D.Force SideStory
Marriage(2)
午後になっても雨はやむ気配はなかった。
俺はその原因を知っている。
――――― ナチが昨日料理をしたから
もちろんそんなこと本人を前にして口に出すわけにはいかない。まだ死にたくないのだ。
一度余計なことを言ってズタズタにされたことがあった。攻撃用の術を覚えたてだったという不運もあったが、俺はナチの放った雷電の直撃を受けたのだ。
おかげで直径二センチくらいのはげができてしまった。今はもうないけど・・・
そのときは次は殺られる!って本気で思ったくらいだからな。術をだいぶ扱えるようになった今のナチなら、俺を苦しまずに逝かせる術をいくつか知っているだろう。
恐ろしい世の中になったものだ・・・・
そのナチは今日も外へ出かけていた。
一人になった俺は居間でくつろぎながら新しいレシピを嬉々として眺めていた。
・・・悪かったな。それくらいしかすることないんだよ。
「栄養面も考えないといけないんだよな」
ぶつぶつつぶやきながらページをめくっていたときだった。
不意にドアをたたく音がした。こんな雨に誰の訪問なのか。
本をたたみ、その場に置くと俺は玄関に向かった。
「誰ですか?」
いいながら戸を開ける。
「
――――― リーン?」
目の前には傘も持たず、ずぶぬれになったリーンの姿があった。
一体何があったのかはわからない。俺はあわててリーンを中に入れた。
「一体どうしたんだ!?そんなにずぶぬれになって・・・ちょっと待ってろよ」
手近なタオルをリーンに投げると、二階に駆け上った。さすがにナチの部屋に勝手に入るわけにはいかない。自室のドアを破るように入るとクローゼットの中引っ掻き回す。
「えーっと・・・」
シャツとジャケットを見つけ出すとあわてて階下に下りた。
リーンはその場に立ち尽くしたままだった。
「これ、俺のだけど・・・風邪ひくよりかはマシだろ?」
いいながらリーンを風呂場に連れて行った。リーンをそのままに俺は戸を閉め、居間に戻る。
どうしたんだか・・・わけがわからなかった。温かい飲み物でも用意しようと台所に立つ。すると早くもリーンが戻ってきた。
・・・やっぱ俺のシャツは大きすぎたか。瀕死の覚悟でナチの服借りて来れば良かったな。
リーンの格好を見てそう思う。
「えーと、そこ。ソファーに腰掛けててくれよ。今何か温かい飲み物準備するからさ」
棚を探る。二つの缶があった。甘いココアと甘くないココア。
俺は二つともつかむと、中の粉を二つのカップにそれぞれ入れた。ちなみに甘いココアが俺の分だから、勘違いしないように。こう見えても甘党なんだ。好きなのはこしあん。当然黒で。ついでにチョコレートも黒しか食べない主義だ。
「お待たせ」
大きめのカップを手にして居間に移動した。
「甘くないやつが良いんだよな」
言って、甘くない方のココアを差し出した。・・・だから、甘いやつが俺のなんだって。
「ありがとう」
小さい声でいうとカップを手に取った。それを確認すると俺は向かいのソファーに腰をかけた。
温かいカップを手で包み、少し冷めるのを待つ。
「ディクスくん、ごめんね。だまってて」
しばらくの沈黙の後、リーンはそう口にした。
「私、本当は
――――― 」
「良かったな、ジョージで」
言葉をさえぎるように俺はそう言った。
「ナチに聞いた時は本当に驚いたけど・・・けど、相手がジョージなら文句なしだな」
笑みを浮かべている俺にリーンは一瞬ひるんだような表情をした。
「・・・うん」
間を空けて答えた。
「で、どうしたんだ?そんなにずぶぬれになって」
「・・・ディクスくんに悪いことしたなって、昨日からずっと考えていたの。昨日追いかければよかったんだけど、なんだか行きそびれちゃって。ディクスくんにはちゃんと話さなきゃって思って、それでいてもたってもいられなくて走ってきちゃった」
そう言うとカップを置いた。
「私・・・ジョージと結婚する。まだ式は決めてないけど・・・けど、近いうちに挙げると思う」
思い切ったようにいう。
「ああ、ジョージならきっと幸せにしてくれるさ。リーン、幸せになれよ」
これ以上にないくらい俺は笑いかけて祝福した。
・・・これいいんだ。リーンが幸せになるなら。
「ディクス・・・有難う」
ようやく笑顔を見せてくれた。それにほっと胸をなでおろす。
「それなら・・・祝杯を挙げなきゃな。皆でさ。俺、料理担当な」
「ふふっ、そうね!ディクスくんの料理なら皆きっと満足するわ。そのときは頼むから!」
再び"くん"付きになったところでリーンはもう帰ると、カップのココアを飲み干した。
「もう帰るのか?」
「うん、実は今日もジョージが来てくれたんだけど、私そのまま来ちゃったの。だから早く帰らないと心配しちゃうから」
「そうだな。心配かけるようなことするなよ」
俺の言葉にうなずく。
「ねえ、この服、有難う。これちゃんと洗って返すから・・・」
「いや、いいよ。後で取りに行く・・・そうだ!脱いだ服かしてくれないか?」
リーンはなんで?というような表情を向けながらも俺に濡れた服を渡した。
「よく見てろよ」
手品師よろしく、俺は手に持った服を上に投げた。服が天上に届くか届かないかの位置で術を発動した。
「熱気渦巻く風よ!」
その言葉と共に、空間が熱を帯び、同時に出現した風が投げた服を取り巻いた。熱い、乾いた風がぬれた服の湿気を飛ばしていく。程なく、俺は術を封印した。
落ちてきた服をキャッチする。
「すごーい!!」
リーンが手をたたいて感心する。ふふっ、見たか、俺の術!!
