D.Force The First Chapter
Force-19

上陸!南の島ラグーン


「スティング有難うね」
船室の扉の手前でナチが礼を言う。
「僕こそ・・・本当に有難うございました」
スティングが極上の笑みを浮かべる。
思わず、"これがSランクの微笑か・・・"などと思ってしまったナチだった。
扉を開け、船室に入る。
やはりディクスは爆睡したままだ。声をかけただけでは起きないだろう。
「まだ寝てるね」
「そろそろ約束の時間なんですよね。・・・起こしましょうか」
時計を見つつスティングが言うと、ナチがうなずいた。
そして、移動する。
「うん、そうだね」
ナチの同意を得、アイコンタクトでディクスの寝ているベッドのシーツのすそ四方をつかむ。
「準備はいいですか?」
「オッケーよ!」
「じゃあ・・・」
緊張の一瞬。
「いきますよ、せーの!」
どさっ、ごきっ!
ベッドから落ちた音と、不快音とともにディクスは床に転がった。
――― なんか今、変な音した・・・
二人とも聞いて聞いてない振りをした。床に転がったディクスは首を押さえながらかなり不機嫌そうにベッドに這い上がった。
「・・・なんだよー・・・」
まだ眠いのか、そのままベッドに顔を押し付けて再び寝ようとした。そこをすかさずナチが一撃して阻止する。
「スティングとの約束があるでしょ?自分で言い出したんだから責任持ちなさいよ」
ナチに一撃され、さらに責任を持てと言われ、ディクスはしぶしぶ立ち上がった。そして、状況を把握しようを視線をめぐらせる。
「お前ら・・・シーツ引っ張ったのか?・・・んっとに、ロクな事しないな・・・」
床に落ちた衝撃で痛めたらしい首をさすりながら文句を言う。
「だって普通に起こしにかかったって起きないから・・・爆睡モードで一番起こすの大変なのディクスだよ」
朝一番に起きるディクスでも、爆睡モード時は誰よりも手間がかかった。否めない事実を突きつけられ、ディクスは不機嫌そうな顔をしてあくびをした。
「ほら、顔洗って支度する!」
ナチにうながされ、しぶしぶ洗面所に向かった。
「まだ眠そうですね」
「でも大丈夫よ。夕方も寝てたんだし、言い出したのディクスだもん」
言いながら椅子に座る。そして、借りてきた大量の本の中から一冊を手に取る。
「さあ、これから読破するわよ!」
電気スタンドのスイッチを入れ、ナチは読書に没頭し始めた。
「あー、やっと目が覚めた!」
間もなくディクスが戻ってきた。大きく伸びをする。ようやく睡魔から解放されたようだ。
「もういいですか?」
「ああ、準備完了!行くか」
「ええ、行きましょう」
「じゃあ、ナチ、俺たち行って来るからな。先に風呂入って来いよ」
入り口でディクスがナチに声をかける。
「うん、いってらっしゃい!飲み過ぎないようにね」
そして二人は船室を出た。


「九階ですから、わざわざエレベーターで行く必要ありませんね」
そして向かった先に例の"エスカレーター"があった。ディクスはどうするんだ?という顔をしている。
「・・・どうかしたんですか?行きますよ」
しかし、スティングは当たり前だとでも言うように、普通にエスカレーターに足を踏み出した。
「早く乗ってください」
「あ、ああ・・・」
―――― これ、移動用のコンベアーだったのか・・・!?
衝撃的だったようである。荷物を運ぶためのものだと思い込んでいたからだ。
―――― さっきの箱といい、階段といい・・・リディアの人間は何を考えてるんだ?
