D.Force The Third Chapter
Force-21

押しつぶされた心


レイシェルはなかなか泣き止まなかった。
ディクスにしがみつき、顔をあげようとしない。どうすることもできずに、ディクスはレイシェルの背中をさすることしかできなかった。
「ごめんなさい・・・」
かすれた声でなおも謝り続ける。どうしてこんなにも追い詰められた状態なのか、二人には理解することができなかった。
だが、一つだけわかることがあった。
さっき急に割れた電球にガラス窓。あの原因は・・・
「謝ることはないよ。電球とガラスくらい、すぐに取り替えられるさ」
「誰も怪我しなかったんだし、大丈夫よ。だから、顔を上げて?レイシェル」
優しい声に、レイシェルはようやく顔を上げた。
鼻をぐすぐす言わせながら、ディクスから離れる。うつむき加減で、手の甲で乱暴に涙をぬぐった。
「さっきの・・・あれ、術だろ?」
するとレイシェルはうなずいた。
「いつから術を?」
「わからない・・・」
「術は発動できるけど、でも、制御することができない・・・だから、俺に教えてほしいって、そう言ったんだな?」
「・・・・・・いつも何かを壊して・・・誰かを傷つけて・・・みんなに怒られて・・・」
再び大泣きしそうなレイシェルの雰囲気にディクスは満面の笑みで返した。
「だったら、ちゃんと使いこなせるようになって、皆を見返してやろう!レイシェルならできるさ」
「わたしもお手伝いするわ。一緒にがんばろう?」
そういって手を差し出す。
「ありがとう・・・ディクスおにいちゃん、ナチおねえちゃん・・・」
ほんの少しだけ笑みを浮かべ、レイシェルはその手をとったのだった。


「つまり、術は使えるけど、暴走させちゃうから、家族の皆から責められてるってこと?」
「多分な。家に帰りたくなさそうだったし。あの年齢で術を扱えるなんて並大抵じゃない。おそらく家系的に術に優れているんだろう」
厨房でハンバーグの種を手でこねながらディクスが答える。
「落ちこぼれだなんて、小さな子供が知ってる言葉じゃないわよね。わたしびっくりしちゃった」
ナチは調味料とサラダを絡ませながら肩をすくめた。
あれから笑顔を取り戻したレイシェルは、別の部屋にいたセカンダリたちと一緒だ。ドラゴンをよほど気に入ったのか、笑い声を上げて遊んでいるのだ。さっきの惨状とはまったく別人のようだ。
「最初に会ったとき、家に帰りたくないって言った時点で、何かあるとは思ってたけどな。術を制御できないゆえの懇願だったとは思いもしなかったよ」
「術を使えないつらさっていうのは共感できるけど、術を制御できないつらさってわからないわねー」
ナチがうなる。
「――――――俺はわかるよ。そのつらさは」
振り向かず、短く言ったディクスの背中をナチが見つめる。
―――――フォースのことね・・・
声に出さず、そう思う。
「俺の場合は、どうにかできるって保証はないけど、でもレイシェルは違う。必ず打開策があるはずだ。安請け合いしたけど、絶対大丈夫だ」
「うん。才能ある子供の芽を摘むことなんてできないもんね。未来ある術者のためにも今、わたしたちが力添えしなきゃね」
「そうすれば、家族にも認められるだろう。もう、追い詰められることもないよ」
じゅうっと肉の焼ける音が響く。同時に、食欲をそそるにおいが厨房に広がる。
「・・・ねえ、レイシェルの家への連絡どうだったの?」
「ああ、それな・・・」
レイシェルがようやく落ち着いた時、ディクスはしれっと本人から住所を聞き出したのだ。
まだ混乱していたのか、すんなりと答えてくれたときには驚いたが、ディクスはその住所を訪ねてきたのだ。
レイシェルにはばれなかったようだが、ナチにはしっかりわかっていたようだ。
「さっき外出たの、買い足しなんかじゃなくて家に行って来たんでしょ?」
「まあな」
「心配してなかった?」
「別に。結構でかい家でさ、いかにも名家ですって感じだった。両親は不在らしくて、出たのはきつめの顔の男だった」
フライパンの上のハンバーグを返しながら答えた。
「男?もしかしてお兄さん?」
「レイシェルのこと知ってたしな。俺たちみたいに歳の離れた兄弟なんだろ。今夜は俺の家で預かるって言ったら、"はい、そうですか"で、終わり。興味なさそうだったな」
なぜか不機嫌そうに言う。
「普通だったらさ、弟をすぐ返せ!とか、怒るはずなのにさ。それを覚悟でわざわざ行ったのに、逆に拍子抜けだよ。レイシェルが家に帰りたがらない理由もわかるよ」
「そういうところもあるんだねー。良かったー、うちは普通で」
「別に俺はお前に術を強要したことないしな。大体、何をやるにしても本人の意志が大事なんだ。レイシェルの場合は、意志の前に技術だけが身についてしまった。結果、術を制御できる力が追いつかなくて今回みたいなことになった・・・と。あんな小さな子供を追い詰めるなんて、親の気が知れん」
鼻をふんっとならした。
ディクスは同じ術者・・・というよりは、親の視点からレイシェルを見ているようだ。ディクスとは正反対とも言える教育体制が気に入らないらしい。
「レイシェルが自信を持って、術を使えるようになるといいね」
「そうだな・・・。ナチ、そろそろレイシェルを呼んできてくれ。夕飯ができたってな」
「オーケー、わかった!」
サラダを添え終えると、ナチはレイシェルのいる部屋に向かったのだった。


