D.Force The Third Chapter
Force-28
秘められた感情
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ガイスター国とは、かつてエンドレスの北に位置していた小国だった。 小国とはいえ、軍事に栄え、周囲の国に影響を持っていたのだ。しかし、他国を押さえつけ、強大な力を振るおうとするガイスターにエンドレスは立ちふさがった。 何年もの長い争いが続いたと言う。 軍事力に掛けては脅威のガイスターに、大国エンドレスは苦戦の上に勝利を飾る事が出来た。ガイスターは滅び、その土地は隣国に吸収されたのだ。 国民はその後、他の土地に移ったが、ガイスターの直系は行方をくらませ、それ以来ひっそりと暮らす事となる。 少数では抵抗も出来ないだろうと、エンドレスは彼らを追う事は無かった。 ところがガイスターが陥落してから百年目。 エンドレスにクーデターが起こる。 クーデターとしては小規模なものではあったが、それでもエンドレスは被害をこうむった。国王の身もその時狙われる事となったのだ。 そのクーデターは程なくして鎮圧されたものの、それ以来、ガイスターの末裔はエンドレスの監視下におかれることとなった。 そして、現在。エンドレスの監視下を逃れ、ガイスターの残り香は再びクーデターを起こそうとしている。 今度こそ、恨みを晴らすために。 「その標的がスティングだ。現国王を殺めたとしても、"その次"がいれば意味などない。だが、"その次"を殺めたとしたら?正統な跡継ぎを欲しているエンドレスにとっては甚大な被害だ」 「だからスティングは躍起になって・・・」 演習場からエリオスを追ったナチは、彼の部屋に招かれていた。 高級ティーを勧められつつ、暗い影を落としている。 「エンドレスやスティング自身が狙われる事で、スティングのやつがムキになる事は分かっていた。だが、あそこまで追い詰めるとは思っていなかった・・・」 苦い顔のエリオス。 「わたしも全然気付きませんでした。最近になって、なんとなくスティングの様子がおかしいなって感じて。まさかエンドレスがそんな事になってるなんて」 スティングの異変にも驚いたが、さらにエンドレスのクーデターの件を聞き、ナチは動揺を隠せなかった。 「あいつは普段こそ柔和だが、その本質は違う。今は王としての性質がみなぎっている。他国に負けてはならない、追随を許してはならない・・・。ディオール大陸に君臨するエンドレス故の苦悩だ。 普段はあんなにぼけっとしているのに、肝心な時に妙な闘争心を見せてもらっても困るよ・・・」 普段は、王位を継ぐものとしてしゃきっとしろ!と言っているエリオスだが、スティングの隠れた気質を垣間見、少々後悔しているようだ。 「エンドレスの事になると、スティング深刻そうですしね」 「ああ。あいつは私が思っている以上に愛国心が強いらしい。 だが、スティングは自分の中にあるのは王としての気質だけではない。今のスティングの中には憎悪がある。もし、このまま憎悪がとどまれば、スティングのやつは確実に壊れる。もう、以前に戻れないくらいに・・・」 エリオスも、ナチもスティングの変容に恐怖を抱いていた。 近寄りがたい何か。スティングにある威厳・・・それだけではなかった。 「どうしたらスティングは元に戻ってくれるんでしょう?」 「スティングは義務に駆られすぎている。あいつ自身は気付いていないようだが、それでスティングは酷くストレスを受けているんだ。それが、好戦的になっている理由だろう。 それに気づけと言っているのに、あいつは何も分かっていない。何事も自分が正しいと信じきっている」 「スティングに、第三者から見た今のスティングを認識させれば戻る・・・という事ですか?」 「それが一番だろう。簡単な事ではないと思うがな。・・・スティングがあんなにもエンドレスの事で気に病んでいたとは・・・全く気付かなかった」 そして、眉をひそめ、髪をかき上げる。 ―――――― スティング・・・レイシェルの時みたいに自分にプレッシャーをかけてるんだ・・・エンドレスの問題をたった一人で抱えて 「わかりました、わたし、スティングを元に戻します」 いきなり席を立ち、ナチは言った。 