D.Force The First Chapter
Force-6

スティング


風呂に入るって言ったけど・・・なんか眠くなったなぁ・・・
ディクスと別れ、脱衣所でパジャマを脱ぎながらふと思う。さっきは全然平気だったのに、風呂に入ろうという時になって眠気を感じ始めたようだった。
バスタオルを体に巻き、露天風呂につかろうと入り口の戸を開けた。風が吹き、湯気が一気に舞ったそのときだった。
『きゃあああああああ―――――― !』
悲鳴が辺りにこだまする。ナチはかかんで思わず耳をふさいだ。そして、辺りを見回した。
「えっ、隣!?ディクス!?」
今の悲鳴はどうやらディクスらしい。あわててそのままの格好で男湯との壁をよじ登る。岩に足を引っ掛け、ようやく顔だけ出すことができた。湯気が辺りに立ち込めていて視界が良くない。
「あー!もうよく見えない。何があったのよ!」
言いながら目を閉じる。かなり不安定な場所だったが手のひらに意識を集中して風の術を出現させた。さして強くない風が辺りの湯気を払った。そして、視界が良くなったところで状況を把握しようと身を乗り出す。
ディクスがいた。一度は温泉に浸かったようだが今は入らず、腰にタオルを巻いたまま、険しい表情で向こうをにらんでいた。
「ねえ、ディクス。どうしたの?」
ナチが妙なところからのぞいているが、やはり目もくれず、ディクスは暗闇をにらんだままだ。
「ねえ。どうしたの?悲鳴上げたのディクスでしょ?」
不審そうにディクスを見るが、ディクスはだまったままだ。何がなんだかわからないナチはディクスと同じ視線を向ける。大きな温泉の奥に何があるのか。目を凝らしてみる。
ぼんやりと少しずつ見えてくる。湯気のせいでよくわからないが・・・何かいる。
「え?・・・何かいるの?」
目を凝らしたままつぶやいた。
「ああ。いる」
今まで黙っていたディクスが口を開く。
「何がいるの?」
訊くが、また黙ってしまった。険しい表情のままディクスは手に持っていた石鹸を何かに向かっていきなり投げつけた。
コーン!!
ずばり当たったようだった。
「いたっ!」
しゃべった!
その様子を見ていたナチは好奇心でいっぱいだった。一体どんな生物なんだろうとさらに身を乗り出す。
彼女の好奇心をこれ以上刺激するものはこれから先探してもないだろう。
千載一遇のチャンス!これこそまさに未知との遭遇!などと思いながら。
・・・早く正体見せなさいよー!
ナチがまだ正体をわかってないのに気付き、ディクスが口を開く。
「ナチ・・・まだわからないか?」
「え?」
ディクスはいよいよ謎の生物に向かって歩き出した。足が温泉につかり、そのままずんずん進んでいく。それに謎の生物が気付きあわてた様子を見せる。それに動じず、ディクスは謎の生物をがしっとつかんだ。
その瞬間時が止まったように思えた。
こくん・・・ナチが息を呑む。いよいよ謎の生物とのご対面だ。
ディクスがそのままぐいっと引っ張る。謎の生物の正体が明らかに・・・
「あれ?」
その一部始終を逃すまいと、瞬きもろくにしなかったナチが目をぱちぱちする。そして、何度も目をこすってみるが・・・それははどう見ても・・・
「グレース!?」
驚いて声を上げる。危うく落っこちるところだった。長いプラチナブロンドの髪が結い上げているがグレースだ。
ただ、いつもと雰囲気が違う。といって、違和感は無いのだが、何かがおかしい。
「な、何でこんなところに・・・」
「・・・グレースにとってはこっちにいる方が正しいんだ。まさか女湯には入れないよな、こんな体じゃ」
言って、半身を温泉につからせたままのグレースを思い切り押さえ込む。
「うわっ!」
いきなり力を入れられ、グレースは驚いた声を上げながら水しぶきとともにひっくり返る。
その一瞬をナチは見逃さなかった。
「うそ!?」
間髪入れずナチが声を上げる。あっけにとられて思考能力がしばし停止する。
あ・・・な、なかった・・・胸が・・・
衝撃的な事実だった。それにあの声。どう考えても女ではなかった。思いも寄らない展開にナチの心臓が今までに無いほどばくばくいっている。
「ぶはっ!!」
湯の底にしずんでいたグレースが咳き込みながら復活した。つらそうに立ち上がる。
その身長はディクスとほぼ同じだった。気管に入ったのか、さらに激しく咳き込みその長身を折る。その様子をディクスが無言で見ている。いつもだったら問いただすような行動がないだけに不気味に思えた。
「おとこ・・・なの?」
誰にともなく恐る恐るナチは訊く。
「みたいだな」
ディクスは大きくため息をつくと、グレースの腕をがっちりつかんで引っ張っていった。
「ナチ、まだ温泉に入ってていいぞ」
ディクスは言い残して脱衣所に消えてしまった。
「待って!」
ナチは慌てて塀から降りると、走って脱衣所に向かい、急いでパジャマを着なおす。
あんなことがあってゆっくり温泉になんかつかってられるもんですか!
急げ、急げと自らを急かしながら脱衣所を出る。そして、全速力で部屋に向かった。


