D.Force The Second Chapter
Force-2

狙うもの


「誰か!!」
細い、誰もいない路地を女が疾走していた。何かから逃げるように。
T字路にぶつかり、少し迷ってから右に曲がる。そして、それが最悪の選択であった事に気づくことになる。目前の人影。手元にぎらつく長い刃物。
顔から血の気が引いた。手を胸に当て、震えながら一歩一歩後退する。
だ・・・駄目・・・集中できない・・・!
比較的高度な術を扱える彼女は何か対抗できるような術を生み出そうとしていた。しかし、恐怖で何も生み出せない。それが焦燥となって彼女の命を風前の灯にしようとしていた。
合わせて迫り来るその影。月が雲に隠れた。
・・・完全な暗闇。
「いやぁぁぁ!!」
闇を切り裂く女の悲鳴と共に光が一閃し、鮮血が辺りを染める。びくりと体を震わせ、女の体が地に倒れた。濃厚な血の匂いが充満する。
やがて再び差し込んだ月の光に照らされて薄く笑う影が一つ。逆光で顔はうかがい知れない。
「女は全てを堕落させる。穢れた下等生物・・・聖域に女は要らない・・・!!」
苦々しくつぶやく。
己の欲求を満たしたその影は暗闇に溶け込むように姿を消した。
―――― 三人目
翌朝、新聞の号外としてデルタ全体を恐怖に陥れることになる。


・・・夢―――― 追いかけられる夢を見た。
誰だかわからない。けれど、ずっと後からついてくる人影。
走っても走ってもその距離は変わらない。いや、それどころかますます縮まっているようだ。
恐怖に駆られながらも振り向く。
そして――――――
「ナチュラルッ!!」
突然の声に目が覚める。横になった状態で目を見開き、視線をめぐらす。
「大丈夫か?悪い夢でも見たか?」
心配そうな顔のディクスがナチの額を触る。
・・・ディクス・・・?
「汗かいてるな。疲れたんだろ、近くに浴場があるからそこで流してくるといい」
表情を緩め、そう言うと立ち上がった。
「えっ、どこ行くの?」
あわてて起き上がる。
「ああ、洗面所にタオル置き忘れたんだ。ちょっと取ってくるから待っててな」
そう言うと部屋から出て行ってしまった。残されたナチは額を押さえる。
ディクスが言っていた通り、額は汗で湿っていた。
――――― どうしちゃったんだろう。疲れかな・・・
軽くため息をつく。
「おはよう!」
そんなナチにスレイドがそばにやってきた。
「なんか悪い夢でも見た?顔色がさえないね」
陽気なスレイドの笑顔を見て少し安心する。
「ううん、大丈夫。ちょっと疲れただけですから・・・」
笑みを返す。大丈夫だとわかったのか、「じゃあ、後でな!」そう言い残すとその場を立ち去った。
・・・しっかりしなきゃ皆に笑われちゃう。
「よしっ!」
気合をいれ、身の回りの整頓を始める。そうしているとディクスも帰ってきた。
―――― 大丈夫みたいだな
ナチの後ろ姿を見てディクスはそう思う。
「ナチ、浴場行くか?さっぱりしたいだろ」
後ろからかけられた声にナチが振り向く。
「うん、行く!朝ごはんはどうするの?お風呂入ってからにする?」
「そうだな、そっちのほうがいいだろう。宮内に食堂が開放されてるからそこで食べよう」
決まったところで身支度を整えると部屋を出、浴場へ向かった。
突き刺すような視線の存在に気づく事すらなく・・・


