D.Force The Third Chapter
Force-24

心の闇


いつからだろう?
いつから自分への関心が消えてしまったのだろう?
物心つき、これからだ・・・そう決心したその時から、彼の周囲は変化した。
「シュミット、貴方の妹よ」
母が嬉しそうに抱いて見せる妹の顔。父も普段は見せないような優しい笑みを浮かべてその赤ん坊を見ている。
目を閉じてはいるが、まぶたの奥には彼と同じ青い瞳があるのだろう。そして、まだ薄い金髪も、そのうちに明るいものへ変わるはずだ。
これが自分の妹だと、初めて愛おしさを覚える。
そう、始めは妹が可愛かった。自分を頼ってくれる妹が大好きだった。
けれど―――――
「どうして貴方はできないの?シュミット。貴方は優秀な術者として、レイシェルのお手本にならなければならないのよ」
増え始めた母親の小言。限って、兄として手本にならねばと、彼にプレッシャーを与える。
父親もそうだった。優秀な術者になれと、口で言うばかり。
怒られてばかりなのは彼だった。レイシェルはというと、母親と父親に溺愛されている。
嫉妬も覚えたが、レイシェルはまだまだ幼い。両親が構うのも仕方がないと、そう思っていた。
だが――――――
「まあ、レイシェルはもう、術が使えるようになったのね!お父様に似て優秀だわ」
「シュミット、お前ができなかったことをレイシェルは四年も早く成し遂げたぞ。お前が妹を見習うべきだな」
それはレイシェルが握っていた小さなガラス球が発端だった。
夜寝ようとして、暗闇の中、母親が生み出した光球。それを見ていたレイシェルの手のガラス玉から光が漏れたのだ。
それはレイシェルが偶然にも見せた、術者としての素質。
「まだこんなに小さいのに・・・光のイメージをガラス玉に送り込んだのね」
「さあ、シュミット。そんなところに突っ立ってないで早く寝なさい。早起きして術の訓練をするように」
そういい残して三人は奥の部屋に消えてしまった。
残ったのは彼と、彼の中の喪失感と苛立ち。その瞬間から彼の態度は一変した。
「おにいちゃん!」
呼ばれる声が鬱陶しかった。
レイシェルを自分から遠ざけたかった。レイシェルと自分が近くにいれば必ず比較され、自分が堕落した人間だと文句を言われる。
レイシェルは褒められてばかりだった。彼女が生まれてから、彼は一度も父親から術を教わっていない。
なのにどうしてレイシェルだけ―――――
だが、幸せだったレイシェルにも変化が訪れる。
「どうしてできないんだ!」
毎日繰り返される罵倒。そして泣きじゃくるレイシェル。
過度に期待した親が子供に要求するのは、無理難題。
彼はそんな妹を陰から見ていた。始めは兄らしく、フォローを入れようともしたが、逆に親の逆鱗に触れてしまった。それ以来、レイシェルが術の練習をしている時は人目に寄り付かなかったのだ。
とばっちりをうけるのは御免だ。
だけど・・・・・・本当は―――――
何もできない自分。出て行けば罵られる役立たず。
自分自身の存在理由が分からない。一体何のためにここにいるのか・・・。
その心の拠り所が皮肉にも術だった。それは親に怒られる原因の一つ。彼の中の苛立ちは術力となって具現化され、巨大な力を生む。
表面上は"できる術者"だった。本当は怒りをぶつけているだけなのに。
自分の能力の限界を知っている。自分以上に、両親はそれを分かっていた。
だから、彼に対する両親の関心は既にない。
今は何も言われない。成績が良かろうと悪かろうと、何も・・・
何故だか急に胸が痛くなる。そして、吸い込まれるように意識が暗転し・・・・・・
目を開ければ朝だった。
「・・・・・・」
可能な限り、目だけを動かして部屋を見渡す。
「また・・・・・・あの夢・・・」
ベッドから身を起こし、シュミットは両手で顔を覆う。しばらくそうして、誰もいない家で一日を始めた。
彼は今日もまた、負の感情を糧に術を磨く。


