D.Force The Second Chapter
Force-5
五人目のターゲット
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導かれるまま部屋に入る。 まず目に入ったのはたくさんの本が並んでいる巨大な棚。続いて、テーブルについている黒髪の男。 そして――――― 「ナチ!」 大きめのベッドで休んでいるナチの姿。 「ディ、ディクス!?」 両方、声を上げて驚く。 な、何でディクスがここにいるの!? ナチは思わずアルバートに目を向ける。 「君の兄上に容態を知らせることが私の責任だからね」 うあ〜!知らせなくていいって言ったのに〜!! にっこり笑ってさらっと言ったアルバートを少しうらむ。 「お前・・・なんでここに?静養って一体どうしたんだ!?」 まだ詳細は聞いていないらしい。 ディクスは急いでナチのそばに寄ると、予想通りの質問を投げかけてきた。静養という言葉がひっかかっているのか、両肩をつかんで問いただそうとしたいところを我慢しているようだ。 それを握りこぶしが如実に語っている。 「え、えーと・・・」 なんて説明・・・いや、言い逃れをしたら良いかわからなかった。ナチの予定では、傷が完治したらしれっと宿舎に戻ってくるはずだったのだ。 しかし、場所が悪すぎる。言い逃れは到底できそうになかった。 「怪我しちゃって・・・」 ぽつっと言った。 「怪我・・・?傷くらいなら俺がいつも治してやってるだろ?」 心配を散々かけ、さらに頼られていないことを憤慨した。 「ごめんなさい・・・」 「そんなことはどうでもいい!俺・・・本当に死んだかと思ったんだぞ!夢の中でお前が謝りながら姿を消したからもしかしたらって」 そこまで言うと、気が抜けたように床にへたり込んだ。 その場が落ち着いたことを確認すると、アルバートは席を立った。 「院生候補生のディクス・クロードさんですね」 「え?はい。私ですが・・・もしかして、あなたが妹を介抱して下さった方でしょうか?」 ディクスは何とか立ち上がり、向き直る。 「ええ。偶然通りがかったところで彼女を・・・詳しい話はこちらでどうぞ」 部屋を出るように促す。ディクスは不本意そうだが、話しを聞かないわけにはいかない。仕方なくナチをそのままにアルバートの後に続き部屋を出た。 部屋に残されたのはオリヴィアとナチ。 ナチはディクスが出て行ったのを確認するとため息をついた。 「お兄様、とても心配してらっしゃいましたよ」 ナチの様子を見ていたオリヴィアが苦笑する。妹を心配する兄の気持ちも、兄の心配が余計だと感じる妹の気持ちも察しているようだ。 「立てますか?話が終わる前に準備を済ませてしまいましょう」 促され、ナチはうなずいた。 「四人目・・・?」 アルバートの所有する応接間。ディクスは信じられないという表情を隠せなかった。 ナチが何ものかに深手を負わされ、瀕死の重傷であったという事実。それだけで気を失いそうになったというのにだ。あらかじめターゲットにされていたナチ。 ディクスは激しい憤りを感じていた。 「ええ、恐らく。ここデルタでは数ヶ月にわたり殺人事件が発生しています。いずれも、女性。さらに共通して、ある程度術をたしなんでいるという点があります。そのほとんどが院の受験を希望していた女性でした」 「しかし、ナチが・・・妹が街中で術を使った事はないはずです。宮殿内の、与えられた場所でしか使わないように言い聞かせてましたから」 ・・・ナチが術者であるという事は町の中ではわからないはずなのに・・・ そこまで言えば犯人はしぼられたものだった。 「・・・犯人は宮殿内のもの・・・では?」 ディクスが口にする。それなら全てがつじつまがあう。夜間の厳戒態勢を潜り抜けた疑問。 そして、この宮殿内ならナチほどの術者を追いやるほどの手練がいる。 「私が言うのもなんですが・・・妹はそこら辺の術者よりも高度な術が使えます。戦闘に関する心得も技術も、それなりに教え込んできました。そう、簡単にやられるとは思えません」 決して過信ではなかった。ともに、多くの戦闘を経験してきたのは事実だ。 「あまり考えたくありませんが・・・どうやら犯人はこの宮殿内にいる可能性が高いのではないでしょうか。