かなり疑問に思いながら恐る恐る記念すべき第一歩を踏み出した。幸いなことに転びはしなかった。
同時に移動するベルトの手すりをしっかりと握り締め、ディクスたちは目的の階までやってきた。
「これはまた・・・」
バーについたディクスが感嘆をもらす。天井の泡い光と、店内かしこに埋め込まれている電灯が全体の雰囲気を作っていた。シックな感じが大人の世界といった感じだ。もちろん客に子供などいない。
どこにでもあるような大衆酒場にしか行った事のないディクスはやや緊張気味だった。
それに気づいたスティングが声をかける。
「僕も初めてですよ」
とりあえず店内に入り、カウンターに腰をかける。
「やっぱりここはカクテルですよね」
言うと、スティングは早速バーテンダーにスクリュードライバーを注文した。
「俺は・・・ウィスキーでいいや」
間もなく注文した酒が来た。
スティングのものは取ってのついていない底の深い大型のグラス、タンブラーに黄色の液体が入っていた。ウォッカとオレンジジュースのコラボレーションである。
一方のディクスは香り豊かなウィスキー。ロックでいただくのが好きなようだ。
「はぁー・・・一息ついたって感じですね」
「なんか久々にゆっくり飲んだような気がするよ」
どちらも特有の味覚を楽しんでいるようだ。
「ウィスキーって、それぞれの国で全然違うんですよね。原料、製法、熟成時間・・・各国で独自の定義が成されていて、違った味が楽しめます。ちなみにエンドレスのものは大麦を使ったもので、アルコール二十度、フルーティーな香りが特徴的です」
「あー、一度飲んだ事ある。なかなかいけたよ」
グラスをあおった。それでグラスは空になる。
「よし、次はブランデーだ!」
言うが早いが早速注文する。スティングが驚いたように見ている。
「飲むの早いですねー」
そして、今度は琥珀色のブランデーが運ばれた。フルーティーな香り、華やかさが命の果実酒だ。
「ストレートだよな〜」
嬉しそうに口に含んだ。そしてゆっくりとのどに通す。
「少しアルコールは控えめか・・・」
香りを十分楽しみ鼻から息をついた。
「でも、まあブランデーの場合、アルコールの含有量によって果実酒かどうか変わってきますけどね」
スティングが少しずつ酒を口に含みながら解説する。
「よく知ってるな。カクテルはどうだ?」
「ええ、美味しいですよ。でも、飲みすぎると大変な事になりますけどね。味はどうあれ、アルコール度数は強いですから」
「ウォッカだろ、それ。強いと思うんだがな」
「ウォッカはいわゆるスピリッツの一つに数えられていて・・・度数の高い蒸留酒の代表です」
「ま、ほかにはジン、テキーラ、ラム酒があるんだろ?」
ディクスが付け足す。
「それらを含めて四大ホワイトスピリッツといわれてます」
どこでそんな知識を取り入れたのかスティングは酒にも詳しいらしい。
「なあ、スティング。お前まだ二十になったばっかだろ?何でそんなに知ってるんだ?」
博識ぶりに驚いているようだ。ディクスもディクスで、ある程度の知識はあったものの、スティング程ではないようだ。
「まさか年ごまかしてるんじゃないだろうな?」
「んぅ!」
丁度酒を飲み込む途中だったのかスティングはむせてしまった。
「・・・・そんな事あるわけないじゃないですか」
顔を真っ赤にして否定する。
「ただ・・・王立の図書館にお酒に関する書物があったから読んでみたんです。どうせ、大人になったら飲まなきゃいけないだろうからって、知識だけ取り入れておこうと思って」
のどを焼かれたのか手で押さえながらやっと言う。
「そんな本まで読んだのか。節操ないな」
「悪かったですね!」
タンブラーに残ったカクテルを一気に飲んだ。そしてまたむせた。
「あんまり無理するなよ、それロングだろ?」
ディクスの言うロングとは"ロングドリンク"の事で、ゆっくりと時間をかけて飲むカクテルだった。だが、スティングは勢い余ったのか、一気に飲んでしまった。
「・・・いいんです。僕、次行きます。ピンクジン!」
スティングの前に出されたのは"ショートドリンク"で飲むカクテルグラスに注がれたジンがベースのカクテルだ。ちなみにアルコール度は四十一だったりする。
目の前に出されたグラスをスティングは真剣に見ている。
「・・・おい、スティング。早まるなよ」
スティングの異様な雰囲気にディクスが声をかける。しかし、聞いているのか聞いていないのか、スティングはグラスをにらんだままだ。
「行きます!」
決心したようにグラスを勢いよく手に取ると、そのまま一気に飲み干した!
