D.Force The Third Chapter
Force-20

邂逅


透き通った青い空を一頭の竜が気持ちよさそうに飛んでいる。
今日はとても暖かい日差しだ。こんな日には外に出て日向ぼっこをしたくなる。
「ナチ〜、できたぞ」
館のテラスで、空を眺めていたナチが振り返る。その先にはトレイにシフォンケーキとティーセットをのせたディクスがいた。
ディクスは満足そうな表情でテラスにある小さなテーブルに皿を並べ始めた。
「うん、わかった!セフィーロー!降りておいで!」
ナチがもう一度空を見上げて呼ぶと、空を飛んでいたセフィーロは一度大きく旋回してから館のすぐ前に降り立った。そして、他のセカンダリと同じように地面に伏せる。
それを確認するとナチはテーブルについた。
「いやあ!今日は最高の天気だよな〜。本当に暖かいよ」
紅茶の香りを楽しみつつ、ディクスは嬉しそうに言った。今日はまれに見る暖かさだった。
ディクスはこんなに良い天気は珍しい!とか叫び、朝から家事で大忙しだったのだ。ナチももちろん手伝ったが、途中からはセカンダリの世話をしていたのだった。
セカンダリたちもこんなに良い天気は嬉しいのだろう。特にセフィーロは空を飛びまわって暖かい風を堪能していた。
「もうすぐ春だもんね〜。なんだか眠くなっちゃう」
「これ食べてから寝ろ」
うとうとしているナチにディクスがすかさず皿を差し出す。その皿にはおいしそうなケーキがのっていた。もちろん甘さ控えめの生クリームも添えられている。天気がいい日には何故かシフォンケーキを作るのがディクスの常だった。
今回も厨房で鼻歌を歌いながら作っていた。
「大丈夫、大丈夫!わたし、美味しいものは絶対に逃さないから。んー、美味しい〜!」
ケーキをフォークでつつき、口に運ぶ。ほんのりとした甘さが口に広がる。
ディクスもケーキを楽しみつつ、紙にせっせと何かを書いている。
「よしっ!これで完璧!」
ディクスは満足そうに言うと、その紙を丁寧にたたんでポケットにしまった。
「つーわけで、俺は今から戦場に行って来る!」
勢い良く立ち上がり、ディクスは意気揚々とその場を後にした。その様子をぽかんと見ていたナチ。
「戦場・・・・・・買い物に行くって事ね・・・」
あきれたようにため息をついたのだった。


デルタもすでに夕闇に包まれていた。
前と比べるとずいぶんと日も長くなったような気もする。夕焼け色に染まっていたデルタの路地を一人、荷物を抱えていたディクスは大きくため息をついて空を見上げた。
「お得なタイムサービス・・・のがした・・・!!!」
苦々しくつぶやくと、がっくりと頭を垂れた。
「一軒ならまだしも、まさか、全店のがすなんて・・・俺としたことが!」
暗くなった細い路地で、一人狂ったように頭をかきむしるディクス。冷ややかな視線を投げかける人々にも気づかず、ディクスは嘆いていた。
結局買おうと思っていたものを正規の値段で買ってしまったのだ。節約を常とする主夫にとってはかなりの痛手だ。
そしてこの出来事はディクスのプライドを著しく傷つけた。
「うーん、もっとちゃんとした"タイムテーブル"組みなおさないとなー。チラシとかチェックしておくか」
くしゃくしゃになった紙を広げる。そこにはディクス特製のお得なタイムサービスのタイムテーブル、つまり時刻表が載っていた。かなり事細かにその日のお得な商品に関する情報が羅列されている。
俺もまだまだだよな・・・と、ぶつぶつと独り言を言いながら、ディクスはようやく家路を急ぐ。
気をつければすでに自分の影は消えてしまっていた。もう一度空を見上げれば真っ暗だったのだ。
―――――― もうこんな時間か・・・今日は踏んだり蹴ったりだったな・・・
もう一度ため息をついて夜道を歩き出そうとしたそのときだった。
どんっ!
