D.Force The First Chapter
Force-3

グレース


突然の事件もひと段落した頃。
ディクスとナチの二人は、頼みごとをしてきた女を連れて宿に帰ってきていた。
「ちょっと待っててくれる?服、着替えてくるね」
引きずられてぼろぼろになった服を着替えるために、ナチは奥の部屋へ行った。
「あの、すみません・・・突然」
ディクスに一脚しかない椅子を勧められながら女がすまなそうに言う。
「いいよ。どうせここにいる限り何もする事ないんだしな」
そういって笑うディクスに女も笑顔を見せた。
―――――― それに、仕事の依頼はちゃんと受けないとな。大事な収入源だし・・・
頼みごとが何かは分からないが、金銭が発生してくるようなものであれば否応無しに受けるつもりだった。旅をする上で、仕事の依頼を請けるというのは大事なのだ。
金持ちそうだし・・・
窓の外に目をやっている女を観察しつつそう思う。
・・・・・・見た目からして世間知らずっていうか、お嬢様って感じだし。ここは富豪が多いから、そういった類の娘なんだろうな。護符もかなり高そうだし、ピアスも術力増幅効果のあるやつに間違いないな・・・
不謹慎な事を考えているが、依頼主を見定めるのも重要。そう自分に言い聞かせつつ、ディクスは目の前の依頼主を見ていた。
女はそんなディクスに気づきもせず、外を眺めたままじっとしている。
会話もないまま短い時間が過ぎ、着替え終えたナチが戻ってきた。
「お待たせしましたー」
部屋に戻り、ナチはディクスが腰掛けているベッドの隣に座った。
「よし、じゃあ、まずは自己紹介からだな!俺はディクス・クロード。"ディスク"じゃなくてディクスな」
「わたしはナチュラル・クロードよ。ナチって呼んでね」
名を告げた二人に、何故か女は驚きと困惑の入り混じった表情を見せた。
「あの・・・苗字が同じって・・・」
意図に気付いたらしいディクスが続けた。
「ああ、言ってなかったな。そうだよ」
笑顔で答えたディクスに、女の表情が驚愕の表情に変わった。様子のおかしい女に、ディクスとナチが顔を見合わせる。
俺、なんかおかしい事言ったか?
さあ?顔は面白いけど・・・
理由が分からず、二人とも困惑してしまった。
女はディクスとナチを交互に見比べ、首をかしげたりあごに手を当てて考えてみたり、首を振ったり・・・かなり挙動不審だ。
「あの・・・立ち入ったことをお聞きしてもいいですか?」
「ええ、何でも訊いて!」
ようやく口を開いたが、その目は泳いでいる。そんな女に、ナチは笑顔で了解した。
しばし沈黙を置いて疑問を口にする。
「お子さんいらっしゃるんですか?」
『はっ?』
ディクスとナチの声が見事にハモった。そしてそのまま口を開けっ放しにして固まった。
「ご結婚されてるんですよね?お二人ともお若そうですし、もしかして、新婚旅行中だとか・・・ごめんなさい、邪魔をしてしまって」
あんぐり口を開けたままの二人のあごがさらにがくんと下がる。
「け・・・結婚!?新婚旅行!?わたしとディクスが!?」
ナチが信じられないというようにディクスを見る。体はディクスから引いているように見える。ディクスもディクスで、これまた険しい表情でナチを見ている。
にらむように互いを見た後、二人は慌てて手を振りながら否定を始めた。
「ち、違うよ!俺たちの名前が一緒なのは兄弟だからだ!!」
「そうそうそう!だから一緒なのよ。わたしが妹でディクスが兄なの!」
立ち上がろうとした女を、二人は慌てて止めた。
「え・・・兄妹?」
懸命に訴えるディクスとナチを見、女はぽかんとした表情を見せた。
冗談じゃない!ただ一緒に旅してるってだけで疲れるのに・・・結婚なんてごめんだ!