そして、高度な技術を持つ術者・・・」 ディクスの言う事を鵜呑みにするわけではない。だが、鵜呑みにすればつじつまが合う。 ・・・なんということだ・・・ アルバートは目を伏せた。 犯人がどこにいようとも捕まえる必要がある。例え宮殿内の者であろうと、解決させねばならない一大事だ。 「クロードさん、ご安心ください。我々が全力を尽くして犯人を探し出します。二度と手出しはさせません」 しかし、ディクスにはほとんど聞こえていなかった。 ・・・絶対に俺が叩き潰す! 静かな、けれども計り知れない大きな怒りが、ディクスの心の中に渦巻いていた。 「ねえ、だから大丈夫だって!下ろして!!」 耳元でぎゃーぎゃー騒ぐナチ。 「傷に触るだろ!!」 ディクスは腕でナチの足をしっかり挟んで離さない。 「アルバートさんに治してもらったもん!大丈夫だって!この年でおんぶなんて恥ずかしいんだって!」 それでもやはりディクスは離してくれそうになかった。アルバートのコートは借りたまま、ディクスにおんぶされているナチ。 は、恥ずかしい・・・! 通り過ぎる人みな、二人を何事かと興味深げに見ている。辺りが暗くなってきたとはいえ、目立つのは確かだった。 「なあ、ナチ。犯人の顔見なかったのか?」 不意にそんな質問を投げかけてきた。ディクスの背中にいては、顔をうかがい知ることもできない。 ――――― 敵討ちに行くつもりなんだ・・・ ディクスのことだ、犯人がわかれば自分を投げ捨ててでも倒しにいくだろう。そう確信を持つ。 「ううん、暗かったから・・・わからない」 ――――― 顔は・・・顔は見なかったもんね、嘘はついてないわ。 「・・・そうか」 ようやく宿舎が見えてきた。その前で右往左往している影が一つ。 「ナチュラルさん!」 二人の姿を認めると走ってやってきた。 「見つかったんですね、よかったです〜」 満面の笑みを浮かべる。しかし、疲労の色が濃いのは目に見えてわかった。 「アッシュ、ごめんね。わたしが勝手なことしたから・・・」 ディクスの背中を下り、謝る。それにアッシュは首を振って否定した。 「そんなことないですよ!ボクだけじゃない、みなさん心配されてましたよ。でも、よかった!ボク本当に心配で・・・」 そして部屋に戻った。同じように笑顔でナチを迎えてくれた。 「お帰り!ナチュラル!オレ、逃げ出したんじゃないかって冷や汗かいたぜ」 「お帰りなさい、ナチュラルさん。ディクスさん本当に心配してらしたんですよ」 「ほお、帰ってきおったか。まあ、若いうちは何事も経験じゃな」 口々にいう三人に、ナチは謝り、礼を言って感謝をあらわした。 「ところでナチュラル、一体どうして帰ってこなかったんだ?」 スレイドの疑問。ディクスとナチは一瞬口をつむぐと、四人に円陣を組むよううながした。 それから一時間。部屋は重々しい雰囲気に包まれていた。 「つまり・・・その犯人がナチュラルがまだ生きているということを知れば、再び襲ってくるとも限らんということじゃな」 自分で用意した茶をすすりながらフィルジアが言う。 「じいさん・・・被害者目の前にしてそういうこと平然と言うなよ。ナチュラル、殺されかけたんだぜ?」 他人事のようにいうフィルジアに、スレイドが非難の声を上げた。 「わたしは大丈夫です。もう傷も癒えましたから」 「こんなこというのは酷かもしれませんけど・・・犯人を捕まえるまで、ナチュラルさん身の回りに十分気をつけたほうが良いでしょうねぇ・・・」 「それは大丈夫だ。俺がいやでもついて回るから」 マインにディクスが親指を立ててアピールする。 ・・・・そっちのほうが嫌なんだけど・・・・ ナチが心の中で強く思う。 「ディクスがいないときはオレたちがいるからな。大丈夫だろ。少なくとも昼間はここらへん人多いし、夜間に出たりしなければ大丈夫さ」 「ボクもです!これでもマスターを目指す術者の端くれ・・・女性一人守れなくてマスターの称号は得られません!」 意外と熱血なのか、アッシュは握りこぶしを固めて決意する。 「モテる女はつらいのぉ〜」 アルコールが入っているわけでもないのに、フィルジアは顔を赤くしてナチをつついた。 「あ、ありがとうございます・・・・」 「ともあれ、ナチュラルさんだけでなく私たちも警戒した方がよいですね。