D.Force The Third Chapter
Force-1
功過の賞与
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貴方を求めるたくさんの声に・・・我々の叫びに・・・ 届いているのなら我々に導きの光を―――――― かつての栄光の光を―――――― 呼び出されたディクスとナチは広間にいた。 応接間ではない、大きな椅子が部屋の中央奥にあり、大きな扉からそこまで赤いじゅうたんが敷かれていた。そして聳え立つ大きな柱がその部屋の重厚さをより物語っている。 「・・・・・」 何故ここに呼び出されたのか分からないディクスとナチは内心動揺しながら部屋に入った。何か処分が下されるならこんな派手なところでも良くなさそうな気がするのだが・・・。 「手間を取らせてしまいましたね、すみません」 その部屋の中央にアルバートがいた。そしてその後ろに控えるようにスティングとフィオールの二人が立っていた。 何人かの警備兵も部屋の隅に待機している。 「いえ、とんでもありません」 二人は軽く会釈をする。そして横目で部屋の様子を伺う。 よく、手柄を取った勇者が国王によって何らかの称号の授与が行われているといわれているが、その部屋を少し簡易にしたような感じだ。しかし、その慣れない雰囲気は、二人を動揺させるのには十分だった。 「ディクス・クロードさん、ナチュラル・クロードさん。この度はエリオスの命を助けていただき本当に有難うございました」 フィオールが礼を述べ、深々と頭を下げる。 「僕からもお礼を言わせてください。ディクス、ナチ。本当に有難う」 同じようにスティングも頭を下げた。 「し、しかし!私達が守りきれなかったせいでエリオスさんは・・・」 慌てたディクスとナチがそう言うが、アルバートは首を振った。 「エリオスの命を救ったこととは別件です。それに彼も自身を守りきれなかったことが原因なのですから」 「全てはスティングから聞きました。ディクスさん、貴方のお力でエリオスを救ってくださったと」 アルバートの後にフィオールが続けて言う。 「そ、それは・・・」 「――――――― フォース・・・ですね?」 アルバートの言葉にディクスが反応する。 「・・・正直驚きました。このエンドレスが奉る竜神の力のかけらを貴方が行使することが可能だという事を」 「兄上・・・!」 そのことに触れるなというように、スティングが非難の声を上げる。 しかしアルバートは続けた。 「貴方のフォースに対する思いもわかります。巨大な力を秘めているといわれているフォース。その力をどの方向に導こうと、それは力を行使することが出来るもののみの自由。・・・クロードさん、それが貴方でよかった」 「・・・・・・」 「本当に有難うございます」 そしてアルバートも深々と頭を下げた。 「いえ・・・私はすべきことをしたまでですから」 慣れないことをされディクスは困惑気味だった。 「この部屋は国王以外の王族が、ふさわしいものに賞を与える場所です。この部屋を使うのは久々なのですが・・・」 シャッ アルバートが腰から剣を引き抜く。 ダンッ と、同時に控えていたスティング、そして他の警備兵が片足を踏みならす。 驚いたディクスとナチの二人が息を飲む。 "国王以外の王族がふさわしいものに賞を与える場所です。この部屋を使うのは久々なのですが・・・" さっきの言葉が蘇る。 ――――――― だとしたら自分達に何か賞与してくれるのだろうか? "この部屋を使うのは久々なのですが・・・" ――――――― なのですが、今回も・・・?いやいや、そんなはずは・・・ "なのですが・・・" ――――――― な、なのですがっ!? 二人の頬に汗が一筋流れ落ちる。 ――――――― なのですが、今回は例外・・・!? 意味深なところでとぎられた言葉にディクスもナチも同じ言葉を勝手につなげる。 アルバートが手にしている磨き上げられた剣が鈍く光る。誰か見てもその切れ味は抜群だろう。ディクスのマイ包丁もきっと敵わない。 ギンッ 前触れなしにアルバートが腕を伸ばし、そして剣をつきたてた! 「!」 「我は神の名を持つ竜を奉る国の末裔なり。