「うわっ!」
ディクスの足に衝撃が走る。急な出来事にディクスはたたらをふんだ。
「あっ・・・・・・」
しかし、驚き、次に声を上げたのはディクスではなかった。
ディクスの足にぶつかったらしい・・・・・・まだ、年端も行かぬ子供。ディクスと視線が合うと顔をこわばらせた。
ディクスと同じ金の髪に青い瞳。髪を短く刈っているところを見ると少年だろうか。
「大丈夫か?」
おびえている少年に気を使い、ディクスは笑顔で問いかけたが・・・
『待てっ!!』
突然前方から上がった別の声にディクスは顔を上げた。
少し先の曲がり角から現れた三人の男。ディクスの足元で震えている少年を見つけるなり嫌な笑みを浮かべてやってきた。
少年の顔に絶望の色が浮かぶ。
「あっ・・・ああ・・・」
ディクスには何故この男達がこの少年を追いかけているのか。そして、どうして少年はこんなにもおびえているのか・・・
疑問は尽きないが、やることは決まっている。
「ちょうど良かったぜ。さあ、こっちに来な!おれ達の手をわずらわせるんじゃねぇよ」
ゆっくりとした足取りで少年に近づく男達。
首を精一杯に振り、拒否する少年・・・。
ディクスはかばうように少年の前に出た。
「アンタには用はねえよ。おれたちはそいつに用があるんだからな!」
一人が勝ち誇ったように言う。
「さっさと帰んな。怪我するぜ」
さらに一人がナイフをちらつかせながらディクスと少年ににじり寄る。
「お前達はこの子のなんなんだ?」
ようやくディクスが口を開く。
だが、帰って来た返事は嘲笑だった。その重なる下品な笑い声に、少年はますます恐怖に震えた。
ディクスのズボンをつかみ、必死で耐えようとしている。
「――――― 理由が無いんなら、返す必要は無いよな・・・?」
ディクスの声が急に冷たくなる。
同時に、男達の笑い声もぴたりとやむ。ぎらぎらとした目をディクスに向け、口元をゆがませる。
「おれたちが先に見つけたんだよ。横取りする気か?てめえっ!」
シャッ
一斉にナイフを抜く。闇に包まれた狭い路地に、ナイフが不気味に光る。
普通なら多勢に無勢なのかもしれない。だが・・・
「俺を相手にしたのが運の尽きだったな!野菜も切れなさそうなそんなナイフで俺を倒せると思ってるのか?」
ディクスが笑った。
「なあ、ちょっとこれ持っててくれないか?ああ、卵入ってるから割らないようにな」
手に持っていた食材の入った袋を少年に渡す。言われるまま、少年は袋を受け取った。
「ありがとな!」
礼を言い、ディクスは再び男達に目を向ける。
ディクスが手を掲げると、小さなスパークが生まれた。
小さくはぜる音を発していたそれは、瞬く間にばちばちと耳をふさぎたくなるような音に変わる。
さらに、青白い電流が手のひらの上で滞留しているのがうかがえた。
周囲が青白く照らし出される。不気味なその色と、激しい音にたじろいだのか、男達の表情に焦りの色がにじむ。
「くそっ・・・!術かよ!」
悔しそうに言うが、まだ降参はしないらしい。相変わらず戦闘態勢でディクスから目を放さない。
少年はというと、袋を持ったまま固まっていた。だが、その視線はディクスの手のひらに向けられている。ディクスの術に見入っているようだった。
「大体のやつはこの術見せたら退散するんだが・・・意外にも今回はしぶとかったみたいだな。穏便に済ませたかったんだが・・・仕方がない」
嘆息すると、キッと三人の男を見据えた。典型的なごろつきのように見えた。
ディクスに取ってはどれも取るに足らない相手。
「次からは相手を選んで口を叩くんだな。行くぞ――――― 疾雷!!」
掲げた手のひらでこぶしを握る。すさまじい音を放っていた電流は光を放ち、それで消えてしまったように見えた。
「あっ・・・!」
一瞬射した強い光に目を硬く瞑った少年が再び顔を上げたとき。三人の恐ろしい男たちの頭上がスパークしたのを見た。
「ハッタリだけなら誰でもできるぜ!キザな兄ちゃんよ!!」
頭上のスパークにも気付かず、不発とみなした男達が襲い掛かってきた次の瞬間―――――― 三地点のスパークリングから、三人のところにそれぞれ電撃が走った!
バチンッ!!!
