D.Force The Second Chapter
Force-10

かつての翼


「そうだったんですか」
そう言いながら、痛々しげな目でベッドに転がっているディクスを見る。
「うん、エリオスさんに連れて行ってもらわなかったら、わたし絶対この部屋に来れなかったわ」
困ったように言う。
――――――― エリオスが・・・
「ねえねえ、エリオスさんってお兄さんなんでしょう?」
にっこり笑って言ったナチに、スティングはぽかんとした表情を見せた。
「僕の?」
「うん、だって同じ銀髪に赤い瞳じゃない」
ぴっと人差し指を立て、自信ありげに言った。
――――― そういえば、ちゃんと言ったことなかったですっけ
「違いますよ。エリオスは僕の弟です」
「そうそう弟・・・おとう・・・と・・・?」
かすれた声にスティングはうんうんとなずく。
「まあ、正確には弟っていう表現は的確ではないかもしれないんですけど。僕とエリオスは異母兄弟なんですよ。それに生まれた年は同じ年・・・僕より少し後に生まれたから弟という表現を使ったんです。それから、僕の兄と姉ですけど、こっちも異母兄弟ですよ。もっとも兄上と姉上同士は血のつながった兄弟ですけど」
説明するスティングにナチは呆然としている。
「じゃ、じゃあ・・・スティングのお兄さんって・・・?」
「兄上はアルバート。姉上はフィオールといいます」
ナチ一人に流れる沈黙。
――――――― ・・・ってことは、わたしを介抱してくれた人はスティングのお兄さん!?
一人動揺しているナチをスティングは不思議そうに見ている。
「そういえば、ディクスから聞いたんですけど、この前の事件を解決したのはナチなんでしょう?僕びっくりしましたよ」
痛いところをつかれ、ナチは思わず苦笑する。
・・・・・・それで負った怪我を治してくれたのアルバートさんなんだよね・・・わたし何か失礼なことしてなかったかなぁ・・・
今更ながらに何か失態がなかったかどうか思い返す。スティングの親戚とばかり思っていたアルバートが、まさか兄であるとは思いも寄らぬ事実であった。スティングとは違う容姿から判断して、間違えるのは仕方のないことではあるが。
「ってことは、ナチはもう兄上と面識があるって事ですよね。負った怪我を治したって聞きましたから」
「あはは、その節はお世話になりました」
小さな声で頭を下げる。
「それは兄に言ってください。僕は何もしてませんし・・・実はその時僕、忙しくて。兄上、わざと僕にそのこと教えてくれなかったんです。もし何らかの形で知ることができたなら、僕達もっと早くに会えたかもしれませんね」
「でもわたし、まさかまた会えるなんて思っていなかったんだよ。だって、いきなりいなくなっちゃうんだもん・・・本当にびっくりしたんだから」
「・・・・・・・」
「デルタに来ればまた会えるかなって思ってたんだけど、やっぱり身分差って大きかったんだなって、今更ながらに思ってたの。だからどんなに近くにいても、前みたいに話せる事は無理だろうってあきらめてたのよ」
――――― 本当に済みませんでした。僕自身、従者に帰って来いって言われた時は本当につらかったんです。でも、結局そうするしかなかった・・・本当はナチにもちゃんと理由を話して、その上で別れるべきだったのに僕は・・・」
「そんなの気にしてないわ。仕方ないもん。だってスティングはこの国の王子様なんだよ?それならそれらしく振舞うのが当然よ」
――――
「でもまぁ、最初にそれを聞いた時はびっくりしてディクスに思い切り当たっちゃったんだけどね」
そこまで言って苦笑する。
「それに、有難うね。借金返してくれたのスティングでしょう?だから、わたしたち早くにエルダスに着くことができたの。これもスティングのおかげよ」
「僕にはそれくらいしかできる事がなかったんです。本当に一緒に行って、エルダスをこの目で見たかった・・・」
「うん、今度は一緒に行こうね!ほら、エンドレスのブルーフォースに乗って!」
ナチの言葉にスティングは力強くうなずいた。
――――――― それからディクスが目を覚ましたのは一時間後だった。
「くっそ〜、ナチ!俺はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」
「別にこんな風に育ててもらった覚えも無いもん」
言い返したナチにディクスはぶつぶつと一人文句を言い始めた。
「でもまぁ、良かったじゃないですか。こうして三人、また会うことができたんですし!僕本当に夢みたいに思ってるんですよ」
久々に兄弟げんかを始めた二人を見て、スティングは取り繕うと慌てていう。
「本当に夢見たよ。広大な花畑でナチとスティングが川の向こうから手を振ってた」
―――――― 川の向こう・・・!?
「無事に帰ってこれて良かったわね」
呆れたようにナチが言う。
「まあな。・・・で、スティング、他に訊きたい事は?」
「ええ、ほとんどナチから話しを聞きました。僕のほうの近況は特に変化はないですけど」
「そうか。でもまあ、こうして再会できたのも何かの縁だ。それぞれの情報を交換できるな」
「あーあ・・・情報は交換できるけど・・・わたしたちマスターの称号取らないといけないんでしょう?その辺の勉強もしないと一生あの場所にいないといけないわよ」
ナチが落胆したように言う。彼女にとって称号の取得が一番のネックだったのだ。取得できなければ、今までのような自由な旅は不可能だろう。
「そうですね・・・。院に入る一番の条件はマスターの称号の取得ですから。行動がどうしても制限されてしまいますね」
「それは仕方ないだろ。そうでもしないと王宮の書庫になんて入れないんだし。でも、そのおかげで少しはフォースにつながる竜神のことわかったよ。収穫はそこそこだって事だ」
不満げなナチにディクスが口を尖らせる。
「確かに勉強にはなるけどね。最近術の練習してないからやらないとなまっちゃう」
「大丈夫ですよ。二人ならすぐに取得できますって。それに、僕も僕なりに色々と調べましたから、今度その辺の情報を交換しましょう」
「ああ、そうだな。頼むよ、スティング」
スティングは深くうなずいた。
「今度二人がこの建物に出入りできるようにパスを作っておきますね。そうすれば今日みたいに苦労する事はありませんし」
「よかったー!またこうやって侵入しないといけないのかって不安に思ってたから」
ほっと胸をなでおろす。
「じゃあな、スティング。俺たち戻るから」
「おやすみ〜!」
「おやすみなさい。気をつけて帰ってくださいね」
そう言って二人はスティングの部屋を出た。