我が意志によりふさわしき者に我が意志を与えることを認めよ!」 カッ 剣を突きたてられた床を中心に光の波紋が部屋全体に広がる。 「ディクス・クロード、ナチュラル・クロード。両名に特例を与えましょう」 何が起こったのかよくわかっていない二人に剣をつきたてたまま、アルバートはそう言った。 「特例・・・って、なんだろうね」 「特別な・・・例だろ?」 二人してはたと立ち止まる。 ――――――― 特例って・・・何・・・? あの時、その場の雰囲気に圧され、不安に感じてはいたが、あれが賞与の儀式らしい。 怒られるものだとばかり思っていたディクスとナチは、何が身に降りかかるのかとおびえていたのだ。アルバートが特例を与えると言った時も、驚きで良く分かっていなかった。 部屋から出て、とりあえず怒られなかったということに安堵したのだった。 「これから・・・どうなるんだろう・・・?」 ナチの呆然としたつぶやきにディクスも腕を組んで考え込んでしまった。 「ディクス、ナチ!」 真剣に考え込んでいた二人に声がかかる。 スティングは二人を見つけると走ってきた。 「良かった、もう館に帰ったのかと思いました・・・」 何を急いだのか、スティングは息を切らしてそういった。 「まあ、これから帰るところなんだが、どうかしたのか?」 「ええ。もう一度二人に礼を言いたくて・・・それと・・・」 ディクスのほうを見てからやや気まずそうな顔をした。 「さっきは兄上が軽はずみに・・・すみませんでした。僕も本当は話すつもりはありませんでした。けれど、エリオスのあの怪我を治す理由がどうしても見つからなくて・・・」 アルバートがディクスが気にしていることを口にしたことを申し訳なく思っているようだ。 「何言ってんだ。俺全然気にしてないよ!」 「え・・・」 「フォースの力を引き出す"力"が俺の力だって・・・そう言ってくれたやつがいるからな」 横目でナチを見る。視線が合うとナチは嬉しそうにうなずいた。 「――――――― 自分でも大丈夫だとか思ってたんだが・・・俺はまだフォースのこと引きずってたみたいだな。だけど、本当にもう大丈夫だ!スティング、お前も遠慮なく訊きたいことがあったら訊けよ?」 ぽんぽんとスティングに肩を叩く。 「ディクス・・・」 「ところで・・・」 ディクスが声のトーンを落として逆に訊いて来た。 「特例ってなんだ?お前なら何か知ってるんじゃないのか?」 「そうよ!スティング何か知らないの?」 ディクスが、そしてナチも迫ってきた。その二人の表情は非常に真剣だ。 しかしスティングは困惑した表情を見せた。 「それが・・・僕にも分からないんです。僕も、姉上も兄上にあの場所に呼ばれて・・・本当に何も聞かされてないんです!」 「本当かー?」 ディクスがスティングの襟首に手をかける。 「ほ、本当ですって!でも安心してください!兄上の言う特例とはディクスやナチにとって有益なものに間違いありませんから!!」 無理矢理吐かせようとしてぎゅうぎゅう締め上げるディクスの手首をつかんで逃れようとする。 「でも、アルバートさん、"この部屋を使うのは久々なのですが"・・・って、"なのですが"って言ってたわよ。もしかしてわたしたちだけは処罰を与えるっていう意味の特例なんじゃ・・・」 二人とも相当不審に思っているようだ。自分達の仕事を果たせなかったことを相当根に持っているのか、聞くこと全てを悪い方向へ考えているようだ。 「そこまで疑心暗鬼にならなくても・・・それに、エリオスを助けてくれて有難うって何度も言ってるのに恩をあだで返すようなことをするわけないじゃないですか!」 「―――――― そうか」 ようやくディクスが手を離す。 「・・・二人とも疲れてるんじゃないですか?」 襟元を直しながらスティングが二人を見る。ディクスは微妙に眠そうだった。ナチはなんとなく目がかさかさしているような印象を受ける。 「この三日間は精神的にもつらかったですし・・・数日はゆっくりしてください。僕も出来るだけ館でセカンダリの世話をしますから。ディクスももう若くないんですし、ナチもいつまでも若いわけじゃ・・・」 ばきっ 「俺はまだ若い!」 「スティングに言われたくないわ!」 二人の鉄拳がスティングの顔にめり込む。 