じょーだんじゃないわよ〜!なんでわたしがディクスなんかと結婚しなきゃいけないのよ!
とんでもない勘違いをされ、二人の息は上がっている。
「ご、ごめんなさい!お互い呼び捨てにしてましたから、勘違いして・・・」
慌てて謝り、女は座りなおした。縮こまって、顔を真っ赤にしている。
「ああ・・・も、もう気にしないで!知らなかったんだし。わかってもらえたからいいわよ」
恐縮しきっている女に、ナチは顔を引きつらせながらもそう言う。しかし、ディクスは急に表情を暗いものに変えた。
「ナチが俺の事呼び捨てにしてるの聞いたら、勘違いしても仕方ないよ。俺が兄なのになぜかいつも呼び捨てなんだ。小さい頃は"お兄ちゃん"ってあんなに慕ってくれたのに。今ではこんなになって・・・」
ディクスが心底悲しそうにため息をつく。
・・・また始まった。
ナチがやれやれとでも言うように肩をすくめて見せる。
「そういうところがおじさん臭いのよ。回想はもういいでしょ?さあ、今度はあなたの番よ」
ナチが促し、ようやく順番が回ってきた。促されて女はうなずいた。
「私は・・・グレースと言います。この町に住んでいて―――――― 今回は、お二人にお願いがあるんです」
視線をやや落とし、声も小さめに言う。
時折二人の表情を伺ったり、落ち着かない様子だ。
「うんうん。でも、俺たちにできる事なのか?あまり大きな事はできないぞ」
「いいえ、お二人にしかできない事なんです・・・」
あらかじめ断るディクスに、グレースは静かに首を振った。
落とした視線をゆっくり上げ、ディクスとナチを見据える。
小さく息を吸い込み―――――― そして、彼女の思いと共に吐き出した。
「私を一緒に連れて行ってください!!」
「え・・・?何か厄介ごとの解決じゃないのか!?」
間髪入れず、ディクスが驚いて訊いた。
ナチも予想外だったのだろう。驚きの表情でグレースを見ている。
しかし、グレースは小さく首を振り、ディクスの問いを否定した。
「いえ・・・私をこの町から連れ出して欲しいんです」
え、それって人攫い?
つい、そう思ってしまう。
「うーん・・・町から出るだけなら、別に俺たちじゃなくても」
「駄目・・・ですか?」
「いや、そうじゃ・・・俺たちフォースを探す旅してるんだ」
「フォースを?」
訊き返すグレースにディクスはうなずく。
「そ!だから収入だって不安定だし、野宿だってしょっちゅうなんだ。きつい旅になると思う。か弱い女性にはきついと思うんだけどなぁ」
不安そうに訊いたグレースにディクスが慌てて答える。
実際そうなのだ。このディオール大陸はモンスターといった類が比較的頻繁に出没するようなところではないが、出るところには出るのだ。もし、素人が遭遇すればやられてしまうだろう。
そのためには護身術を修得する必要がある。さらに旅をするにはそれ相応の体力を必要とする。
ディクスとナチがグレース一人を守りきれない自信がないわけではないが、万が一ということも当然ありうるのだ。
「そうよ、ディクスの言うとおり。ちょっと引っかかるところもあったけど、あなたみたいに華奢な体じゃ結構きついと思うの。疲労だけじゃない、精神的な面でもつらいのよ」
ナチもかなり悩んでいる様子だ。
・・・仲間が増えるのは嬉しいけど、果たしてついて来られるか・・・?
