D.Force SideStory
Lighting(2)

「どういうことなのレイルッ!!」
静かなはずの宮殿に女性の罵声が響き渡る。
声に驚いたエリオスはいつもの時間よりも早く目を覚ましてしまった。その声は自分の部屋のすぐ外からする。そしてこの声は―――――
「確かに私と貴方の教育方針は違うかもしれません。しかし、エリオス様だってまだ小さい。遊ぶ時間だって勉強と同じくらい重要なのですよ」
レイルが必死にたしなめるが、ナーシャは聞く耳を持たないようだった。
「レイル・・・貴様エリオス様から王位継承の可能性を奪おうというのか!?エリオス様から第一王位継承を奪っておきながらこの上何を・・・・・・!」
「ナーシャ殿、貴方の言いたいことはわかります。エリオス様を大事にしたい気持ちも。しかし、それは私とて同じ。そのスティング様とエリオス様を同様に扱って何の非があるというのですか?」
「うるさいっ!私には私の流儀がある!レイル、お前に説教させられるとは思わなかったぞ。議会のほうで今後の処分を決定する。己の行いを悔やむがいい」
激しい怒りを込めそう言い、ナーシャはエリオスの部屋のドアノブに手をかけた。
がちゃ
その音に一部始終を聞いていたエリオスは思わず布団にもぐって隠れてしまった。
――――― 怖い・・・!怖いよ、スティング!
一方、布団にもぐるようにして寝ていたスティングだが何かの声に反応するかのように突然跳ね起きた。
「・・・・・・・・」
朝日がうっすらと部屋を照らしている。薄明かりの中部屋を見渡したが、いつもそこにいるはずのレイルもいない。
一体誰が彼を呼んだのか・・・?
「エリオス・・・・?」
不意にその名を口にする。途端、体の中に不安が湧き上がってくる。それが何なのかわからない。けれど頭で理解するよりも、体の方が先に動いた。
あわててベッドから飛び降りるとクローゼットから自分の服を取り出した。


どうしよう・・・?怒られる!!
エリオスは布団にもぐりこんで震えていた。こんなことをしても何もならないのはわかっている。けれど、彼の中にある不安が、恐怖がそうせざるを得なくしていたのだ。
「エリオス様、ナーシャです。起きてらっしゃったんでしょう?お顔を見せてください」
予想外れて、ナーシャは優しい声でエリオスに話しかけた。
あっけにとられつつも、布団からごそごそと顔を出す。ベッドの向こう側にはナーシャがいた。
「おはようございます。私がいない間レイルが大変な失礼をしたようで。でも、ご安心ください。レイルには議会によって免職処分が下されるよう、私が尽くします」
にっこり笑ってそういったナーシャにエリオスは恐怖した。
議会・・・?ぼくの代わりにレイル怒られちゃうんだ!!ぼくが軽はずみに返事したから・・・
しかし、エリオスはもっと重要なことを落としていた。
免職――――― まだ幼いエリオスにはわからなかっただろう。ナーシャはレイルを宮殿から追い出そうとしているのだ。
「そこでエリオス様、申し訳ないのですがすぐに手続きをするためまた離れます。今度は宮殿内にいますので何かありましたらすぐにでもお呼びください。代わりのものは後で仕えさせます」
そういうと返事も聞かぬまま部屋を出て行ってしまった。
その場に残されたエリオス。彼がナーシャを止めるすべを果たして知っていただろうか?
己の浅はかさ、無力さを痛感し、再びベッドの中にもぐった。
一方、服をあわてて着たスティングは走ってエリオスの部屋を目指していた。さっきから感じる不安はまだぬぐえない。
「エリオス、エリオスッ!ぼくだよ、スティングだよ!」
エリオスの部屋の目にようやく着き、息つく暇もなくドアをたたいた。
しかし何度呼びかけても返事はしない。ドアも鍵がかかっていて開けることは出来ない。
もしかしていないのかな・・・・?
