D.Force The First Chapter
Force-25

それぞれの思い


―――――― 帰っちゃったんだ、スティング。
まだ、誰もいない港をあてもなく歩くナチがいた。
一言言ってくれれば良かったのに・・・スティングがそうしたいなら、止めたりしなかったのに・・・
港の端まで来て立ち止まる。漁から帰ってきた船が、獲れたての魚を市場に運んでいるのが見えた。
「ディクスに悪いことしちゃったな・・・」
何も悪いことしてないのに、わたし・・・
右に折り、高台に上る。ラグーンへの船の出発を待っていた時、スティングと語らったあの場所によく似ている。そして、同じように眼下に広がる広大な海は美しいものだった。
「だめだなー、わたしって!」
声に出してみる。
スティングもディクスもわたしに気を使ってくれた結果なのに、わたしはいつも自分のことばかり!仕方がないことだってわかってるのに・・・
小さい頃から聞き分けがなかったのよね。いっつも周りに迷惑かけてた。
「何でちゃんと受け入れられないんだろ」
大きく伸びをする。そのときだ。
「ナチ、パスッ!」
後ろからかかった声に反応し、振り返り、投げられた物を反射的に受け取る。
「・・・えっ・・・?おにい・・・ちゃん?」
自分の手を見つめ、ナチは顔を上げた。
その言葉に声の主は一瞬きょとんとする。
「珍しいな。久々だよ、昔みたいにそう呼ばれるの。誰の事指してるのか一瞬わからなかったよ」
苦笑いしながら顔を見せたのはディクスだった。言われ、反射的にそう呼んだナチは気まずそうな顔をした。
「俺としてはそっちのほうが嬉しいけど」
「・・・」
恥ずかしいのか、ナチは再びうつむいてしまった。困惑したように頭をかくディクス。
「・・・それ、手の中の見てみろよ」
握ったままのナチの手を指差す。言われて受け取った物の存在を思い出し、うつむいたままゆっくりと手を開く。
手のひらで日の光を受け反射する。
―――― これ・・・
小さな赤い石。
スティングの・・・
顔をディクスに向ける。
「そういうこと」
言いたい事はわかっていた。それだけ言うとナチの隣に来て眼下の海を見た。
「俺はあいつのフォースを預かったよ」
隣にいるディクスの顔を伺い見る。
「約束したんだ。フォースの事を研究し尽くしたらデルタに報告しに行ってやるって―――――― お前に会いに行くってな」
・・・会いに行く・・・?スティングに?
そんなことができるわけがないと言いたげなナチの視線に気付く。
「できるよ。だってスティングじゃないか。・・・あいつならきっと俺たちを迎えてくれるさ」
どこからそんな自信がでてくるのか、ディクスは確信を持ったように言う。その反面、二度と会えないという確信もぬぐえない事実ではあったが。
その二つの確信が右往左往する。
「それとも、旅を続けるのに俺だけじゃ不満か?」
「そんな!・・・そんなわけないじゃない」
あわてて否定する。
「―――――― わからないの、自分でも。
スティングがエンドレスに帰っちゃったのは悲しいけど・・・けど、仕方のない事だって割り切ってる。それに、そういう日が来るって自分に言い聞かせてた。笑顔で送ってあげようって、たくさんの素敵な思い出お土産にしてエンドレスに送ろうって、そう決めてたのに・・・わたし何もできなかった。迷惑かけてばかりで・・・」
でも、こんなに急にその日が来るなんて思いもしなかった!