「元に戻すって・・・ナチュラル!今のスティングのそばにいては、今度は君が追いやられる事になるぞ。ガイスターの件が終わるまでは待っていた方が・・・」 「いつやってくるかわからないクーデターを待っていたらそれこそ大変です。大丈夫ですよ、スティングなら絶対に分かってくれます。だって、スティングですから」 笑みでエリオスに告げる。 ナチはエリオスを変えた。ナチならばスティングも変えられるだろうか? 「ナチュラル・・・」 「やれるだけやってみます。だから、スティングの事、任せてください」 ナチの言葉が頼もしかった。エリオスはようやく表情を和らげ、うなずく。 「どうしようもないやつだが、頼む、ナチュラル」 「次、アクオスの番だからね」 レクサスの体を拭いてやりながら、最後に待っているアクオスに声を掛ける。 レクサスは気持ちが良いのか、喉を鳴らしながらうとうとしていた。 「オーケー!じゃあ、アクオス、こっちにおいで」 アクオスが喜び勇んでナチに寄る。 そして身を伏せた時だった。 「すみません」 ホールの大きな扉から顔をのぞかせたのは・・・ 「す、スティング・・・!」 思わず声を上げてしまう。演習場であった時以来、既に数日が経過していた。 その間スティングに会いに行く事も、スティングがこの館に来る事もなかった。 突然の来訪に驚きつつも、もしかしていつもの調子に戻ったのではないのかと期待する。 「ほら、アクオス、スティングが来てくれたわよ!」 伏せたアクオスの背中を叩き、促すも、アクオスはスティングに寄ろうとはしなかった。それどころか、身を低くし、わずかに後退している。 「どうしたんだ、アクオス」 笑みを浮かべ、スティングがアクオスをなでる。 だが、当のアクオスは身を硬くし、すごんでいる。いつもならスティングに擦り寄ると言うのに。 「あの、スティング・・・」 「はい?」 遠慮がちに声を掛けたナチに、スティングが振り返る。 「えっと・・・」 「どうしたんですか、ナチ。なんだかおかしいですよ」 口ごもっているナチをスティングが笑う。 いつものように笑ったはずだが、ナチには何故だか、それが不思議に思えた。 やっぱり、いつもの調子に戻ったのかな・・・ 自信は全くないが、禍々しさの消えているスティングに少し安堵する。 「・・・・・・スティングが、なんだか変だなって、そう思って。エリオスさんから聞いたんだけど、エンドレスの事。それで、スティングが圧迫されてるんじゃないかって心配で・・・」 当たり障りの無いように、途切れ途切れに言う。 スティングは驚きの表情を見せたが、すぐに困惑しつつも笑みを見せた。 「大丈夫ですよ、僕は」 「そ、そうだよね」 あははと笑い、ナチが取り繕う。そして、スティングを伺うが、そこにはいつものスティングがいた。 ―――――― もしかして、本当に元に戻った・・・? 「ナチ?」 「え?なんでもないよ!あのね、昨日ディクスがシフォンケーキ作ってて、それが余ってるんだけど・・・」 「じゃあ、是非頂きます」 にっこり笑ったスティングを見て、ナチは大きくうなずき、喜んで厨房に向かった。 そんなナチの背中を見送るスティングの表情は柔らかい。だが、ナチが扉の向こうに消えると同時に、その表情は暗いものに変わる。 クゥゥゥッ・・・・・・ 小さく鳴くアクオス。 アクオスのほうを振り向くと、スティングは悲しげな表情を見せた。 「アクオスは分かるんだね。僕の中にある、闇が・・・」 呟くと、アクオスは身を起こし、いつものようにスティングに寄る。 「でも、どうしようもないんだ、この感情は。押さえられないんだ」 アクオスの顔に額をこすりつける。 「自分の中に押さえるのが精一杯で・・・」 初めて誰かに話す心の内。アクオスはスティングを気遣うように顔を摺り寄せた。 それから程なく、ナチが持ってきてくれたディクスのシフォンケーキを食べた後、スティングは自室に戻った。 誰もいない暗い部屋の明かりをつける。 「ふぅ・・・」 軽くため息をつくと、大きな椅子に腰をかける。 