「ちょっと待っててな」
俺はそのまま部屋の奥に行き、アイロン一式を持ってきた。てきぱきとアイロン台を床に設置すると、行儀よく正座してアイロンをかけ始めた。
「
――――― ディクスくん。何で正座してるの?」
俺を不審な目で見る。
「何言ってるんだ、リーン!アイロン掛けは床に正座してなんぼ。がセオリーだろ!」
他に何か言いたげだったが、俺のアイロン掛けの定義に納得したのか、圧倒されたのか、黙った。きっと納得してくれたんだろうな、うん。
そう、アイロン掛けは正座でするのが基本なんだ。
長年培ってきた腕で手早く、そして綺麗に仕上げていった。俺のアイロンさばきをリーンが感心しながら見ているのがわかる。
家事なら俺に任せろ!
思わず声に出して叫びそうになったところで終了した。丁寧にたたんでリーンに渡す。
「はい、これ。風呂場で着替えて来いよ。服はそこら辺に置いててくれていいから」
受け取った服をまじまじと見る。
「すごい、こんなに綺麗にアイロン掛けできるなんて・・・なんか使うのがもったいないわ」
そうだろそうだろ!俺は得意満面の顔でうなずく。
リーン、たまには良い事言うじゃないか!
「ディクスくん、いいお嫁さんになれるわ!花嫁修業はばっちりね!」
―――――― ・・・・・前言撤回
俺が固まるのを確認すると、「着替えてくるね!」と言い残して風呂場へ去った。
「・・・・・」
―――――――― 俺は良いお嫁さんになるんですか?
思わず神様に訊いてしまった俺だった。
リーンも帰り、再び家に一人になった。
本当は送っていこうかとも思ったが、ジョージがいるし、傘を貸すだけにとどめた。
「たっだいま~」
夕方に差し掛かるころ、ナチが帰ってきた。
「雨まだすごいねー。このままだと湖の桟橋水没しちゃうかも」
何故だか嬉しそうにいう。
「よかったな。湖でかくなったら魚釣りのポイント増えるじゃないか」
「増えても魚の数は変わらないけどね」
その場を一歩踏み出したナチを俺は止めた。
「ナチ!ちゃんと靴拭いてから!後で掃除するの大変なんだからな」
俺に注意されしぶしぶ古タオルで靴を拭き始めた。これだから雨の日はいやなんだ。洗濯物乾かないし、部屋中が湿気っぽくなるし。
「これでどう?」
拭き終わった靴を俺に見せる。
「オーケー!」
親指を立てて了解すると、ナチは自室に戻った。
「さてと・・・夕飯の支度でもするか」
言って俺は準備にかかった。
「リーンお姉ちゃん、ジョージお兄ちゃんおめでとう!」
満面の笑みを浮かべ、ナチは一抱えはある大きな花束をリーンに手渡した。
「すごい綺麗なお花!ナチュラルちゃん、どうも有り難う!!」
「有難う、ナチュラル!」
たくさんの人の喝采を浴び、今日、二人の式が挙げられた。
リスタルの小さな教会。ついさっき永遠の愛を誓い、そして夫婦として認められた。
透き通った青空、温かい爽やかな風。
絶好のコンディションのもと、パーティーが始まった。
「ディクスくん!どう、料理の方ばっちり?」
会場の端っこの方でせわしなく動いている俺にリーンが声をかけた。
真っ白いレースがふんだんに使われた純白のドレス。派手なものではないが、リーンにはこれが一番似合うだろうと、俺のコーディネートによって決められたドレスだった。
「ああ、当然だろ!仕込みは数日前からやってたから、後は並べるだけ」
タキシードに身を包んだ俺は胸を張って答えた。
「ふふっ、余計な心配だったわね。緊張尽くしでお腹空いちゃった。楽しみに待ってるわね」
そう言うと優雅に身を翻して戻った。
おーっし!そこまで期待されちゃってるなら俺の料理の腕見せてやる!!