思い直すと元来た廊下を自室に向かって歩き始めた。その時だった。
「スティング様!」
廊下の先でレイルが急いで走ってくるのが見えた。
「やはりここでしたか・・・」
「勝手に部屋を出てごめんなさい。でも、エリオスに呼ばれた気がしたんだ。なんだかエリオスがとても不安そうにしている様子が浮かんで・・・」
ばつが悪そうに言う。しかし、レイルは咎めなかった。
「・・・・・・スティング様、お話があります。部屋に戻りましょう」
暗い表情のレイルがやけに印象に残った。スティングは彼の手に引かれるまま再び部屋に戻った。


「スティング様、これから私がいなくても十分にやっていけますか?」
部屋に戻り落ち着いたところでレイルがそう口にした。
「レイル・・・・?」
「スティング様は、お父上と同じ威徳と力、そしてお母上の優しい心を持ったお方です。これから例え身の回りの世話を焼くものがいなくなっても、スティング様は立派にやっていけるでしょう」
「イトク・・・?ねえ、レイル何を言ってるの?」
「私はスティング様のおそばについてこれからを見守ることは出来ません。けれど、私はスティング様が立派に自立なさるその時まで遠くから見守ります」
さっきよりも大きな不安がよぎる。レイルが言っていることが・・・言わんとしていることが嫌でも頭の中に入ってくるのがわかる。
「しばらくは私が一番信頼するものを従者につけさせていただきます。しかし、本当の従者を見つけるのはスティング様本人です。周りに惑わされぬようしっかりとご自分を保ってください。いいですね?」
うん、と返事が出来なかった。了解するわけにはいかなかった。
「・・・どうして・・・そんなこと言うの・・・?ぼく、悪いところあるなら何でも直すよ!術だってちゃんとできるように・・・ねえ!!」
――――― スティング様のせいではありません。私の軽はずみな行動が・・・・・・」
言いかけたレイルの表情がこわばる。
「スティング様、今日は休日ですが出来れば外に出ないよう、お願いします。今日は雨が降りそうです」
そこまで言うとドアの近くまで行ってしまった。
「また夕方ここを伺います。では」
ぱたん
ドアが閉まる。そしてレイルが遠ざかっていく足音が程なくして聞こえなくなった。
止められなかった自分が情けなかった。そしてなぜレイルがそんなことを言い出したのかわからなかった。そしてそれをどうやったら止められるのかもわからなかったのだ。
「ぼくのせいだ・・・ぼくがちゃんと術を扱えないから・・・」
ザアァァァ―――――
つぶやいたその次の瞬間、明るかったはずの部屋が急に暗くなり、大粒の雨がガラス窓をたたき始めた。まるで人々の荒れた心を反映しているように。
スティングは部屋を出ると大急ぎでエリオスの元へ助言を求めに行った。
「エリオス、開けてよ!レイルが大変なんだ!」
それでもやはりさっきと同じ、無反応だった。
「レイルがいなくなっちゃう!」
そう叫んだ時、あわただしい音が聞こえ、ようやくドアが開いた。
「早く入って!」
パジャマ姿のエリオスは早口で言うと、スティングの腕をつかんで部屋の中へ引き寄せた。そして勢いよくドアを閉めると急いで鍵をかけた。
「エリオス・・・そんなに急いでどうしたの?誰かいた?」
「ううん・・・違うんだけど。ナーシャの代わりの従者が来る前にって思って・・・ところで、スティング。レイルがいなくなるって?」
「レイルがぼくに言ったんだ。レイルどこかに行っちゃうつもりなんだ!ぼくが術を扱えないから・・・!」
――――― いなくなる・・・?そんな!怒られるだけじゃなくて・・・ぼくのせいでレイル・・・
今にも泣きそうなくらい動揺していたスティングだが、体を振るわせ始めたエリオスに気づき、我に返った。
「エリオス・・・?どうしたの?寒いの?」
訊くが反応はない。聞こえていないようだ。
コンコンッ
不意にドアをたたく音が聞こえた。
「エリオス様、ナーシャから仰せつかりました、フルトです」
ナーシャの代わりの者だった。
