D.Force The Second Chapter
Force-4

NotFound


「どうかしたのか?」
目の前で微笑んでいるナチに声をかける。いつになく優しい笑顔。
「そんなところにいないでこっちに来いよ」
しかし、目の前のナチはその笑みを張り付かせたまま動こうとしなかった。
「しょうがないなぁ・・・」
動かないナチのそばに寄り、その腕を取った。ナチの白い、細い腕を引いた時だった。その感触は幻のものに変わる。
――――― えっ・・・?
腕をつかんでいるはずの手を見る。しかし、そこに腕はおろか、ナチ本人さえいなかった。
不意に、背後からの気配に気付き、振り向く。
「ナチ・・・?」
その先にはやはり笑顔のままのナチがいた。
今、確かにここにいたのに・・・確かに腕をつかんだはずなのに・・・
「一体どうし・・・」
「・・・んね」
ディクスの声をさえぎってナチが何事かつぶやいた。
「ごめんね」
今度ははっきりそう言った。わけがわからずナチを見つめる。
「何言ってんだよ。いいからこっち来いよ。帰ろう」
ようやく反応を示してくれたナチに表情を微笑みに変える。しかし、手を差し伸べたディクスにナチは首を振るばかりだった。
「ごめんね」
ナチはまたその言葉を口にした。そして、あふれる涙。
「ナチュラル・・・・?」
寒気が走る。今までにない焦燥感。そして危機感・・・。
「ほら、エルダスでスパゲティが食べたいとか言ってたよな!俺のとっておきのソースをからめた最っ高のやつ作ってやるよ。だから・・・」
ナチの涙が一粒頬を伝い、地面に跳ねる。・・・赤く染まった地面に。
・・・・血・・・!?
「ナチュラル!」
それを追っていた目を上げる。
しかし、そこにはすでに何もなかった。視界に入るのは鮮やかな血の池。
言いようのない不安がディクスを襲う。
今、振り返っても。どんなに血眼になって探しても・・・ナチは見つからないという確信が生まれる。
馬鹿な・・・・!
恐怖に駆られ体が動かない。
「!?」
体に走る衝撃。腹部に感じる熱いうずき。
「ナチュ・・・ラル・・・・?」
搾り出すようにその名を口にする。そして、ディクスはその場に崩れた。


夜、借りた本を書庫に戻そうと宮殿内を歩くアルバートがいた。
その書庫は建物からだいぶ離れたところにあった。長い回廊、人口庭園、大理石が美しい巨大な噴水。
移り変わる景色を抜け、やがて暗い書庫にたどり着いた。
鍵を開け、用を済ませた。その時だった。
「!?」
不意に頭が何かに汚染されるような感覚に頭を抑える。
・・・・これは・・・
思い当たることがあった。
「幻術?」
幻術とは自分のイメージを相手の頭の中に強制的に送り込み、錯覚させる精神汚染の一種だった。かかれば、その人物にはそれが本物に見える術。
この術ほど恐ろしいものはなかった。アルバートはその術の発動を感じ、戦慄した。
波動は薄いものだった。だが、すぐ近くで誰かが発動したのは確かだ。誰かの術の練習中ならそれでもいい。しかし、侵入者だとしたら・・・・?