一人意気込むと、最終チェックに回った。
「お兄ちゃん、料理の評判すごくいいのよ!友達もすごくおいしいって!」
鳥のから揚げスパイシー風味を皿に盛りながらナチが感心して言う。
そりゃとーぜん!だって俺が丹精込めて作ったんだからな。そう簡単にまずいなんて言わせるものか!
得意満面な顔をしている時だった。
「ディクス君。リーンのために本当にありがとうねぇ・・・」
泣いたのか、化粧が崩れかけているリーンの母親がやってきた。
「あたしてっきりディクス君のことが・・・」
言いかけて口をつぐむ。
「・・・ごめんね。余計なこと言って」
しかし俺は笑顔を崩さず首を振った。
「それにしてもこの料理、全部作ったんでしょう?ほんと、おいしいわ!もしリーンがドジしたら、その時は頼むわね」
「ああ、もちろんだよ」
その言葉を聞くとリーンの母親は満足そうにうなずいた。
でも・・・この料理そんなに美味いのか?忙しくてあんまり味見してないんだよな・・・
手近な料理をつまむと口に運んだ。よく味わって飲み込む。
「さすが・・・・!」
感慨深くつぶやいた。
「なにがさすがなんだい?」
感動して涙を流しそうになった俺に、白いタキシードが似合う新郎が話しかけた。
「あ、ジョージ・・・いや、な、この料理があまりにも美味くて、思わず感動してたんだよ」
「あはは。ディクスらしいね。うん、本当においしいよ!料理がうまい事は知ってたけど、まさかここまでやるとは正直驚いた。しかもこの料理全部、一人で作ったんだろう?」
ジョージが驚く。
そりゃそうだ。式の日が決まったのは三週間ほど前。
決まった日から俺はありったけの料理の本をひっぱりだし、メニューをしぼりにしぼったのだ。あまり予算がないという事は聞いていたから、魚はナチが担当して釣り、野菜類はリーンの実家からまかなうことにしたのだ。あとは肉類と香辛料を揃えるだけだった。
そして四日前から仕込みにかかった。長期保存できるものから片付け、ビーフシチューなんて三日も煮込んだくらいだ。おかげで安くて固かった肉も柔らかいものに変わっていた。
ちなみに、一メートル以上もあるウェディングケーキも、俺製なんだからな。暇を見つけては紙にデザインを描いて、その通りに作り上げていったのだ。
ケーキの入刀こそなかったが、適当に切り分けられ、参列者に配られた。
「任されたら一から十までこなすのがプロだからな。張り切ってやらせてもらったよ」
「そうか。本当に有難う」
そして笑った。
「ディクス・・・リーンから全部聞いたよ」
不意にそんなことを言った。俺は手に持っている皿をテーブルに置いた。
・・・あいつ全部話したのか・・・
「そうか」
「でも、僕は君以上にリーンを大事にするし、誰よりも愛す。ディクスには負けないよ」
おお!なんて恥ずかしい台詞なんだ~!!聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまう。
でも、それはそれで非常に嬉しいことだった。
「そんなの言わずもがなだろう?だから俺だってお前にリーンを譲ってやったんだからな」
ジョージをひじでつついた。珍しく恥ずかしそうに顔をうつむかせた。
「ディクス・・・本当に君ってやつは・・・」
そう言うといきなり俺の肩というか、首に手を回し、下へ押さえつけた!
「ぐえっ!」
「今度はディクスが幸せになる番だ!いいかい?絶対だからね!!」
しかし、首を抑えられて声が出ない。周りの人が何事かと見ているのがわかる。
ジョージッ!!は~な~せぇ~!!