術でちゃんと治したはずなのにまだ痛い・・・
ディクスは痛む首をさすりながら朝食を作っていた。この痛みの原因は昨夜の出来事。
レイシェルに抱きつかれ、バランスを崩し、ベッドから落ちたディクス。不運にも首を痛めたのだが、すぐに術で治療することはなかった。
理由は、寝る前の術治療は、脳の活性化により寝つきが悪くなるから。結局痛む首をそのままに、ディクスは熟睡したのだが・・・朝になって痛みが余計に増していたのだ。術ですぐに処置したが、なんとなく痛むし、いつもと感覚が違うような気がする。
一方、ディクスを突き落としたレイシェルは、気持ちよさそうに寝ていた。ディクスが朝起きた時も、気付かずにぐっすりだった。
「うー・・・、なんだか首の違和感が取れない・・・」
何度も首を回すが効果がない。
「後でナチのやつにマッサージしてもらうか」
そうなると当然何か代償が付くだろうが仕方がない。
「おはよー、昨日の夜はどうだった?」
厨房から顔をのぞかせたのは既に服に着替えたナチだった。
「ああ、レイシェルのやつぐっすりだよ。俺をベッドから落としてくれるしな。おかげで首が痛くて」
「・・・・・・何かやったんじゃないでしょうね・・・?」
「しねぇよ。いきなり後ろから抱きつかれて、バランス崩して床に落ちたんだ」
額に青筋を浮かべつつ、冷静に答える。
「なーんだ、そんなのディクスが端っこに寝るからじゃない。半分自業自得ね」
「お前は優しい言葉の一つでもかけようとか思わんのか・・・?」
「ぜーんぜん!」
にっこり笑って当たり前のように言うナチに、ディクスは嘆息した。
―――――レイシェルはあんなに俺を慕ってくれるのに・・・
「お前も昔はレイシェルみたいにお兄ちゃんっ子だったのになぁ〜」
はぁ・・・と、小さい声で本音をつぶやく。
「何か言った?」
「別に何も」
聞き損ねたナチが問うが、ディクスは悲しげにまぶたを伏せ、首を振った。


レイシェルも起き、三人で朝食を取った直後、ディクスは日課の家事をこなしていた。
応接間を隅々まで掃除していると、スティングが訪ねて来た。
「初級者用の本?」
スティングは数冊の薄っぺらい本を掲げた。
レイシェルに向いてそうな初級者用の術本を持ってきたらしい。
「図書館の地下蔵書室で見つけたんです。これなら上達しやすいんじゃないかって。図解もたくさんありますから、子供でも分かりやすいと思いますよ」
そう言って、ディクスに手渡す。
「へー・・・本当に基礎の基礎だな」
「基礎作りが大事ですから。それにこの本、僕も子供の頃に熟読したんですよ。この本を地下蔵書室で読んでたら、どれだけ時間が経ったのか分からなくてずっと地下にこもってたんですよね。疲れて部屋に戻ったら、僕が行方不明になったって大騒ぎになってました」
「小さい頃からお前って抜けてたんだな・・・」
自分の墓穴を掘っていることに気付いていないスティングにディクスは呆れたように言う。
「誰しもそういう経験くらいありますって。ところで肝心のレイシェルは?」
「ああ、ナチと買い物行ってる」
「・・・・・・」
「どうした・・・?何で驚いた顔してるんだ?」
何故か驚きの表情を見せているスティング。ディクスは不審そうな顔をした。
―――――クロード家の買い物はディクスの専売特許なのに・・・
「いえ、なんでも・・・」
心の中で思うが、スティングは口をつぐんだ。また殴られたくないのだ。
「あー、早くナチ帰ってこんかなー」
相変わらず首を回しながらディクスがぼやく。
「何か買い物頼んだんですか?」
「いや、違うよ。昨日の夜レイシェルと一緒に寝たんだ。そしたらあいつにベッドから落とされて首ひねったんだよ」
首の辺りをさすりながらディクスが言う。だがスティングは・・・
「・・・・・・何かやったんですか・・・?」
「ナチと同じ反応するな」
神妙な表情で恐る恐る訊いてきたスティングにディクスはにらんで答えた。
「冗談ですよ。術で治してみたんですか?」
「何度かやってはみたんだが、違和感が消えないんだ。なんとなく痛いし。だから、ナチのやつにマッサージしてもらおうって思ってたんだ。あいつ指圧とか上手いから」
「だったら代わりに僕がやりましょうか?」
手をぽきぽき鳴らしながらスティングが笑顔で言う。
「―――――お前にできるのか・・・?」
眉をひそめたディクスの目はスティングの角ばった手に留まっている。この勢いで殴られたらきっと痛い。
「大丈夫ですよ。"ツボ"はちゃんと知ってますから」
「ん・・・うん・・・」
昨日のカナヅチの件もある。スティングに背を向けるのはなんとなく危ないような気もしたが、せっかくだからと頼むことにした。それに、スティングなら多少のわがままもきくだろう。
「じゃあ頼むよ」
一抹の不安を抱え、ディクスは応接間の大きなソファに寝転がった。
――――――それが悲劇の始まりだとも知らずに・・・