心の中で激しく思い・・・しかし、ある事実に気づく。
・・・違うわ・・・そうじゃない。わたし・・・・
「ふふっ。ごめん、それやっぱり嘘!」
自嘲気味に笑って前言を否定した。
「――――― わたし、心のどこかでスティングはずっと一緒にいてくれるって、そう勝手に思い込んでたんだわ。表面では覚悟を決めてるように自分でも見せかけて。だから衝撃が大きかったのよね」
「ナチ・・・」
「でも、もう大丈夫!それに気づいたから。今度こそ、ちゃんと割り切れたわ!」
無理に笑ってみせる。
「もう子供じゃないもん」
「・・・」
強がっているナチに心が痛む。でも、それを表には決して出さなかった。
これも一つの経験だから・・・
「ああ。よく言った!さすが俺の妹だな」
「でしょ?」
ナチが笑みを浮かべる。
「・・・宿に戻ろう。バイトの時間に間に合わないからな」
「そうだね。・・・じゃあ、お先に!!」
歩き出したディクスの背中をたたいて石畳を駆け下りた。
「急がないと時間なくなっちゃうよー!」
一気に港まで降りたナチが叫ぶ。
「わかってるよ!」
そう叫び返し、ディクスも石畳を駆け下りた。


「えっ、もう返してもらった?」
とりあえず、昨日の分の稼ぎを高利貸しに返しに行ったときだった。
「ああ、あんたらの貸しを全額返したんだよ。昨日の夜中だったが、まあ、せっかくだからちゃんと受け取らせてもらったよ」
証明書を見せる。
「おれとしては、その水の輝石を手放してくれたほうが嬉しいんだがな」
太った主人から借金の肩代わりにしていたナチの水の輝石を受け取った。
―――――― スティングのやつ・・・
「なんなら余計に返してくれてもいいんだぞ」
突然の出来事に驚いた表情のディクスも見て茶化した。
「冗談!それならいいんだ・・・じゃあな!」
そう言って店を出た。
「またのお越しを!」
叫んだ主人の声が響いた。
「あいつ、払ってくれたのか・・・」
手の中の水の輝石がその証明だ。ナチと二人でバイトをがんばろうと思っていた分拍子抜けしてしまった。
これ以上ここにいる理由もないが、今日の分のバイトはこなさなければならない。既にバイトに行ったナチはそのままに、自分も向かうことにした。


バイト代が高いからもしや・・・と思っていたディクスの予感は的中した。
「もぉ、最悪!!」
腕を傷だらけにしたナチが文句たらたらに帰ってきた。服も引きずられたような痕がついている。
「犬は好きだけど、あの家の犬は別だわ!跳びかかってくるし、ひきずってくれるし・・・」
「バイト代相応だったな」
ディクスが苦笑いをしながら言ったのをにらんだ。
「まだ足りないくらいよ!ほんとにもう・・・」
そんなにひどい目にあったのか半泣き状態だ。そんなナチをディクスはそばに呼び寄せた。
「じっとしてろよ」
傷のひどいところに手を当て、意識を集中する。スティングの時と同じようにしばらくして手を放した。傷は見事に治っていた。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
そして、話さなければならない事を思い出す。
「ナチ、明日ネストを出発だ」
ポケットに手を突っ込んで、何かを探しながら唐突に言った。
「えっ?」
案の定、ナチはきょとんとした顔を見せた。
「昨日の分の稼ぎを返しにいったんだが、スティングのやつがもう全額返してくれたみたいでさ。これ以上、ここにいる必要はなくなったってことだ」
ポケットから、預けていた水の輝石をナチに返す。
「そっ・・・か。スティング返してくれたんだ」
「あいつらしいよな」
沈黙が流れた。
「明日の朝早く出発しよう。それまでにしっかり準備しておけよ」
ディクスの言葉にナチがうなずく。
―――― スティング、有難う
手に戻ってきた水の輝石をスティングから贈られた赤い石とともに大事にしまった。
「・・・あのね、ディクス」
「ん?」
「わたしがんばるから。ディクスの役に立つように精一杯がんばるから!」
急に真面目なことを言い出したナチにディクスが目をまるくする。
「フィルビレッジであんなことがあってからずっと思ってたの。強くならなきゃ・・・って。誰の支えもいらない、自分で一人歩きできるようにって!」
心の叫びのように聞こえる。ナチがどれだけディクスの負い目を感じているか痛いほどよくわかった。
「助けられるばかりじゃない。わたしもみんなの役に立ちたいの!」
・・・ナチ、お前そんなに・・・
ナチが少し負い目を感じている事はわかっていた・・・が、まさかここまで自分を追い詰めているとは思いもしなかった事だった。
予想外の事にディクスは動揺する。
「―――――― がんばるから・・・」
心なしか、うつむいたナチが泣いているように見えた。・・・いや、実際そうだったのかもしれない。かすかに肩が震えている。
そんなナチのそばによる。
「そんな事言わなくてもお前は十分にがんばってるよ。だって俺、ずっと見てきたんだからな。今までずっと一緒だったじゃないか」
言って肩を抱き寄せた。
「それに、俺は一人じゃなかったからここまでこれたんだし、皆を信頼してこそ自分なりにやってくることができた。誰だって一人じゃ何もできないんだよ。誰の支えもないからって、それが一人歩きなんじゃない。他の誰かの役に立とう、自分を高めようとする意思が一人歩きの証拠だよ」
いつになく優しい声で言う。そんな言葉が刺激したのか、今度は耐え切れず声を上げて泣き出してしまった。
「な、ナチ!?」
二度めの予想しない展開に激しく動揺する。ナチは顔をうずめたままだ。
「うー・・・もう、泣け泣け!脱水症状が起きるまで泣け!」
ナチの背中をさすりながら投げやりに言う。
「べ・・・別に泣いて・・・ないもん!」
「ん?何か言ったか?」
「わたし、泣いてなんかない!」
声を上げるとディクスの胸を突き飛ばした。不意打ちにたたらを踏む。ナチは涙を見せまいと急いで目をこすった。
「お、お前なー・・・ちょっとしおらしいと思ったら・・・」
豹変振りに口を尖らせる。
「・・・・ありがと」
えっ・・・・
つぶやいたナチの一言が頭に響く。聞き取れるかどうかの小さな声ではあったが、それで十分だった。
ナチはディクスに背を向けたまま、相変わらず目の辺りをこすっている。
「・・・先に風呂入って来いよ。引きずられて疲れただろ?」
ディクスの言葉に鼻をすすり、やはり背を向けたままうなずく。
「―――― うん・・・じゃあ、先に入ってくるね」
小さい声でそう言って奥に消えた。
ひとり部屋に残ったディクス。
―――――― びっくりしたー!