「・・・・・・と、とにかく・・・エリオスの調子が戻り次第特例を発表するそうです・・・その時は呼びに行きますから待っててください・・・」 鼻を押さえながら涙混じりに言ったのだった。 冷たい空気に昼間の太陽の日差しは暖かい。 特に着込むことなく、スティングは館へと向かった。 「ん・・・」 館の扉の前で立ち止まる。甘い、食欲をそそる香りに気づく。 ―――――― 昨日は昼過ぎまで寝るとか言ってましたけど・・・もう起きて料理してるみたいですね 一人おかしそうに笑い、そして扉を叩いた。 ・・・誰かが出るまで、とりあえずずっと叩いた。 がちゃっ 何十回叩いたか分からない。そろそろ手の甲が痛くなってきたところでようやく扉が開いた。 「・・・・・・・・・・」 中からのそーっとでてきたのは髪が大爆発のディクスだった。 「おはようございます!・・・って、もうお昼ですけど」 スティングがさわやかに笑いかけるが、ディクスは不機嫌そうだ。 「?髪寝起きのままですよ、しかもパジャマで・・・それでも料理するなんてディクスらしいですね」 料理の邪魔をされて不機嫌だと思ったスティングは、寝起きまんまのディクスを見て笑う。 「料理・・・?俺、今お前に起こされたんだぞ」 そういって大きなあくびをした。 「え?でも・・・」 「だから、俺は今の今まで寝てたの!お前が扉をがんがん叩くから起きただろうが」 扉にもたれながらだるそうに頭をかいた。本当に起きたばかりのようだ。 「じゃあ、この香りは・・・」 「香り?」 言われて鼻を利かせる。 「――――――― 本当だ・・・」 驚いた表情をする。この館の中でその何かの匂いが充満している。よく見ればセカンダリたちが厨房に集まっているではないか。 「ナチ・・・でしょうか・・・?」 「いや、あいつが厨房に立つなんて・・・それにまだ起きてないみたいだし」 セカンダリを押さえてディクスとスティングの二人が厨房の入り口に立つ。 先ほどよりも料理の濃い匂い。この厨房からするのは間違いないようだ。 ギィ 大きな扉を開ける。熱気の塊が二人を襲った。 「ん?あ、ディクス!やっと起きたんだ」 大きな鍋が放つ蒸気のその向こう。ナチがボウルを抱えてこちらに気づいた。 入り口に立っていても汗ばむくらいの暑さだ。一体何を料理したらこんなに暑くなるのか・・・。 「蒸籠(せいろ)?」 スティングがコンロの上の丸いカゴに気づく。他のコンロにも同じように蒸籠がのっている。それがこの部屋を暑くしているようだ。 「何やってるんだ・・・?」 「え?料理!」 「そりゃ見れば分かるよ。何作ってるんだ?」 珍しく料理をしているナチを見てディクスが訝しげに訊ねる。 「え、これ」 ナチがそばの台から一冊の本を手に取り、ディクスに見せる。 「あーっ!!お前それ、俺の本っ!!しかも一番高いやつじゃないかっ!!!!」 ナチが手にとって見せた本にディクスが絶叫する。赤い布で装丁された大きな本。表紙は金色の紐で装飾された高そうな本だ。 慌ててナチから本を奪う。 「し、しかもふやけてる・・・」 奪い取った本を見て愕然とする。室内の蒸気に当てられ、上質な紙が水分を含み、ふやけてしまっていた。 「ナチ!この本高かったんだぞ!チュウカ料理の本は滅多に売ってないんだぞっ!!」 本を胸に抱きしめ、ぎゃーぎゃーわめく。 「でも、ディクスにちゃんと使っていいかって訊いたし。わたしだって勝手に持って行ったりしないわ」 「じゃあ、いつこの本持ち出したんだよ!」 「今朝。ちゃんとこの本借りるからね、って断ったもん!それにディクス、駄目って言ってないし」 「俺が寝てたからだろうがっ!!」 喧嘩を始めた二人をよそに、スティングはナチが作っているという料理を眺めていた。 厨房の中ではそう感じなかったが、この館に入る直前感じた甘い香り。 透明のボウルにみかんや桃を切ったものと、ひし形の白いゼリーのようなものが入っていた。どうもその甘い香りはここから来ているらしい。香料を入れているせいでより強く香ったのだろう。 ・・・・・・なんとか豆腐ってやつですよね・・・ 特徴的な甘い香り。確か一度だけではあるが口にしたことがある。 さらにそのとなりにはゴマをまぶされた団子があった。 ・・・ゴマの団子? まんまゴマ団子だ。鼻を近づければ香ばしい香り。どちらのデザートも手を伸ばしたくなる。 「ナチ!ここらへんの蒸篭ってこのままでいいんですか?」 スティングが微妙に気になる蒸篭の一つをさす。さっきからこれ一つの蒸気がはげしくて気になっていたのだ。 「え・・・?あ、ああ!忘れてた!」 ナチが慌てて火を止め、蒸篭の蓋を開ける。と、同時に凄い蒸気が天井を覆う。 「熱っ・・・!―――――― でも、できたー!チュウカのメイン、えびシュウマイ!」 ナチが言う中華のメインがえびシュウマイなのかどうかは疑問であるが、うまく出来上がったシュウマイに嬉しそうだ。 本を持ったままディクスが蒸篭の中を覗き込む。中にはつやつやしたシュウマイが数個はいっていた。 「何で料理なんかしようとしたんだ?しかもチュウカなんて・・・」 中華料理はディクスがほとんど立ち入ったことのない分野だった。手に持っている本だって最近購入したものだ。 「だってー、王族の人って舌肥えてそうでしょ?普通の家庭料理じゃなんだかなーって思って。このチュウカ料理なら大丈夫かと思ったの」 それを聞いたディクスが王族、スティングをものすごい形相で見ている。 「・・・・・・だ、そうだが?」 「ええっ!?僕知りませんよ!」 手を振って慌てて否定する・・・が、まんざらでもなさそうな表情だ。 「何言ってるの。スティングじゃないわよ」 ナチがさも当然とでも言うように言う。期待していたスティングが少々落ち込む。 「・・・・・・だ、そうだ」 ディクスがスティングの肩を慰めるように叩く。それで余計に落ち込んでしまった。 「―――――― って!スティング以外の王族って誰だ!?」 スティングではない王族とは?ナチが知っている王族は数が知れているはずだが。 「エリオスさんよ」 昨日の今日ではあるが、傷を負ったときの精神的なショックからなのか、どうも体がだるかった。術力も空っぽというわけではないが、やる気がないせいか弱弱しい。 ベッドの隣の台には朝から手を付けていない朝食が置かれたままだ。昨日はずっと寝ていたせいで何も口に入れていない。姉のフィオールがここぞとばかりにエリオスの部屋に出入りし、世話を焼いてくれている。 しかし、エリオスは申し訳ない気持ちで一杯だった。誰にも迷惑を掛けたくないのだ。 がちゃっ 「エリオス、気分はどう?」 噂をすればフィオールが部屋にやってきた。手には花をさした花瓶がある。 エリオスは身を起こした。 「あら、まだ食べてなかったのね。ちゃんと食べなきゃ体に悪いわ」 花瓶を置き、トレイの上のスープを手にする。 「いえ、あまり食欲がなくて・・・」 「そんなこと言わないの!皆貴方のこと心配しているのよ。だから、はい」 術で温めなおしたスープをスプーンですくい、エリオスに差し出した。 「い、いえ・・・本当に大丈夫ですから・・・」 「だーめ!私の言うことが聞けないの?」 するとエリオスは観念したようにフィオールからスープを受け取った。冷たい手にスープの温かさが伝わってくる。 「じゃあ、エリオス。私はちょっと用事があるの。寂しいかもしれないけど、ちゃんと寝ているのよ。それから、オレンジケーキ作るわ。あなた好きでしょ?」 エリオスがちゃんとスープを手にしたのを見届けると、フィオールは部屋を出て行ってしまった。フィオールが部屋から遠ざかったのを確認すると、エリオスは一度スープに手を付けただけで、もとのトレイに戻してしまった。 「姉上はいつも子ども扱いして・・・」 嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちだ。なにもすることもなく、布団に再びもぐろうとした時だ。 こんこんっ 扉を叩く音。 ―――――― もしかして、姉上が戻ってきた・・・!? エリオスは慌てて身を起こし、さっきのスープを手にする。そしていつフィオールが入ってくるのかと、どきどきしながら扉を凝視した。 「あの、エリオスさん、起きてますか?ナチュラル・クロードです」 予想しない声。しかし、嫌いな相手ではなかった。 「ああ、起きてるよ!」 部屋の外にも聞こえるようにエリオスが声を上げて返事をする。 