「あ!」
・・・ショートドリンクとはいえ、そりゃあないだろ、スティング・・・
ディクスがあっけに取られた顔で見ている。
――――― どうなっても俺は知らないぞ
「くあーっ!」
たまらないのか目を硬く瞑って下を向く。スティングは落ち着くまでしばらくそうしていた。
「っはあ!・・・ディクスには負けませんよ・・・」
不敵な笑みを浮かべてそう言った。
・・・その一言がいけなかった。ディクスの闘争心に火をつけてしまったのだ。
「ジン・・・ストレートで・・・」
ディクスがぽつっとつぶやくように言った。驚いたのはスティングだ。
「ディ、ディクス!そっちのほうがやばいんじゃ!?」
しかし、ディクスは聞いてはいなかった。
「チェイサーも!普通の水で結構です!」
スティングがチェイサー(強い酒をストレートで飲んだあとに追いかけて飲むもの)に水を頼む。やがて両方のグラスが手元にくる。ディクスはいきなりグラスをつかむと、ためらいも無く、ぐいっとばかりに飲み干した!
「ディクス!」
動きが止まる。
「・・・・」
そしてゆっくりとグラスとテーブルの上に置く。
「・・・これ・・・」
スティングが水をディクスの目の前に置く。ディクスはそのグラスをつかむと口に注ぎ込む。
「喉やかれたんじゃないですか・・・・?」
しかし、ディクスは何も答えなかった。酒が効いたのか、目を閉じている。やがてゆっくりと目を開けた。
「――――― お前になんかまだまだ負けないよ・・・」
ややうつろな目でやっと口にする。
「・・・・」
・・・なんて大人気ない・・・
そう思ったスティングだが、そんな事を口にすればこの後どうなるかわかったものではなかった。ディクスはまだ飲み干していなかったブランデーを再び飲み始めた。
たださっきの勢いはなかった。
――― なんだかやばそうな感じが・・・
スティングは内心焦っていた。次のディクスの行動が予測できなかったのだ。このまま酒を飲み続ければ、恐らくディクスはとんでもない状態になるだろう。
トラブルの原因にもなりかねない。前科があるのだ。
「ディクス、そろそろ船室に戻りませんか?」
さほど時間は経っていないが、明日のこともあると、スティングが心配そうに問う。
「・・・・ああ、そうだな・・・」
ゆっくりとスティング顔を向ける。珍しく大人しく従った。
ディクスはスティングよりも先に席を立ち、異様な雰囲気でバーを後にした。
「・・・なあ、スティング。悪いんだが、肩貸してくれないか?」
気分が悪くなったのかスティングに支えられるようにして船室を目指す。酔ってはいないようだ。ただ普段飲まない強い酒を飲んだせいか、体の調子がおかしいらしい。
・・・エレベーターで降りた方が無難ですね。
エレベーターに乗り込む。そして、ボタンを押す。
エレベーターが静かに音を立てて動き出した。
「・・・・・」
しかし、エレベーターに乗ったのがいけなかったのか、ディクスの顔色がいっそう冴えなくなってしまった。あの特有の奇妙な感覚が原因らしい。気づいた時には遅かった。
うつむいたまま顔上げないディクス。
「あと少しですよ」
完全にモノを言わなくなったディクスを支えて船室を目指した。


――― へえー、ディオール大陸にもまだ未開の地ってあるのね。ルシアナ砂漠もまだまだ探求の余地はあるって話しだし・・・なんか面白そう!
