D.Force SideStory
全てのプレリュード(2)

それから一ヶ月が過ぎた。
オレたちは相変わらず村の世話になっていた。村の仕事を請け負ったりして何とかその日その日を暮らしていた。
「は~、ただいま~!」
「おかえりなさい」
借家で待っていたナチが出迎えてくれた。そのナチはオレが持ってきたディオール大陸に関する本を読んでいた。
・・・というよりもまだ難しい字は読めないはずだから写真を眺めているだけだとは思うが。
「何か良いところ見つかったか?」
訊くとナチは大きな本のあるページをオレに見せた。
「リスタル・・・エンドレスの町か」
エンドレスとは死の行進の影響を受けなかった国の一つだ。行ったことがないから分からないが、このディオール大陸を代表する大国であり、そして一番影響力を持った国だ。
領土も広く、そのうちの一つの町をナチは提示したのだ。
「ここからはだいぶ遠いなぁ・・・」
「でもおにいちゃん、ここ」
ナチが指差した先には大きな湖の写真が。大都市から離れた場所にある田舎町のせいか、自然は素晴らしいらしい。それに物価もさほど高くないようだ。
みれば教育機関もしっかりしているみたいだし・・・
「ナチ、ここがいいのか?」
「うん、大きな池があるから」
「池って言うか・・・まあ、湖だよな」
エンドレスも四季がはっきりしている国だって言うし、リスタルにも雪くらいは降るだろう。
でも、一つだけ障害となるものが・・・
「遠いんだよな」
今の村の位置からリスタルまで地図の上を指でなぞる。
はっきり言って遠い。馬車を乗り継いでも二~三週間はかかりそうだ。移動代も馬鹿にならない。
まあ、全然金はないわけじゃないし、二人ならリスタルまでいけるだろう。けれど、到着してから金がなくては意味がない。
今は出来るだけ蓄えておきたいところなのだが・・・。
「じゃあずっとこの村にいるの?」
「うーん・・・」
考え込んでしまう。確かにこの村は悪くない。ナチのことを面倒見てくれる人もいるし・・・仕事だってあるにはあるし。
ナチをちらっと見る。文字は読めないから写真を懸命に見ている。
学校にはちゃんと行かせてやりたいのだ。
ディスティールの町があれば、ナチは今年にでも学校に入る予定だった。
しかしこの村ではそういう教育機関がないらしい。保護者としてはナチにはちゃんとした教育を受けて欲しいのだが。
「ナチ、本当にここが良いのか?」
「うん!ここがいい!」
元気よく答えた。
移動するならあと一ヶ月は待ったほうが良いだろう。
その頃がちょうど気温が暖かくなって移動しやすい時期に入るし・・・それまでにならもう少しくらい蓄えを増やすことも出来るだろう。
「じゃあ、ここに決まりな!」
その印にと、オレはページにしおりを挟んだ。


さらに一ヶ月。とにかく雑用やらなにやらを請負い、少しずつ金を溜めていった。
節約も功を奏し、蓄えとなった。
「おーっし!これならどうだ!」
だんっ!
オレは自信満々に肉じゃが料理をテーブルにたたきつけた。目の前に出された料理を前に、ナチはそれを凝視している。
「今度はうまいはずだぞー、ちゃんと教わったからな」
得意げに言うが、ナチは訝しそうに眺めているだけ。
―――――― 少なくとも前回よりかはマシだと思うが・・・
初めて作った肉じゃがはとにかく味が濃かったのだ。どうも醤油の多さが悪かったようなのだが・・・しかし、オレは前回の失敗をばねに今回はちゃんと分量に気をつけて作ったのだ。
恐る恐る箸を手に持ったナチ。そしてとけかかったたまねぎが絡むジャガイモを取った。
煮込みまくったおかげでジャガイモのだいぶ奥まで汁がしみこんでいる。
小さな口にオレの自信作が含まれる。そして・・・・・・
「!」
ナチの不安げな表情がたちまち驚きに変わる。そしてそのまま固まってしまった。
「どうだ・・・?」
覗き込んで言うとナチはゆっくりと飲み込んだ。
「・・・い・・・」
「ん?なんだって?」
「甘い・・・」
前回は"辛い"だった、今回は"甘い"らしい。相当甘かったのかナチは咳き込んでいる。
おかしい・・・オレが味見した時はちょうど良いくらいだったはずなのだが・・・?
ナチの前の席に座り、箸を取り、同じジャガイモに手をつける。
ぱく
・・・――――――― やっぱり甘かった・・・!(笑泣)
「甘い・・・な・・・」
言うとナチは無言でうなずく。
しかし、何故・・・?味見した時は全然良かったのに・・・
思いをめぐらす。前回は辛かったからと今回は砂糖を多めに入れた。入れた後すぐに汁の味見にかかったのだが・・・・・・あ・・・!
あることに気づく。よく考えたら砂糖入れた後にしっかりかき混ぜていなかったのだ!それなのにオレは上澄みの汁しか味見せず・・・砂糖が全体に溶けきっていないのに砂糖をがんがん入れたからこうなってしまったのだろう。
ジャガイモでこの甘さだ。他の肉とかはもっとすごいことになっているだろう。
ナチはすでに箸をテーブルにおいてしまっている。
オレが試すしか他ないようだ。
「・・・・・・」
甘汁がたっぷりしみこんだジューシーな肉を口に入れる。
―――――― 噛んでいないのにこの甘さはどうだろう・・・!?ただ含んだだけで広がる甘味料。
意を決して肉をかむ。
じゃりっ
普通の肉じゃがではありえない音が響く。煮込んでいる時には良かったのだが、煮込み終えて冷えてしまった肉じゃがにはその表面に結晶化された砂糖が浮き出ていたのだ。
ナチが心配そうにこちらの様子を伺っている。
オレはぎこちない笑みを浮かべ、良くかまずに飲み込んだ。
実は結構な甘党のオレだが、この自作の肉じゃがの甘さにはさすがに閉口だ。
若くして糖尿病にはなりたくないが・・・しかし、作った料理に全く手をつけないというほうがオレ的には最悪の事態だった。
「ナチ、汁はできるだけきって、ご飯と一緒に食べるようにするんだぞ」
「・・・うん・・・」
そう注意すると、ナチは肉よりかはまだマシなジャガイモを取り、言われたとおりに、白いご飯と一緒に食べた。
・・・・・・うまい料理を作ると宣言したのにこの結果。オレは一体いつになったら普通に作れるようになるんだろう?
自分の料理のセンスのなさを痛感しながらじゃりじゃり肉じゃがを口にした。