ジョージの腕をつかみ、何とかはがそうと躍起になる。
「わっ、ちょっと二人とも何やってるのよ!!」
リーンの声が聞こえた。喧嘩していると思ったのだろう。リーンはジョージを制そうと必死だ。それで俺はようやく解放される。
あー・・・首が痛い・・・・
「リーン!僕は一生君を離さない!」
そう宣言すると、リーンの肩をつかみ向きなおさせ、きょとんとしたリーンの唇に自分の唇を重ねた。
周囲から歓声と、野次の声が飛ぶ。
俺には到底まねできそうにないな・・・
こきこきしていた首を休め、その様子を呆然と見る。
突然のことにリーンは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「皆聞いてくれ!今度はディクスが幸せになる番だ!!彼は僕達以上に幸せで、ラブラブな生活を送ると約束してくれたよ!!」
などとおおっぴらに言ってくれた!!
ぎゃああああっ!!そんなこと誓った覚えはなーいっ!!!し、しかもラブラブ(死語)ってなんだよ!?
まるで俺が今、不幸みたいじゃないか!
「お~、ディクスぅ~。もう相手見つけちゃったのかな~?」
アルコールの入ったジェイドが俺に絡んできた。
「んなわけないだろ!!」
「ねえ、ねえ、ディクス~、あたしなんかどう?」
ダイナマイトボディに露出度の高いドレスを身にまとったダイアナが悩ましげなポーズをとって見せた。
やめれ・・・・
「悪いけど、俺年上には興味ないから!」
「つれないわねぇ~」
きっぱり断った俺に、ダイアナは不満そうに漏らした。
「え~、じゃあナチのお兄さん、今フリーなんだぁ。わたし立候補しちゃおうかな?」
「絶対やめた方がいいから」
ナチの友人らしき女の子がそう言ったのを間髪いれず否定する。
「だっていいのは料理の腕だけだもん!」
わ、悪かったなぁぁ~!!ナチ!ばっちり聞こえてるんだからな!覚悟しろよ~!
周りから散々言われ、俺はほとほと疲れきってしまった。
ちくしょ~!
「あはは、良かったね、ディクスくん」
何が良いのか、いつの間にか横に来たリーンがそんなことを言った。
「なんだよ。みんなの前で見せ付けてくれて。こっちが恥ずかしかったよ」
「なっ・・・そ、それはジョージがいきなり・・・・!!」
また顔を赤らめて弁解する。
「おー、リーンは愛されてますね~。うんうん、これからが楽しみだ」
口元に笑みを浮かべ、腕を組んでうなずいた。
「別にどうでも良いでしょう!!」
俺の腕をバシッとたたく。
・・・いや、どうでも良いわけないだろ、リーン・・・
「ディクスくん、言っとくけどねぇー」
腰に手を当ててふんぞり返る。
「私たち以上に幸せにならないと、私許さないからね!」
「・・・・・・」
「私に負けないくらい可愛くて器量よしで、死んでも離さないってくらいに愛する人と一緒にならないと化けて出るんだから!」
可愛くて器量よしぃ!?
思わず出かけた言葉を慌ててふさぐ。
「何よ・・・その疑わしい目は・・・」
「べ・・・べつになんでもないよ」
慌てて否定する。危なかった・・・もう少しで戦場になるところだった。
「リーン!ちょっとこっち~!」
遠くで誰かの呼ぶ声が聞こえた。目を向けるとリーンの友人らしき人物が二人、手招きをしている。
「ほら、リーン。お呼びだぞ」
俺がうながすと、やや不服そうだったがベーっと舌を出すとこの場を離れた。
―――――― 大人気ないやつだなー
去っていく後姿を見てそう思う。テーブルに置いた皿を再び手に取り、至高の料理を口に運んだ。
・・・やっぱり美味いな、うん。
感慨深くうなずく。
「だから何度も言ってるじゃない。いいのは料理の腕だけって。ほんとにうるさいんだからー」
・・・・・
―――――――― 。
嫌でも耳に入ってくるナチの抗議の声がざわめきに消える。
俺は一人黙々と目の前の料理をつまみ続けた。
それからどれだけ時が経っただろうか?
俺は一人リーズの森を抜け、目の前に迫ったリスタルへを足を速めていた。一ヶ月ぶりの我が家。
家ではナチが俺の帰りを首を長くして待っているだろう。
・・・もしかしたらナイフを手に持っているかもしれない・・・
出発の朝と同じように薄い霧がかかっている空を切り、俺はリスタルへと再び帰ってきた。
そして、俺とナチがフォースを探す旅に出るのはこの二ヵ月後のことである。