D.Force The Second Chapter
Force-25

二人のネバーランド


―――――― まぶしい・・・
その強い光から逃れるように、ディクスは大きな枕に顔をうずめた。いつも自分が使っているものとは違う大きなふかふかの枕。体が埋まるのではないかというくらいの柔らかくも、しっかりと体を支えているスプリングの利いた大きなベッド。
そして、ボリュームはあるが、とても軽く、温かい高級ダウンフェザーの掛け布団。自分が着ているパジャマでさえシルク百パーセントの肌触り最高の生地。とにかくどれもこれも最高の一級品だ。
不意に、射していた朝日が陰ったような気がして、ディクスはうずめていた顔を天井に向けた。ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとする視界には見事な装飾が施された天蓋。窓から入ってくるさわやかな風が、レースをまとい、ディクスの頬に優しく触れた。ぼーっと見つめているとだんだんと視界がクリアになってくる。そして・・・
「おはようございます」
すぐ隣から発せられる声。顔を向ければシャーリーンがいた。
やわらかい笑みをディクスに向けている。シャーリーンの紫の瞳はディクスの青い瞳をとらえて放さない。ディクスもまた、彼女の瞳に吸い込まれるようにみつめた。
「ああ、おはよう」
つられるように、ディクスもやわらかく笑みを浮かべた。
気だるそうに上半身を起こすと、ゆっくりと伸びをする。とても気持ちのいい朝だ。春のそよ風が体に心地よい。
そんなディクスにシャーリーンが身を寄せる。
そしてディクスは彼女の細い肩を抱いた。
「わたくし、ずっとこうしていたいですわ」
シャーリンが満足げにつぶやく。いとおしそうに顔を上げた彼女の髪を、ディクスはやさしくなでた・・・
「なんてことあるかあぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
がばっ!!
大音量で叫びながらディクスは凄い勢いで上半身を起こした。
「は〜は〜っ・・・・!!」
体全身に汗をかき、ディクスは湿った手で布団を握り締めている。周りを確かめるまでもない。全ては夢だ。
しかも、とびっきり悪質の。
ディクスはものすごい形相でばっと後ろを振り返ると、大きな枕をつかみ、向こうへ投げ飛ばした。
「やっぱりな・・・」
枕のすぐ下にあったもの。それは一枚の葉っぱだった。
ソウルラージュ
この葉に強い念を込め、枕の下に置けば、その念が夢となって現れるという非常に貴重な樹木の葉だ。ここエンドレスでは滅多にお目にかかれない。
ディクスも実際に見るのは初めてだ。
―――――― 良い夢を・・・
帰り際にシャーリーンが残した言葉が蘇る。どうやらこういう意味だったらしい。
役目を終えたそのソウルラージュは、みずみずしい緑であったろうその色を茶色に変え、枕の下敷きとなってしなびていた。
このソウルラージュの本当の使い方は、子供達に楽しい夢を見てもらうようにと、親が子供の枕の下に置き、成長を願うものだ。決して嫌がらせで使うものではない。
昨夜、ディクスがいない間にシャーリーンが枕の下に忍ばせていたのだろう。
「朝から目覚め悪い!」
吐き捨てるように言うと、夢の中で寝ていたものよりも安物のベッドから勢いよく飛び降り、窓を開けた。
ヒュウッ
冷たい冬の風がディクスの体を芯まで冷やす。
バタン
それで十分だ。ディクスは無言で窓を閉じた。この季節に春のさわやかな〜・・・が吹くわけがない。ベッドは大きく、天蓋もあるが、レースはない。布団一式も悪いわけではないが、最高級品でもない。
シルクのパジャマ?いつもの綿百パーセントのものだ。
「こっちの方が安くていいんだ!」
誰もいないのに一人断言する。
荒れた様子で服を着替える。夢なんてすぐに忘れてしまうのに、ソウルラージュは効き目抜群。夢の細部まで全てが脳に記憶されている。
夢のはずなのに、手の感触、あのベッドの心地よさはどうしてもぬぐえない。
そして、あの時微笑んだ自分が憎くてしょうがなかった。
もし、あの夢が続いたとしたら・・・?