エリオスの動揺がいっそう大きくなる。自分のせいでレイルがいなくなること、そしてスティングがこの部屋にいることがばれれば怒られること・・・大きな不安がエリオスを支配した。
かちゃ
合鍵を渡されたのだろう。フルトが鍵を開けて中に入ろうとドアを開けたそのときだった。
「きゃっ!」
フルトは何かに体当たりされ、小さく悲鳴を上げた。予想外のことでたたらを踏む。
ぱたぱたぱた・・・
何かが走り去る足音。
――――― ・・・・・・!エリオス様!!」
何が起きたのかわからなかったが、部屋の中のエリオスを確認しようと閉まってしまったドアを乱暴開けた。
「・・・・え・・・スティング・・・様?」
しかし、そこにいたのはいるはずのないスティングだった。部屋を見回すがエリオスはいない。スティングも何がなんだかわからない様子でフルトを見上げている。
「スティング様、どうしてここに・・・?エリオス様はどこにいらっしゃるんですか?」
スティングは答えなかった。何が起きたかわからず呆然としているようだ。
「スティング様・・・?」
その様子がおかしいと思ったのだろう。スティングの肩に手を乗せた。
「エリオスッ!!」
それで我に返ったのか、一言そう叫ぶと、わき目も振らず部屋を飛び出した。
フルトにはわけが全くわからなかった。いきなりぶつかってきた何か、そしているはずのない部屋にいて、出て行ってしまったスティング・・・・・・
「まさか体当たりしたのは・・・」
気づくのが遅すぎたようだ。追いかけてもどこにいるのかわからない。
「ナーシャ様にお伝えしなければ!」
危機を感じたのか、エリオスの部屋に鍵もかけずフルトもその部屋を出た。


スティングも必死になって追いかけたが、この複雑な宮殿の中でどこに行ったかわからないエリオスを探し出すのは難しかった。
フィオールのところにも、そしてアルバートのところにも行ったが残念ながら予想外れたようだ。一緒に探すと二人とも申し出てくれたが、スティングはそれを断り、宮殿の中を走り回っていた。普段歩きなれているはずの宮殿であったが、焦燥に駆られている今はただの大きな障害物でしかない。
「どこに行っちゃったんだろう」
大きな出窓があるところまで来て外を見た。昼間にもかかわらず雲で真っ暗な外は雨がひっきりなしに降り続いている。庭にも大きな水溜りがいくつも出来ていた。
ぼんやりと外を眺めていたが、そのとき不意に誰かの影が横切ったような気がした。
「もしかして、エリオス?」
そう思い込んだら次にするべきことは決まっていた。雨をしのぐ物を何も持たず、スティングは激しい雨の中、影を追い求めてさまよい始めた。


「エリオス様がいなくなった!?」
議会に申請していたナーシャが、フルトに呼ばれ、その場を離れると驚きの声を上げた。
「はい・・・部屋にはスティング様が一人いらっしゃったのですが、スティング様も走って出て行かれてしまって・・・」
「何故すぐに追いかけなかった?これは大変な失態だぞ、フルト!」
「はっ・・・申し訳ございません。今すぐに探してまいります!」
深々と頭を下げると、走ってその場を去った。
「スティング様が?エリオス様も・・・」
つぶやくように言ったレイルにナーシャが睨む。
「自分のことを心配したらどうだ?レイル、お前は・・・」
「気のすむように処分をしてくださって結構です。しかし、どんな処分が下ろうとスティング様は私の大事な主人です!」
ナーシャを振り切ると、レイルもその場からいなくなってしまった。
しかし彼女はそれを追いかけようともしなかった。ただ、レイルを追放することしか頭になかったのだ。


ザアア・・・・
打ちつける雨がとても冷たかった。服がぐっしょりと濡れてしまってはいたが構わなかった。
「エリオスーーー!!」
何度も叫んだが、激しい雨音にかき消されるばかりだった。
暗くて辺りもよく見えない。明かりになるものを持ってくれば・・・と、そう後悔した。けれど、建物からはだいぶ離れた場所にいた。エリオスがこの辺りにいるのではないかと思うと、引き返すわけには行かなかった。
ぬかるんだ地面に足を取られ、何度も転びそうになる。
・・・・・・どこかなぁ・・・?