がちゃっ 了解の声に扉が開く。大きな包みを持ったナチがいた。 「エリオスさん、体の調子は大丈夫ですか?」 ナチが心配そうに訊く。 「おかげ様で。姉上が色々と世話を焼いてくれるせいかだいぶ回復したよ」 それを聞いてナチが嬉しそうな顔をした。 「そうですか!よかったです!」 エリオスはベッドの上で半身を起こし、手にスープを持っている。ベッドの横を見れば、台の上に料理の入ったトレイが乗っている。 「――――― あの、もしかしてもうお昼食べましたか・・・?」 やや不安げな様子で訊く。 「ああ、これか。さっき姉上がきたときに心配をかけまいと食べるふりをしたんだが・・・どうもまだ食欲が出なくて」 スープをトレイに戻しながら苦笑混じりに言う。 「そうですか・・・じゃあ、これ無駄だったかな」 「え?」 ナチが包みを掲げた。 「もし良かったらエリオスさん食べてくれるかなって思ったんですけど・・・食欲ないなら仕方ないですよね!それにわたしが作った料理よりも宮殿のシェフの作った料理のほうが絶対美味しいと思いますし」 恥ずかしそうにつつみを後ろに隠す。 「すみません、お休みのところを押しかけてしまって。わたし帰りますね!早く回復して元気になってください!」 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 笑みを浮かべ、扉に歩き出したナチをベッドから降りて引き止める。 「はい?」 「その包み・・・」 「これ・・・ですか?」 ナチがエリオスに見せる。エリオスはその包みを手に持った。 「私にくれないか?言われるとなんだか空腹を感じてきたよ」 エリオスがナチに遠慮しているのは十分分かっている。その気持ちが嬉しかった。 「―――――― 有難うございます!・・・でも、わたしのことはいいんですよ。無理しないでください」 「本当だよ!さっきからこの包みからする匂いが気になっていたんだ」 しゅる 包みをほどく。中の大きな蒸篭から食欲をそそる香りが立ち上った。 「この匂いは・・・中華料理だね」 「わかります?兄の本を借りて作ってみたんです。エリオスさんの口に合うかどうかは分かりませんけど・・・」 「この匂いをかいだらますます食欲が湧いてきたよ。これ、食べてもかまわないか?」 するとナチは嬉しそうな表情をしてうなずいたのだった。 「娘が嫁いでいく父親の心境ってこんな感じなんだろうか・・・?」 館のテラスでディクスが遠くを眺めながらつぶやく。 「・・・・・・大げさですねー、ディクスは」 笑いながら言うスティングではあるが、一番ショックを受けているのは彼だったりする。美味しそうな料理に期待していた分、食べられなかったその反動は大きかったようだ。 「しかも、俺の本、元に戻らないし」 風通しの良いテーブルに置いた中華料理の本。しかし、水分を含んでふやけてしまった紙が元に戻りそうにはなかった。かさかさになり、本の厚みが増しているだけだ。 ディクスの悲しみは半分がその本が原因でもあるらしい。 「でも、あのえびシュウマイ美味しそうでしたよねー」 テラスのテーブルで、スティングがほお杖をつきながら目を閉じている。 「自意識過剰って言われるかもしれませんけど、"王族の人って舌肥えてそうだ"って言ったとき、僕のことなんじゃないかって凄く期待しちゃいましたから。あの何とか豆腐っていうのもすごくおいしそうでしたよ」 「俺だって同じだよ。もしその王族がお前なら、料理を奪ってやるつもりだったが・・・お前じゃないんだったらな。しかも、病床のエリオスさん」 そして二人して大きくため息をついた。 二人の脳裏にはナチが嬉しそうに詰めていた中華料理の数々が浮かんでいる。スティングの言う何とか豆腐・・・つまり、杏仁豆腐も別の容器に入れられ、エリオスの元に持っていかれてしまった。 蒸篭ではそう大量生産できないせいか、残り物にあやかるということもできなかったのだ。 結局美味しそうな料理を見せ付けられただけで、二人は全く口にすることが出来なかった。 「ディクス、チュウカ料理って美味しいんですか?僕あまり食べた記憶がないんですけど」 「俺だって。あんまり作ったことないしな・・・ナチに先越された・・・」 そういってがっくりと肩を落とす。 