これが二人の意見だった。グレースは二人の言わんとしていることを十分にわかっていた。
「大丈夫です!お願いです、仲間に加えてください!これでも術と武術はできるんです。足手まといにはなりません!お願いします!」
言っている事は嘘ではないだろう。グレースが身につけているアクセサリーその他は術を増強させるものばかりだ。それに、荷物と一緒に壁にある細長いものは剣だろう。
―――――― そのつもりで準備は完璧ってか
グレースの意志の強さが伺える。
何を理由にそんな行動に出たのかはわからないが、かつて同じ思いを抱いていたディクスはグレースの意志が痛いほど分かっていた。
「わたしは・・・賛成よ。できれば一緒に旅ができたらって思う。でも、わたしは経験が浅いから・・・判断はディクスに任せるわ」
常にディクスと二人きりのナチにとって、同性同世代の仲間というのは願ってもいない事だった。ディクスだけとの旅が嫌なわけではないが、やはり年頃のナチには打ち解けあえる存在が欲しかったのだ。
だが、その思いを押さえ、判断をディクスにゆだねた。
グレースは視線をディクスに移す。
「時間がないんです・・・今を逃したら―――――― 」
きっと一生ここに縛り付けられる。決められた将来なんて冗談じゃない!自分で決めた道を行くって決めた。絶対に譲れない!
彼女は幼いころから自分で身を守る術を教え込まれていた。
あまり顔を合わすことのなかった父親はグレースに一流の教師をつけ、自分は遠くから監視しているだけだった。
母親からも遠ざけられ、友達もなく。
つらさの連続だった。常に成績で怒られて。人の上に立つ者の定めだと。
それがこんな形で役に立とうとしている。父親には今回の件は伝えてない。独断の意志で行動した。
迷いがなかったというわけではない。
けれど、生まれた思いを押さえ込むことがどうしても出来なかった。
・・・ごめんなさい・・・でも・・・!
唇を固く結んだ。
「自分の意志で決めたことなんです!私は自分のしたいと思うことを成し遂げたい・・・!」
グレースの決意に満ちた表情。勝手な行動を起こしたという罪悪感を振り切るようにそう告げた。
意志を込めた目でディクスを見つめたまま放さない。
ディクスも同じく目をはずさなかった。
グレースの本気を汲み取るために。
「―――――― 早寝早起きは必至だぞ」
目を閉じ、難しそうな表情でディクスは言った。
「え・・・?」
意味が分からず、きょとんとする。
「決めたよ。なぜ俺たちについていくのかは詳しくは聞かない。でも、これからは旅の仲間だ」
ディクスは笑みを浮かべていた。
「やった!さすがディクス。伊達にわたしの兄をやってないわね。これからよろしくね。きついかもしれないけどお互いがんばりましょ」
手を差し出して握手を交わす。グレースの手は思いのほか大きかった。
「・・・有り難う・・・!こうやって旅をする事がずっと夢だったんです。本当に有難うございます!」
今度はディクスと握手を交わす。
「今夜は宿に泊まるけど、明日の早朝にデルタを離れる予定なんだ。それでも構わないか?」
「ええ、もちろんです。ディクスさんの計画通りに私もついていきます」
「オーケー!じゃ、早速準備と行こうか。食料とかそこら辺の」
ディクスが出かける準備を始めた。ナチも小さなバッグに財布をつめている。
「ねえ、グレース。ここらへんに良質な水晶が売ってる店ないかな?術用に補充しておこうかと思うんだけど」
この町に住んでるグレースならきっと知ってるだろうとナチが聞いた。
しかし、尋ねられたグレースはびくっと体を震わせた。
「ごめんなさい・・・そういうお店の事はよく分からなくて。あまり外に出た事なかったから・・・」