ナチは自分に対する疑いを晴らしたようだった。元に戻ったスティングを嬉しく思ったのだろう。 普段よりも大分テンションが高かった。 それを見てスティングは胸が痛かった。本当は何も変わっていない。元になど戻っていないのだ。 スティングの中に生まれた黒い影は、成長を続けながら彼を苦しめる。それが外に出ないように、以前のように態度や、顔に出ないように堪える必要があった。 スティング自身気付いていたのだ。 自分の表情が、以前のものと全く変わってしまっている事に。 エリオスと対峙し、ナチがやってきたあの時にそれを確信した。 ナチとエリオスが自分に向ける視線が痛かった。自分に対して恐怖を抱いているのが痛いほど分かった。 表情に感情は表れなくなった。 後はその感情を何とかしてコントロールするだけ。 机にひじをつき、手で顔を覆う。隙間から伺えるスティングの表情は険しかった。 憎悪に駆られた自分を諌める方法など知らない。 「早く来い、エルディスト・・・!」 全ての元凶であるガイスターの末裔、エルディスト。 机の上に置いていたあの手紙のコピーを手に取ると、スティングはそれを握りつぶし、苦々しく呟いた。 「スティングの事なんだけど・・・」 ナチの話を聞き、ディクスは相槌をうちつつ料理をしていた。 「でもね、もう大丈夫みたいよ。今日会ったらいつものスティングに戻ってたから」 いつになく嬉しそうなナチ。 「レイシェルの次はスティングか。全く、世話を焼かせるな」 呆れ半分、ディクスは苦笑した。 「でも、本当に大丈夫かな、スティング・・・ちょっと心配かも・・・」 今日のスティングは、恐い表情を見せる事はなかった。だが、変化が急すぎて、本当にスティングは元に戻ったのかイマイチ確信が持てない。もしかして、自分に気を使って表情を作っているのではないかと憶測が飛び交う。 「あいつの悩みは、俺たちには一生分からないくらい重いんだろうな。あいつの置かれている立場は、あいつしかいないんだもんな。それをわかってやるっていうのは不可能だろう。変に同情したら、逆に火に油を注ぐ事にもなりかねないし」 「うん」 「上辺だけで人間を見るな。ナチ、気をつけろよ。憎しみにとらわれた人間は、憎しみしか見えない」 ・・・・・・上辺・・・?やっぱリスティングは、元に戻ってないのかな・・・ 「・・・・・・う、うん・・・」 ディクスの言葉に圧されつつ、ナチは小さくそう答えた。 お節介だって思われてもいい。エリオスさんとも約束したんだもの。スティングを変えなきゃ。 真剣な表情のナチ。そんなナチに、ディクスが何かを差し出した。 「ナチ、これちょっと味見してみ?」 ボウルの中身をさじにすくったスプーンを手渡す。 「もしかして、これってシュークリームの?」 淡い黄身色のクリームを味わう。余り甘くなく、すっきりとした味わいだ。 「ちょっとヨーグルトを加えてさっぱり風味」 「レイシェルにあげるのね」 前回の事から、ディクスはレイシェルの術指導を行っていた。もちろん破格で。 今日もレイシェルと演習場にいたのだ。たまに、母親のディアナや、兄のシュミットもやってくる。 「そ。厳しい訓練をしつつ、お菓子で釣ろう作戦。やっぱり長時間の訓練はきついからな。それに、三時のおやつは欠かせません」 きっぱり言い、ディクスはあらかじめ焼いておいたシュークリーム生地にクリームを乗せた。 「一個貰って良い?」 「ああ、いいよ」 そしてディクスはナチに二個渡した。 「スティングの分な。甘いものでも食べさせれば、少しは気も和らぐだろう。何より、俺の作った超絶品デザートだからな」 「え?ああ、そうだよね。有難う」 貰った二つの大きなシュークリーム。 そっか、ひとつはスティングの・・・・・・ 「有難う、ディクス。わたし行って来る!」 これでスティングのところに行くきっかけが出来た。ナチは自分自身を奮い立たせるように声を上げ、勢い良く館を出て行った。 「若いって、いいですなぁ〜」 そんなナチを見て、ディクスは感慨深げに首を振った。 ナチに手を引っ張られ、スティングは庭園にいた。 確かに昨日約束はした。