とんでもない台詞をはかされる自分が待っているような気がして、ディクスは頭をかきむしった。
あなどれんっ!ソウルラージュ!!
ディクスはまだちゃんと着替えていないにもかかわらず、ずんずんベッドのほうへ行くと、ソウルラージュの葉をつかみ、開けた窓に放り投げた。
冷たい風に乗って、それはどこかへ消えてしまった。
こんこん
ドアを叩く音。反射的に身構える。
「起きてるんでしょ?」
聞きなれた声に安堵する。
「ディクス、起きてるならドア開けてよね!」
まだ途中のボタンを掛けながら、ディクスはのろのろとドアに近づき、鍵を開けた。
ドアを開けると、そこには不機嫌そうなナチがいた。腕を組んでディクスをにらんでいる。
「ああ、ナチか。俺大変だったんだぞ!あのシャーリーンっていう王女に・・・」
「どうして昨日すぐに来なかったのよ!ものすごい修羅場だったんだからね!!」
「へ・・・?」
ぽかんとしたディクスにナチは深いため息をついた。
「昨日スティングが叫んだの聞こえたでしょう?あの時、ネイシャン王女がスティングの部屋に入ってきて迫ってきたのよ!いきなり現れた王女にスティングが驚いて・・・。その後シャーリーン王女が駆けつけてくれたけど、それがいけなかったのよ!」
「なんで・・・?だって、あの王女"スティング様と交わした契りを破るわけには参りません"とか言って・・・」
「だーかーらー!拘束しようとしたシャーリーン王女の術と、それを阻止しようとしたネイシャン王女の術がぶつかったのよ!どちらも術者としての力は確かだから決着がつかなくて・・・結局姉妹喧嘩。おさめるの凄く大変だったんだから!」
ナチはカンカンのようだ。よく見れば目の下にうっすらとくまができている。睡眠を十分にとっていないのだろう。
「ディクスがシャーリーン王女を部屋に引き止めるか、ディクスがスティングのところに駆けつけてればこんなことにはならなかったのに・・・」
「・・・?なんでシャーリーン王女が俺の部屋にいたこと知ってるんだ?」
ナチの言葉にディクスが不振そうに訊く。まだ昨夜の事は誰にも言っていないのに、だ。
「だって王女が言ってたもん。"わたくしとあの方とのひと時を邪魔するなんて許しがたい行為ですわ"とかなんとか。そこまで言われたら誰だって気づくでしょうが」
「・・・って!俺だって色々と大変だったんだぞ!変な夢まで見せられて」
「寝れるだけマシでしょ!これからが大変なのに、わたし昨日一日で凄く疲れちゃった・・・昨夜もちゃんと眠れなったし・・・」
大きくため息をついた。
王女達がナチに迫ろうとせずとも、別の形で被害を及ぼしているようだ。要するに巻き添えだ。
「ごめん・・・」
素直に謝る。自分も大変だったとはいえ、あの時すぐにでも駆けつけるべきだった。それがディクスの仕事であったし、スティングの仲間としても当然の行為のはずだ。
「―――――― もういいわよ。それより早く着替えて。わたしは先にスティングの部屋で待ってるから」
ナチもこれ以上争っても意味がないと思ったのだろう。ディクスの謝罪を聞き遂げると、やや元気なさそうにドアを閉めた。
「負けてられないな」
彼らの餌食になるのは到底ごめんだ。
着替え終わったディクスは、鏡に映った自分に意を決するようにうなずくと、部屋を出た。


「急ぐか・・・」
長い廊下を小走りに過ぎる。その途中の人影に足を止めた。相手もディクスに気づいてこちらを見た。
―――――― あ、あれは確か・・・!
