D.Force SideStory
出発の朝(2)
「ナチ!早く走って!」
「早く走ってるわよぉ~!!」
これでも一生懸命走ってるんだけどなぁ~。アキラはどんどん先に行ってしまう。
ユウキさんはというと、わたしは別れも、お礼も言うことが出来ずに結局そのままだ。
細い路地をアキラは迷うことなく突き進んでいっている。方向音痴じゃないけど、戻れって言われても、もう病院には戻れそうにないなぁ・・・。
でも、わたしこのまま乗り合い場について、そして・・・リスタルに帰るんだろうか?リスタルに帰って、ディクスに・・・お兄ちゃんになんて言えばいいんだろう?
わたし、あんなこと言ったから・・・きっとかんかんに怒っているだろう。
「着いたーっ!!」
急に開けた場所に出る。いつの間にか乗り合い場に着いたようだ。
「きゃっ!」
引っ張られていただけのわたしに状況はまだよく飲み込めなかった。いきなり横切った大きな馬車にぶつかりそうになり悲鳴を上げてしまった。
「危ないなぁ、ナチ・・・。もっとしっかりしてよ」
あきれたように言う。
―――――悔しい・・・・って、そんなこと言ってる場合じゃないか。・・・どうしよう・・・?
しかし、アキラは相変わらずわたしの手を握ったまま今度は手近な御者に近づいた。
「おっちゃん!リスタル行きの馬車ってまだ出てないよね?」
訊くとそのおじさんは困ったような顔をした。
「リスタル行きかぁ。残念だったな。今さっき通ってやつが最後だったんだよ。もう一分早く来てたら乗れたんだけどね」
残念そうに言う。そして馬車を走らせてどこかに行ってしまった。
さっきのぶつかりそうになった馬車が最後のリスタル行きだったんだ・・・
「ナチ・・・間に合わなかったみたい・・・」
アキラがすまなそうに言う。アキラのせいじゃないのに・・・
「ううん!アキラのせいじゃないよ!だってわたしが好きであそこにいたんだし・・・」
「でも、どうするの?リスタルに帰らなかったら家族が心配するんじゃないの?」
家族・・・?
当たり前のように言ったアキラの声が何故か胸にずしっと響いた。
ディクスは・・・お兄ちゃんは心配してるのかな・・・?
どうしてだか、急に不安になった。
わたし
―――――――
「ねえ、ナチ。あの人・・・」
うつむいていたわたしにアキラが声をかける。そして、アキラが指をさしているほうを見た。
「あっ・・・」
「もしかしてナチの兄ちゃんなんじゃないの?」
馬車が行きかうとおりの向こう。こちらを腕を組んでみている人物がいた。
――――― お兄ちゃん・・・
怒ってるでもなく、だが、笑っているわけでもない。ただこちらをじっと見ているだけ。普段感情的になりやすいディクスを見ている分、どうしても奇妙に感じてしまう。
帰ってなかったのかな・・・?ずっと・・・待ってたの・・・?
不意に目が合う。
思わず体がびくっと震える。でも、視線をはずすことは出来なかった。
それでも、ディクスの表情は変わらない。
・・・怒ってないわけないよね・・・
ふっとため息をつく。
「有難う、アキラ。わたしは大丈夫。お兄ちゃんが迎えに来てくれたから」
「ほんと?・・・なら、いいけど・・・」
そしてアキラのほうに向き直る。
「いろいろありがとね。ちゃんと言えなかったから、ユウキさんにもよろしく伝えてね。あと、ミューにも」
わたしが言うとアキラはうなずいた。
「わかった!ナチも今度ゆっくり遊びに来てよ!そのときはちゃんとお茶出すからさ」
そういって笑った。
「じゃあな!気をつけて帰りなよ~!」
アキラは身を翻して駆けて行った。その先にユウキさんが見えた。アキラはユウキさんのところに行きつくと再びわたしのほうを向く。ユウキさんはアキラの頭に手を乗せ、わたしに向かって力強くうなずいた。
そう・・・わたしのもう一歩を後押しするように・・・
「行かなきゃ・・・」
わたしはそれに目で答えた。ややぎこちないとは思いつつ、ディクスのほうに向き直る。そして、ゆっくりとディクスのほうへ歩いて行った。
近づく度に不安が大きくなる。自分がやってしまったことの後悔、そしてディクスへの罪悪感
――――――
そしていよいよディクスのすぐ手前までやってきた。
うつむき加減だった顔を上げる。
すぐ目の前にいつもの顔。ただ、その顔には何も湛えていはいない。
しかし、その口が何かを言いかけたときだ。
―――――― 怒られる・・・っ!!