広い食卓の上にディクスの料理が広がる。いつもは二人分だが、今日は三人分だ。
部屋に入ったと同時に目に入ったハンバーグに、レイシェルは目を輝かせていた。
「レイシェルはわたしの隣ね」
そういってレイシェルはナチの隣の席に着いた。向かい側にディクスが座る。
「どうだ〜?ハンバーグがいいって言ってただろ?俺のスペシャルハンバーグ作ってみたぞ」
ひときわ大きなハンバーグが乗せられている皿に釘づけのレイシェルに、ディクスがうれしそうに言う。
「ディクスおにいちゃんが作ったの?」
「もちろん。こう見えても、俺はシェフなんだ」
胸を張って自信満々に答える。
―――――――シェフじゃなくて、"主夫"ね・・・
心の中でナチが突っ込む。
「食べてもいい?」
子供らしい屈託のない笑顔を向ける。
「どうぞどうぞ。野菜もちゃんと食べるんだぞ」
「いただきます!」
ナイフとフォークを使い、レイシェルは特製ハンバーグを食べ始めた。
外側はかりっと、中はジューシーに。添えられたデミグラスソースが肉のうまみを引き立てていた。子供向けのちょっと甘めのソースがレイシェルには好評のようだ。
「おいしいよ!ディクスおにいちゃん」
「そうかそうか。ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」
いい反応をしてくれるレイシェルに、ディクスも満足のようだ。
「じゃあ、わたしもいただきまーす」
次いで、ナチもディクスも絶品ハンバーグを食べ始めた。
大人でも少し大きいかもしれないと思ったが、レイシェルは全ての料理を平らげていた。デザートのアイスをつつきながら笑み満面だ。
「ほぉぉ〜、じゃあ、レイシェルの家は、代々術を得意としてる家系なのか」
「うん。お兄ちゃんもすごい術者になるってがんばってる」
兄のことを誇りに思っているのだろう。その話題になるとにわかに明るくなる。
「レイシェルもお兄ちゃんにみたいになりたいんだ?」
「うん・・・でも・・・なれるかな・・・」
忙しく動かしていたスプーンがとまる。そして悲しそうに言った。
「当たり前だろ?このディクスに頼んだんだからな。これでも、お前の兄ちゃんが目指しているマスターの称号は取得済みなんだぞ」
ふんぞり返ってえらそうに言う。その言葉に、レイシェルは羨望のまなざしを送っている。
マスターの称号の取得がどれだけ難しいか知っているようだ。
「うん!」
「ねえ、レイシェル。ご飯食べた後だけど、少しだけケーキも食べてみない?とってもおいしいケーキがあるのよ」
アイスの入っていた皿を空にしているレイシェルにナチが提案する。すると、レイシェルはぱっと顔を輝かせた。
「おいおい・・・いくらなんでも食べすぎなんじゃないのか?」
「だっていつも一人でつまんないんだもん・・・。こんなにおいしいご飯食べたの初めてだよ!」
ふと、暗い表情を見せた後、再び明るいものに変わる。
ディクスとナチの二人はレイシェルの置かれている環境を思うと、胸が痛かった。
「それにね・・・。ディクスおにいちゃんに助けてもらって、本当に嬉しかったんだよ」
「そういえば・・・なんであんなごろつきに追われてたんだ?」
「歩いてたら、きれいな女の人があの人たちに声をかけられてて・・・・・・怖いなって思ったら・・・」
「そこでも術が発動しちゃったのね?」
ナチが代わりに言うとレイシェルがうなずいた。
――――――恐怖心が無意識に術を発動させたんだな・・・
「その術があいつらにぶつかって、怒りを買ったってわけか」
「すごい怖い顔だったから、逃げたら、追いかけてきて・・・ディクスおにいちゃんにぶつかって・・・」
「デルタも物騒ね。明日スティングに言わなきゃね」
ナチが苦い顔をして頬杖をつく。
「ディクスおにいちゃん、ナチおねえちゃん・・・」
少し声のトーンを押してレイシェルが言う。
「追い出したりしない?」
その言葉に二人とも驚いた。
「そんなことするわけないだろ。少なくとも今夜はちゃんと責任もって預かるよ」
「ドラゴンたちともたくさん遊んであげて?ドラゴンたちもレイシェルと遊べてすごく喜んでるから」
二人の言葉にレイシェルは嬉しそうにうなずいた。
「今日寝るところは俺と同じ部屋で良いか?」
「・・・・・・うん」
少し驚きの表情を見せて、レイシェルは答えた。
「それから、食べ終わったらちゃんと歯を磨いて、ドラゴンと遊ぶんだぞ」
「はい」
「じゃあ、ケーキ持ってくるわね」
そしてレイシェルは次なるデザートに舌鼓を打ったのだった。