正直な感想だった。まさか声を上げて泣くとは・・・一体何年ぶりだろうか。それより、自分の前で泣くということ自体、ディクスには衝撃的だった。
強気な部分しか知らなかったような気がしたからだ。ナチには悪いが、新しい一面も見れて少し得した気分にもなった。
・・・とりあえず、兄貴として認めてくれてはいるのかな?
立ち上がり、窓に寄る。見える景色は夕日で紅く染められていた。宿はぼろいが、そこから見える海、町は絶景だ。その絶景を見られるのも今日まで。明日いよいよネストを離れる。
そして、国境を越え、荒野に足を踏み入れるのだ。
―――― 荒野のオアシス、新都エルダス
「俺の求めている答えがあるだろうか・・・」
竜神が身を落ち着けていた荒野。そして、最初に破壊した土地。フォースの事について何かわかるかもしれない。そして、自分の能力についても。
最初に行くべき場所はエルダスだとそう決めていた。行かなければならない気がした。フォースを求める者として依然に、竜神の力―――― 死の行進の被害を受けた者として・・・
ナチにはまだ言っていない事だが、一人でもディスティールに行くつもりだった。例え何もなくても・・・
「大丈夫。俺なら何とか答えを見つけ出せるさ」
自分を勇気付けるようにつぶやいた。


「ディクス、起きて!」
まだ夜も明けていない。ナチはベッドでうずくまるように寝ているディクスをゆすり起こした。
「ん・・・あ・・・?」
ものすごくだるそうに声の主を見る。ぼんやりとした視界も少しずつクリアになっていく。視線の先には、既に服に着替えて準備完了のナチがいた。
「・・・どうした?」
しばらくじーっとみつめてからそう短く言った。
「どうしたって・・・でるんでしょ?ネスト!早朝に出発するって言ったじゃない」
重そうに体を起こすディクスの袖を引っ張る。こんなに早く出るつもりのなかったディクスは不本意そうに頭をかいた。
「言ったけど・・・まだ夜が明けてない・・・」
なにやらぶつぶつ文句を言うが、ナチは受けつけず、ディクスに早く準備するよう急かす。
「わかったよ」
仕方なく、だらだらと服に着替える。
「早くしないとフォースが走って逃げてくわよ」
その様子を見ていたナチが言う。
「お前なー、人が着替えてる時くらいよそ向いとけよ。俺が着替えてるの見てたって、何も面白くないだろ・・・」
不服そうに言うが、ナチには効かないようだった。
「むしろ見飽きたわよ。いいから早く着替える!」
爆弾発言だった。少し傷ついたディクスはナチをジト目でにらんでからようやく着替えを完了した。
「はい、できたぞ!」
「ボタン。ボタンかけ間違えてる」
何故か得意げに言うディクスにナチがあきれたようにつっこむ。
「・・・・」
しばし固まってから、うなだれてかけなおした。


「よく帰ってきた。外の世界はどうだった?」
エンドレスの首都デルタ、宮殿の一室。早朝、帰ってきたスティングは真っ先に兄であるアルバートの元へ足を運んだ。こんなに朝早いのにもかかわらず、アルバートは帰ってくる時間を知っていたかのようにスティングを迎え入れた。
「私の予想をはるかに超えて素晴らしいものでした」
そう答える。他に言葉が見つからなかった。何をどう伝えればいいかわからない。
「・・・エリオスがお前の事を知ったのは一週間前。まるで鬼の首でも討ち取ったかのように私にこう言った・・・第一王位継承権は我が内にある・・・と。あの一言でばれたことがわかった。だからライアにお前を迎えに行くよう命じたんだ」
すまなそうに事情を説明するアルバート。それに首を振って答える。
「いつかはばれると思ってやったことです。むしろこんなに長期間ばれずに続けられたことのほうが不思議なくらいです。兄上や姉上、ライアたちにどれだけ感謝しているか・・・」
感謝の気持ちは本当のことだった。が、しかし。正直なところ、こんなに早くばれてしまうとは思わなかった。むしろ、絶対にばれないだろうという確信に似たものさえあったのだ。