探し続けて、庭園まで来てしまった。いつもは緑と花の鮮やかさで美しい庭園も、今は闇の拠り所となっていた。怖いと思いながらも足を踏み入れる。
点在する庭園の照明だけがスティングの頼りだった。
端のほうの暗がりの中、秘密基地への入り口を見つけると中に入った。
「エリオス、いるんだろう?」
期待を込めて声をかけたが、そこには誰もいなかった。ぽっかりと暗い空間があるだけ。それに飲み込まれそうな気がしてあわてて抜け出す。
ぱしゃん
背後で何かが水をたたく音がした。エリオスではないかと振り向いたがそれはただの気のせいだったようだ。
「・・・・・・・・」
残念そうに向き直る。目の中に雨が入って視界がぼやける。けれど、それを払おうともせずスティングは一人呆然としていた。暗雲立ち込める空を見上げたそのときだった。
カッ、ドォン
「!?」
スティングの瞳に強すぎる光が刺した。続いた轟音にかがんで耳をふさぐ。
パシッ
そして何かがはじける音とともに辺りが暗闇に包まれた。その場だけではなかった。電気に頼っているもの全てがその機能を停止する。落雷によってデルタ全体が光を失ってしまったのだ。
「雷・・・?」
頼りにしていた明かりもなくなってしまった。どうすればいいのかわからず辺りをきょろきょろする。
不意に、握った自分の手を見つめる。
――――― 闇打ち砕く至高の光、その一筋、わが手に宿り導き手となれ
スティングにこの意味はわからない。けれどレイルは言っていた。
その言葉は生まれいづる前より頭に刻まれたスペル。今理解は出来なくとも、心の奥底ではその意味がしっかり受け止められている力ある言葉。
それが想像の具現化―――― つまり、術を生み出している要因の一つだと。
スティングはその一字一句をしっかり頭に叩き込んでいた。そしていつも癖のように口にしていた。けれど、一度も成功した事はない。
「闇打ち砕く至高の光、その一筋、わが手に宿り導き手となれ、光よ!!」
間違えることなく正確に唱える。突き出した手から光が漏れるはずだった。・・・が、空間には何もない。
「・・・・・・・・」
思い出したように首を振ると、振り返り、庭園のさらに奥へと足を進めた。


「スティング様!エリオス様ー!!」
レイルが力いっぱい叫ぶが、それは冷たい闇に吸い込まれただけだ。
「レイル殿!お二人は?」
その声に振り返る。やはり同じように雨に打たれ、ずぶぬれになっているフルトだった。
「それがまだ・・・フルト殿、スティング様はエリオス様の部屋におられたのか?」
「ええ、私が部屋に入ったときはお一人で・・・。まさか体当たりしたのがエリオス様だとは思いもしなかったんです。私があの時すぐに追っていればこんなことには」
「・・・誰のせいでもない。早くお二人を探し出そう。風邪をひかれては・・・」
言いかけたそのときだった。
ピシャッドォン
「きゃあ!」
稲光とともに周囲の光が一瞬にして消える。
「・・・雷・・・停電か!」
レイルたちがいる辺りも暗闇に包まれる。
「くそっ、フルト殿、急ぐんだ!私は庭園の方を回る、あなたはもう一度建物の中を」
そういうと走って庭園へと向かった。
「は、はい!」
フルトもあわてて建物へと戻った。


・・・きっとエリオスは新しい隠れ場所に行っちゃったんだ・・・
顔に容赦なくたたきつける雨を避けるように腕を掲げ、スティングは庭園のさらに奥へ進んでいた。
「わっ!」
ぬかるんだ地面に足を取られ、転びそうになる。何とか体勢を立て直し、歩き出す。よく知っている庭園とはいえ、こんなに天候が荒れていてはまるで違う場所に見える。
そして現在、このあたりの庭園は整備の途中で大きな木を植えるためか、深い穴が所々に点在していた。うかうかしていれば足をとられて大怪我をしかねない危険な状態だった。
「・・・・・・あれは・・・・・」
目を凝らしながら進んでいたその時、前方にぼんやりと光が見えたような気がした。
あわててその方向に走る。そして空に浮かぶ弱弱しい光球を発見した。
「もしかしてエリオス・・・?」
直感的にエリオスの生み出した術だと察す。しかし、いつも見る光よりかなり弱く見えた。今にも消えてしまいそうだ。
――――― 発動した術と術者は切っても切れない関係です。術者が力を失うにつれて発動している術も弱くなります。
ふとレイルの言っていたことが蘇る。
・・・この光の術は発動している間、術者の力を消費し続けている・・・だとしたら・・・!!