男が襲われないとも限りませんし・・・」 マインの言葉にその場の皆がうなずく。しかし、ナチだけは一人だけひっかかっていた。 ――――― 穢れた女・・・ 自分が倒れた後、突きつけるように放たれたあの一言。それが何を示すのかわからなかった。少なくとも、女に対して何か恨みを持っているのは確かだった。それに連続事件が彼女であるなら、その一言は重要な動機の鍵となる。 友達に彼氏を持ち逃げされたとか? ありそうなパターンを考える。 「やっぱり犯人は男なんでしょうね・・・女性ばっかり狙うなんて」 図書館で毎日新聞を読んでいたアッシュ。彼はその連続殺人事件の犯人は男だろうと予想していた。そして今回、ナチが襲われたということを知り確信となったようだ。 「だろうなー。その犯人、弱いものいじめが趣味なんじゃねぇの?弱者をいじめてない力を誇示するようなやつ」 あぐらをかき、腕を組みながらスレイドが推測する。 「私としては、術を扱える女性に何らかの恨みを持つ男性だと思うんですよねぇ」 「だったら狙われるのはナチでなくても良いはずだろ?デルタには術を使う女はたくさんいるだろうし」 ディクスが口を挟む。 「これ以上強くなければならないという基準があるとか?」 と、アッシュ。 「うーん・・・」 言われてディクスは黙ってしまった。 違うわ・・・ 心の中でつぶやく。 彼女は女性に恨みを持っているのは確か。けれど、術がどう絡んで・・・・ そこまで考えてあることを思い出した。 ――――― 院生失格ね・・・神聖な場所に穢れた女はいらない・・・ まさか・・・!! ミレナスは女性が院に入ろうとするのを邪魔している・・・!? 思い付きが確信にかわる。 それならば、ある程度術が使える女性が殺され続けている疑問も片付く!ただ術を扱えるだけじゃない、院に入る可能性を持つ術者を狙ってたんだわ! 思わず口元に手を当てうつむく。 「ナチ、傷が痛むのか?」 難しい顔をしているナチを心配したのかディクスが覗き込んだ。 「ち、違うの。なんでもない・・・」 あわてて否定する。 彼女はわたしが生きている事実を知らない・・・もし、他に院に入る可能性のある女性を見つければ、その人が次のターゲット!! 体がわずかに震える。五人目の被害者を出すわけにはいかない。 ナチは一人強くうなずくとその場を立ち上がった。 「ナチ?」 急に立ち上がったナチに、ディクス自身も思わず立ち上がる。 「お兄ちゃん、トイレ行くから着いて来て!」 アルバートから借りたままのオーバーコートを、そして、ディクスの腕をつかみ、ナチは外に出た。 「ナチ、トイレはそっちじゃないぞ」 何故か宮殿の中心に向かって歩き出したナチにディクスが声をかける。 「ディクス!全部話すから!」 短くそう言った。 「全部・・・?」 わずかに眉をひそめると慌ててナチの後を追った。 急ぎ足で歩くナチ。 急がなきゃ!! やがて警備が厳しい、中心の建物へ続く道へと出る。そこでナチは立ち止まった。 「ナチ、こんなところまでどうしたんだ?」 アルバートのコートで顔を覆うようにしているナチにたまらず訊く。 「ちょっとこっち」 茂みにディクスを呼ぶと身を低くした。 「全部話すってなんだよ?」 「・・・五人目が狙われるわ」 声を潜めてそう言った。 「何言ってるんだ?」 「わたし、犯人のこと何もわからないって言ったけど・・・けど、考えてみて動機がはっきりしたの」 そこで自分が推測している犯人の動機を全て話す。ちなみに犯人が誰であるということは一切話していない。 「確かにつじつまはあう・・・でもな、なんでこんなところに・・・」 一通り話しを聞いたディクスだが、なぜナチがこんなところまで来て話している理由がわからなかった。 「ねえ、これ以上犠牲者を出したくないでしょ?誰かが死ぬの見たくないでしょう?」 真剣なまなざしのナチにうなずく。 「わたしもいや。初めて死を間近に経験したけど・・・本当に痛かった、つらかった・・・」 「・・・・」 「だからこんなこと二度と繰り返したらいけないのよ!だから、わたし・・・」 深呼吸を一つ。 「もう一度死ぬわ」 ――――― しばらくの沈黙 「何言ってるんだ、おまえ・・・」 最初は冗談かと思った。