伏し目がちにしどろもどろに言う。何か訳ががあるのだろうと、ナチはそれ以上聞くのをやめにした。
「そうなんだ。じゃあ、一緒に行こう?」
今度は気さくに誘ってみる。ところが、グレースは首を振った。
「ごめんなさい。私ここで待ってますから、準備してきてください。私はすぐにでも出発できますから・・・」
そういって荷物を持ち上げて見せた。
「準備万端というわけか。何持って来たんだ?」
ディクスは興味深々だ。グレースが荷物の紐を解いた。
「これは服とかなんですけど。あとは携帯食料に精神増幅のアイテムとか」
ベッドに広げる。広げられたアイテムをディクスとナチがしげしげと眺める。そのうちの一つに目が留まる。
「・・・これは・・・」
ディクスが赤ちゃんのこぶし大の石を手のひらに転がし、驚きの表情を見せた。ディクスから受け取り、ナチも同じ表情で深青色の石を日に透かして見た。
ナチが手に軽く握って"力を込めて"みる・・・が、反応がない。
道端の石でも枯れた草でも、"力を込める"事で何らかの反応がある。だが、フォースはその反応が一切無い奇怪なもの。このように、術が使えるくらいの強力な精神力を持つものが試せば、どれがフォースであるか判別が可能なのだ。
「お二人が探しているフォースです」
落ち着いた様子のグレースだが、ディクスとナチはやや動揺した様子でフォースを見つめている。
まさか、探しているものがこんなところで見つかるなど思いもしなかったのだろう。
「俺のかけらとは大きさが全然違うな・・・」
ディクスが自分のフォースを取り出し、見比べる。
かけらと言うよりは、グレースのフォースは塊だ。
「こんなに大きいフォースもあるんだわ。すごい、こんなに綺麗なのね」
「これどうしたんだ?」
ディクスがまだ信じられないというような表情で聞く。
「貰ったんです。父からの贈り物です」
グレースが苦笑しながら言った。
「お父様から貰ったものなら大事にしなきゃね」
ナチが言いながらグレースの手にフォースを返した。グレースはそれをぎゅっと握り締めうつむいた。
「じゃあ行くか。ナチ、もういいか?」
ディクスがドアへ歩きながら聞く。ナチは小さな袋を腰にくくりつけると小走りにディクスの後に続いた。
「うん、オーケーよ。じゃあ、グレース、行ってくるね。疲れてるだろうからゆっくりしてて」
ナチが気遣う。
「有り難う、いってらっしゃい」
微笑みながら手を振る。それなのにナチはそんなグレースが少し心配だった。
「じゃあな」
そういって二人は部屋を出た。一人では広い部屋の真ん中。
グレースは小さく息をついた。
「・・・これからは自分だけが頼りなんだ・・・。守られてばかりの生活とはもうお別れだ」
心なしか男のようにトーンの低い声でつぶやく。
ディクスとナチュラルにも迷惑掛けたかな。こんな性格じゃ二人に嫌われてしまうかも。・・・もう、決めたことなんだし、うじうじするのはやめよう。今から自分は冒険者のグレースなんだ。
そう思ってちょっと笑った。
将来の決まっていた自分が冒険者だって。なんかおかしいな。それに・・・
立ち上がり、壁に掛けられている鏡の前に立つ。そして、にっこり笑ってみる。
「・・・ぶっ・・・」
鏡を見、思わず噴出す。
くつくつと笑ってそのままベッドに大の字になって倒れる。今度は大きな声で笑った。
「あははははっ!・・・・はぁ。なんか夢見てるみたいだ」
天井を仰ぎ見る。空中で手をひらひらさせ、それから額にあてる。
なんだか眠い・・・
目がだんだんうつろになって行く。ぼんやりと映る天井は、いつもとは違う茶色の古い木々。
変わる環境、変えた環境――――――
それが心地よかった。
やがてまぶたが完全に閉じられ、深い眠りに落ちる。
言いようのない達成感がグレースを包んでいた。


グレース、本当に大丈夫かな?