幻術を発動した術者がいると思われる場所に急いだ。
そして、程なく開けたところに出た。そこは術を開発するために設けられた広場。
暗がりでよく見えない。だが、そこはいつもと違う雰囲気を漂わせていたのは事実だった。直感的にそれを察し、自然と身構える。
冷たい風に運ばれてくるかすかなにおい。――――― 血の混じった夜の風。
「誰かいるのか!?」
思わず声に出して飛び出す。顔をめぐらし、何かがうずくまっているのを発見した。
息を呑み、ゆっくりと近づく。
手元の光球をうずくまっているものに向けた。
「!!」
金髪の少女。わき腹を押さえ、うずくまるようにしてその場を動かなかった。そしてその腹部。巨大な氷の刃が貫いていた。月と、光球の光を一身に浴び、不気味に反射している。
地面には刃の先を伝って流れ落ちている鮮血。少しずつ地面を染めていた。
その周囲。何者かと争った傷跡が生々しく残っていた。焼け焦げた地面、術者の命によって隆起した大地・・・
「きみっ!」
声をかけるがぴくりとも反応しない。緊張した面持ちで伏せている少女の顔に耳を近づける。
かすかに聞こえる小さな吐息。
――――― 生きている・・・
安堵のため息を漏らす。
他に腕の傷以外は目立った血の流れは見当たらないし、吐血もしていない。刃が刺さっている状態、そして、その刃が氷であったことが幸いしたのか、出血は最小限にとどめられているようだった。
とはいえ、死がやってくるのは時間の問題だった。
・・・これをどうにかしなければ・・・・
アルバートは冷たい氷の刃に手をかざした、と同時に、それは一瞬に気化した。間をおかず、傷口に手を当て、癒しの術を解き放つ。
「命あるものの源、癒しの源よ。その大いなる力をもって傷つきしものに再び力を!」
淡い光がアルバートの手から漏れる。それから、傷が完全にふさがるまで術を解き放ち続けた。全身全霊を込めて、傷口に癒しの力を送る。
大分時間が経過した。術を封印し、かざしていた手をよける。
傷口はふさがっているようだった。血はこびりついているが、既に乾き、出血は完全に止まっていた。
「・・・」
緊張から開放されたアルバートに疲労が襲い掛かる。久々に長時間高度な術を使ったせいか、息が荒いようにも感じる。
大量の出血を免れることのできたその少女は、徐々に呼吸も安定したものになっていった。脈も正常に戻ってきているようだ。
・・・これならもう動かしても大丈夫だろう。
アルバートはその少女を仰向けに寝かせると、羽織っていたオーバーコートをかけ、抱き上げた。


がばっ
ナチを失い、そして腹部に受けた衝撃に崩れたはずのディクスは、宿舎の床から勢いよく身を起こした。
・・・・夢・・・?
暗闇に包まれている部屋を見渡す。他の四人は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
ナチがいるべき場所を恐る恐る見る。しかし、そこには何もなかった。丁寧にたたまれた毛布だけ。
結局、昨日夜遅く夜間練習に出ると言って部屋を出たナチは、十二時を過ぎても戻ってこなかった。子ども扱いしないと言った手前、迎えにわざわざ行くのは少し煙たがれるだろうと思った。
だから帰ってくるまで起きて待っているつもりだったのだ。けれどいつの間にか眠ってしまったようだ。
くしゃくしゃになった髪をかき上げる。
・・・一体どこに行ったんだ・・・
煙たがられてもいい、ディクスは静かに立ち上がると何も羽織らずその場を後にした。


日の光がまぶしい・・・・・・
確かにそう感じた。
・・・死んでもこの五感って消えないのかなぁ・・・
他人事のように思う。腹部に受けた大きな傷。それが原因で自分は死んだ。
痛みも悲しみも迷いも・・・そして、楽しみも幸福も思い出も何もない死を迎えたはずだった。
なんだ・・・死ぬことも生きることも一緒じゃない。
死んでもなお感じる不快さに、いるであろう神様を恨んだ。
腹部に痛みを感じていた。しかも、その痛みが徐々に大きくなっている。
・・・・・・おかしいなぁ・・・もしかしてここって地獄・・・?そうだよね、今までわたし皆に迷惑かけてきたんだもん。地獄に落ちたって全然不思議じゃないわ。
そうは言うが、あまりがっかりしている様子はない。
あの時死さえ受け入れた。だから、何事も受け入れる自分がここにいた。もう、迷わない。
・・・・ラル・・・・
自分の名前を呼ぶ声。
――――― チュラル
・・・あれ?誰か呼んでる・・・それに、この声知ってる気がする・・・誰かに似てる・・・
それはわたしがよく知っている人物・・・
ディクス?
・・・ううん、違う。この声は・・・・・
「ナチュラル!」
はっきり頭に入ってくるこの声。ナチはうっすらと"目"を開けた。
瞳に映る懐かしい顔。
スティング・・・・?
――――― やっぱり・・・ね。なんだぁ、どうしちゃったの?もしかしてスティングも死んじゃったの?髪切ったんだ。わたし長いきれいな髪好きだったんだけどなぁ。でも、スティングって髪黒かったっけ・・・?それに赤い瞳が・・・
自分の知っているスティングとは違うその顔をぼんやりと見つめる。
「よかった・・・死んだのかと思った」
ぼんやりと見える人物がそう言った。
・・・死んだのかと思った・・・って、スティング・・・わたし実際に死んじゃったんだよ。
「オリヴィア、フィオールに伝えてくれ」
フィオールって誰?ああ、そっか・・・スティングの婚約者か何かね。死ぬ前に一度あっておきたかったなぁ。スティングのことだからきっと綺麗で可愛い女の人が相手なんだろうね。
勝手につらつらと考える。
「容態を聞きたい。体起こせるか?」
あのねぇ、死んでるのに体があるわけないじゃない。無理言わないでよ。
一体何を言っているのかと文句を言いたい自分の背中に手が入ってくるのを感じた。
あ、あれ!?