ナチは分厚い本をパラパラとめくっていた。文章は読まずとも図があればそれで十分だった。そしてエンドレスの歴史に関する項目までやってきた。
・・・あのタペストリーって、竜神と人間との関係を保つための契約書のかわりなんだ・・・百年に一度の公開っていうのもうなずけるわね。
王立記念祭で見た例のタペストリーについて書かれていた。ほかにも、エンドレスの血筋が持つ、"力ある石を見つけ出す能力"について書かれてあった。
―――― あくまでも仮説ではあるが竜神より授かった特殊な力だといわれている。永きに渡り認められたもののみが行使することのできる力だ・・・だとすると、スティングは認められた者なんだわ。何千年前の事でも、今もちゃんと生きてるのねー。
歴史の壮大さに感心していた。次々出てくる新しい知識にナチは懸命だった。
「次っ!」
読み終えた本をベッドに置くと、次の本をめくり始めた。本に没頭し・・・時計の長針が一回りした頃だった。
「ナチ、すみません。開けてください」
扉の向こうでスティングの声がした。予想外の早い帰還にナチがあわてて扉の鍵を開ける。
「早かったね・・・って・・・」
扉の先にはぐったりとしたディクスがいた。スティングの肩を借り、うなだれている。
「・・・ちょっと手伝ってください」
ナチが支えられていない肩の方を持つ。
「飲みすぎたの?でも、そんなに時間経ってないと思うんだけど」
時計は十一時前を指していた。一時間程度しか経っていない。
「ええ、ちょっと・・・」
ようやくディクスをベッドの上に寝かす。大分参ってるようだった。眉をぴくぴくさせてうめいている。
「・・・もしかして、何か強いお酒飲んでた?」
ナチはディクスの様子を観察している。
「ジンを、ストレートで・・・」
「・・・・強いお酒はあれだけ飲むなって言ったのに」
ナチがあきれたように言う。
「何かあるんですか?」
「え、うん・・・そんなに強くないお酒だったらどんなに飲んでも普通に酔うだけなんだけど、少量でも極端に強いお酒を飲むと、どうも胃が荒れるらしくて。だから飲まないようにって注意してたんだけど」
視線の先のディクスは相当気分が悪そうだった。つらそうな表情をしたまま寝ている。
「仕方ないなー」
ナチは指をディクスの額に当てた。そして、指先に精神を集中する。
――― 何してるんだろう?
ナチはしばらくそうしてから指先を離した。
「何をしたんですか?」
「精神的苦痛の緩和。さすがに血液に溶け込んだアルコールを操作するような術はないから、精神的に楽にしてあげようって思って」
「なるほど」
術の精神的干渉により、酔いによる気分の悪さをある程度軽減したようだ。麻酔の一種かもしれない。
「全く・・・こうなる事を知ってるはずなのに、どうして飲んだんだろう?」
――――― 僕のせいだ・・・
ナチのつぶやきにスティングに緊張が走る。
「ねえ、スティング。わたし、先にお風呂入ってきていいかな?この船、大きなお風呂がついてるって話しだし、行ってみたいんだけど・・・」
「ええ、いいですよ。ディクスの様子は僕が見てますから」
申し訳なさげに言う。
「ごめんね、迷惑かけて」
「そ、そんなこと!」
結局本当のところを言い出せないままナチは行ってしまった。
「・・・これからは気をつけよう・・・」
スティングは一人ため息をついた。
そして、ディクスの性格を把握し、行動に出ようと誓ったのだった。


「あー!見えてきたよ!」
爽やかな風が吹き抜ける中、甲板にいたナチが声を上げる。
時は既に朝だ。飲んだ酒の量が少なかったせいか、幸いにもディクスの症状が朝まで続くことはなかった。従来の元気良さで一番に起床したのだった。
「あと少しだな」
隣にいるディクスも嬉しそうだ。スティングには悪いが、正直、ハイテクで固められた客船にいるのは嫌だったのだ。もちろん散々な目にあったからだ。
「いよいよですね」
透き通るような青い空に、地平線に見えるエメラルドグリーンの海に浮かぶ島が少しずつ大きくなっていく。
その様子を眺めながら、ラグーンに少しずつ近づいている事を実感する。。
念願の楽園到着はもうすぐだ。
「よし、そろそろ身の回りを片付けるか!」
ディクスの提案で船室に戻り、身支度をすることにした。
結局徹夜して読破するはずだった大量の本も半分読んだだけで返す事になってしまった。
「もーちょっと時間あったらよかったんだけど」
ナチの唯一の心残りだったようだ。
「スティング、帰りはどうなってるんだ?」
「まだチケット取ってないんですよ。いつ帰るかわからなかったので・・・」
そうこうしているうちに船は湾内に入っていった。
【乗船ありがとうございました。只今上陸の準備を行っております。もうしばらく船内でお待ちください】
船内で放送が流れる。
「出口近くで待っておいたほうがいいですね。行きますか?」
「オッケー!」
身支度を済ませた三人は意気揚々と出口へと向かった。
楽園の地はすぐそこだ。


「ようこそ!南の島ラグーンへ!」
船を出た一行は、港でレイを配っている現地人に驚いた。首に、赤い花で作られた首飾りをかけられる。
うあー!美人なお姉さんばっかり!ここの島の人って皆綺麗なのかな?