しかし、ナチの目はそう語ってはいない。 「聞いて!・・・わたしが死んでいるということを犯人に信じ込ませたいの!本当は生きているってばれてもいい。けど、もう院にはいかないという確信を犯人に植えつけたいの。わたしはしばらく行方をくらますわ。そうしたらきっと五人目を見つけ出して、その人を襲うと思うの」 「でも、いつ五人目に襲ってくるかわからないぞ。時間がかかりすぎるよ・・・」 突拍子もないことを言ったナチにディクスが困惑して答える。 「だからこっちから五人目を出せばいいのよ」 「まさかお前・・・」 ディクスがナチの言わんとしている事を察す。それを見てナチは不敵に笑った。 ――――― そういうことだから・・・アルバートさんにこの事話してきて!もし了解してくれたらわたしすぐにでも実行するから! そういわれてディクスは今ここにいる。アルバートからもしものためにと貰った城内出入りの許可書を提示し、ディクスはアルバートを探した。 それにしてもナチのやつ・・・何てこと考えたんだ・・・ 我が妹ながらあきれたやつだとため息をつく。ナチが犯人にリベンジしようとしているのは明らかだった。もしかしたらナチは犯人の正体を知っているのかもしれない。 ディクスがこの計画を跳ね除ければ、恐らくじきじきに出向いて再戦を申し込むところだろう。 ・・・誰に似たんだか 「クロードさん?」 庭園をうろうろしているときだった。 「また何かありました?」 探していたアルバートがそこにいた。 「アルバートさん、実は・・・」 長話になりそうだと察し、庭園の一角にあるテーブルにつく。暗がりで他からはなかなか見つかりそうにない場所。 ナチが計画し、実行しようとしていること全てを漏らさず話す。アルバートは何も言わず、ただじっと聞いていた。 「ご助力願えませんでしょうか?」 迷惑をかけていることは重々承知だった。だが、学術院の最高責任者であるアルバートなしに、この計画は成り立たない。ディクスはダメ元で頼み込んだ。 「ええ、いいでしょう。協力させてください」 意外にも、アルバートは二つ返事で承諾してくれた。予想外に早い決断にディクスが驚く。 「本当ですか!?有難うございます!」 「私たちもどう犯人を見つけ出そうか困っていたところなのです。少しでも捕まえられる可能性があるなら、援助は惜しみません」 頼もしいことを言ってくれた。感動してディクスが滂沱する。 「で、でも・・・ナチュラルさんのほうは大丈夫ですか?私はそっちの方が心配で・・・私の知り合いのものを遣わしますが?」 「いえ、あいつがやるって言いましたから最後までやってくれるでしょう。根性はあるやつです」 自信たっぷりに言った。その言葉にアルバートが満足そうにうなずく。 「わかりました。期待しましょう。院を目指す女性を阻む殺戮者。この事件、あなた方にゆだねます」 そう言って立ち上がった。 「ナチュラルさんが襲われた事は一部の者にしか知らせていません。昨夜の事は術に長けているもののみに知らせることにしましょう。それと、ナチュラルさんが院をあきらめたということも」 ディクスがうなずく。 術に長けているものに、院候補生のナチが受験を辞退したということを告げるという事は、イコール犯人の耳に入ることと同じことだった。 「それから候補生の試験は延期します。詳しい事は後で担当のものに説明をさせましょう。他の候補生と共に宿舎で待機していてください」 そういい残し、アルバートは早速手続きに回った。 「よかった・・・」 ディクスはほっと胸をなでおろす。 それならば自分のする事は決まっていた。急いで宿舎に戻ったのだった。 一日が終わろうとしていた。 「あ〜あ・・・紅一点のナチュラルがいなくなるとなんかこう、華やかさがないよなぁ〜」 そう言って目を向けた先にはずばり男しかいなかった。 ・・・男運はあるのに女運はないなんて・・・ スレイドはがっくりと肩を落とした。 「仕方ないですよ。あんなことがあったんですから」 アッシュが苦笑しながらいう。 昨夜、宿舎に戻ったディクスがメンバーに話したのは、ナチが候補を辞退するということだった。もちろん計画のための嘘だが、この際は仕方がなかった。 ごめんな、敵を欺くにはまず味方からっていうだろ? 