シュークリームを持ってきたナチと、"明日、ちょっとどこか行こう"と。 現在の時刻、午前五時半。 辺りはまだ暗い。それに寒い。 「どうしたんですか、ナチ・・・」 昨夜も同様、なかなか寝付けなかったスティングは、早朝ナチに起こされ、眠そうな目をしている。 ところがナチは満面の笑みだ。一人、生き生きとしている。 「ちょっとリフレッシュしようかと思って」 「リフレッシュ?」 この時間帯は警備も薄い。誰もいない道を二人は歩いた。スティングは眠くてあくびが止まらなかった。 引っ張られるままに歩く。 「到着!」 気付けば町と宮殿敷地を隔てる壁までやってきていた。 ピッ ナチがカードを通すと、重厚な扉は簡単に開いた。 そのままスティングを引っ張り出す。 「えっ、ええっ!?」 いきなり町に連れて行かれ、スティングは驚きの声を上げる。 「今日は暇って言ってたよね?だから、町に一緒に行こうと思って」 笑って言うナチの顔をじっと見るが、冗談ではないらしい。いきなり町に出た事などなかった。周囲に警備兵がいないかどうか、神経質に辺りをうかがっている。 見つかったら即連れ戻される。 「な、ナチ・・・」 「あ、もちろん髪と、目の色は変えてね。ばれちゃうから」 スティングの腕をしっかりつかんで離さない。しかも、出てきた扉は硬く閉ざされ、ナチのカードがなければ宮殿に戻れそうもない。 短く息をつく。 「しょうがないですね」 苦笑する。だが、町に出るのは嫌ではなかったし、ナチの笑顔を見ているとなんとなく気分も晴れるような気がした。 スティングは術を発動し、目と髪の色を変化させた。 ナチと同じ金の髪と、青い瞳だ。髪も高い位置に結い上げる。 「それじゃあ、朝のデルタに繰り出すとしましょうか!」 相変わらずスティングの腕を引っ張るようにし、ナチは動き始めた町へと足を進めた。 朝が早いとは言え、市場は人でごった返していた。仕入れをする者、店に並べられたたくさんの商品の品定めをしている者、そんな人々に食事を振舞っている者。 活気で満ち溢れていた。 「・・・・・・」 初めて見るデルタの日常。スティングは思わず立ち止まってその様子を観察した。 「こうやってデルタの一日って始まるんだね。ほら、こんなに早い時間なのに人がたくさん」 ナチが言うのも聞こえていないくらい、スティングは周囲に気をとられていた。自分の知らないデルタがここにあった。この場所で人々が行き交い、物が消費され、経済が生まれる。 当たり前の事だが、目の前で実際にそれを目にし、スティングは強烈な何かを感じ取っていた。 「こんなにもたくさんの人がデルタを支えてるのね」 ナチの何気ない一言がやけに耳に響いた。 一度ナチに目をやり、それから再び市場に目をやる。デルタでは日常の光景がスティングには新鮮だった。 見るもの全てが真新しく映る。 「これが、デルタ・・・」 吐く息がわずかに白い。 今まで自分はエンドレスの全体しか見て来なかった。町がどう機能しているのか、人々がどう生活しているかなど気にした事がなかった。 一番知るべき事を、スティングは知らなかったのだ。 この国で、大人はもちろん、小さな子供までもが、朝早くから市場に並び、威勢のいい声を張っている。彼らも立派な労働者であり、国の経済の要。 こんなにも身近な場所さえ知らなかった自分が恥ずかしくなる。 自分はエンドレスを少しも分かっていなかった。いつもエンドレスの中心は宮殿で、その中に自分があるのだと思っていたところがあった。だが、実際は彼らの働きによってエンドレスは支えられている。 自分自身が行っている公務など取るに足らない事だ・・・そう思う。 まっすぐ立ち、食い入るように町並みを見ているスティングにナチが苦笑する。 「朝ごはんもまだ食べてないし、ちょっと何か口に入れようか」 ナチに連れられ、市場の一角にやってくる。そこには出来立ての様々な惣菜が売られていた。 何も言わず、スティングは忙しそうに辺りを見渡していた。響く笑い声、行きかう人を店に呼び止める声。 今、エンドレスに危機が訪れようとも、町は活きていた。それがエンドレスの力。 「これとこれ、ください」 ナチは適当に品を定めると、それらをスティングに渡した。 