思いがけない人物に声を上げそうになる。
相手もディクスの格好を見てやや不審そうだ。
「・・・・・・あなたは・・・」
声をかけられびくっとする。
銀髪に緋色の瞳を持つエリオスだ。何度かではあるが、面識があった。覚えていないだろうとは思ってはなかったものの、この姿を見られてはやはり気まずい。
エリオスにはアルヴィスからの使者が来ていることは絶対に口外するなと釘を刺されているからだ。
どうしてそんな格好をしているのかと訊かれれば、真実を口にするほか理由はない。
「あ、おはようございます!」
エリオスが次に口開くよりも早く、ディクスはそう言うと、慌ててその場から立ち去った。エリオスの視線が痛かったが、気にしている場合ではない。
危なかった〜!
その場にとどまっていれば口に出してしまいそうな気がして、ディクスはスティングの部屋へと歩みを速めた。
自分に割り当てられた部屋がスティングの部屋に近いとはいえ、それなりに距離があった。それを考えると昨夜の悲鳴は相当大きなものだったらしい。
「スティング、入るぞ〜」
がちゃ
一言そう告げ、返事も待たずにディクスは部屋に入った。
「―――――― やっぱり失礼しました〜」
ぱたん
開けて部屋に入ろうとしたその瞬間、ディクスは軽く礼をしてそのまま扉を閉めた。
がちゃ
自分が閉めた扉が急に開き、飛び上がる。
「ディクス、なにやってるんですか?早く入ってください」
部屋から顔をのぞかせたのはスティングだ。いきなりやってきて、すぐに帰ってしまったディクスを仕方なさそうに見ている。するとディクスは泣きそうな顔でふるふると首を振った。
「頑張るって言ったじゃないですか・・・とりあえず中に入ってください!」
小声でしかられると、ディクスは手首をつかまれ、嫌々ながらスティングの部屋に入った。
そして嫌でも会わなければならない人物がいた。
「まあ、ディクス様!おはようございます」
シャーリーンだ。何故この部屋にいるのかは分からない。しかしそんなことはどうでもいい、いち早くこの場から離れたくてスティングのつかむ手を何とか解こうと必死だ。
「昨夜は良く眠れまして?わたくしはディクス様のことを思いながら休んだのですけど、それはそれは最高な目覚めでしたのよ」
そういうとディクスの手を取る。同時にスティングはタイミングよくディクスから手を放した。
冷え性なのか分からないが、白い、冷たい手が触れる。振り払おうにも振り払えない。どういう反応をしていいのかもわからない。
「昨夜はごめんなさいね。わたくしがネイシャンにしっかり術をかけられなかったせいで・・・貴方にもご迷惑をおかけしてしまいましたわ。これからの二人の将来のことを語り合おうと、そう思っていましたのに」
そう言うとずいっと一歩、歩み寄る。
急接近したシャーリーンにディクスはいよいよ動揺する。
ここは男らしく、俺には心に決めた人が・・・!(嘘)と、言いたいところだが、動揺がその勇気を妨げている。それどころか、昨夜のシャーリーンの所業もとがめることも出来ない。
俺って情けなーい!!
心の涙が冷や汗となる。
「しゃ、シャーリーン王女っ・・・!手を、手を放してください・・・っ!」
それだけが精一杯の言葉だ。
そう言われ、シャーリーンの表情が一瞬暗くなる。悲しそうな表情を浮かべつつも、ディクスをいとおしそうに見上げる。そして握っている手にほんの少し力を込めた。
ひっ!
「そんな・・・シャーリーン王女だなんて・・・堅苦しいですわ」
握っているディクスの手を自分の頬にあてる。
なにすんだーっ!