その思い込みが打ち砕かれたときの衝撃はまだ心の中に余韻を残している。
「私は何もしていないよ。それより、エリオスに会っても何事もなかったように振舞うようにしなさい。―――――― エリオスの取り巻きは、お前のぼろが出るところを狙ってくる。・・・大丈夫だとは思うが気をつけるように」
その言葉にうなずく。
ここまできて国王にばらすわけにはいかない。エリオス側の思い通りにはさせない。
「・・・誰に似たんだか・・・お前とエリオスは一番仲が良かったのにな」
アルバートが遠い目をする。
「―――― 骨肉の争いとは恐ろしいものだ」
苦々しくつぶやく。
「フィオールのところにも行きなさい。私以上にお前のことを心配していたからね。帰りを待っているはずだから、まだ起きているはずだ。また時間ができたら旅のこと私に話してくれ」
部屋を出た後、アルバートの言うとおり姉のフィオールの部屋に向かった。
その途中、大きなテラスがある廊下に出た。冷たい月の光が大きなガラスを突き抜けて床に降り注いでいる。月を見上げる。この季節とはいえ、夜は冷える。野宿なら薄い毛布に包まって寝ているところだろう。
しかし、そんな事はもうない。ここにいれば夜の外気温とさえ縁遠い。
・・・・どうしているかな・・・?
ふと、そんな考えがよぎる。ほんの少し前までの出来事に思いをはせ、そして、一瞬目を細めてから長い廊下を再び歩き始めた。
ひときわ大きい扉の前の立つ。深呼吸をしてから戸をたたいた。
「入りなさい」
細い声がそう答える。了解を得、スティングは、姉、フィオールの部屋に足を踏み入れた。白い簡素なドレスに身を包んだフィオールが優しげな目を向けた。アルバートと同じ鮮やかなグリーンの瞳を持つ美しい女性。
「只今帰りました」
フィオールが軽くうなずいて答える。長いドレスをひきずってスティングの前に立つ。背の高いスティングの目とあわせるために顔を上げ、それから、細く白い腕を首に回した。
「お帰りなさい。ずっと待っていたのよ」
ほんの少しの間スティングの首に回した腕に力を込めてから手を下ろす。
「あなたは不本意かもしれないけれど、私はもちろん、兄上だってあなたの事が心配でしょうがなかったのよ。夜が怖くて泣いてるんじゃないかってね」
いたずらっぽい目をし、スティングとの距離を置いた。
「外の世界は私が思っていた以上に希望で満ち溢れています。私は仲間に恵まれ、その仲間と共に旅をしてきました・・・学んだ事は数え切れないほどです」
「私の心配も無駄じゃなかったわね。よかったわ、この経験があなたにとって素晴らしいものになったのなら」
嬉しそうに言った。
だが、直後。フィオールの表情が少し寂しげなものに変わった。
「・・・それから、私の前で"私"なんてそんな固い言葉使わないで。兄上の前ではどうかわからないけど、少なくとも私の前では気軽に通して頂戴。男の子が・・・増してや、弟からそんな言葉聞くのなんかおかしいわ。昔のスティングみたいに気軽に話して」
眉間にしわを寄せ、不服そうに口を尖らせた。
「はい、わかりました、姉上。そんな僕でいいなら」
笑いながらフィオールの言葉に安堵する。話すたびによく言われることではあったが、この時ばかりは心に響いた。
「ふふっ。外の世界はあなたを変えてしまったのかしら?いつもなら断るのに」
真面目一本で通ってきたと思っていたスティングが柔軟になったように見えた。
「・・・そうですね」
「今日はもういいわ。もう夜が明けてしまうけれど、少しでも眠ったほうがいいわ。今日から、今までどおりの生活が始まるのだから」
―――――― 今までどおりの生活・・・
当たり前の言葉が胸に突き刺さる。
「私もこれで寝ることにします。あなたもゆっくり休んで」
「はい・・・それではおやすみなさい、姉上」
そして、部屋を出た。
冷たい廊下を一人歩く。
深呼吸をした。
ゆっくりと閉じた目を開ける。その真紅の瞳には継承者としての威厳が芽生えているようだった。