「ナチおねえちゃん、これ可愛いよ」
ショーケースの中に飾られているネックレスに指をさし、レイシェルがナチを呼ぶ。
「どれどれ?」
ケースを覘きこむ。
「あ、ほんと!このきらきらしたネックレス可愛いわね」
「でしょ?」
ナチはレイシェルと一緒にウィンドウショッピングをしていた。
服や雑貨を見に、デルタに来るのはかなり久々だ。
ナチはもちろん楽しんでいたが、レイシェルもたくさんの服やアクセサリーを前にして目を輝かせている。
「じゃあ、次のお店行ってみようか」
デルタの中でも一番の商店街。様々な種類の店が揃うこの場所で、ナチたちは次の店へと足を運んだ。
「・・・・・・」
すると、細い路地の前で、レイシェルが立ち止まった。
やや遅れてナチも立ち止まる。
「レイシェル、どうしたの?」
「この道・・・あたしの家に帰るとき、いつも通る道なの・・・」
路地の向こうをずっと見たままレイシェルはそう言った。
「この道の向こうに、レイシェルのおうちのがあるの?」
訊くと、レイシェルはナチの目を見てうなずいた。
―――――ここら辺って一等地じゃなかったっけ。ディクスが言ってたけど、レイシェルの家ってお金持ちなのかな、やっぱり
「レイシェル、おうちに寄ってみようか。もしかしたら、お母さんがいるかもしれないわよ」
「うん!」
数日家を離れているレイシェルだ。きっと家が恋しいのだろう。
路地をじっと見続けているレイシェルと共に、ナチは家を訪ねることにした。
細いとはいえ、綺麗に整備された道を行く。開けた場所に出ると、そこには大きな家が通りに沿ってずらりと建っていた。
どの家も門構えは立派で、高級住宅地にふさわしい雰囲気だ。
ナチより先を急いで歩くレイシェル。
しばらく歩くと、ひときわ大きな門の前についた。
「ナチおねえちゃん、ここ」
立ち止まってその家を指差す。見上げるほどの家に、ナチは感嘆をもらした。
「へぇー・・・すごいところに住んでるのね、レイシェル」
「お母さんいるかな・・・?」
つま先立ちしてインターホンに手を伸ばす。
ピンポーン
しかし、反応するものはない。もう一度手を伸ばしてインターホンを押すが・・・
「誰もいないみたいね・・・」
その場所から家を伺うが、誰もいないようだ。
残念そうにうつむくレイシェルに、ナチは元気よく声をかけた。
「たくさん歩いたから疲れたでしょ?ちょっとお茶でもしよっか?」
笑顔に戻ったレイシェルの手を引き、ナチはその家を後にした。
再び商店街に戻り、オープンテラスのテーブルでナチとレイシェルは一息つくことにした。
そして、メニューからめぼしい物をみつけ、ウェイトレスに注文する。
「はぁー、久々に来るとすごく楽しいわー」
「あたしも久しぶりに来たの。前はお母さんと一緒に毎日来てたんだけど・・・」
「お母さんは今、どうしてるの?」
恐る恐る訊く。
「お父さんのお仕事でおうちにいないの。だから、ディクスおにいちゃんに会うまでは、おにいちゃんと二人だけだったんだ」
運ばれてきたジュースのストローに口をつけながらレイシェルが言う。
「いつ帰ってこられるの?」
「・・・・・・分からないの・・・」
悲しげな表情のレイシェルがあまりにも不憫だった。
こんなにも幼いのに、母親の元にいることができないなんて・・・
「良かったら、いつまでもわたしとディクスのところにいていいのよ?ディクスだって喜ぶし、スティングもレイシェルにたくさんの術を教えてあげられるって、きっと張り切るから」
「ありがとう、ナチおねえちゃん」
ちょっとはにかんだ様子でレイシェルはそう言った。