長い一日もようやく終わろうとしていた。
読みかけの本にしおりを挟むと、ナチは背伸びをして立ち上がった。
「シャワーでも浴びて、寝ようかな」
自室のカーテンを閉め、脱衣所に向かおうとしたそのときだった。
「ナチおねえちゃんっ!!!」
レイシェルの甲高い声が響いた。耳を澄ませば部屋の外が妙に騒がしいことに気付く。
「えっ・・・何?」
名前を呼ばれ、ナチは慌てて廊下に出た。
すると・・・
「こ、こら!逃げるな、レイシェル!」
向かいの廊下をこちらに向かって懸命に走ってくるレイシェルとそれを追いかけるディクスが目に入った。レイシェルはかなり慌てた様子だが、一方のディクスはなにやら疲労の様子が伺える。
何がなんだかわからなくて、呆然と見ていると、息を切らしたレイシェルがナチに抱きついた。服も髪も乱れている。
ディクスも同じく到着する。こちらも髪も服もめちゃくちゃだ。
「どうしたの?二人とも・・・」
レイシェルの頭をなでつつも、ナチは困惑している。一体何があったのだろうか。
「ナチおねえちゃんー!」
ナチにしがみついてディクスの方を見ようともしない。
「どうしたの?ディクス・・・」
「はーっ・・・はーっ・・・それがさ・・・・・・風呂入ろうと思ったんだよ。湯船が大きいからレイシェルも一緒に入れてやろうと思ったんだが・・・」
「ディクスおにいちゃんのえっち!!」
顔を真っ赤にしてレイシェルが叫ぶ。当然、ナチはディクスに疑惑のまなざしを向けた。
「え・・・・・・・って!ちょっと待て!俺は変なことしてないぞ!」
ディクスは慌てて首を振った。だが、レイシェルはまだナチにしがみついたままだった。顔を隠すようにしているが、隙間からディクスを伺っている。
「なんで、そんなに嫌がるんだよ、レイシェル・・・。俺、何か悪いことしたか?」
深いため息をついてディクスは訊くが、レイシェルはディクスをにらんで何も答えなかった。
「ねえ、レイシェル。ディクスお兄ちゃんとお風呂入りたくないの?」
レイシェルはうなずいた。
「どうして?」
「だって・・・ディクスお兄ちゃん・・・」
困惑した表情でディクスと視線がぶつかると、慌ててナチの背後に隠れてしまった。
「ディクス、本当に何したの?」
「何もしてねえよ!!ただ、一緒に風呂入るか〜って、服脱がしてやろうって思ったらいきなり先制パンチ食らって・・・」
よく見たらディクスの左頬には小さな手の跡がついていた。
「男同士嫌がることないのに・・・」
ディクスは心底嘆いているようだ。頬をさすりながらため息をついた。
何かが嫌なのだろう。レイシェルはディクスを振り切ってここまで逃れてきたらしい。
「・・・・・・ねえ、レイシェル。ちょっと顔を見せて」
かがんでレイシェルと視線を合わせる。
興奮して赤みを増しているが、きめ細やかな白い肌。そして長いまつげに、細い柔らかい髪。一見、少女と見まごうばかりだが・・・・・・
「なるほど、そういうことね・・・」
じっと見つめた後、ナチは確信したようにうなずいた。
「なるほどって、何のことだ?ナチ」
「レイシェル・・・・・・あなた、女の子よね?」
ナチの問いに、こっくりと首を縦に振った。
「えっ・・・?」
背後のディクスは愕然としている。
「お、女の子・・・・・・?」
「やーっぱりねー」
ナチがため息をついて立ち上がった。
「最初からなんか変だと思ったのよね。確かに髪が短いから男の子と間違えられそうだけど、でも、レイシェルはちゃんとした女の子なのよ。ディクス、思いっきり間違ってたでしょ」
呆れ顔のナチに、ディクスは顔面蒼白だ。そして、次の瞬間には顔を真っ赤にした。
「誰にだって間違いくらいあるだろ!」
「性別間違えるなんて最悪よねー。そっかー、それで男のディクスとお風呂入るの嫌がってたのね。そりゃそうよね」
「はああ・・・・・・だから、あんなに嫌がってたのか・・・そうなら早く言ってくれよな」
嫌がられた原因が判明するも、疲れでディクスは肩を落とした。
「それにしても、最近のお子様はませてるな。そんな年齢でもう、嫌がるなんてさ」
「女の子だもん、当たり前よ。誰が見知らぬおじさんとお風呂に入るもんですかってねー」
「誰がおじさんだ、失礼な!」
「はいはいはーい、ここから先は男子禁制ね。ほら、早く自分の部屋に帰る」
レイシェルの手を引き、部屋に招き入れると立ち尽くしているディクスにしっしっと手を振った。
「ちくしょ〜!馬鹿にしやがって・・・!」
「これからは気をつけたほうがいいわよ。じゃあね、おやすみー」
ばたんっ
そしてナチとレイシェルの二人は部屋に戻ってしまった。
廊下で一人きりになったディクスは深い深いため息をついた。
「俺は変態でロリコンじゃないからな・・・」
誰にともなくディクスは苦々しくつぶやいたのだった。