町のアイテムショップで品定めをしながらナチが悶々と考える。やはり彼女の態度がどうしても気になったのだ。でも、どんなに疑問に思ってもディクスには訊かなかった。ナチがどんなにディクスを馬鹿にしようともそれは本心ではないし、兄以上に彼を旅のパートナーとして尊敬していたのだ。
そのディクスが下した結果に彼女が介入するつもりはなかった。主導権は彼にある。
ま、反抗しまくってるけど・・・
少し反省しながらディクスをちらっと見る。
任せたわよ、ディクス。頼りにしてるんだからね。
心の中でディクスに向かって言う。そして品定めに没頭し始めた。


「お帰りなさい!」
二人は夕方頃帰ってきた。まだ落ち込んでいるだろうと思ったが、予想もしないグレースの明るく元気な声に少し驚く。
良かった・・・元気になったみたい。
その様子にナチはほっと胸をなで下ろした。
「元気になったみたいだな。良かった」
「ええ、少し休んだら元気が出ました」
言って、腕に拳を作って見せる。
「ねえ、グレースは好きな食べ物何?」
「そうですね・・・。好き嫌いはないですよ。ゲテモノじゃなかったらですけど」
「旅の主食はカエルなんだが。それと、エスカルゴもどき」
当たり前のように言うディクスにグレースが固まる。
「美味いぞ」
止めを刺さたグレースは今にも泣き出しそうだ。半笑いでナチに何か訴えている。
「嘘よ、嘘!ちゃんとしたもの食べてるから安心して。それに、わたしがグレースに食の好みを訊いたのは今からご飯を食べに行くからよ。いったん町を出ちゃうと、次の町に着くまでちゃんとしたご飯食べれないから今夜はしっかり食べておかないと」
「俺はちゃんとした食事を作ってるつもりだけど」
料理担当はディクスらしい。
「うんうん、でも、いつもの豪華さはないでしょ」
「そうだけど・・・」
他に何か言いたげなディクスをナチが遮る。
「で、グレースはどこでも良いのね?」
「リクエストするならたくさん食べれるところが・・・」
細い体の割りに食べるのか、グレースは答えた。
「・・・じゃあ、昨日のとこ行くか?」
「そうだね。美味しかったし・・・ではでは、グレースの要望に応えて、ボリューム満点のディナーで!」
「お願いします!」
「買ってきた荷物片付けたら出発するからな」
言い、ディクスは隣の部屋に行ってしまった。
「何か良いもの見つかりました?」
「なんとかね。わたしなんかは修行中だから、術力増強の効果があるアイテムに頼っちゃうんだよね。デルタになら何か良い物が見つかるかなって探してみたんだけど、ちゃんとゲットできたわ。高かったけどね」
「私も同じですよ。いつも身につけてます」
「お互い、まだまだね」
そして二人で笑った。
グレースに目を向けていたナチだったが、その背後の光景に目が留まり、細めた。
「やっぱり綺麗。ずっとこんな風に眺められたらいいのにな」
グレースの後ろの窓の先。赤く染まる町を見、ナチがつぶやいた。
「え?」
グレースが声を上げる。それからはっとした。
「いえ、なんでもないです。本当に綺麗ですよね。この町の夕焼け。この町の隠された名物です。私も毎日見ても見飽きませんよ」
誇らしそうに言った。
そして、ナチと同じように窓の外に目を向けた。
高い城壁に囲まれた宮殿一帯も赤く染まっていた。昼間とは違う姿も、その壮大さは変わらない。
―――――― ここから見えるんだ・・・
小さな窓から見える、小さく見える宮殿。
いつもと違う情景にグレースは焦がれる思いがした。
「おーい、行くぞー」
声がし、振り返れば既に準備完了のディクスとナチがいた。
「行こう?」
まだ出会ったばかりなのに、こうやってて声をかけてくれる二人に嬉しさがこみ上げる。
「はい!」
元気に答え、ディクスとナチの後につく。
そして三人は部屋を後にした。


「グレース・・・そのフード、とったらどうだ?」
目の前に座るグレースに向かってディクスがあきれたように言う。グレースはこの町にいる限りはこのフードをかぶると言ってきかなかった。町の中を移動している間は別に構わないが、ディクスはさすがに店の中までかぶったままなのはどうかと思ったのだ。