一日の仕事を終えたライアは長い廊下を一人で歩いていた。
一つだけ・・・ずっと気になっていることを胸に秘めて。一ヶ月前に知った衝撃の事実―――――――
「でも会えて良かったねー。一時はどうなるかと思ったけど」
「俺、死ぬかと思ったんだぞ!いきなり腹に強烈な一撃をかましてくれて・・・」
不意に聞こえる男女の声。女の方の声の主は分からない。けれど、男のほうの声・・・
「フォースの事、何か分かると良いな」
"フォース"・・・その一言がライアの予想を現実のものにした。
―――――― ディクス・クロード・・・!!
スティングを迎えに行った時、初めて会わせた顔。外見はそこら辺の人間となんら変わらない普通の術者・・・だが・・・
"フォースを行使するもの・・・あの方と同じ光を持つ人間が現れました・・・"
悠久の時をともに過ごしてきたセルディアから告げられた言葉。彼女を通して視た記憶の映像は見知ったものの顔だった。彼が放った気はまぎれもなく懐かしいものと同じ。
・・・あの方ではないかと感じずにはいられなかった・・・
久々に感じた"子竜としての自分"。
セルディアが飛びだった後もライアの胸は懐かしさと愛おしさでいっぱいだった。
その原因がすぐそばにいる。彼はエルダスにいるはずではなかったのか・・・?
「こんばんわ」
気がつけば二人の前に立ち、声をかけていた。
「もしかして、スティングの・・・?」
ナチはきょとんとしていたが、見知っているディクスはライアの顔を見て思い出したようだ。
「ライアさん?」
ディクスの言わんとしたことが分かったのか、後はナチが言葉を続けた。
ライアはナチのことを知っているが、その時気を失っていたナチはライアとこうやって顔をあわせるのは初めてだった。
「お久しぶりです。以前は王子がお世話になりました」
そう言って深々と頭を下げる。
「いや、俺たちのほうこそ・・・でも無事で良かったよ」
ライアの態度にディクスは照れるように言った。
「ところで、エルダスを目指していたのではなかったのですか?」
一番気になっていることを口にした。
「ああ・・・まあ、マスターの称号を取ろうかと思って・・・」
「マスターの称号を?」
「かくかくしかじかで」
そう言ってお茶を濁す。
「もしかして王子にお会いになりました?もし王子がお二人の事を知ったらとてもお喜びになると思うのですが」
「それならもう会ったよ。色々と話し込んだしな」
「そうですか。王子はお二人に会うことを一番に願っていました。それはもう公務に集中できないほどに。ですが、その心配も要らなくなったようです。いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞ王子をよろしくお願いします」
深々と頭を下げたライアにディクスもナチも驚いた。
「まさか!迷惑かけるのはむしろ俺たちのほうだし。スティングに会えて嬉しいのは俺たちも一緒だよ、なあ、ナチ」
「うん、もちろん!もう会えないかと思ってたから嬉しかったんですよ」
手を振って慌てて答える。
「クロードさん、フォースのこと調べてらっしゃるんですよね。私も興味があります。機会があれば今度いろいろ話しましょう」
「え・・・ああ。俺たちも結構長い事調べてるけどなかなかいい情報がなくてな。それでも良ければ」
「それでは私はこれで。またいらしてくださいね」
笑みを浮かべると、ライアはディクスたちが来た道を反対に行ってしまった。
クロード・・・――――― なんで俺の名前知ってるんだ?スティングのやつが言ったのか・・・・?
「ねえ、ディクス。行こう?わたし早くお風呂入りたいんだけど」
「ああ、ごめん。もう遅いしな。早く戻るか」
ナチにせかされ、ディクスはその宮殿を後にした。