このすぐ近くにいることは間違いなかった。光の球の周囲を捜そうと再び歩き出した時、大きな穴に気づく。その隣には今度植えられるのだろう。巨大な木が横たわっていた。
恐る恐るその穴をのぞく。
「エリオス!」
弱い光に照らされ、その深底にうずくまっている人影を確認する。呼ばれると、エリオスはゆっくりと顔を上げた。
「スティング!どうしてここに・・・」
「大丈夫?心配だったから探しに来たんだよ!待ってて、すぐそこに行くから」
そういうと穴の底に降りようとした。
「だ、駄目だ!スティングまで降りてきたら・・・」
しかし、言うのが遅かったようだ。
どさっ
目の前にはしりもちをついたスティングがいた。
「よかった・・・エリオスが無事で」
にっこり笑って嬉しそうに言った。
「・・・・・・・」
「どうしたの?もう大丈夫だよ、ぼくが来たから」
「スティング、どうやってここを抜け出すつもりなの?」
エリオスがほうけたように訊いた。
「えっ・・・」
今気づいたようにスティングが見上げる。暗かったせいか、穴の深さを測ることができなかったようだ。まさかこんなに深い穴だとは思いもしなかったらしい。
「・・・駄目だよ・・・」
「何が?」
「ぼく・・・さっきからなんか変なんだ」
「エリオス?」
「・・・頭も足も・・・痛いんだ」
エリオスをまじまじと見る。足に外傷は見られないが、顔にその状態は色濃く出ていた。
「エリオス!!」
あわてて駆け寄り、支える。雨のせいで体は完全に冷え切っていた。
「ねえ、しっかりしてよ!」
「・・・ん」
「何・・・?」
――――― ごめん・・・レイル、ぼくのせいで・・・・・・」
・・・そういえば、エリオス、ぼくがレイルのことを訊いたら出て行っちゃったんだっけ・・・
「ねえ、エリオス、何か知ってるの?どうしてレイル・・・」
訊きかけてやめる。
「エリオス?」
しかし、返事はない。ゆすっても目をあける様子もない。
大変だ!!
エリオスが危険な状態であることをようやく察す。
フッ
「光が・・・!」
穴の中をぼんやりと照らしていた唯一の光が潰えてしまった。これでエリオスの意識が完全に失われたことが証明された。
処置が必要だった。しかし、光の術も使えないスティングに治癒の術が使えるはずもない。
「助けを呼ばなきゃ!」
穴をよじ登ろうとする。しかし、土壁は水気をたっぶり含み、足掛けにはならなかった。冷たい雨だけが穴に入り込む。その雨も次第にたまってきているようだ。
「誰かーっ!!」
何度も大声で助けを呼ぶ。――――― 何の変化もない。
エリオスが残した光があれば・・・
だが、自分には使えない術であることに激しい自責の念を覚える。
「何でぼくは使えないんだ!!どうして・・・」
土壁をたたく。こぶしが土の中に埋まる。そしてその手を思い切り上に振り上げた。
「闇打ち砕く至高の光、その一筋、わが手に宿り導き手となれ、光よ!!」
やけくそ気味に叫ぶ。そして何度も唱え続けた。
しかし、暗い闇を照らすものはない。
「・・・光・・・よ!!」
息も絶え絶えに口にする。あれからだいぶ時間が経っていた。雨の勢いも治まるところを知らない。
「・・・・」
頭の中を無にする。何も思い浮かべない、考えない。
―――――――
光とは?