「どういうことか説明してもらおうか」
ディクスが静かな声で言う。訊かれたグレースは動揺していた。
・・・男だったんだ・・・だから長身だったのか。なんで気付かなかったんだろう?
ナチは興味深々にグレースを見ていた。それに気付いたグレースは曖昧に笑ってみせる。
あ、笑った。女の人と間違えるだけあって、男の顔でも結構綺麗な顔立ちしてる気がする・・・。メイクするだけで随分変わるのねー
と、じーっと観察している。
「どうしてあんな格好してたんだ?男のままじゃ自信なかったのか?」
ディクスが訊く。
「い、いえ・・・そうじゃないんです・・・」
男の声でつぶやくように言う。
「・・・グレースは本名か?」
その問いにびくっと体を震わせる。そして、目を伏せた。
・・・こう見るとやっぱいつものグレースね・・・なんか面白い
「本名・・・というか・・・」
「違うのか?」
訊き返すと、グレースは静かに立ち上がり短剣を持ってきた。柄の部分を布で巻いていたが、それをほどく。
「僕の名前は・・・スティング・S・G・・・・エンドレス・・・」
『エンドレス!?』
二人が声を上げる。その二人に先ほどの短剣の柄の部分を見せた。見たこと無いくらい美しい細工。竜をあしらったエンドレスの紋章だった。ディクスはそれを手に取り、まじまじと見る。
「本物だ・・・まさか、本当なのか?」
信じられないというようにグレース・・・つまり、スティングと短剣を見比べる。
「じゃあ!エンドレスの王子様!?」
ナチが身を乗り出してスティングに訊く。
「ええ・・・、そうですが・・・」
思わず身を引く。
「女装好きなのね」
ナチの言葉にディクスもスティングもこける。
「あのなあ・・・お前。覚えてないのか?」
「ナチ・・・僕は女装が好きでやったんじゃなくて、お忍びのために女性の格好をしていたんです」
スティングも困惑したように言う。
「わ、わかってるわよ!・・・だからデルタにいる時はフードかぶってたんでしょ?わたしたちに急についていくって言ったのも、お忍びのための仲間がいなかったからでしょ?」
その言葉にスティングがうなずく。
「グレース・・・いや、スティングは領主の娘じゃなくて、エンドレスの王子だったら、今までの疑問は全部つながるな」
「すみません。いつかはちゃんと話そうと思ってたんですけど。でも、こんなに早くわかってしまうなんて・・・」
「これからどうするんだ?」
ディクスの問いにはっとする。表情を曇らせた。
「それは・・・僕がこうしていることは側近に断ってあります。ですから、旅を続けることはできます。しかし・・・」
そう言ってディクスとナチの二人を見る。
「俺たちは構わないよ。な、ナチ」
「あ、うん。全然・・・でも王子様だったんだー」
王女様が男装してお忍びをするっていうのは聞いたことあるけど逆は初めてね。
その言葉にほっと胸をなでおろす。
「でも、条件がある」
「え?なんですか?」
「・・・女装をやめること。まさか一国の王子が旅なんかしてるなんて誰も思わないだろ?顔もわからないんだし」
「は、はい・・・」
「それからこれからの支払い、現金等の財産は共有な」
「え・・・ええ」
その言葉にスティングだけじゃなく、ナチも驚いた。
「ディクス、それはいくらなんでも・・・」
「い、言っとくけど、スティングから金を剥ぎ取るわけじゃないぞ。今日みたいにわざわざ高い宿を取って金の無駄遣いを省くためだ。一括管理して常に財政を把握しておかないとな」
「それなら良かった・・・。スティングの財産を全部奪うのかと・・・」
ナチが理解する。
「メンバーの財政状況はもちろん、体調や感情も把握してこそのリーダーだからな」
ディクスは得意げに言った。
「その割りにグレースの正体は見抜けなかったわよね」
ナチがジト目で見る。ディクスの頬に一筋の汗が流れ落ちるのをスティングは見逃さなかった。
「と、とにかく!わかったか、スティング」
「もちろん!もう、グレースはやめます。女性の振りは疲れましたよ」
言って笑った。
「まだまだ訊きたいことはたくさんあるが・・・とりあえず今日はこれで終わり。明日に備えて寝るぞ」
言うと早々とベッドにもぐりこんでしまった。スティングとナチが顔を見合わせる。
「じゃあ、今日まではわたしがディクスと同じ部屋で寝るわ。これからはディクスのことよろしくね」
「ええ。すみませんでした、迷惑かけてしまって」
「いいのよ。もうわかったから。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
ナチがベッドにもぐりこむ。
でも、まさかグレースが男だったなんて・・・信じられないわ!でも、女装をやめたからって、グレースとなんら変わりないんだろうし、王子様だしっ!なんか面白くなってきた!
ベッドの中でにやにやする。そして、あくびをした。
・・・今度こそ眠れそ・・・う・・・・
目を閉じてすぐに眠りに落ちた。