自分に言い聞かせるようにしてその場を収めたのだった。そしてその通り、ナチは今ここにはいない。 「責任者の方も焦ったでしょうねー。まさか宮殿内でこんなことが起きるなんて。でも、試験が延期になったのは少し助かりましたけど」 何故か荷物を片付けているマイン。 「よっと・・・またしばらく時間が空くのでいったん家に戻ります。部屋がまた寂しくなってしまいますけど試験前日にまた戻ってきますね」 「おお、マインは家に帰るのか。語り合うやつがいなくなるの」 デルタに家があるというマインは、いったん帰ると荷物を抱え宿舎を出て行った。 しかし、ナチのことを知っている人物が一人でもいなくなるということはディクスには幸いなことだった。それだけ【ばれる危険が低くなる】からだ。 そのナチは今、隣の部屋にいるはずだった。 新しい院生候補生、アイリス・テイラーという人物に姿を変えて。もちろん、実際にはそんな人物はいない。ナチが扮した架空の人物。体格的なものはどうしようもないが、髪は赤みがかったショートカット、目は鮮やかなグリーン。 前者はかつらで、後者はあの幻術で。ナチもある程度幻術を使うことができる。一定内の範囲の人物に目の色くらい変えるように施すことくらいはお手の物だった。 ・・・でも、声はどうにもならないんだよねぇ・・・ スティングが声変わりの術を使っていたから試してはみたが、まるでできなかった。一年かけて修得したという難しさを痛感した。 ・・・ああ、声を出しちゃいけないって結構つらいかも そういうわけでアイリス・テイラーという人物は声帯を傷つけ、声が出ないという設定なのだ。再びこの宿舎に戻ってきてから一言もしゃべっていない。同室の候補生とも軽く会釈をした程度だった。この部屋は前いたところと違い、あまり友好的な雰囲気はなかった。 それがかえって有利となる。 アルバートさん、新しい女の候補生が入ったこと知らせてくれたかなぁ・・・? そう思いながらうとうとする。そしてそのまま朝を迎えた。 ナチはかなり早く起きるとまだ人気の少ない洗面所で顔を洗い、用を済ませるとすぐに宿舎に戻ろうとした。来たときからかぶっているフードで顔を覆ったときだった。 「おはようございます」 後ろからかかる聞きなれた声。振り返ってはいけないのに体が勝手に振り向く。 やっぱりね〜!! 心の中で絶叫する。目の前には非常に爽やかな顔をしたアッシュ。 「おはようございます」 聞こえていなかったのかと思ったのかもう一度挨拶をした。 や、やばい!! 内心激しく動揺しながらも、何も答えず軽く会釈をすると駿足でその場を後にした。 それを不思議そうな目で追うアッシュ。 一人首をかしげた。 やがて日もだいぶ高くなった。一人夜更かしをして、一番遅くに起きてきたスレイドにアッシュが声をかけた。 「スレイドさん、よかったですね」 にっこり笑ってそんなことを言った。 「何が?」 「ほら、華やかさがないって言ってたじゃないですか。どうも隣の部屋に新しい女性が来たみたいですよ」 嬉しそうにいうアッシュ。しかしそれを聞いていたディクスは鳥肌が立つ。 「マジ!?」 「ええ!今朝会ったんですけど、赤みがかったショートで綺麗な緑の目でしたよ。おとなしそうな感じの人でした」 うああ、やっぱりナチだ〜〜!! 人知れず慌てるディクス。そのようすをフィルジアが訝しげな目で見ていた。 ・・・妹がいなくなっておかしくなってしまったんじゃの・・・ そしてそれは哀れみの目に変わる。 「暇があったら声をかけてみると良いですよ」 余計なこというな〜〜!! 激しく動揺する。 「相当な重症じゃのぉ」 床でもだえるディクスを見て、フィルジアは感慨深くそうつぶやいた。 それから二日が経った夜。 フードをかぶったナチは部屋を出た。そばにディクスはいない。もし、攻撃されたらエクスプロードで大きな爆発音を立てろと言われていた。 しかし、ここは宿舎からだいぶ離れたあの術練習用の広場。爆音、振動を防ぐための術が発動しているこの場所では到底届くわけない。 今度こそ絶対に負けないんだから。 ローブに隠れているショートソードに手をかける。ディクス抜きで戦うつもりだった。 アルバートによって、新しい女の候補生が来た事はミレナスの耳に入っているはずだった。