その感触に激しく動揺する。
どうして・・・?わたし、死んだはずじゃ・・・
次の瞬間、腹部に激痛が走った。
「っつ!!」
思わず声を上げ、苦痛に顔をゆがませる自分に気づいた。
――――― 違う・・・わたし・・・
その痛みに懐かしささえあった。その事実を認識すると同時に失われていた視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・・・五感の全てが完全に戻る。ぼんやりとしていた視界も取り払ったようにクリアになった。
「!――― すまない。・・・・まだ傷は完全にふさがってなかったか・・・」
目の前の人物が慌ててナチを寝かせる。
ナチは痛みに硬く閉じたまぶたをゆっくりと開けた。視界に入る人物。
漆黒の髪、鮮やかな緑の瞳。それはどうみても・・・
スティングじゃない!!
激しく勘違いしていた自分に、動揺は激しくなった。
ああ!よく考えたらこんなところにスティングがいるわけないじゃない!!ばかばかばか!!
振り切るように頭を振っているナチを見、アルバートが不思議そうな顔をした。
でも、ここどこ・・・?
「その様子なら回復も早いな」
視界がさえぎられたかと思うと、額に心地よい冷たさを感じた。
「熱も引いてる。・・・君は院生候補生のナチュラル・クロードだね?」
そうよ。
と答えようとして、口をとざした。腹部の痛みからだった。
「無理にしゃべらなくて良い。君の事は大体わかっているから」
そうか・・・わたしを助けてくれたのこの人なんだ。
アルバートの顔をうかがい、そして、見渡せる限り、部屋の中を目で追った。
もしかして宮殿の中?・・・この人スティングに似てる・・・親戚か何かかな。
「私の名前はアルバート。昨日とおりがかった所を倒れている君を見つけたんだ。最初は死んでいるのかと思ったけどね。回復してよかった」
アルバートは手近なところにある書類に目をやった。
「ナチュラル・クロード。出身は・・・ディスティールか・・・。今の戸籍はリスタル。兄が一人いるようだが」
あ!しまった!ディクスのこと忘れてた!!!あああ〜、怒ってるだろうなぁ・・・
不安げな表情に変わったナチを見てアルバートが察す。
「大丈夫。後で使いのものを君の兄上に・・・」
「駄目!!」
傷のことも忘れ、思わず体を起こして拒否する。
「いたたたた・・・・・」
「気をつけないとせっかくふさがった傷が・・・」
体を折ったナチの肩に手を置き、アルバートは再び寝かせようとしたが、ナチはそれを断った。
「だ、大丈夫です・・・起きた方がしゃべりやすいですし・・・」
深呼吸をする。
「わたしの名前はナチュラル・クロードです。今回は死にかけているところを本当に有難うございました」
今できる精一杯の礼をする。
「単刀直入に訊こう。昨夜何があった?何故そんなに大きな傷を?」
「それは・・・」
――――― 苦しんで死になさい
冷たい・・・ミレナスの声。
「よくわからないんです。兄に許可を貰って、あの場所で夜間練習していたら・・・突然奇襲攻撃を受けて・・・すぐに戦闘態勢に入ったのはよかったのですが、最後で油断してしまって・・・」
「相手は幻術を使ったね?」
「ええ、使ってきました」
嫌な記憶が鮮明に思い出された。
あの時油断したから・・・!もう二の舞にはならない!