わたしは反射的に目を固くつむってうつむいた。
「こういう時はなんて言うんだ?」
そう言われた。
「・・・え・・・?」
わけが分からず、ぽかんとした表情でディクスを見る。
「だから、こういう時はなんて言うんだ?」
もう一度言った。
こういう時・・・・・・ああ、そうか。そうだよね。わたしあんなにひどい事言ったんだもん・・・言うべきことは決まってるよね
「あの・・・ごめんなさい・・・」
素直に言い出せなかった自分が恥ずかしかった。促されて言ったことでさらに恥ずかしくなってしまう。
――――――― わたしって・・・本当に駄目ね・・・
「何言ってるんだ?」
しかし思いつめているわたしとは裏腹に、ディクスはそう口にした。
「・・・?」
はっと顔を上げ、ディクスを見ると、ディクスは困ったような表情をしていた。
「俺、お前にそういう教育した覚えはないけど」
ますます意味が分からなくなってしまった。ディクスは怒っているんじゃないの・・・?
わたしがあんなこと口にしたから。わたしが素直に謝ろうとしなかったから、こういうときはなんて言うんだ?って言って・・・・・・
それなのにどうして?
「でも、わたしお兄ちゃんにひどいこと・・・」
「そうじゃなくて、帰って来た時はなんていうんだ?」
帰って来た時・・・そりゃ、ただいまって言うけど・・・
「えっと・・・ただいま・・・?」
「もっとはっきり!」
「ただいま!」
どうもぎこちない。大きい声で言うとディクスは満足そうにうなずいた。
「そう、それでいい!さあ、帰るぞ」
何事もなかったように言うと、ディクスはわたしの肩に手をかけ、帰るように促した。
「お兄ちゃん・・・」
後姿を追いながら恐る恐る声をかけてみる。ディクスは立ち止まって振り向いた。
「ん、なんだ?」
「怒ってないの・・・?わたしあんなこと言ったのに・・・」
わたしも立ち止まる。
するとディクスは手を差し出した。
・・・?
わたしが何のことか迷っていると、わたしの手を取って歩き始めた。
「お前は足が短いからな」
み、みじか・・・
「わ、悪かったわね!どうせ足短いわよ!お兄ちゃんより、背低いし・・・でも!これでも平均なのよ!」
どれが平均なのが知らないが、力いっぱい文句を言うと笑われてしまった。
思わずひるんでしまう。
でも・・・怒ってないの・・・?
気がつけばいつものディクスだった。
「・・・怒ってないの?」
もう一度訊く。するとディクスはこう言った。
「・・・怒らせてるのはお互い様だろ?お前だって今怒ったじゃないか。これでおあいこってやつだ」
相変わらず手を握りながら。
正直、嬉しかった。心遣い・・・と言うのかどうかはわからないけど、わたしはディクス・・・いや、お兄ちゃんに感謝した。
獣医のお兄ちゃんを持つアキラもうらやましいと思う。だけど、わたしにはわたしだけのお兄ちゃんがいる。
誰にだって負けない最高の兄が・・・。
だからって、そんなことは絶対に口にしない。だってブラコンなんて思われたくないから。
でも、わたしは一つだけどうしても言いたいこと・・・いや、宣言しなければならないことがあった。
わたしが昔からずっと心の中に留めていたこと・・・初めて今日気づいた本心。
「お兄ちゃん、わたしね」
「うん?」
「・・・将来のこと考えてみたの」
「結婚か!?」
「いや、そこまでは・・・」
驚愕の顔を張り付かせていたが、わたしが否定すると空いている手で額をぬぐった。
そこまで驚くようなことじゃないんだけどなぁ・・・
「
―――――― 皆が将来何になるかって・・・わたしに嬉しそうに話すの。だからわたしは優秀な術者になるんだって・・・そう言ってたの」
「・・・・・・」
「でも、それじゃ本当にお兄ちゃんのおまけになってしまうんじゃないかって凄く怖くなって。真似事をすれば余計に自分が希薄な存在になっちゃうんじゃないかって不安になって・・・どうしようもなかった・・・」
お兄ちゃんは何も言わず黙って聞いてくれた。歩きながらわたしは続けた。
「それなのにわたしは相変わらず術の練習ばっかやってて、上達しなくてもとり憑かれたように頑張った。そこをやるせない思いのやり場にするように。でもね・・・」