ま、まさか突然こんな歓迎を受けるなんて・・・
緊張してるのは僕だけだろうか・・・?
三人とも緊張気味に歓迎の列をくぐっていった。まさかこんな熱烈な歓迎を受けるとは思っていなかったのだ。他の乗客も少しうろたえ気味だ。
「急ぎましょうか・・・」
なんだか居心地が悪くてそそくさとその場を離れる。しかし、その後は閑散としたものだった。
「な、なんかびっくりしたね・・・」
「ああ・・・」
大分離れたため船も小さく見える。そして、辺りを見回すが、南の島!という感じはしなかった。
「ここは港ですからね・・・少し離れれば白い砂浜の海が見れるはずです」
スティングが大きな地図を広げながら言う。島全体を形どった地図で現在地を確認する。
「港はここだろ?中心街はここからそう遠くないな」
「シャトルバスが運行してるってガイドブックに書いてあったんだけど・・・バスって馬車みたいなものなんでしょ?」
リディアの文化がラグーンにも浸透してきているようだ。
「ええ、中心街に行ってもいいんですけど、まずは・・・宿泊する場所を探しましょう。実は予約をいれておいたんです」
スティングの余裕はここから来ているようだった。宿泊予約無しでここに来ることは野宿の意を同じことだった。
しかし、ディクスに緊張が走る。
「な、なあ・・・まさか豪華ホテルなんてことないよな・・・?」
恐る恐る訊いてみる。もう堅苦しいのはうんざりだったのだ。
「?違いますよ。もっと気楽に宿泊できるところですよ」
スティングはそう言って笑った。その言葉にほっと胸をなでおろす。
「中心街から離れますけど、遠いってわけでもないですし・・・何より海が近いんですよ。プライベートの海じゃないので魚釣りだってできますし、絶好の穴場です」
「魚釣り!」
ナチが目をらんらんと輝かせる。
「料理もできますよ」
「本当か!?」
今度はディクスが目を輝かせる。
「ええ!じゃあ出発しましょう!」
一行は宿泊所に向け、いざ出発した。


どれくらい経過しただろうか?
一行は密林をひたすら歩いていた。歩き慣れているとは言え、朝とは違い、昼に近づくにつれて日差しは強くなり、気温が上昇していった。
湿気も多く、服や髪がべっとりと体に張り付く。
「もうすぐですよ、頑張ってください」
何回聞いた言葉だろうか?
それでも文句も言わず黙って着いていった。そして・・・
「海だー!!」
真っ白い砂浜のある海に出た。エメラルドグリーンの海が太陽の光を受けてきらきら輝いている。ここまで澄んだ美しい海を見たのは初めてだった。
南の島に来たのだとやっと確信する。常夏の太陽を見上げる。
ミャーミャー・・・
遠くで鳴き声がする。
――― ウミネコかな?