悲鳴もなく、白い閃光とすさまじい音の中に、三人は消えた。焦げ臭い匂いと白い煙。煙を突き抜けて、ディクスたちに突進してくるものはなかった。
少し痺れを感じたのか、ディクスは電流を生み出していた手のひらを払った。その手を少年は神妙な面持ちで見ている。
「おっと・・・悪いな。荷物持たせて」
ディクスは少年に渡していた袋を受け取った。そして、白い煙が上がる方を見て顔をしかめた。
「風よ!」
出現した風が煙を払い、辺りに今までどおりの視界が戻った。ディクスの予想通り、地面にはうつぶせになって倒れている男達が。
術をセーブしたおかげで、死には程遠いようだ。ナイフを握り締め、うめいている。
「ナイフは毎日研がないと切れ味が悪くなるんだぞ」
ふんっと鼻を鳴らし、捨て台詞のようにディクスは言い放った。
ちりちりになって仲良く倒れている三人の男に少年は驚いている。そして、ディクスを見上げた。
目が合うと、ディクスは微笑んで見せた。そして、少年の視線に合うように、身をかがめた。
自分を襲おうとしていた男達がやられたことに安心したのだろうか。少年の目にはさっきとは打って変わった表情があった。
「何があったのか分からないが・・・もう、暗いぞ。家に帰らなくて良いのか?」
訊くと、少年の顔に再び不安の表情が浮かぶ。何か言いかけようとしたが、口を閉じてうつむいてしまった。
「・・・・・・もしかして・・・帰る家がないってことないよな?」
恐る恐る訊くが、少年は何も答えなかった。後ろで倒れている三人の男に目をやる。ほどよく焼けているようで、今すぐには復活しそうにも無かった。
視線を戻す。
「俺、今から家に帰らないといけないんだ。誰か知り合いの家とかないか?送っていくけど」
だが、返事は帰ってこなかった。
「・・・名前は何ていうんだ?」
「レイシェル」
予想に反して少年は答えた。ゆっくりと顔を上げて、ディクスを見つめた。
「そうか、レイシェルか!俺はディクス。それで・・・これからどうするんだ?」
「ディクスおにいちゃん・・・」
ぽつっとつぶやく。ようやく反応を始めた少年、レイシェルにディクスは笑顔で返す。
「術、使えるの?」
「えっ?」
「術!」
少し興奮した様子でレイシェルはディクスに迫った。
「う、うん・・・使えるよ。さっきも使ったし・・・」
「じゃあ、教えて!術!」
ディクスの手をつかんでレイシェルは声を上げた。真剣な表情で頼み込んでいるのはわかるが、だが・・・・・・
「家、あるんだろ?帰らないと、親に心配をかけるだけだぞ」
「・・・・・・ないから・・・」
「ん?」
「どうせ誰も心配しないから・・・」
視線をそらし、レイシェルは悲しそうに告げた。
「まさか、そんなわけないだろ?心配しない親はいないよ」
「そんなことない!」
レイシェルは強い口調で言う。怒ってもいるようだ。
・・・・・・そんなことないって・・・言いきったな・・・
きっぱりと言い切ったレイシェルに、ディクスは思わず苦笑した。
「そう言われてもな・・・。こんなご時世だからなー、お前を連れて帰ったら逆に俺がさらったんじゃないかって疑われるんだよなー。これはわかるよな?」
レイシェルはうなずいた。
「でも!術を教えてよ!でないと・・・」
「でないと?」
「叫ぶよ」
ディクスは硬直した。
「人さらいって!」
冗談ではないようだ。意を決した表情でディクスを見据えている。
人さらいどころか、襲われているところを助けたというのに・・・ディクスはませたお子様に嘆いた。
もし、人さらいなどと叫ばれれば即刻捕まるのは目に見えている。しかも相手は子供だ。奇異の目で見られるのは必然。
子供は嫌いじゃないが・・・
「どーすりゃいいんだよ・・・」
「一日で良いから!」
レイシェルはなおも懇願してくる。こんなに幼い子供が術に執着するとは・・・何か、理由でもあるのだろうか?