「よお、ディクス!久々だな!」
冷たい空気もやわらいだ練習場。その場にいたディクスにスレイドが声をかけた。
「おはようございます、クロードさん」
アッシュも一緒のようだ。
「スレイドにアッシュか!久しぶり!」
術の鍛錬にいそしんでいたディクスはその手を止め、二人にそう返した。
「お前講座にも来ないんだからな。どうしたんだよ、講座受けておいたほうがいいんじゃねぇの?」
「俺、別に講座いらないし・・・ほかにやることあるから」
「ナチュラルに会いてーな〜。いつも一緒にいるんだろ」
「それは仕方ないだろ。やることは一緒なんだし。それに俺のほうが嫌がられるから参ったよ」
そういって肩をすくめて見せた。
「でも、スレイドさんボクと一緒に講座受けてるんですけど、寝てばっかなんですよ。何度起こしてもすぐにうたた寝はじめて」
アッシュが困ったように言うのにディクスは笑った。
「それじゃ意味がないじゃないか。フィルジアはどうなんだ?講座受けてるのか?」
「それがフィルジアさん冷え性らしくてここ最近あんまり来てないみたいです。動くのもつらいだとか」
おいおい、それで院生務まるのか・・・?
「ちなみにマインさんですけど、院生が定員に達したということで、今はデルタにはいません。まだ募集している北エンドレスのほうまで行って受けてくるそうです」
「北エンドレス!?あそこ冬は氷の世界って聞いてるぞ。大変だな」
「オレは絶対いやだけどな。まぁ、マインのことだからうまくやっていくんじゃねぇの?」
「そうだといいですね」
それから他愛のない会話をしばらく続けた。すると、アッシュがいきなり声を上げた。
「ああ!スレイドさん!時間やばいですよ!」
「時間・・・?・・・あっ!忘れてた!」
ディクスを差し置いてなにやら慌てている二人にディクスは不思議そうな顔をした。
「お昼前に席を取っておかないと食堂がすぐにいっぱいになってしまうんですよ!時間は決まっているから、早く行かないと食べ損ねちゃいます!」
「そういうわけなんだ。行くぞ、アッシュ!今日は『ポークソテー・トマトソース和え』だ!!」
「はいっ!」
まるで戦闘体制に入るかのように緊迫した声で言うと、二人は全速力で走り去っていってしまった。
「・・・・」
―――――― ポークソテーのトマトソース和え・・・ね。トマトの酸味を上手く隠せば美味いかもしれないな。
無意識にレシピをつらつらと考える。
「・・・・って、俺もこんな事してる場合じゃない!急がないとあいつらに怒られる!」
ディクスも何かを思い出したように叫ぶと飛行術でその場を飛び去った。
眼下に見える現在の自分の家を確認すると玄関に降り立つ。
「ナチ!」
ドアを開けて名前を呼ぶが誰もいないようだ。
・・・先に行かれたか
舌打ちし、冷蔵庫から大きな皿を取り出した。それを大きな布で包むと、急いで家を出た。