「おはようございます」
こっちが先に声をかける前にスティングは着替えを済ませ、二人の部屋にやってきた。
「おはよう」
「おはよー、スティング」
スティングは女装こそしていなかったが、服装は大して変わった様子はなかった。
三人揃ったところで朝食を取りに行く。窓のそばの席に座ると、既に人数分の朝食が準備してあった。
「あのさ、スティング。声どうしてたの?今は普通だけど、女の人の声ってどうやってだすの」
ナチが疑問をぶつける。
「ああ、それは音系統の術を使ってたからです。これを使えばどんな声もだせますから。でも、練習が必要ですけどね。僕だって一年がかりで修得したんですよ」
言って苦笑する。
だからあの時ただ笑ってただけなんだ・・・
あの時とは、ナチが服の汚れを落としてもらったときだ。もし、あのとき、音の術を発動していたスティングが返事をしていたらきっと正体がばれていただろう。
「じゃあ一年前から計画してたのか?」
「ええ、小さいころからの夢でしたから。ずっと部屋に閉じ込められて、さすがにつらくて。あの日二人に会えて本当によかった」
今度は極上の笑みを浮かべる。ナチは嬉しそうだった。
・・・・・・・。
そんなナチをディクスはじっと見た。
「どうしたの?ディクス」
「あ、いや・・・なんでもないよ。それから、女装してた時、何か別の術と併用してなかったか?」
いくら女装とはいえ、あそこまで完璧な女性の雰囲気など出せるはずがないと思ったのだ。ならば声の場合のように術に頼るしかない。しかし、その術がなんなのか分からなかったのだ。
「それは"魅力"のイメージを術にしたんです。これ結構大変だったんです。どんなものかわからなかったですから」
「魅力の術??初めて聞いたわ。そんなこともできるんだー」
ナチが感心したように言う。
「イメージを具現化できるもの、つまり術士の数以上にイメージ・・・術は存在しますから。その魅力だって僕が独自に考えたものですし」
・・・俺って・・・俺って・・・男の魅力にだまされてたのか!?お、男の魅力なんぞに女性だと思い込まされていたのか!?
ディクスの複雑な表情にナチが敏感に反応する。
・・・あらら。"魅力"の術を見抜けなかったのがそんなにくやしかったのかな?ディクスでも見抜けないんだからスティングの力って相当なものよね、やっぱり。指導者がいいと違うのねー。
「そうなんだー。わたしはただ使いやすいイメージしか具現化できなくて。自分で術を開拓するの難しいから」
「慣れの問題ですよ。慣れれば臨機応変に対応できますし、何より色々応用できますから。・・・まあ、僕みたいな使い方が正しいとは言えませんけど・・・」
言うとサラダをつつき始めた。
「じゃあ、わたしだったら男装できるかな?面白そう!」
ディクスはパンをかじりなら悶々と考えていた。
ナチはスティングの事どう思ってるんだろう?
それが頭から離れなかった。


朝食を食べ終え、いつもより少し遅めに町を出た。
ナチはスティングの後姿を見ながら、男なんだ!ってわかっただけで見方って変わるもんなのね。昨日までだったら普通にグレースって呼んでるところだけど。なんて考えていた。
「ナチ、よそ見してるとぶつかるぞ」
隣を歩いていたディクスがナチの腕をぐいっとひっぱる。
「ああ、ごめん」
言っていつもの調子に戻る。そのままとことこディクスの後を着いて行く。
「なあ、ナチ」
ディクスが声をかける。スティングは少し離れた前を歩いている。
「ん?なあに」
「お前、ああいう男が趣味なのか?」
ディクスのいきなりの質問にナチは思わず立ち止まる。
「・・・・。ディクス・・・どういう目でわたしを見てるのよ!」
ナチが小声で言う。スティングは気付いていない。
「だ、だってさ。この前・・・」
「それはあくまでも理想!それに突然のことだったから、グレースがスティングだったなんて未だに信じられないわよ。王宮で出会ったっていうなら話は別だけど。ディクスだって実感ないでしょ?」
言われてうなずく。
「スティングはあくまでもわたしたちの旅の仲間!ディクスだってわかってるでしょ」
ナチの剣幕にこくこくうなずく。
「じゃ、この話はこれで終わり!わたしはスティングのこと恋愛の対象とか、玉の輿とか思ってないからね」
言うとスティングのほうへ駆けて行ってしまった。
「聞くまでもなかったか」
一人安心すると、自分も二人のほうへ駆けていった。
三人の旅はまだ始まったばかりだった。