「出来立てが一番美味しいんだよね」 スティングに手渡されたのは、パンだった。だが、その中にはたくさんの具材が詰まっていた。 ナチに礼を言い、パンを口にする。 「熱っ!!」 予想以上の出来立て振りにパンを落としそうになる。なんとか持ち直し、気をつけながら再び口にした。 目をやれば、感想を待つかのようにナチがスティングをじっと見ていた。 「最高に美味しいです」 腹が空いていたせいもあるのだろうか。こんなにも美味しく感じるなんて・・・。 スティングのほころんだ表情に、ナチも笑みで返す。 「だよね!たまにディクスが買って来てくれるんだけど、本当に美味しいの」 「ええ、なんだか、心まで温かくなってくるようです」 そして二口目。 「へぇー、若いのにそう言ってくれると作り甲斐があるよ」 ナチとスティングの会話を聞いていたらしい店主が嬉しそうに言う。 「ほら、可愛い譲ちゃんも、きれーな姉ちゃんも、特別サービスだ!」 二人に渡されたのは別の出来立ての惣菜だった。こちらもまた食欲をそそる。 「おじさん、あのね・・・」 女と間違われたスティングの事を訂正しようとしたナチをスティングが止める。ナチがスティングを見ると、本人は別に気を害した様子もなく笑っていた。 「有難うございます」 嬉しそうに答える。 「へっ・・・?」 スティングと面と向かって話し、その低い声に驚きの声を上げる店主。そんな店主を見て笑い出しそうになるナチとスティング。 「有難うございまーす!また来ますね」 ナチが言い、二人はその店を後にした。 「ありゃあ、男だったのかい・・・?」 去っていく二人の背中を見つつ、店主は納得がいかないといった様子で首をかしげた。 「あははっ、僕、きれーなお姉さんだそうですよ」 人ごみからややはずれ、スティングが開口一番そう言った。 おかしそうに笑うスティングに少し驚きつつも、ナチも遠慮なく笑った。 「うん!思いっきり間違ってたよね。それに、スティングの声を聞いて、かなりびっくりしてたわ」 「せっかくだから、声も女性にすれば良かったですかね?」 「良いんじゃないかな、そのままで。それはそれで面白いかも」 「それもそうですね」 二人で声を上げて笑う。 「はぁー、こんなに笑ったの久しぶり。お腹痛いかも」 目の端に涙をため、腹を押さえる。 「ええ、僕も同じです。こんなにも開放的に感じたのは本当に久しぶりで」 スティングも同じだ。笑いすぎて目の端に涙が溜まっている。 「笑いすぎて喉乾いちゃった。スティング、ちょっと飲み物買ってくるから、そこのベンチに座って待ってて」 言うと、ナチは再び雑踏の中に消えた。 スティングはベンチに腰をかける。その視線は市場に向けられていた。 ―――――― デルタはこんなにも活気であふれている・・・エンドレスはそのおかげで成り立っているんだ 今まで以上に強く感じる民衆に対する感謝の気持ち。 心の中に久しぶりに温かい何かを感じた。自然と表情が和らぐ。作り物ではない、素直な感情がスティングに表れる。 「あ・・・」 そんなスティングを遠目から確認したナチ。 そこにいたスティングはいつもの表情をたたえていた。柔らかい、穏やかな表情。 その場で立ち止まり、しばらくそれに見入る。 だが、スティングがナチを見つけると、スティングは手を振って見せた。それに答えるようにナチは笑顔を作り、駆け寄った。 「お待たせ!」 熱いコーヒーを渡す。そしてスティングの隣に座った。 「有難うございます」 「朝のデルタも結構楽しいでしょ?」 コーヒーをすすりつつ、スティングはうなずいた。 「ええ、初めての事だらけで。こんなにも楽しいとは予想していませんでした」 満足そうに息をつき、落ち着いた様子で言う。 「いつかスティングに見せたいと思ってたの。気分も晴れると思って」 「・・・・・・」 すると、スティングの表情がふと真面目になる。そのまま黙ってしまった。 「スティング?」 「ナチ、聞いてくれますか?」 落ち着いた口調でスティングが言う。 「え?」 「僕の、本当を・・・」 真剣な顔のスティング。 ナチは神妙な顔を見せ、うなずいた。 |