そこまで言って立ち止まる。お兄ちゃんもつられて立ち止まった。
「お兄ちゃんに負けないくらいの凄い術者になるんだから!」
そう言うと、ちょっと驚いたような顔をした。
「わたしやっぱりお兄ちゃんの妹だったみたい。優秀な術者になりたいって・・・心の中からそう言えるの。・・・今まで以上にね。言っとくけど、これだけは譲れないわ。これはわたしにとって断つことの出来ない目標なんだから!」
言い切るとお兄ちゃんはにかーっと笑った。
「そうか!なら俺もうかうかしてられないな!お前は俺の妹だからすぐに上達するさ」
ちょっとほめられたような気がして照れくさかった。
・・・ま、半分のせられてるんだろうけど。
引っ張られるように歩きながら後ろを見る。もう二人はいなかった。
また来よう!そして二人に話さなきゃ。わたしが目標にしていること。
自慢できる事ができたような気がしてちょっと嬉しくなった。一人で笑みを浮かべながら、家路を急いだのだった。
しかし、馬車で行き来するような距離。徒歩ではすぐに日が落ちて夜になってしまった。
暗い夜道を歩きながらお兄ちゃんの光の術を頼りに歩き続ける。
相変わらず手はつないだままだ。
この時初めて気づいた。お兄ちゃんの手の大きさに。お父さんのことは覚えていない。けど、もし今、こうやって手をつなぐ機会があればきっとこんな感じなんだろうな・・・。
男の人の手って大きくて温かいって聞いてたけど、嘘じゃないみたい。
・・・・・・そういえば、アキラがわたしの手を握って走ってる時は何も感じなかったんだよね~まあ、アキラもきっとこれからそうなるんだろうけど・・・っていうか、年下だしね。
「見ろよ。月があんなに輝いてるぞ」
お兄ちゃんにつられて空を見上げる。雲ひとつない深い闇色の空。しかし月だけは煌々と輝いていた。
街灯はなくとも月の光で十分なくらいだ。しばらく二人で空を見上げながら歩き・・・
足を踏み外して土手から転げたお兄ちゃん。巻き添えになったわたしも一緒に転げる羽目になったのだ・・・。
「お兄ちゃんの馬鹿あぁぁぁぁっ!!」
夜空に絶叫が響いたのは言うまでもない。
「ナチ、ちょっと外に出てみるか?」
その一言がきっかけだった。
お兄ちゃんに宣言をした数日後。わたしは浮き立つ心を抑えることが出来なかった。
だって、旅が出来るって!!
考えたこともなかった!
ついこの間お兄ちゃんが一ヶ月くらい家を空けたことがあった。わたしのせいでお兄ちゃんを束縛はしたくなかったから何も言わず了解したのだ。
正直、わたしもついていきたいな~なんて思ってたから凄く嬉しい!
必要最低限の荷物をまとめていく。
「まあ、ちょっと調べたいことがあるだけなんだ。ヘズルに行こうと思ってるんだけど、少しは社会勉強になるだろ」
お兄ちゃんはどうも、エンドレスの第二都市、ヘズルで調べ物をしようとしてるみたい。デルタよりかは近いけど、ちょっとした旅よね。
野宿も体験したことないから楽しみ!
わくわくしながらわたしは準備を進めて行った。出発は三日後だ。
カチャッ
住み慣れた家に鍵を掛ける。いつもなら誰かがいるけど、今回ばかりは誰もいない。
早い朝は寒い。いつもならまだベッドの中でぬくぬく寝ているはずなんだけど。
「じゃあ、行くか」
歩き始めたお兄ちゃんの後に続く。
一歩進むたびに家が遠のいて小さくなっていく。別に帰ってこないわけじゃないし、何ヶ月も空ける訳じゃないのにどうしてか寂しくなってしまう。
・・・って!感傷に浸ってる場合じゃないわ!これからわたしの知らないたくさんの事が待ってるんだから!
楽しいことばかりじゃないのは分かってる。でも、それ以上にきっと驚くことが待っている・・・そんな気がする。
どんな町が、どんな人が、術が待っているのか・・・想像もつかない。
「ぼーっとしてるとぶつかるぞ」
注意され、むっとする。
「もう子供じゃないんだから大丈夫よ!」
言い返す。でも、楽しげに。
「あのね・・・」
「んー?」
話しかけられ、お兄ちゃんが振り返る。
「わたし絶対に負けないからね!」
指を突きつけて宣言したのだった。