家につれて帰るのは気がひける。だが、こんなところに置き去りにも出来ない。それに、あの男達に狙われていた理由もはっきりさせたほうがいいだろう。
「―――――― 本当についてくるつもりなのか?」
ディクスが問いかけると、レイシェルの顔がぱっと明るくなった。
「ついていく!絶対に!」
そして自信満々に答えた。
・・・・・・やっぱりそうか・・・
思わず頭を抱えるディクス。他に策は無いかと考えてみるが、思いつくものは無かった。
だが、選択肢は一つしかないようだ。楽しげなレイシェルにディクスはため息をついた。
「明日は絶対に家に戻るんだぞ?」
強い口調でディクスは念を押す。レイシェルは嬉しそうにうなずいた。
「ありがとう!ディクスお兄ちゃん!」
「ん・・・」
困惑した表情を見せつつも、自分を頼ってくれるレイシェルにディクスはまんざらでもないようだ。
「好きな食べ物あるか?」
「ハンバーグ!」
「オーケー!じゃあ、今日はハンバーグだ!」
レイシェルは顔を輝かせるとディクスの手を取った。ディクスもその手を握り返す。
そして二人は、宮殿へと続く道を歩き出したのだった。


「クロードさん、お疲れ様です!」
宮殿のとある入り口で警備兵がディクスに親しげに声をかける。
「お疲れ!」
ディクスはポケットにしまっておいた入城許可証を見せる。慣れた手つきで警備兵がチェックし、ディクスに戻そうとして・・・
「おや?この子は・・・」
ディクスに寄りそうにして立っているレイシェルを珍しそうに見る。するとレイシェルは恥ずかしそうにディクスの背後に隠れた。
「知り合いだ。今夜一日泊まるってな。子供だし、一人くらいいいだろ?」
「そうですねー、他でもないクロードさんの頼みですし・・・。いいですよ、今回は見逃しましょう」
そしてディクスは渡されかけた許可証を受け取る。ポケットに入れると再びレイシェルの手を引いた。
「サンキュー!お礼に今度何か差し入れするよ、ナチに持たせてな」
「期待してますよ!では、お気をつけて」
軽く手を上げたディクスに、警備兵はそう答えた。
そして、ゲートを通り過ぎたディクスとレイシェルの後ろ姿を見て・・・
「もしかして、クロードさんの子供だったりして・・・」
同じ色の髪と目を持つ二人に、警備兵は思わず本音を漏らしたのだった。


「もー、ディクスはどこにいっちゃったんだろねー、レクサス。こんな時間まで・・・」
ディクスの帰りを待っているナチはレクサスの体をタオルで拭いてやっていた。
とても気持ちがいいのだろう、レクサスは猫のようにのどを鳴らしてうっとりとした様子だ。そんなレクサスをうらやましそうにセフィーロとアクオスが眺めている。
大人しくしていたレクサスだが、急にがばっと起き上がると、ドアをじっと見つめた。
「ただいま〜」
間延びした声で館に帰ってきたのはディクスだ。いち早く主人の帰りを感知したレクサスを制して、ナチはホールに向かった。
「遅いよー、おなかも空いたし、待ちくたびれちゃった」
少々不機嫌そうに言ったナチだが、ディクスのすぐ後ろでしがみつくようにしている子供に目が留まる。
じっと、その子供、レイシェルを見た後、ディクスに視線を移す。
「レイシェルって言うんだ」
ナチの視線に気づいたディクスが短く言う。するとナチは驚きの表情を見せた。
「・・・・・・もしかしたらとは思ってたけど・・・」
ナチが重々しい表情でディクスを見ている。
「もしかしたらって?」
「ディクス、あんまり女の人に興味なさそうだなとは思っていたけど・・・」
「何言ってるんだ?」
「まさか、すでに子供がいたなんて・・・妹のわたしにも黙ってるなんてひどいわ!」
震える手を口に当て、ナチは呆然としている様子だ。しかしあっけに取られたのはディクス。そして、ナチのとんでもない勘違いにあわてて首を振った。
「ば、馬鹿!違うよ!俺に隠し子がいるわけないだろが!」
顔を真っ赤にして否定しているディクスと、落ち着かない様子のナチをレイシェルは珍しそうに見ていた。
「隠し子じゃ・・・ない?」
するとディクスは今度は縦に首を振った。これで、変な誤解も解ける・・・と、ディクスは安堵したのだが、予想に反して、ナチの動揺はいっそう大きくなった。
「まさか、さらってきたの?」
「ちがーうっ!!」
「子供好きなのは知っていたけど、そんな・・・、さらってくるなんて・・・」