皿を洗いながら料理に使った砂糖を横目で見る。料理をする前の半分がなくなっていた。
いつの間にそんなに使ったのか覚えていない。それだけ使えば甘い肉じゃがが出来るのは当然だ。
じゃぶじゃぶと食器を洗い、周辺を綺麗に片付けていく。
最初は掃除洗濯、炊事・・・とにかく大変でしょうがなかったがそろそろ板についてきたようだ。
「ナチ、もう寝る時間だろ?明日起きれないぞ」
まだあの本を眺めているナチに声をかける。相変わらずリスタルのページを見ているようだ。
眠そうな目をこすり、うなずくと立ち上がった。
「うん・・・おにいちゃんおやすみなさい」
「おやすみ!」
テーブルを拭きながら答える。そしてナチは壁の隅にある小さなベッドに向かう。
・・・仕方ないのだ。安すぎる借家だから・・・今のオレたちに"寝室専用"なる部屋は存在しないのだ。寝るときも食事も着替えもここ。何もすることがなくてもここ。
そう、この息苦しい直方体の空間が全ての生活の拠点なのだ!ちっさな台所がついてるだけありがたいのだ。
風呂とトイレが共用なのは仕方ないが。
どうでもいいか、そんなこと。どうせずっとここにいるわけじゃないんだし。
ぎゅーっと布巾の水を絞りきり、その辺に放置すると、オレはこれまた小さなソファに寝転がった。
捨てられそうなところを譲り受けたものだから弾力性はすこぶる悪い。ちなみにオレの寝床兼用だ。
「むふー・・・」
鼻から息をつくと、ナチの見ていた本を手に取り、同じページを見た。
「リスタル・・・」
ワイドや村の人に聞き、ここからでもエンドレスにいける道はあるらしい。ならばもちろんリスタルにもいけるだろう。それに難民の移動とかで結構頻繁に馬車が出てると言うし・・・
ま、大丈夫だろう。どうにかなるなる。
「はふっ」
あくびをかみ締める。そして目の端を手でこする。
「まだ九時だけど・・・」
古びた時計を横目に見る。ついさっきナチが寝た時間だ。普通ならまだまだ起きている時間だが・・・
「寝よう・・・」
日々の疲れは一気に取り払うべきだ。今夜は早々に寝て明日からまた仕事と家事にいそしもう。
なんだか最近主夫っぽくなってきたような・・・そう思いつつ、オレは深い眠りに落ちた。
来るであろうリスタルでの新たな生活を夢見て・・・。


―――――― そしてついにその朝はやってきた
空はまだ黒い。はるかな雲の隙間からわずかに日の光が見えるだけだ。だいぶ気温の高くなったこの時期とはいえ、早朝は冷たい空気が肌に障る。
「リスタルに行ってもおじさんのこと忘れんでな!」
小さい体には大きすぎるリュックを背負ったナチに見送りに来てくれたワイドが言う。
「おじちゃんも遊びに来てね」
「ははっ、落ち着いたらな。病気しないで、ちゃんとディクスの言うこときくんだぞ」
ワイドのほかにその奥さん、そしてワイドの家であったあの女性・・・子供を失ったというファイナがいた。
「ディクス君、何かあったらいつでもこの村を頼ってきてくれて良いんだからね。あたしもワイドも待ってるんだからさ。リスタルまでは遠いけど、気をつけて」
大きな包みを渡してくれた。香ばしい焼きたてのパンの香りがする。
「妹さんを大事にね。あなたのたった一人の肉親なんだから」
そしてファイナが言う。
二人にオレは力強くうなずいた。
「そろそろ出発します。馬車に乗ってください」
御者が乗車を促す。手綱を振る音がすると、ガラガラと馬車が動き出した。
「気をつけてなーっ!!」
大きく口を開け、叫んだワイドの声が遠くなる。
「ああ、今まで有難うーっ!!」
確実に離れつつある距離に負けないよう、オレも声を上げ、彼らに、そしてこの村に別れを告げた。
村の背後の山の端。そこから登ろうとしている太陽の光がやけにまぶしく感じた。
でも涙なんか出ない。だってこれからがオレたちの本当の出発だから。
どれくらい馬車の後方を眺めていたか分からないが、気がつけば横でナチが寝ていた。こんな朝早くに起きたから疲れてしまったのだろう。
風邪をひかないようにと薄い毛布をかけてやる。
向かうは大国エンドレスの町、リスタル。美しい湖と緑あふれる森をたたえた小さな町。
オレたち二人の出発点。
新たな生活の始まりへの期待はもちろん、同時に感じる不安。
誰にだって"これからという未来"を予測できることは出来ないのだから。
リスタルへと走る馬車の揺れに身を任せ、オレは祈るように目を閉じた。



- 終 -