再戦に望みたいという強い思いがこみ上げる。だから影の正体を知っていてもなお、それをアルバートに明かさなかったのだ。
アルバートはナチの話を聞き、神妙な面持ちだった。
「やはりそうか・・・」
この少女はデータからして、だいぶ高度な術を使うことができるらしい。そして犯人は、この宮殿内に侵入し、そんな院生候補者の少女を瀕死に追い込むほどの手練・・・
不意に思い出されるデルタの連続殺人事件。次々と殺された術をたしなむ女性達。
そして、今回。四人目が・・・
このナチュラル・クロード・・・か。
目の前のナチは布団をめくり、傷口を確認しようと試行錯誤している。
「あまり負担をかけないほうがいい。さあ、横になって。私が見よう」
普段は嫌がるところだが、今はそれどころではなかった。一刻も早く傷を治さなければならない。
「・・・見た目にはなんともなさそうだが・・・また治癒の術をかけておこうか」
そう言うとアルバートは水晶のかけらを手に取った。
「体を落ち着けて、力を抜いて」
ナチは言われたとおりに横になる。
「命あるものの源、癒しの源よ。その大いなる力をもって傷つきしものに再び力を!」
アルバートの口からつむがれる懐かしい言葉。
・・・スティングの術と同じだ・・・
体が優しい光に包まれるような感覚。それを感じながらナチは再び眠りについた。


「クロードさん、ナチュラルさんどこにも・・・」
宮殿内を、また、デルタのあらゆるところを探してもナチは見つからなかった。四人に協力してもらい、方々を探し回ってもらっていた。
そして、最後に戻ってきたアッシュ。
「見つけきりませんでした」
すまなそうに謝る。これで全てだった。
ずっと頭から離れないあの夢。鮮明に残っているあの言葉。
――――――――― どこに行ったんだ・・・・!!
頬にあたる日の光が熱い。真っ赤な夕日がデルタを染めていた。今朝、起きてからずっと走り回っている。
なのに、ナチの手がかりは一向につかめなかった。
「クロードさん・・・部屋に戻ってみませんか?もしかしたらナチュラルさん、戻ってらっしゃるかもしれませんよ」
だいぶ疲れの見えてきたディクスを心配したアッシュがうながす。
「・・・わかった・・・ごめんな、皆に心配かけて・・・」
もしかしたら・・・・
消え入りそうな希望を胸に、ディクスは一度宿舎に戻った。
頼むから姿を見せてくれ・・・!
心の中で強く思う。
「あなたがディクス・クロードさんですね」
それは、宿舎の手前だった。
身なりのきちんとした女・・・・アルバートの従者、オリヴィアがディクスに声をかけた。
「ああ、そうだけど」
目の前の女のことなど知らないし、今はそれどころではなかった。早く部屋を確認しようとノブに手をかけたときだった。
「ナチュラル・クロードさんのことでお話が・・・」
「ナチュラル!?」
言いかけたオリヴィアの両肩をディクスが強くつかむ。
「ナチュラルが・・・妹の居場所知ってるのか!?」
食い入るような瞳でオリヴィアを放そうとしなかった。突然の事にオリヴィアは一瞬たじろいだ。
「・・・こちらへどうぞ。ナチュラルさんはそこで静養なさってます」
「静養・・・・・?」
その意味がわからなかった。焦る気持ちを抑え、ディクスはオリヴィアの行く先を足早についていった。


・・・・ディクス、怒ってるだろうなぁ・・・なんて言い訳しようか?
夕暮れの外を眺めながら思い悩む。ナチは相変わらずアルバートの部屋で身を落ち着けていた。治癒の術で傷もほぼ完治したようだった。もう、痛みはない。
「ナチュラル、君は何故術を修得しようと思った?」
今日一日、部屋に留まっていたアルバートがナチに訊いた。
不意に訊かれ、ナチはしばし考え込んだ。しかし、思いついたように顔を上げると、
「兄に負けたくなかったからです」
そう答えた。
「わたし、小さいころから兄に迷惑かけてばかりだったんです。大人になったら術をたくさん勉強して、兄に負けないくらいに立派な術者になって・・・自立できるようになりたいってそう思って・・・。いつでも兄が基準で、わたしの目標なんです」
まっすぐな目でアルバートを見る。
「もう大人なのに、まだ迷惑かけてばっかりですけど」
苦笑する。
「旅をしていた・・・そう言っていたね。術のために?」
半分は術のためだった。しかし、もう半分はディクスの能力、そして、フォースに関して研究をすることだった。それを正直に話すべきか少し迷った。
「フォースを探しているんです」
それだけ口にした。
「フォース?」
聞き返したアルバートに軽くうなずく。
「兄が、フォースのことを知ることが自分の存在意義のように感じているようで、それでフォースを集める旅をしているんです。全て集めれば何かわかるんじゃないかって」
フォース・・・を?