「え、ええ。でもやっぱり・・・私、顔に自信がないですし」
そう言うとナチがはっと顔を上げた。
「・・・グレース・・・十分に綺麗な顔立ちしてると思うんだけど・・・」
ナチがやや嫉妬したように言う。
・・・本当に。もしかしたらわたしが会った女の子の中で一番綺麗かも。スタイル抜群だし。なんか憂いがあるっていうか、こんな綺麗な子見たら男はほっとかないでしょうね
そこまで考えてそこでふと思う。
・・・まさか、ディクス、グレースの美貌にやられて仲間に入れたんじゃ・・・・
勝手に勘違いするとディクスをじーっと見た。
「なんだ?なんかついてるか?」
ナチの視線に気付いたディクスが自分の顔をぺたぺた触った。
「別にー。かっこいいなぁって思っただけよ」
ナチがぶっきらぼうに言う。もちろんからかい半分で言ったことだが、ディクスは真に受けたようだった。
「え、本当?いやぁ照れるなー」
本当に照れていた。グレースもナチがからかい半分で言ったことをわかっていたからディクスを見て苦笑していた。
そして、ジト目でみるナチと、自分を見て苦笑しているグレースを見てディクスもようやくからかわれていたことに気付く。気付いてうつむき加減につぶやいた。
「・・・嘘だよ」
そっちの方が嘘であることはその場の全員がわかっていた。
微妙にその場の雰囲気のテンションが低くなる。その空気を感じ取ったグレースが口を開いた。
「あの、ナチさんとディクスさんはどうしてフォースを集めているんですか?あの結晶に何か特別なことでもあるんですか?」
確かに。フォースは希少なためにまだ詳しい研究が進められてないのだ。十三年前に生まれた結晶は今もなお一部の研究者によって調査が続けられている。
だが今までにわかっていることはそれがとてつもなく硬い材質であるということ。また、力を込めても反応がない事。ただそれだけだった。
フォースを求めているものに売れば相応の金にはなるが、そのチャンスはないに等しい。研究者は隠者である場合が多いのに加え、研究者自体が希少なのだ。
「そうだな・・・ただ利益を求めるだけなら、苦労してフォースを探すよりも、ルビーとかエメラルドを探した方が断然いいんだが。でも、俺たちにはフォースが必要なんだ。あれはただの石ころなんかじゃないと思うんだよ」
ディクスは苦笑しながら言う。
ごめんな。今、言うわけにはいかないんだ・・・
ディクスたちが・・・というより、ディクスがフォースを探している本当の理由はナチにさえ言っていない。
「俺・・・やらなきゃいけないことがあるから」
ディクスはつぶやくようにそう言った。
え・・・?やらなきゃいけないこと?
初耳だった。ナチが疑問を声に出そうとした時だった。
「はーい、待たせたね!注文の料理だよ!」
店のおかみが料理を運んできた。大きな皿に三人分の具が盛り付けられている。そんな感じでほかにも色々と料理が運ばれてきた。さっきまでシリアスだったディクスの目の色が変わる。
「美味そうだなー!冷めないうちに早く食べよう」
ディクスが嬉しそうに言うと料理を三人のさらに適当に取り分けた。
それを見てナチが口をつぐんだ。
・・・やっぱやめた!ディクスがやらなきゃいけないことはわたしもやらなきゃいけないことだろうし、いずれは話してくれるでしょう。それまで待っとこ。
ナチがつぐんでいた口をにっとさせた。
「さあ、どんどん食べよ食べよ!明日からは携帯食料になるんだから、今のうちに食いだめしとかないとね」
言うと、まだ手をつけてないグレースの料理の盛られた皿に、さらに料理を盛った。これで皿はなだれが起きそうなほどになった。
・・・この人たちって、浮き沈みが激しい人たちなんだ。さっきまで深刻そうな顔をしていたのにもう笑ってる・・・
グレースは自分の目の前の大盛りの料理を見て思った。
「いただきます!ナチさんの言うとおり明日から携帯食料なんですよね。いっぱい食いだめしておきます!」
私も彼らを見習おう。そして、成長してここに戻ってこよう!
