「エリオスも七夕を?」
背後から突然声を掛けられ驚いたのだろう。エリオスはびくっと体を震わせると、勢い良く振り向いた。
「なんでお前がいるんだ!?」
相当びっくりしたのか、エリオスはスティングに八つ当たり気味だ。
「いや・・・だって、こんなところでぼけっと立ってたら誰だってどうかしたのかと思うよ」
「悪かったな、ぼけっと立ってて」
「それで、何やってたんだ?さっきまで姉上もいただろう?」
「ああ。今夜は七夕だからと外で星を見ようと連れ出されたんだ。この歳になって短冊に願い事も書かされたし」
ため息をつくも、まんざらではなさそうだ。
「―――――エリオス」
「なんだ?」
「小さい頃、七夕で姉上に願い事書かされただろう?そのときエリオスはなんて書いたんだっけ?」
「えっ・・・」
「それが良く覚えてないんだ。エリオスがなんて書いたか」
そのことが引っかかっているのだろう。スティングは腑に落ちない表情でエリオスに訊く。
「―――――そんな昔のこと覚えているわけないだろう?昔のことはいい、大事なのは今だ」
そう言うとエリオスはスティングに背を向け宮殿へ歩き出した。
「ねえ!今年は何って願い事書いた?」
「お前に教える必要はない。さっさと寝ろ。寝坊するぞ」
いかにも煙たそうにエリオスはそういい残して行ってしまった。
「教えてくれたっていいのに・・・」
結局疑問は解消できなかった。
仕方なく、スティングはその場を後にし、自室に戻ったのだった。


星空の降る空の下、テラスに立てかけられたままの笹が風に揺れた。
と、同時に三人の願い事が書かれた短冊も揺れる。
"俺の料理と術で皆が幸せになれるように"
"早く一人前になって皆の役に立てるようになりたい"
二つの短冊が星空に表向きになる。そして――――――
"ディクスとナチがお互いにもっと素直になりますように(ついでにエリオスも)"
三つ目の書いた短冊が。
三人の願い事を聞き届けるかのように星明りが願い事を照らし出した。


もう一箇所の願い事がつるされた笹。
それは宮殿の一角にあった。
"兄弟仲良く、これからも楽しくやっていけますように"
綺麗な字で書かれた短冊と、
"姉上とスティングのやつの願い事が叶いますように"
さすがにあの時のような読めない雑な字ではなかったが、その強い願いはあの時と寸分も変わらない。
二つの短冊も風に揺れ、星空に明るみになった。


無数の星が飾る夜空。
吹き抜ける、冷たい風。ここにも、この夜をめぐる風がやってきたようだ。
まるで願い事を運ぶかのように、めぐる風が五人の笹を通り抜ける。
そして、笹の葉と短冊を涼やかに揺らし、吸い込まれるように星空に舞い上がった。