「ああ・・・お風呂気持ちいい〜」
宮殿内の大浴場で湯船に肩までつからせたナチがため息混じりにつぶやく。
まだ早いせいか、ナチのほかに二、三人程度の客しかいなかった。
こんなに大きなお風呂久々に入ったけど、やっぱり大きいお風呂はいいなぁ・・・
宿ではシャワーばかりだったのだ。足を延ばし、体の芯まで暖める。
「ふぅ」
軽く息をつく。そのまま十五分くらいそうしていただろうか、約束を思い出し、ナチは声を上げた。
・・・のんびりできるって幸せねぇ〜・・・・・・・あっ!!!
露で濡れていてぼんやりとしか見えない時計を見る。―――― 九時四十五分
しまった!!ディクスのこと忘れてた!!
"―――――― じゃあ、九時半にここでな"
そう言ったディクスの言葉がよみがえる。
あああっ!!もうとっくに時間すぎてる!!
あわてて湯船から立ち上がり、脱衣所に向かった。
―――― 遅い!!」
一人外で待っているディクス。足をたしたしと踏み鳴らしながらナチが来るのを待っていた。
まさか、溺死してるんじゃないだろうな?
途中で貰った号外の新聞を握り締める。
"三人目の被害者!デルタを襲う黒い影!"そう、新聞には書かれている。
「ったくも〜」
様子を見に行くこともできず、ディクスはそこで待っているほかなかった。
「ご、ごめん!!」
ようやくナチが出てきた。息を切らしてディクスのところにやってきた。
「何やってたんだ。溺死したかと思ったぞ!」
「うー、だからごめんって・・・気持ちよくてつい時間忘れちゃった・・・」
申し訳なさそうに謝る。ディクスは仕方がないという風に息をつくと、歩き始めた。
「ほら、行くぞ。術の練習しないとな」
「え・・・ああ、うん」
先を行ったディクスの後を、ナチはあわてて着いていった。


「大気に渦巻く風よ!」
その言葉と共に、轟音を立てて出現した風の塊がディクスに向かって放たれた。
「甘い!」
しかし、ディクスが軽く腕を振ると同時に、風は何かに相殺されるように空間に解けて消えた。風を放ったナチは不服そうにディクスを見ている。
「集中力が足りないな。こんな風じゃモンスターも吹き飛ばせないぞ」
そう言うと、今度はディクスが風の術を放ってきた。ナチが創り出したものとは比べ物にならないくらい大きな風。周りの木々がざわざわと不気味な音を立てる。
「死ぬ気で相殺してみろ!」
轟音でディクスの言葉がかき消されそうだったが、何とかそれを耳にする。
――――― 無茶言わないでよ!!!
しかし、ディクスに駄目だしされたのが気に触ったのか、ナチの怒りが巨大な力となってその場に具現化する。
「馬鹿にしないで!!」
見えない力が放たれると、迫り来る風の塊をけちらした。相殺しきれなかった風が髪を逆立てる。
「・・・そこそこ相殺できたのは褒める。けどな、怒りでコントロールするようじゃ完璧とは言えないな」
「・・・・」
「自分の持てる力を自在にコントロールしてこその術者だ。もっと術に集中しろ」
「だったらディクスはどうなのよ!!」
前触れもなくナチが術を放ってきた。突き出した手から紅蓮の炎が燃え上がる。そして、腕を振ると同時に、それは現実のものとなり、ディクスへと飛んだ。
「それが甘いっていうんだ!!」
炎を凪ぐようにディクスが腕を力強く振る。生み出された炎は二つに分断され、冷気に飲まれて虚空に消えた。
「・・・・!!」
ナチが動揺したのがわかったのか、ディクスは軽く首を振る。
「ナチ・・・術の最大の弱点って知ってるか?」
「・・・・」
―――――― 何よ・・・それ
反応を示さないナチに眉をひそめる。
―――― 自滅だよ」