声のするほうを見る。――――― ディクスだった。
「・・・」
「似てるだろ?」
何故か得意げだった。ご丁寧に術を連携させて騙せたことが嬉しかったらしい。
「この砂浜から一キロのところです。あと少しですよ!」
スティングが声を上げる。
そして砂浜に埋まったディクスをよそに再び歩き始めた。
少し開けた場所にある小さな白い家。少し古臭さを感じるが、宿泊するには申し分ないといったところだ。窓から中をのぞく。綺麗に掃除されているようで、思ったよりも整えられていた。
「もしかして、ここ?」
ナチが家の周りをぐるぐる歩きながら訊く。
「ええ、予約は取ってあったので大丈夫です。オーナーさんがそろそろ来ると思うんですけど」
しかし、そのオーナーが来る様子はなかった。早いところ荷物を置き、遊びたいのは山々なのだが、鍵を持ってないから中に入れない。
「荷物だけここに置いておいて、離れてもいいんじゃないか?」
砂浜から脱出したディクスが家の玄関に荷物を置く。暑いのか服をパタパタさせている。
「そうですねー・・・ここでこうしていても始まりませんし」
スティングも長い髪を高い位置に結い上げ、長いシャツを肩までまくっていた。ちなみにナチは平気だった。
「スティング、予約どうやって取ったの?」
「ああ、ちょっとお金はかかりましたが、リディア大陸の技術を借りたんですよ」
――――― またリディア・・・・
ディクスは面白くなさそうだった。船内での出来事がコンプレックスになっているらしい。
「はーっ、やっぱりすごいねー」
「本当に便利ですよ」
しきりに感心している。
術の方が断然すごいんだ!
「術の方が便利に決まってるじゃないか。空を自由に飛びたいなー何て思っても、そんな技術リディアにはないだろ?」
「そうですけど・・・飛行術使えるのディクスくらいじゃないですか。僕ら使えませんし」
「教えてくれるってなら別だけどね」
「・・・で、どうするんだ?」
反論する言葉をなくし、会話を元に戻す。
「あ、そうでしたね・・・。僕、ここで待ってます。ディクスとナチはここ離れてもいいですよ。荷物は僕が見てますから」
「え、そんな一人じゃ大変だろ。いいよ、俺がここにいるから」
ディクスが申し出るが、スティングは首を振った。
「大丈夫ですよ。それに予約入れたのは僕ですし・・・海だったらここから近いですから、先に堪能してきてください。まだ初日ですし、いつでも見れますから。オーナーさんに確認取ったら中心街に出ましょうね」
そういうわけでディクスとナチが先に海に行くことになった。
ディクスとナチは海のある方へまっすぐ進む。十分も歩かないうちに、あの美しい海が見えてきた。
「やっぱり南の島に来たのよねー!最高に海が綺麗!」
砂浜で大きく伸びをする。
「ちょっと南にずれただけでこんなにも海って違うもんなんだな。青い海しか見たこと無かったんだがな」
ナチは靴を脱ぐとズボンのすそを上げ、波打ち際に走っていった。
「熱いー!」
悲鳴を上げながら海に足を付ける。
「気持ちいいかー?」
「冷たくて気持ちいいよー!」
ナチが叫び返す。
本当に来て良かった!
もとはと言えば、スティングの余計な一言から始まった急な出来事だった。ラグーンの素晴らしさは知っていたし、一度行ってみたいとも思ってはいたが、まさかそれがこんな形で実現するなどとは予想外だった。
そう思い返し、なんだかおかしくなった。
「何笑ってんだ?」
いつの間にか近くに来たディクスが不審の目で見ている。
「別にー!ディクスも靴脱いで足付けてみたら?すごく気持ちいいよ」
うながされ、ディクスは少し迷い、同じように足を海につけた。
「こうやって波打ち際に立ってるとさ、波が来たときはそう感じないんだが、波が引いたときにどうも自分も流されてるような気分になるんだよな。錯覚だってわかってるんだけど」
足元を見る。それでもやはりその感覚は消えなかった。
「うん、わたしも。なんか怖いよね」
そして波を蹴った。水しぶきが空に散る。
「それにしても・・・暑いな・・・」
つらそうにつぶやく。全身真っ黒のディクスにこの日射はかなり厳しいようだ。黒が熱を吸収してディクスの体に伝わってくる。
「わたしは大丈夫だけどね」
余裕のあるナチを恨めしげな目で見る。
「――――― 中心街に出たら服買わなきゃなっ!」
そう言って腹いせに余裕なナチに水しぶきをお見舞いする。
「ぎゃーっ!」
次の瞬間悲鳴を上げたのは紛れもなくディクスのものだった。