ディクスは大パニック。しかし、シャーリーンのペースは止まるところを知らない。
「そうですわ、わたくしのことは"リーン"と呼んでくださいませ。わたくしが本当に愛する人にしか許さないと決めた呼び名ですわ」
リーン・・・・・・
頭に十トンくらいの鉄の塊が落ちてきたような気がした。よりによってその名前。あまりにも痛すぎる。
「ねえ、ディクス・・・名前を呼んでいただけませんか・・・?」
呼ばれる名前に先ほどの敬称がない。
もう二人の世界だ。周囲の目も気にせず、シャーリーンの世界は着実に建設されつつある。
ディクスを巻き込んで・・・
「・・・・・・っ!!」
口をしっかりと閉じて、ぶんぶんと首を振る。
「わたくしはこんなにも貴方を愛しているのに・・・?」
すると、シャーリーンの瞳から大粒の涙が零れ落ちた!
ぎゃああっ〜!!!
その様子を見たディクスが心の中で大絶叫する。果たしてこの状況から逃れられないのか!?
助けを求めようと、ようやくシャーリーンから視線をはずし、部屋を見渡す。
そこには哀れんだ目で見ているスティングと・・・・・・
―――――― あれ・・・?
あることに気づく。
わたしは先にスティングの部屋で待ってるから
今朝、部屋に来たナチの言葉を思い出す。だとすると、スティングの部屋にいるはずだが・・・。見渡しても、ナチの姿はどこにもない。
「ディクス・・・?」
寂しそうにシャーリーンが呼びかける。その見上げている瞳をじっと見つめた。シャーリーンの目は潤んでいる。
ディクスはその瞳をとにかくじーっと見て放さなかった。
そして、不意に笑みを作る。
「―――――― 分かった。負けたよリーン・・・」
軽くため息をつくも、ディクスはまんざらでもなさそうだ。その様子を見ていたスティングは驚いた表情をした。
ディクスは握られていた手を、握る手にかえ、もう一歩シャーリーンに近づいた。
「こんな俺でよければ一晩中・・・いや、これからずっと、時の果てるまで共に歩こう!」
ぎゅっとシャーリーンの手を握る。シャーリーンは相変わらず潤んだ瞳をディクスに向けたままだ。
二人の顔は急接近しつつある。
スティングは声をかけることも出来ず、あわあわしているだけだ。
「・・・愛してるよ」
もうやばいところまで近づいた時、ディクスはつぶやくようにそう口にした。
「・・・・・・・もうっ・・・駄目!!!」
どかっ!
シャーリーンの垂直に伸びた手がディクスの首を直撃した!
ぐきっ、がすっ!
勢いよくディクスは壁にめり込んだ。
「は〜っ、は〜っ!!」
肩で息をしながらシャーリーンがディクスをにらむ。
「痛いだろうがっ!!」
壁から顔をはずしたディクスが怒り口調で叫ぶ。
「この変態!」
「誰が変態だ!人をおちょくりやがって!!」
ディクスがナチをにらむ。・・・そう、幻術でシャーリーンに扮したナチュラルを。
視線をはずせば、スティングも笑いをこらえて口元をぴくぴくさせている。
「おーまーえーらーぁ!!!」
「何よ!最初から幻術見破れなかったディクスが悪いんじゃない!見破れたら無様な格好見せることもなかったのに!」
「何でそんな悪知恵だけは働くんだ・・・?お兄ちゃんはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」
部屋にナチがいないことを知ったその瞬間。ディクスは目の前のシャーリーンがナチであることを確信したのだ。苦手としているシャーリーンをスティングがそうやすやすと部屋に入れるわけがない。
冷静になって考えれば分かることではあるが、ナチが扮したシャーリーンを見て、気が動転したのだろう。散々遊ばれてからようやく罠にはまったことに気づいたのだ。
「ブレイク・・・!何よ、"愛してるよ・・・"なぁ〜んて!正体分かってるくせによくそういう台詞が出るわね」
ナチが術を解く。それと同時にシャーリーンの姿はナチに変わった。その顔は真っ赤だ。