何故君の兄上が・・・?と訊き掛けてやめた。ディスティールの生き残りであることを思い出した所以だった。
「そうか・・・私に弟がいるんだが、その一人が確かフォースを持っていたな」
「ええっ!?本当ですか!?」
思わぬところにフォースがあるものだと驚く。
「ああ、父上から賜ったものだとか。しかし、君たちが会うのは難しいだろう。私でさえ、彼にはここ最近会っていないからね」
・・・そっかぁ・・・このアルバートって人も身分高そうだもん。弟もきっと身分高いんだろうなぁ。それに、わたしたちみたいな一般市民に会うような時間はないってね。
そう考えて少し残念に思う。
・・・それにセルディアさん、フォースは勝手に集まるって言ってたし、そのときになったらきっとどうにかなるわ。
それで気を取り直す。どんなこともプラス思考がナチのモットーだった。
「ところで、君の兄上は飛行術を使えるようだが・・・」
院生候補生の資料に目を通したアルバート。一番気になっていることを口にした。
飛行術・・・修得困難な術の代表だった。マスター取得の修得術目安表でも、レベル九に位置するほど難しいものだ。
「まだ若いのに本当に熱心だ。実は私も飛行術を修得しようと専念した時期があったんだがね。生傷は絶えないし、何より、全く進展がないからあきらめた術なんだよ」
実際のところもっと練習を重ねたかった。しかし、王位第三継承者の地位のアルバートに、周りのものが黙って見ているはずがない。
・・・もし、あのまま続けていたなら修得できていたかもしれないな・・・
「そのときは自分の術力を過信していたから、飛行術を扱える人物なんて存在しないと思っていたが・・・もし、この資料に間違いがないならその様子を是非見てみたいものだ」
そう言ってアルバートは笑った。
やっぱり・・・飛行術って難しいんだ・・・
あたらめてディクスがどれだけ優秀な術者であるか思い知らされた。
「他にもかなり高度な術が使えるようだね・・・術のバリエーションも非常に豊富だ。これに術者としての自覚があれば――――― もしかしたら君の兄上は学術院、開設以来の最短マスター修得者になるかもしれない」
さ、最短・・・!?
アルバートの言葉に冷や汗が出る。
ちょっと待って!わ、わたしは!?ディクスいないのに一人で学術院でひたすら勉強なの!?
「あ、あの・・・マスター修得ってどれくらいかかりますか・・・?」
「かなりばらつきはあるけど・・・学術院の生徒なら平均して六年だろう。今の最短は四年、最長は開設当初からまだここに残っているよ」
思わず血を吐きそうになった。
ちょっと待った!開設当初・・・って三十年!?
あまりに長い期間に、ナチは気を失いそうだった。
「学術院に入ったら、マスターの称号の修得が卒業条件だから。皆熱心に参加してくれているよ」
アルバートは笑った。
笑えないー!!
「衣食住、資料提供は全面的にこちらがバックアップするけれども、時々は依頼をこなしてもらって、働いてもらってる。術を使うものだから、難しいものではないけれど」
あうー・・・わたし一生ここで過ごすのね・・・
一人呆然とする。
「まあ、そんなに落ち込まないで。目安表は高度な術が羅列されてるけど、実際にはこんなにも高度な術は修得してないよ。マスターの称号というのは、術者としての自覚を、責任を持っているかどうかで与えられるもの。技術はその次だ」
・・・・え・・・?
「とはいえ、技術もそれなりに必要になってくるから、あえてこんなものを作ってるけどね。三十年も修得できないようなものは一生修得できないだろう。不純な動機では称号は取得できない」
そういえば、アッシュが術者に求められるものは人間性って言ってたけど・・・このこと?
「学術院の役割って何ですか?」
「学術院は術を学ぶものの拠り所。純粋に術を求めるもののために解放される機関。あくまでも、知識的な面でのバックアップでしかない。術者としての自覚を持てるかどうかは各個人にかかっているんだ」
術者に一番求められるもの。高度な技術の前に、術者としての自覚があった。
いつ何時、どう術を使うか、冷静な対処が求められる。
――――― 術力がどんなに強くても、それを正しい方向に導いてこその真の術者―――― 俺だってそれを成し得ているとは思えない。まだ中途半端な存在なんだよ。
ディクスがスティングに言ったこの言葉。スティングはこの言葉に感心したらしく、このことをナチにも話したことがあったのだ。
こういうことだったんだ・・・・
その真意が分かった気がした。
なんか・・・わたしって焦って術者に本当に必要なもの忘れてたんだわ。
そして、今回だって・・・・
手に力がこもる。
コンコン
部屋の戸をたたく音。
「アルバート様、お連れしました」
それは、ディクスを連れて来たオリヴィアのものだった。



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