料理をほおばりながら新たな決意をした。
ディクスもナチもボリューム満点の料理を前に食欲を抑えきれないらしい。一度にたくさん取ると、豪快に口に運んだ。
ナチは色々な料理を食べているが、ディクスは一つの料理を十二分に味わってからメモ帳を取り出してなにやら作業をしていた。グレースがその様子をながめていると、不意に顔を上げたディクスと目が合った。
「なあ、グレースやっぱそのフードとったほうがいいんじゃないか?」
ディクスが改めて言う。
「嫌です。この町を出るまではフードとりません。私のポリシーなんです。あ、ほらディクスさん。口元にソースがついてますよ」
グレースがさっき答えたよりずっと明るく、楽しそうに言った。口元にソースがついてると言われたディクスは手の甲で口元をぬぐうが余計に広がってしまった。
「あーあ。本当に一人前の大人なのかしら。ディクス、ソース広がったわよ」
ナチがあきれた声で、でも楽しそうに言う。
「これでもう取れたろ」
再度口元をぬぐい、二人に顔を向けた。
「ええ、もう大丈夫みたいですよ」
ようやく落ち着いたディクスが綺麗になった自分の皿に料理を盛ろうとしてふと手を止めた。
「・・・グレース、もう食べたのか」
ディクスが目を丸くして視線を向けたその先に、グレースの平らな皿があった。さきほどのなだれが起きそうな料理はもはや見る影もなかった。ナチもグレースの皿に目を釘付けにしていた。
「グレース、全部食べたの?」
ナチが信じられないという顔で視線をグレースに移した。しかし、グレースは当然といった涼しい表情。あんなに盛られた料理を平らげるのは朝飯前とでもいった感じだった。
「ええ。おいしかったです!こんなにたくさん食べたの久々ですよ。いつもなんだか食欲がなくて控えめだったんですけど」
グレースはにこにこしながら言った。
「でも、よかった。それだけたくましかったら旅も大丈夫だな。しかし、本当によく食べたなー」
ディクスが自分の皿に料理を盛りながら言う。食べっぷりに感心しているようだ。
「わたしなんてこれだけでもうおなかいっぱいよ。なのに、まだこんなに料理残ってる・・・」
食べたつもりの料理はまだまだ残っていた。それを見てグレースは自分の皿に料理をとった。
「まだ食べるの?」
ナチが驚いて聞く。
「ええ。もったいないですし、食いだめしないと」
笑いながら料理を口にする。
今までどんな生活してたんだろうか?
そんなこと考えながらナチはグラスの水に口をつけた。ディクスもまだ料理を楽しんでいる。
「一週間分は食べたな」
最後の一口を食べるとディクスは満足げに息をついた。そしてメモ帳を大事そうにしまった。
「ディクスさん、そのメモ帳なんですか?」
料理を食べては何か書いているディクスを不思議に思ったグレースが訊ねる。
「あ、それはディクスの料理のレシピよ。こうやって料理の味を分析して、自分の作る料理に生かすんだって」
ナチが代わりに説明する。
「なるほど!じゃあディクスさんってお料理得意なんですか?」
「家事全般なら俺に任せろ!」
なんとも頼もしい答えが返ってきた。恥じらいなど微塵もない。正直、主夫はエンドレスでは珍しい存在だった。
ディクスは主夫ではないが、同じようなことをこなしているのだろう。
「今度、美味しい料理作ってくださいね」
「オーケー!俺の最高の逸品を見せてやるよ」
そう自信ありげに答えた。
食事も終え、落ち着いたところで三人は宿に戻った。
昼間のパレードとは打って変わった静けさをたたえたエンドレスの首都デルタ。
そこを起点に、ディクス、ナチ、グレースの三人の新たなる旅が今、始まろうとしていた。