「お話は伺っております。ナチュラルさんも王子もこちらにいらっしゃいますよ」
再び飛行術で降り立ったディクスはスティングのもう一人の従者、レイルに促されテラスへと足を踏み入れていた。
「ナチ、ディクスが来ましたよ」
すでにテーブルについていたスティングがディクスを認める。
「ん?あ、ディクス。遅かったからわたし先に来ちゃったよ」
身を乗り出して外を眺めていたナチがディクスのほうに向き直りそう言った。
「ごめんごめん!でも、ちゃんと持ってきたからさ」
そう言い、手に持っている包みを掲げて見せた。そのまま歩み寄るとテーブルの上にそれを置く。
そして包みを解いた。
「ずいぶん大きなピザですね!」
目の前には三人には大きすぎるのではないかというようなピザがあった。シーフードをはじめ、いろんな温野菜や肉がのっていた。見ているだけでおなかがいっぱいになりそうなボリュームだ。
「まぁな。今朝大急ぎで作ったんだ。冷蔵庫に入れっぱなしでまだ冷たいけど術で温めれば美味いぞ」
感嘆を漏らしたスティングにディクスは自慢げに言った。
手をかざし、術で料理を温めると均等に切り分けた。
「また冷めないうちに食べよう、いただきます!」
自分が席に着くや否やディクスは先に食べ始めてしまった。
「じゃあ、僕たちも、いただきます」
「いっただっきまーす!」
「で、スティング。なんだ、話って」
ピザをほおばり、味わいながらディクスがスティングに訊いた。
「結構な時間、僕たちこのデルタにある資料を探してきましたよね」
当たり前のことを言うスティングに疑問を抱きながらもうなずく。
「でも、これだけ探しているのに竜神の肝心な資料は見つからない・・・ディクスたちならもう知ってるでしょう、二千年以上も前に砕けた竜神の力・・・つまりフォースの存在を」
「己の力をフォースという形にすることで次に竜神となるものの力の一部となった・・・」
つぶやくように言うディクスに今度はスティングがうなずいた。
「僕たちにしろ竜神にしろ、持っている力は物理的なものではない・・・それを渡すには力をカタチにする必要があったんです。そして彼らが作り出した至高の術、それがテリオス」
「テリオス?」
「わたしが読んだ本にはテリオスは願いをかなえるという意味があるって。多分、願いをかなえるための力を継承するからそういう名前がついたんだと思うけど」
ナチがディクスに解説する。
「その通りです。そして、そのフォースを受け継ぐ・・・つまり行使するものは竜神となるにふさわしい器の持ち主でないといけないそうです。だから僕たち人間がどんなにがんばってもフォースの力を引き出すことはできなかった」
「ちょっと待て!じゃあ、俺は何なんだ?人間じゃないとでも・・・」
「だから困ってるんじゃない」
「えっ?」
ため息をついたナチにディクスが疑問の声を上げる。
「ナチの言うとおりです。どうして人間であるディクスがフォースを行使できるのか。そこが大問題なんです。先ほども言ったように、フォースを行使できるのはその力の持ち主である竜神か、または竜神の器を持つもののみ。平たく言えば子竜など高位の竜に限られます」
どっちにしても人間じゃないってことか・・・
「資料がなさ過ぎるのよね。この世にフォースが出てきたのは十三年前と二千年前・・・差がありすぎるわ。二千年前の資料なんて伝承でしかないし。フォースらしい言葉だってほとんど出てこないんだもん。書いてあるのは竜神と人間の関係だけ」
「スティング、そのことが書いてあった資料は?」
「この情報は資料じゃないんです」
「じゃあ、どうやって・・・」
あせる気持ちを抑え、思いを口にする。
「僕の従者のライアからです」
そう答えた。


――――――― 星が綺麗・・・
満天の星空を見上げながらライアがつぶやく。
・・・そういえば、最後に飛んだのって・・何年前だったかしら・・・ずっと・・・ずっと飛んでないわ
翼を広げる鳥のようにライアは両腕をゆっくりと広げた。
たった十数年しか経っていないのにどうしてこんなに遠く長く感じるの?まるで遠い遠い記憶のよう。
そう思って手を下ろす。
「私は本当にかつての翼で空を飛んでいたのだろうか」
自分でそう言って口をふさぐ。
何言ってるの、私。私は、今の私は私じゃない・・・・・・・
「ライア?」
突然かかった声に驚いて振り返る。
――――― レイル殿」
声をかけたのは彼女の同僚、レイルだった。
「珍しいな、君が驚くなんて」
レイル自身も驚いているようだったが笑みを浮かべて歩み寄った。
「え、ええ・・・ちょっと考え事を」
照れくさかったのか髪を整える不利をして顔を隠した。
「・・・・・・考え事・・・か。ライア、考え事もいいが、公務には支障をきたさないように。王子も心配してらしたぞ」
「王子が?」
「たとえお前がどんな悩みを隠そうとしても王子は優秀な術者。相手の感情を察知する事などお手の物だ。私より先にお前の事を案じておられたよ」
私の・・・ことを・・・
「何を悩んでいるのかは知らないが、私でよければいつでも言ってくれ。王子を幼少の頃よりお使えしてきた仲だろ?」
お使え?違うわ、私がお使えしてきたのは――――――
なぜか動揺しているライアを不思議に思いながらもレイルは背を向けた。
「・・・・・・」
「私は先に休ませてもらうよ。早朝ブルーフォースでアルヴィスに向かわなければならないんだ」
そう告げ、レイルはそのまま振り向きもせず歩き出した。
レイル殿・・・・・・ごめんなさい・・・
その一言が声に出なかった。そんな自分を悔やみ、そしてその場を離れようとした、その時だった。
ばさっ
懐かしいその羽音に振り返る。
「セルディア・・・?」
暗闇の中に巨体を潜ませている竜を目にしたライアはそうつぶやいた。


第9話 第11話
コンテンツに戻る