「あー、なんだかチュウカ料理のこと考えてたらお腹空きましたね・・・」 今にも鳴り出しそうな腹を押さえる。 「そうだなー。考えたら俺、お前に起こされてから何も食べてないや」 「何か作ります?僕手伝いますよ」 「うむー・・・とりあえずなんか腹に入れるか。チュウカ料理のことばっか考えてたら余計腹が減ってきた」 「何かチュウカ料理に負けないくらいの美味しいレシピ考えてくださいね」 「わかってるよ〜」 いいながら、二人はまだあのチュウカ料理に未練を残しながら足を引きずるようにして厨房に向かったのだった。 夕焼けで部屋が赤く染まる。 だいぶ前にナチも帰り、一人きりになったエリオス。 本当は食欲がなかったはずだが、ナチの手作りの料理を目の前にいつもの食欲が戻ってきたようだ。たくさんあったはずの蒸篭の中身は気がつけば全てなくなっていた。 デザートにと、ナチが残した杏仁豆腐の入った容器だけが残されている。 美味しそうに食べていたエリオスを見てナチは満足そうだった。帰り際に『また作ってきますね!』そう告げて出て行ったくらいだ。 手を伸ばし、台の引き出しから石を取り出す。 赤い日の光に透かしてみた。赤い太陽の光にも負けず、水の輝石はその真の青をたたえたままだ。 その青い光が反射して部屋に散らばる。 ―――――― 癒しの・・・石か・・・ でも今の自分にこの石は必要ないようだった。この石がなくとも自分は十分に癒されていることを分かっているから。 かたっ その石を台の上に置く。 ・・・そう言えば、昨夜は眠りが浅かったんだっけ・・・ あくびをかみ締める。 なんだか、眠くなってきたようだ。部屋がぼやけて見える。 ふかふかの枕に顔をうずめる。視線をそらせばフィオールが持ってきてくれた花があった。 ―――――― リーンレイ。この季節でも咲いていたらしい。冬に咲くリーンレイは香り高い。 そして、ナチと初めて会った時に咲いていた花。 わずかに甘い香りがエリオスを深い眠りへと誘う。それに抵抗する力もなく、エリオスは目を閉じた。 深い眠りについた直後。エリオスの部屋に入ってきたものがあった。 「エリオス、調子は・・・」 見舞いにやってきたスティングだ。声をかけようとしてエリオスが寝ているのに気づき、途中で言いやめる。 滅多に見られない寝顔を見てやろうとベッドに近づいた時だ。 「あれ・・・?」 ベッドの隣の台の上。目にしたことのある青い石がおいてあった。 ―――――― これはナチが拾った水の輝石・・・ 思わず手にとって透かす。間違いない、ラグーンでナチが拾って来たあの石だ。そして借金の肩代わりになった石。 「どうして・・・エリオスが・・・」 つぶやくように言ったスティングの声はエリオスには届かない。目を閉じたまま身動きすらしない。 エリオスを起こすわけにもいかず、スティングは水の輝石を元の場所に戻した。 そのとき例の杏仁豆腐を入れたケースを認める。 「・・・・・・・」 僕も一度病気にでもなってみようか・・・? 食べたいがために不謹慎なことを考えてしまったと、スティングは頭を振る。 がちゃっ 扉の音に反射的に振り返る。開くと、フィオールが入ってきた。 「あら、スティングもいたの」 「姉上・・・」 スティングがおとなしくしているのを見てエリオスが寝ていることに気づく。そして様子を伺おうと枕元に近づいた。 エリオスの無防備な寝顔を見てフィオールは嬉しそうだ。 「エリオスったらね、ナチュラルさんが作ってきた中華料理だけは全部食べちゃったのよ。朝食には全然手を付けなかったのにね」 寝ているエリオスを見ておかしそうに笑う。 「そうなんですか・・・」 「エリオスの好きなケーキ作ったんだけど・・・寝ていたら仕方ないわ。スティング、夕食前だけど貴方はどう?」 フィオールが持っているのはどうやら手作りのオレンジケーキらしい。オレンジのいい香りがかすかにする。 「ええ、ぜひ頂きます」 「じゃあ、私の部屋に行きましょう。兄上も誘ってね」 フィオールに続き、スティングも部屋を出ようとした。 太陽の光に水の輝石が反射し、美しく光り、スティングの赤い瞳に映る。 「じゃあ、また・・・」 そういい残してエリオスの部屋を出た。 |