昼食時。いつもならディクスと取っているところだが、ナチは一人で術の特訓をしていた。
術の最大の弱点知ってるか?―――― 自滅だよ。
まるであてつけのように言われたその言葉が頭から離れない。そして、それがナチの劣等感を大きいものにしていた。
こんなにがんばってるのに・・・!!
空を切った腕。それと同時に空気が音を立て、無数の氷の粒を生み出す。腕を高く掲げ、振り切るように勢いよく下におろす。
バシバシバシッ!!
粒の数だけ地面に小さな穴が開く。
「・・・・・」
近づいてそれを覗き込むように見る。数センチの穴が広がっていた。いつもなら氷の粒が地面に砕けるのに、今日は深い穴ができた。いくつかの穴にはまだ粒が残っている。
――――― 自分の持てる力を自在にコントロールしてこその術者だ。
しかし、これは怒りに任せて放ったもの。普通の状態ならこんなにはならないだろう。
もっと術に集中しろ!
ディクスの一字一句が深く頭に刻まれている。分かっているから余計に腹が立つ。
「わたしだって・・・・」
続けて怒りに任せて術を放とうとした時だった。空間を切り裂き、自分に向かってくる何かに気付く。
「危ない!」
バシュンッ
声を挙げると同時に瞬時に生み出された障壁が盾となり"それ"を相殺した。力を失った障壁は音を立て崩れた。
―――― 何・・・?
一体なんだったのか。緊張したナチは自然と戦闘態勢に入る。
自分のところへ走ってくる足音。集中力を極限にまで高め、狙い撃ちしようとした。
「大丈夫でしたか!?」
茂みから姿を現したのは女だった。細身の長身、ショートカットの黒髪を持つまだ若い女。
「えっ・・・」
神経を張り詰めていたナチはあっけにとられて一時思考が停止する。
「ごめんなさい。術を試していたんですけど、軌道がそれちゃって・・・」
頭を下げてナチに謝る。
・・・そっか、この人も候補生なんだ
「いえ、わたしは大丈夫です。怪我もありませんし・・・」
笑って答える。それに安心したその女は安堵の息を漏らす。
「よかった・・・もし、誰かを傷つけていたら院生失格になるところだったわ」
「院生失格・・・?ということは・・・」
「ええ、私はミレナス。二ヶ月前から院生生活を送っているの。あなた候補生ね」
ナチは素直にうなずいた。
「・・・・そう・・・やっぱりね」
少し声のトーンを落としつぶやいた。ナチを見る目が一瞬冷たくなる。
「邪魔したわね。さようなら」
いささか冷たく言われたような気がした。
「なんだったんだろう?」
ミレナスの去り行く背中を見てそう思う。何か気まずいことをしたのかどうかはわからない。
・・・ま、いいや。練習続けなきゃ
気を取り直して再び練習にいそしんだ。