闇打ち砕く至高の存在?
わが手に宿る導き手?
―――――― 違う、そうじゃない!
光は・・・ぼくが今一番必要としている光とは・・・!
その瞬間闇の意識の中に強烈な光が生み出された。
ぼくはエリオスを助ける光が欲しいんだ!
そして同じくスティングの手にも・・・
「・・・・・・エリオスを助けて!!!!!」
強い思いとともに手を振り上げる。生み出された光は、術者の願いを聞き届けるかのようにその明るさを増し、天高く頭上へと上って行った。
あたりがまるで、太陽に照らされているように明るくなる。
手を振り上げたままスティングは今までにない脱力感と戦っていた。急速に体力が奪われるのがわかる。
「まだ・・・まだだ!」
体力は限界に達していた、スティングの気力のみが術の財源。
・・・・・・・・・・・・。
しかし、その財源もいよいよ尽きようとしていた。突き上げた手が無意識のうちに下がる。
再び掲げなければ、と思うものの限界だった。頭上の光も急速にその力を失っていく。
――――――― エリオス・・・
強烈な眠気がスティングを襲う。意識が暗転しようとしたその時・・・
「スティング様!エリオス様!」
懐かしい声に顔を上げる。
「・・・レイ・・ル・・・」
穴からのぞくその顔を見て安心したのか、スティングは崩れるようにその場に倒れた。


「まあ、そういうことだな、ナーシャ殿。エリオス様もそうおっしゃっていたことだし、今回のことは多めに見てやりなさい。それに、貴方がエリオス様のおそばに常についていないことが招いた事件でもあることを忘れないように」
議会の決定にナーシャはただ従うしかなかった。
「それからレイル殿、これからもスティング様のおそばにつきなさい。スティング様もようやく術に目覚められたのだから術の教育に勤めるように、これからも頼むよ」
その言葉にレイルはうなずく。
そして議会は閉会した。
夕日が差しかかろうとしている長い廊下を、ナーシャとレイルが歩いている。二人とも無言だった。やがて、それぞれの主人の部屋に続く廊下で分かれようとした時だった。
「レイル」
ナーシャが声をかけた。
「スティング様のことはすまなかった」
「ナーシャ殿・・・」
「エリオス様の従者は私であるのに、お前にまで迷惑をかけてしまった。私は従者として失格だな」
そういうと自嘲気味に笑った。
「私は心のどこかでお前に敵対心を持っていたのかもしれない。自分のすべきことを見失ってしまった・・・」
「謝らなければならないのは私のほうです。エリオス様にはナーシャ殿がついていた。それなのに私は余計な手出しをしたからこのようなことに・・・申し訳ないです」
「いや、それが最善だったのだろう。――――― しかし、レイル。私はまだエリオス様の王位継承をあきらめたわけではないぞ。隙があれば、必ずエリオス様を王位につかせる。それが私の義務・・・それだけは覚えておけ」
「・・・・・・・」
ナーシャそういうとレイルをそのままに廊下を歩き出した。二、三歩歩いたところで立ち止まり振り返る。
―――――― レイル」
「はい?」
呼ばれ、向き直る。
「有難う」
ナーシャはそう口にし、普段は見せない極上の笑みを浮かべ去って行った。
・・・ナーシャ殿
突然のことに立ち尽くす。ナーシャの見せた笑みが頭からしばらく離れなかったが、そんな自分に気づくと咳払いをしてその場を離れた。
「スティング様、レイルです。入りますよ」
ノックし、ドアを開けた。
カッ
部屋に入ったレイルに光の球がぶつかってきた!