まさかディクスがそんな台詞を吐くとは思わなかったのだろう。兄とはいえ、恥ずかしかったようだ。
「ふんっ!俺を馬鹿にした罰だ!人のピュアな心を弄びやがって・・・スティング、お前もだ!手ぇ貸しただろ!」
ナチの術は完璧だった。声さえも・・・だ。しかし、これだけの術を完璧にこなすのはナチの術力ではまだ不十分、スティングの手助けで実現したものだった。
さすがにスティングの手助けはディクスを翻弄したようだ。
「でも、スティングの術力と、わたしの演技力でばっちりだませたわよね〜!」
ナチはスティングにガッツポーズをとる。するとスティングは苦笑いをした。
「昨日駆けつけなかった罰よ。これでおあいこね!それに・・・、さっきのことで免疫力ついたでしょ?これで何をされても平気ね!」
「ぬわぁ〜にが免疫力だ。俺死ぬ思いしたんだぞ!ああいうシチュエーションが一番苦手なの知ってるくせにとんでもない妹だな」
相当怒っているようだが、嘘である事がわかり、安心したところでディクスの怒りも半減したようだ。
ぐったりとした様子で椅子に腰をかけた。
「でも、ディクス。本番はこれからです。ナチの演技は僕が教えたものですけど―――――― でも、本当にあれくらいのことはしてきます。だから、注意してください」
―――――― 本番って、お前・・・
言われて泣きそうになる。
「わたしはスティングのほうを援護するけど、ディクスは自分の身は自分で守ってね」
「・・・わかってるよ」
一日はまだ始まったばかりだ。
なのにペースを乱されまくりのディクスは早々に疲れていた。
そう、昨日のスティングと同じ状態。彼の気持ちがよくわかったような気がする。
「それでなんだけど、今日は昼食を一緒にとった後、まずはエントランスブルーの視察よ。もちろんわたし達も同行することになってるから。はい、これ今日のスケジュール表」
ナチが一枚の紙を渡した。今日のスティングのスケジュールの一覧だ。
それを見る限りでは夕食まではどうしても彼らと一緒にいなければならないようだ。
「―――――― 厄介な仕事を請け負ったな・・・」
「報酬は破格だったもんね。でも、ほんの少しの間だから、がんばるわよ、ディクス!」
ナチが元気付けるも、ディクスは早くもギブアップ寸前。返事もせず、ただうなずいただけだった。


朝食も取らず、ディクスはセカンダリの待つ館に向かった。セカンダリは、彼らの体では狭い館の中でおとなしく待っていた。
「レクサス〜、俺、お前と一緒にいるほうが百万倍楽しいよ・・・」
レクサスの背中にぐでーっとねそべって、ディクスは泣き言を言った。
すると、ディクスの心労が分かったのか、レクサスは首を出来るだけディクスのほうに向けると、同情するように小さく鳴いた。
「俺、こんな所でこんな事してる場合じゃないんだけどなぁ」
珍しく弱音を吐く。よく考えたら最近、自分の目的と大きく外れたことばかりしている。
この国の貴重な蔵書質もあさり続けてはいるが、フォースに関する貴重な文献は数少ない。エルダスの神殿で、フォースはあるべき場所に集まるといわれたものの、実感も、集まるような前触れもなく、同じ数のままのフォースに正直ヤキモキしていた。
「あ〜あ〜っ」
ため息混じりに大きな声を出した時だ。
「なーに、落ち込んでるのよ」
声が響く。上半身をだるそうに起こし、視線を巡らせたその先にはナチがいた。腰に手を当て、ディクスを見ている。
「ナチか・・・何か用か?」
「何か用か・・・って。そんなに落ち込んでるディクスを見れば誰だって声をかけたくなるわ」
言いながらセフィーロのそばに腰を落ち着ける。そして、顔を近づけてきたセフィーロとアクオスの頭をなでてやった。
「―――――― 俺、別に落ち込んでないもーん」
他人事のように答えたディクスにナチがむっとする。