一方、館では応接間からセカンダリたちが中の様子を珍しそうに見ていた。
「ぎゃああああっ!!!」
何度目か分からない。叫び声に三頭は目を堅く閉じた。
「少しは慣れてくださいよ、それに、ここのツボは肩こりに効くんですから」
そう言ってスティングは指先に思い切り力を入れる。
「だああぁ!やめろっ!痛い、痛いぃぃっ!!」
肩こりに効くツボを突かれ、ディクスの絶叫が響き渡る。
やはりスティングに背中を預けたのがまずかった・・・こうなることは予想できたはずなのに・・・!!
ツボを知っていると言っていただけあって、スティングの指圧マッサージは的確だった。しかも、遠慮なくぐいぐい押すものだから、その痛みは相当なものだ。
とにかく、痛い。
「力入れすぎだ!もういいからやめろっ!!」
「いいんですよ、遠慮しなくても。いつも美味しい料理をご馳走してくれるお礼ですから」
苦痛の表情のディクスとは裏腹に、にこにこした表情でスティングは指に更なる力を入れた。
今まではナチの指圧に甘んじていたところがあった。多少力はないものの、気持ち良かったのだ。
男であるスティングにそれを期待したのが悪かったのだ。力の差があまりにもありすぎる。
「・・・・・・・!!!」
ディクスが悲鳴にならない声を上げ、足をばたつかせた。
「あまり暴れないでくださいよ。うーん・・・効いてないんですかね・・・結構力入れてるつもりなんですけど・・・」
一人でぶつぶつつぶやいているスティング。
スティングの指圧から解放されたディクスは肩で息をし、ソファの上でぐったりとしている。
「死ぬかと思った・・・」
そして、ソファから体を起こそうとしたが、スティングにその背中を押さえつけられた。
「何だ・・・?」
「まだ力が足りなかったみたいですね。でも、これで"全体重"をかけられますから大丈夫ですよ」
腹ばいになったままぎこちなく後ろを見れば、いつの間にかスティングが自分の背中にまたがっていた。
指をぽきぽき鳴らして準備万端のようだ。
「お、お前・・・まさか・・・!」
「もういい歳なんですから、痛がらないでくださいよ」
そう言って、スティングは全体重をかけ、ディクスの肩こりのツボを押した。


「やっと館が見えてきたわね」
目の前に見える館にナチが言う。
「遠いね、ナチおねえちゃん」
「そうよねー、いつもは宮殿内移動することが多いからそう感じないんだけど、町に出たりするには遠すぎるわね」
町で購入した服の入った紙袋を抱え、二人はようやく館に到着した。
そして玄関扉に続く石畳に足をかけた時だ。
『のああああっ!!』
二人の耳に届いたディクスの絶叫。
どちらも驚きの表情で顔を見合わせた。
「ディクスおにいちゃん・・・?」
レイシェルが不安な声を上げ、ナチの服の裾をつかむ。
さっきの叫び以降何も聞こえないが、声からしてディクスに何かがあったのは間違いない。
「大丈夫よ。どうせたいした事ないから」
そう言ってなだめるが、ナチも緊張した面持ちを隠せ切れない。館を見据えるが、何の変化も無いように見える。
館にはディクスしかいないはずだ。それなのにこの絶叫は・・・?
「ディクス!」
名前を呼び、館に入る。だが、ホールにはいないらしい。
「レクサス・・・?」
応接間の前に固まっているセカンダリたちを見て、そこにディクスがいることを確信する。
セカンダリを押しのけ、やや緊張気味にナチは応接間に入った。
「ディクス!」
もう一度名前を呼び、応接間を見渡したが・・・
「あ、ナチ。お帰りなさい」
「・・・・・・」
そこには、ソファの上で死に掛けているディクスと、そのディクスの背中にまたがっているスティングが。
「スティング・・・?さっきの叫び声は・・・」
「ディクスですよ。首が痛いって言ってたので、指圧マッサージやってたんです。ナチが聞いた絶叫も、多分ディクスのものでしょう」
相当強い力を加えられ、耐えかねたのだろう。ディクスはぐったりとソファの肘掛に顔をうずめたまま動かない。
よっこらせと、スティングがディクスから離れる。
「ははっ、久々に指の筋肉使ったら手が痛いですよ」
「指圧マッサージ・・・?」
「ええ、ディクスにはいつもお世話になっているのでそのお礼に。ツボを狙って指圧したんですけど、その度にディクスが絶叫するので大変でした・・・」
そう言って息をついた。
ナチはディクスに目を向けるが、まだ沈黙したままだ。微動だにしない。
―――――スティングの指圧に耐えられなかったんだ・・・
「そ、そうだったんだ・・・。ディクスの叫び声何事かって思ったんだけど・・・」
「痛いくらいがちょうどいいんですよ。これできっと首の痛みも治ったと思います。僕が全身全霊を込めてマッサージしましたからね」
スティングに相当な力を入れられて瀕死の状態のディクスを思う。
――――――相当痛かったんだわ、あれ
ナチは、心の中でそっと手を合わせた。
「・・・ディクスのマッサージで疲れたでしょ?お茶煎れるね」
そして応接間から出て行ったナチ。代わりにレイシェルが応接間に入り、ディクスに駆け寄った。
「ディクスおにいちゃん、寝てるの?ねえ?」
心配そうな表情でディクスを突付いているレイシェル。当然だが、ディクスに反応はない。
――――――ちょっとやりすぎたかな・・・
スティングに悪気はない。
だが、突っ伏したまま動かないディクスを見て、スティングはすまなそうに頭をかいた。



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