試験はあさって。 今夜が頃合いだった。 冬を迎えようとしている夜空にあの時と同じ冷たい月が輝いている。雲も一つもない。 ナチは神経を研ぎ覚ます様に目を閉じた。 彼女はわたしがナチュラルだということは知らない。だから最初に攻撃してくるのは・・・ ビュオウッ! 突然出現したあの氷の刃。目標に向かってまっすぐに突き進んでいく。そして・・・ パキィン ナチの周囲を取り巻く硬い壁に阻まれ、崩れ落ちた。 ヴォン!! ナチは間をおかず腕を振り、即座に炎術を使って応戦する。真っ赤な槍が空気を燃やして突き進む。 槍が茂みに入ったところで辺りが一瞬火で覆われ、すぐに鎮火した。 ナチはようやく目を開け、茂みの向こうを見据えた。 ・・・防がれた・・・ 舌打ちしてその場をすぐに飛ぶ。 ドカッ やはりあの時と同じように、大地が隆起した。パターン化された戦闘。これで犯人がナチに気づいていないということが証明された。 ならば次に放ってくる術は知れたものだった。ナチは見えないシールドをまとい、手に剣を持つ。 影は高く飛び、炎術を放ってきた。 それを払うように、ナチは剣で大きく凪ぐ。それが衝撃波となって放たれた炎を跳ね返した! ぐぉお! その炎はナチのあわせ技によって、さらに大きな威力となって跳ね返された。 「あっ!」 ドスッ 予想しない攻撃に影が声を上げて地面にたたきつけられる。 ナチはローブを脱ぎ捨て、剣を構える。月の光に照らされ、蒼く、美しく光る。 「あなたはわたしが倒す!」 数日振りに声を上げて宣言する。うめくように影――――ミレナスは顔を上げる。 「わからない?わたしよ!」 言ってナチはかつらを取った。暗闇に、ミレナスが驚愕するのがわかった。 「あな・・た・・・どうして・・・!?」 「負けたままじゃ嫌なのよ!!」 そう叫ぶと直接斬り込みにかかった! ドカッ!! 振り下ろした剣が大地に突き刺さり、その場の大地が砕け散った。 すんでのところで避けたミレナスは片目を押さえ後退した。あのときのダメージは大きいものだったらしい。焼け爛れた黒い衣服が肌を侵している。はたから見てもかなり消耗しているのは目に見えていた。 だが、甘く見るわけにはいかない。 同じ志を持つ人たちが殺されるのを黙ってみているなんて、そんなの耐えられない! 「ふっ!」 勢いをつけ、一気にミレナスの懐に飛び込んだ。おろした剣を一気に切り上げる!! 「ああああっ!」 思わず素手で一撃を防いだミレナスの左腕にナチの剣が深くもぐりこむ。 この手ごたえ、感じた硬い感触。骨まで到達したのは確かだった。次の攻撃に備え、引き抜く。 「!!!!!」 今までにない耐え難い痛み。ミレナスは目を押さえていた右手を放し、ナチに向かって痛恨の一撃を放った。 ビシュッ 無数の水の玉がナチを襲う。が、しかし、あらかじめ張っておいた障壁がナチを守る。 こんなにダメージを受けてもなおも攻撃を続けるミレナスを恐れ、跳んで距離を置いた。 「許さない!!」 ミレナスの痛みと怒りから放たれた大きな衝撃波。 「うあっ!!」 付け焼刃の障壁がナチの目の前に出現する。 だが、断片的な障壁では防ぎきれない。ナチは遠くまで吹き飛ばされた。 どかっ 背中合わせに木にたたきつけられ、一瞬呼吸が止まる。 同時に、あの時の腹部の衝撃がよみがえった。 くぅっ・・・・ 支える足もなく茂みの中に体を埋めた。 どうして・・・術で完全に治したはずなのに・・・!! まさかの事態に動揺が大きくなっていくのがわかった。腹部に当てている手。じわじわと血がにじみ出ているのがわかった。 う・・・そ・・・?? アルバートの必死の看護もむなしく、傷は完全には癒えていないようだった。それなのに体に大きな衝撃を受け、小さな傷が開いてしまったようだ。 そして、この無理な体勢がその傷をさらに大きなものにしていることも・・・ 態勢を立て直さなきゃ・・・! 焦燥に駆られ、何とか立ち上がろうともがく。そのとき、不意に体が軽くなるのを感じた。 「えっ・・・?」 痛みも忘れ、顔を上げる。ナチを抱き上げた人物。 「後は俺がやってやるよ」 痛覚鈍化の術を施し、不気味な笑みを浮かべているミレナスを見据えたディクスがそう言った。 |