「わっ!!!」
驚いたレイルは思わず声を上げた。
「やった!」
「スティング様・・・?」
声のするほうを向くと得意そうな顔をしたスティングがいた。
「今度はちゃんと驚かせた!」
どうやら覚えたての術をレイルにぶつけたらしい。前回の失敗のリベンジだろう。
「スティング様!ちゃんとベッドで寝ているように言ったじゃありませんか。風邪でもひいたらどうするんです?」
レイルが呆れ顔で言う。
「でもぼく、全然風邪なんかひいてないし・・・それにこんなに天気が良いのに寝てなんかいられないよ!」
スティングは晴れ渡った外を指差しながら抗議する。昨日の大雨は嘘のように、今日は素晴らしい青空が広がっていた。
「駄目ですよ。今日一日まで安静になさってください」
そういうと嫌がるスティングを無理やりベッドまで連れていった。
仕方なくベッドに横たわると、スティングはレイルの顔をじっと見た。
「・・・・・・レイル」
「なんですか?」
「もう、どこかに行っちゃうなんて言わないよね?いなくならないよね?」
真剣な顔で、しかし不安を隠せないのか震えるような声で訊く。
―――― ご安心ください。このレイル、スティング様自立なさるそのときまで、そばに仕えさえていただきます」
スティングの頭の上に手を乗せながら言ったレイルにスティングは嬉しそうな顔をした。
「ぼく、エリオスにお礼言わなきゃ」
「エリオス様にですか?」
「うん。ぼくエリオスのおかげで術が使えるようになったんだもん。もしエリオスがいなかったらずっと術が使えなかったも知れないんだ。だからお礼を言わなきゃって」
「・・・・・・そうですね。エリオス様に会ったら私のほうからも伝えておきましょう。さあ、安静になさってください」
スティングに布団をかけ、その場を立ち去ろうとした。
「ねえ、レイル、やっぱりぼく眠くないよ」
「では、私が軽く術をかけましょう。スティング様はそれを修得するつもりで見ててください」
同意を得ると、レイルはスティングの額の上に手を置いた。
逆らえない、術の力がスティングの頭の中に流れ込んでくる。それをスティングは素直に受け入れた。
そして深い深い眠りに落ちた。


「エリオス様、ご気分はいかがですか?」
部屋に戻ったナーシャが、ベッドでおとなしくしているエリオスに声をかけた。
「うん、もう大丈夫。ナーシャのおかげで足の痛みもなくなったし」
「それはよかったです。でも、熱が治まるまで安静になさってくださいね」
そういうと、ベッドのそばの椅子に腰をかけた。その様子をエリオスはもの珍しそうな顔で見ている。
「ねえ、ナーシャ。もう、仕事の時間なんじゃないの?」
普段この時間に会うことは滅多になかった。しかし、部屋を離れようとしなかったナーシャにエリオスは疑問を抱いたのだった。
――――― 私の仕事はエリオス様のおそばに常にいることです」
微笑みながらそう答えた。
エリオスも嬉しそうに小さくうなずく。
そんな彼の頭を、ナーシャは優しくなでた。


――――――― 十一時か・・・少し早いけど今日はもう寝ようかな
僕は手の平に生み出した光球を枕元に置いた。この術を生み出すたびに僕はあの日のことを思い出すのだ。
彼と話すことはめっきり減ってしまった。
その理由は僕もわかっている。だからこそ僕は彼に近づけないでいるのだ。
もしかしたら昔のように過ごせる時は来ないのかもしれない。
「・・・・・・・・・・。」
ガウンを脱ぎ、いつもの場所に置いた。
ベッドにもぐりこみ、今度はあの二人のことを思う。
僕って結構しつこいタイプなのかな?僕にはやるべきことがあるのに、寝る前にいつも考えることは二人のことばかりだ。元気でいると良いけど。
一つあくびをすると、僕はかなわぬ期待を胸に、深い眠りに落ちた。


そして、その数日後に僕の期待は現実のものとなったのだ。