「あのねー、一体何年一緒にいると思ってるのよ!知りたくなくてもディクスが落ち込んでるの分かるのよ!だったら元気付けてやるのが妹ってもんでしょうが」
「だったらなんであんな事するんだよ」
ジト目で見られ、ナチの頬に一筋の汗が流れる。
「だ、だから!あれは昨日の夜ディクスが来なかったお返しって言ったじゃない・・・」
ディクスが落ち込んでいるのは今朝のことが半分原因であることを分かっているようだ。さすがに悪いと思ったナチは声を小さくしてそういった。
「――――――― ごめんなさい・・・」
そしてぼそっとつぶやく。
「・・・ま、すぐに見破れなかった俺も悪いさ。気が動転してさ。こんなんじゃマスターの称号は取れないってね」
「そんなことないわ!そりゃあ、フォースの事を調べるっていう目的あるけど。でも、わたし今の生活結構好きよ。旅するのも楽しいけど、このデルタでもいろんなことがあって。セカンダリを育てる大役だって普通じゃ絶対に出来ない事なのよ」
「・・・・・・そうだな」
「だからもうちょっと頑張ろう?そうしたらきっとディクスの知りたいこと見つかるから。わたしもそのために頑張るから」
不安げにディクスを見ている。珍しくネガティブになっているディクスを心配に思っているのだろう。
―――――― 参ったな・・・
そんなナチを見て困惑する。恐らくこのまま沈んだ気持ちでいれば、ナチも同じ状態になりかねない。
これからの事を考えるとどうしても後ろ向きになってしまいがちだが、そうも言ってられないようだ。
「ナチ」
「ん・・・?」
レクサスから体を離して立ち上がる。
「朝飯食ったか?」
訊いたディクスにナチはきょとんとした表情を見せる。
「ううん。まだ食べてないわ」
「そっか。なら俺が作ってやるよ。甘い玉子焼き、好きだろ?」
言いながらコートを脱ぐ。適当なところにかけると、いつの間に持っていたのか、愛用のエプロンを身につけた。
立ち直りが早い事は分かっていたが、今回はちょっと違うようだ。落ち込んでしまったナチが逆に心配され、ディクスは立ち直ろうとした―――――― その事に気づき、ナチはまた心配をかけてしまったと反省する。
同時に、思いやってくれる兄に感謝をした。
――――――― ディクス・・・、有難うね
心の中でつぶやく。
「呼んだか?」
ディクスが振り返る。
「―――――― ううん、呼んでないわ」
笑みを浮かべて答える。
・・・・・・口ではね。
そう付け加える。
「わたしも手伝うわ。玉子焼きくらい作れるもん」
「本当か〜?ならやってみろよ。俺が見ててやるから」
「いいわよ!すっごく美味しいやつ作ってやるんだから!」
ナチは元気にそう答えたのだった。
館の中に甘いにおいが立ち込める。
セカンダリもたまらなくなったのか、狭い扉から中をうかがっている。
「ま、七十三点って所かな」
一切れ食べたディクスがもぐもぐしながら言う。
「後の三十点が気になるけど・・・でも、いいわ。七十点取れたんだもん」
初めて玉子焼きを作った時は十点だった。玉子焼きを甘く見るな!と怒られたのもこの時だ。
ディクスは玉子焼きには何か思い入れがあるのか、この料理に関してはやたら口うるさかったのだ。今回七十点の高得点をもらえて、ちょっと嬉しく感じた。
口元にちょっと笑みを浮かべ、同じように香ばしく焼き色のついた玉子焼きをほおばる。
程よい甘さが彼らの疲れを癒す。いつ食べても懐かしさの残る味だ。
セカンダリもおいしそうに食べてくれた。
軽く腹ごしらえをしたところで彼らは再び館を出た。
彼らの仕事を全うするために。
何が起ころうとも、それを乗り越える自信があった。それが消えてしまわぬように、心にしっかりと言い聞かせ、仕事の二日目に突入したのだった。



第24話 第26話
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