「レイシェル、わたしと同じベッドでいいかな?」
クローゼットから枕を取り出しながらナチが問う。それに、レイシェルは嬉しそうに返事をした。
「良かったー、このベッドがセミダブルで。これなら二人でも悠々ね」
壁際にレイシェルが、そしてその隣にナチが横たわることになった。
先にベッドに入ったレイシェルは、髪を梳かしているナチの後姿をじっと見ていた。・・・というより、ナチが何をするにしてもその様子を目で追っていたのだ。
「・・・・・・どうしたの?何かわたし、変かな?」
何も言わないレイシェルの視線を感じ、ナチは振り返った。
そして部屋の電気を消すとベッドにもぐりこむ。
「うん・・・えっとね・・・・・・あたしにはお姉ちゃんいないから・・・だから、お姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかなって思って・・・」
向かい合わせのレイシェルは少し寂しげに言った。
「レイシェルもお兄ちゃんがいたのよね。わたしも妹なんだけど・・・やっぱりお姉ちゃんが欲しかったなぁー。お姉ちゃんがいたらきっと優しくしてくれただろうなっていつも思っていたもの」
ナチがいたずらっぽく笑うと、レイシェルもつられて薄暗闇で微笑む。
「でも、ディクスおにいちゃん、優しいよ」
「そうかなぁ。子供には甘いから・・・。レイシェルのお兄ちゃんは?」
問いかけに、レイシェルが一瞬ひるむ。そして、ナチから視線をそらした。
「えっと、あたしのおにいちゃんは・・・術がすごく得意で・・・お母さんたちにいつも褒められてて・・・」
「レイシェル・・・」
ナチはレイシェルの頭をなでた。
「あたしのおにいちゃんも、ナチおねえちゃんや、ディクスおにいちゃんみたいに優しかったらいいのに」
消え入りそうな小さな声で言う。
「大丈夫よ。レイシェルのお兄ちゃんも、お母さんも、お父さんも、ちゃんとレイシェルのことを思っているわ」
自分でも根拠のない無責任なことを言っていると思う。だが、ナチにはほかに慰める言葉が見つからなかった。
「ほんと・・・かな?」
「本当よ」
しかし、レイシェルは期待を込めた目をナチに向けた。まるで、ナチの言葉が本当であって欲しいと願うように。
「だから、今日はもう、寝ようか。明日は術の特訓しなきゃね」
「うん」
「さあ、ちゃんと布団を掛けて。――――――おやすみ、レイシェル」
「おやすみなさい、ナチおねえちゃん」
ナチが目を閉じるのを見届け、レイシェルも安心したように目を閉じる。
小さな手には、不安を取り払うかのように、ナチの手が握られていた。
そして、もう片方の小さな手には、小さなペンダントが。
それは、レイシェルと家族の大事な絆だった。



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