「だから違うって言ってるだろうが!人の話をちゃんと聞け!」
妄想の真っ只中にいるナチに、ディクスは地団駄を踏んだ。
「ディクスお兄ちゃん・・・」
黙ってその様子を見ていたレイシェルだが、ようやく口を開いた。
声を掛けられたディクスと、声を聞いたナチの二人は同時にレイシェルに顔を向ける。そこには不安そうな表情があった。
何か言いたげな様子だが、大人二人に見つめられ、レイシェルは慌ててうつむいた。
「・・・・・・大声で言い争ったりしてごめんね。ところで、どうしてこのお兄ちゃんと一緒にいるの?」
ナチが表情を柔らかくし、そしてレイシェルに話しかけた。
「・・・・・・」
一瞬顔を上げ、ナチと視線を合わせたが、再び視線をそらせると落ち着かない様子でディクスの服をつかんだ。
状況の飲み込めないナチはディクスに疑問のまなざしを投げかける。
「術を・・・術を教えてほしいんだろ?」
レイシェルを見下ろしてディクスが問いかけると、レイシェルは小さくうなずいた。
「術を?でもなんで・・・」
「実は襲われそうになったところを俺が助けたんだ。そのとき術を使って応戦したんだが・・・」
「そっか、それで術を使いたいって思ったのね?」
しかしレイシェルはうなずかなかった。
再びディクスとナチが顔を見合わせる。
「わたしはナチって言うの。あなたのお名前は?」
レイシェルのすぐ前まで行き、かがんで問う。
「レイシェル・・・」
小さな声で答えた。
「レイシェルって言うのね。レイシェルはどんな術が使いたいの?どうして術を使いたいって?」
一度に質問を投げかけられ、レイシェルは戸惑いの表情を見せた。
「・・・・・・たいから・・・」
「ん?なあに?」
「術を・・・ちゃんと・・・使えるようになりたいから」
途切れ途切れに答える。その表情はなぜか曇っていた。今にも泣き出してしまいそうな青い瞳。
「うん、それはいい心がけだ」
うなずくと、ディクスはナチと同じようにかがんでレイシェルを見た。
「教えるのはかまわないが、だけど、できるとは限らないぞ。術は年齢にも関係してくるんだ。自分の心がちゃんと成長していないと、術を制御することができなくて暴走させることもあるんだ」
「ぼう・・・そう・・・」
「術を発動することができても、制御することができなければ、人を傷つけてしまうこともあるってことだ」
「人を傷つける・・・」
震えた、か細い声。ディクスとナチの二人は同時にレイシェルの異変に気づいた。
「人を・・・傷つけたくなんかない!」
耳をふさいでかがんだレイシェルは、悲鳴にも近い声でそう叫んだ。
「れ、レイシェル!?どうしたんだ!」
ディクスとナチが心配そうに呼びかけるが、レイシェルが両腕を抱くようにして震えたままだった。何かにおびえているようなレイシェルにディクスもナチも困惑した。
「――――――― 落ちこぼれなんかじゃないのに・・・!」
再び叫んだ次の瞬間。
ぱぁんっ
玄関ホールにある、壁に埋め込まれていた電球のひとつが砕けた。
ガシャン
続いて今度は窓ガラスの一枚に大きなひびが入る。
「どうして・・・どうして・・・」
わなわなと震える手を見つめる。その目は焦点が定まっていないようだった。とても正気の沙汰とは思えない。
それに、砕けた電球にひびの入ったガラス窓・・・
「レイシェル!しっかりしろ!」
両肩をつかんでレイシェルを呼び覚ます。体を揺さぶられ、ゆっくりと顔を上げる。目に涙をあふれさせ、曇った瞳のレイシェル。ぼんやりとディクスを見ていた。
「レイシェル・・・大丈夫?」
そして心配そうにレイシェルをのぞき込むナチ。
正気でなかった瞳に少しずつ光が戻ってくる。やがて、生に満ちた瞳に戻った時、この館にいったい何が起こったのか顔をめぐらせ、理解すると、レイシェルは急に顔をゆがませてディクスに泣きついた。
「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!がんばるから、怒らないで!!」
泣きじゃくり、謝るレイシェル。
「ごめんなさい・・・!」
さっきの現象はなんだったのか。そしてどうしてレイシェルは何に脅え、謝っているのか・・・
ディクスとナチは泣き止まない小さな子供の背中に、ただ、疑問の視線を投げかけることしかできなかった。



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