「ナチ、お前一体どこ行ってたんだよ」
夜遅く、やはり夕飯も勝手に済ませ、ナチは部屋に戻ってきた。
「関係ないじゃない」
そう言うと、ディクスに目もくれず通り過ぎようとした。
「ナチ!」
そんなナチの腕をつかみ、向きなおさせる。それをほかのメンバーが緊張した面持ちで見ていた。
「何が気に食わないんだ?俺、何か気に触ることしたのか?」
・・・やっぱりわかってない・・・
「別になんでもないわ」
「なんでもないわけないだろ。こんな夜遅くに帰ってきて・・・どれだけ心配したかわかってるのか!?」
珍しく本気で怒っているようだ。その気に圧され、少したじろく。
「術の練習していただけよ!ディクスには関係ないじゃない!!」
そう言うとディクスを振りきった。
「ナチュラルさん、外は寒いですよ!」
外に出ようとしたナチをマインがとめようと声をかける。しかし、ナチは制止を聞かず出て行ってしまった。
「みんな、ごめんな。迷惑かけて」
気まずい雰囲気になってしまった部屋。ディクスはすまなそうに皆に謝ったのだった。
「何よ!何も分かってないくせに!!」
新しい術を修得する度、ディクスは自分の事のように喜んでくれた。自分の事を認めてくれているとそう驕っていた。
―――― 自滅
その一言が頭を支配する。まさかの言葉だった。優秀な術者を目指すものとして一番重くのしかかるその言葉。痛いところをつかれ、反論する言葉のなかった自分が悔しかった。ディクスはあたり前のことを言っただけなのに。
・・・・一番分かっていないのはわたしだ・・・
木々の生い茂る、暗い場所をほっつき歩く。
鼻をすすり、だいぶ離れた宿舎を振り返ろうとしたときだ。
ぞわっ
「っつ!?」
言いようのない悪寒に戦慄した。これまでにない緊張が走る。本能的に危ないと察知し、自然と戦闘態勢に入る。その正体を突き止めるべく、暗闇に神経を研ぎさました。
・・・・・。
近くに自分を狙うものがいるのは確かだった。何かが襲おうとしている。
ヒュッ
闇を切り裂く高音とともに、氷の刃が出現した!
「そんなもの!」
予感していたナチはその刃を避ける。
目標を失った刃が地面に突き刺さったと同時にナチが術を完成させた。
「ルミナスシャット!!」
輝く無数の光が鋭利な凶器となって氷の刃の軌道を逆走する。
カッカッ
光の刃は何かにヒットしたようだった。けれどそれ以上の変化はない。
・・・失敗・・・?
ザッ
暗がりから何かが跳躍した。それが正体だと察し、ナチは新たな術を発動した。
「アイススティング!!」
月の光に反射し、解き放たれた凍れる針が闇に吸い込まれる。
どさっ
ずばり今度はヒットしたようだ。地面にたたきつけられたらしい犯人を暴こうと動いたときだ。
「!!」
相手がめくらましに放ってきた光の洪水がナチを襲う。ナチは出かけた悲鳴をかみ殺す。
著しく視力を奪われたナチはその場を横に跳び、じっと留まる他なかった。
「風よ!」
次に犯人が襲ってくることを想定して風の障壁を創り出し、体勢を整える。目に見えないが、全て遮断するシールドがナチを守るように取り巻く。
"―――――― 攻撃は最大の防御なんていうけど、防御に勝る防御なんてないからな。防御は防御。攻撃は攻撃。無理に攻撃しようとするな。状況を見極めて使うべき術を見定めるんだ"
ディクスに教えられた事がよみがえる。
・・・・しかし、いくら待っても次の攻撃は来なかった。焼かれた目も、徐々に光を取り戻す。気がつけば空間を支配していた殺気はなくなっていた。元通りのただの暗闇。
いなくなった・・・?
視力を取り戻したナチはまだ警戒しながらも、犯人が倒れたと思われる場所を探った。茶色の地面に点々と染み付いている赤い血。それだけで他に何もなかった。
――――― 一体誰が・・・・
全く心当たりはなかった。その場で立ち尽くしていると不意に声が聞こえた。
「ナチュラル!」
ナチを心配して追ってきたスレイドだった。ディクスではなかったことに少し残念に思う。
「何か大きな音がしなかったか?心配になってきてみたんだけど・・・」
さっきの音が寮にまで響いたらしい。スレイドが辺りをきょろきょろしながら心配そうに訊いた。血の痕跡に気づかれないよう、ナチは足で地面をこすってうやむやにした。
「ううん。なんでもないの・・・」
―――――― これくらい自分で解決しなきゃ
嘘をつき、さっきの出来事を話そうとはしなかった。
「あの・・・ディク・・・お兄ちゃんは?」
「ああ、ディクスならすごいことになってるよ」
何がすごいことになっているのかはわからないが、素直にスレイドについて部屋に帰ることにした。
「俺は正しいこと言っただけなのにーーーーっ!!」
ドアの前でディクスの絶叫が聞こえた。スレイドと目を合わせる。スレイドの目は「ほらね」と言っていた。
「ただいま・・・」
そろそろとドアを開ける。目の前にはナチの予想していた光景が広がっていた。
どこから入手したのか、酒瓶を片手に泣き崩れるディクスだった。
「いいぞ!泣け泣け!こんなときにしか泣けんからの!」
ディクスをあおるようにフィルジアが叫ぶ。どうやら酒瓶の入手先はここらしい。マインも酒が入ってるのか、ディクスの肩を叩き、号泣していた。
一方アッシュは、そんな三人を止めようと必死で、右往左往している。
「ナチュラルさん!ディクスさんが・・・・」
戻ってきたナチに気づく。その瞳はものすごく助けを求めていた。
「な、すごいことになってるだろ?」
スレイドが苦笑しながらいう。ナチはただうなずく他なかった。
「あぁ、ディクスさぁん。ナチュラルさん戻ってらっしゃいましたよぉ」
滂沱しながらディクスを揺さぶる。ディクスがゆっくりと顔を上げ、ナチを認める。
「俺、保護者失格だああああっ!!!」
突拍子もないことを叫びつっぷした。あまりのことにナチは頭を抱えたくなった。
・・・まさかこんなことになってるなんて・・・
ディクスの性格をすっかり忘れ、部屋を飛び出した自分を深く反省し、ナチは嘆息した。
「ディクス!ごめん、わたしが悪かったから泣かないで。隣の部屋の人たちに迷惑だわ!」
このままでは状況は悪化するばかりだと判断し、折れることにした。懇願するように呼びかける。
「それなら心配ご無用じゃ!アッシュが術で防音壁を張ってくれたからの〜」
顔を赤くしたフィルジアがげんなりしているアッシュを指差す。ナチはいてもたってもいられなくなり、ディクスのそばに寄った。
「ねえ、ごめんってばー」
「俺、もう駄目だ〜!」
ディクスは嘆き続ける。
どうしてこうなんだろう・・・・?やっぱり戻ってこない方がよかったかも・・・人知れずナチは思う。
そして、ディクスの号泣と共に夜は更けていった・・・・


「絶対に仕留める・・・」
冷たい風が吹き抜ける中。どこからともなく聞こえるつぶやき。
それは、傷を負った腕をかばうように虚空に跳躍して消えた。



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