D.Force The Third Chapter
Force-29
穿つべき存在
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冷たい空気がナチとスティングを隔てる。 温かいコーヒーのカップで暖を取りつつ、スティングは話し始めた。 「今の僕は憎悪に駆られています。今に限った事ではありません。ガイスターの件を知ってから、僕の中の憎悪が増大し始めたんです」 地面に視線を落とし、スティングは静かに言う。 「始めはあまり気にしていませんでした。ただ、エンドレスに害をなすものを倒せばいいと、そう思っていました。けれど、日が経つにつれ、僕の中に激しい怒りと、ガイスターに対する憎しみが生まれたんです。その件については考えまいとすると、逆に気になって、その度に感情が抑えきれなくなって・・・。エリオスや、ナチにまでも心配を掛けてしまいました」 ナチはスティングの横顔を時折伺いながら無言で話を聞いている。 「鏡の中の自分が恐かった。表情を作らなくても、そのどこかに憎悪がにじみ出ているような気がして。そして、ガイスターのことを考えると、どうしても表情がコントロールできなくなる。まるで自分が自分じゃないようで、自分が分からなくなったんです」 地面から視線をはずし、スティングは宙のどこかに視線を泳がせている。 「自分でこの感情をどうにかしようと思っていたんです。でも、どうする事も出来なかった。エリオスに諭された時、自分で痛いほど分かっていたから、逆に苛立ってしまったんです。もういい歳なのに、エリオスの言葉にムキになってしまって。エリオスには悪い事をしました。僕のことを考えて、敢えて言ってくれたと言うのに」 怒りや憎しみと言った表情ではないが、今のスティングには悲しみや後悔の色が伺えた。 己の感情をコントロールしきれず、周囲にまで迷惑をかけてしまった事を恥じているのだろう。 「僕は、人間としても、王位継承者としても失格ですね」 悲しげな表情に口元がかすかに笑う。 手で目を覆ったスティングにナチは首を振った。 「大丈夫よ、エリオスさんは怒ってなんかいないわ。わたしだって。それに、スティングがこうやって話してくれたの、すごく嬉しい。わたしも、エリオスさんも、いつものスティングが大好きなんだよ」 安心させるように言うナチの言葉が嬉しかった。 はにかんだ様子でスティングはうなずく。 「でもね、これを機に、もう一人で悩まないでね。スティングにはわたしたちが付いてるんだから。スティングに一人、つらい思いなんかさせたくない。だから、もっとわたし達を頼って!ちょっと頼りないかもしれないけど、ストレス解消くらいにはなるから・・・、ね?」 「有難う・・・ナチ」 ふと表情を和らげる。すると、ナチも表情が緩む。 「良かった・・・やっとスティングの安心した顔が見れた」 スティングを見ていたナチが安堵をもらす。そして苦笑した。 「もしかして、無理やりデルタに引っ張り出した事、怒ってるんじゃないかって内心ひやひやしていたの。だってスティング、最初は気乗りしてなさそうだったし、市場に着いてからも黙ってきょろきょろしてばかりなんだもん」 「あはは、すみません。市場できょろきょろしていたのは、市場に来るのが初めてだったからです。初めて町というものをこんなにも身近に感じて・・・そして気付かされた事がたくさんあったから、思わず立ち止まってしまったんです」 あの時の自分は周囲に気をとられていた。その姿はナチには奇妙に思えただろう。 そう考えると、大人気ない自分が恥ずかしくなる。 「スティングは町とか見るの好きだもんね」 「ええ、でも、宮殿のすぐそばで新しい発見があったのは驚きましたが。これもナチのおかげです」 「本当?そう言ってもらえると来た甲斐があるわ」 「今まで僕はエンドレスを国そのものとしてか考えていませんでした。でも、その中にはエンドレスを支えている人々がいる・・・。そう思うと、今まで以上に頑張れそうな気がします」 「でも、もっと気を楽にして、一人で落ち込んだりしないでね。いつだって一人じゃないんだから。それから、もっと自分を気遣うように!」 「はい、宜しくお願いします、ナチ」 「任せて!」 胸を叩き、ナチは頼もしくそう言った。 見上げれば、空も明るくなり、太陽も大分高いところまで昇っていた。 そして、目の前の通りにはこれから学校に行く子供達の姿が。 「そろそろ戻ろうか」 「そうですね、僕も早いところ戻らないと、行方不明扱いになるかもしれませんし」 「えへへ、いきなり連れ出してごめ・・・・・・」 言いかけたナチの顔が急に強張る。そしてそのまま固まってしまった。 「どうしました・・・?」 心配そうにスティングが声をかける。 「良く考えたら、わたしって、王子様をさらった人さらい?・・・スティングを無理やりここまで引っ張ってきて」 声のトーンが低くなったナチに、スティングは一瞬きょとんとする。 そして難しい表情で腕を組んだ。 「確かに。僕の部屋からここまで引っ張ってきましたからね・・・」 などと言い、うなずいている。 「・・・・・・」 そんな事を言ったスティングに、ナチは恨めしそうな顔をしている。スティングを上目遣いで見、何か言いたげだ。 「そんな顔しないでくださいよ。せっかくの美人が台無しです。それに、ナチとのデート、楽しかったですよ。また"さらって"くださいね」 「え・・・?」 「さあ、行きましょう」 今度はスティングがナチの手を取る。 「ちょ、ちょっとからかわないでよね!」 「ナチ、顔が赤いですよ」 「これは冷たい風に当たったから!」 「またまたー、僕のこと好きって言ってくれたじゃないですか」 「あれは言葉の綾!」 「ナチの素直な気持ち、僕、しっかり受け止めましたよ」 「いつからディクスに似てしまったの、スティング・・・」 ディクスのようなからかい方をするスティングにナチは嘆いた。 それからもスティングのからかいは続いた。それに対するナチの反論が細い路地に響く。 「もー!そんなに言うならお菓子作ってもスティングには絶対あげない!ディクスが作ったのも全部エリオスさんに食べてもらうから!」 「え!そ、それは勘弁です」 ふてるナチ。それに慌てて謝るスティング。 二人並んで歩いていく。 院生が常用する宮殿入り口へ続く道。人気のいない暗い、静かな路地。 そして、平和なデルタに生まれる殺気―――――― ぞわっ 体に走る戦慄。体が自然に反応し、迫る危機に肌がざわつく。 「ナチ!」 スティングが声を上げる。ナチも同じものを感じたらしい。 真剣な表情でうなずくと、二人は全速力で走り始めた。 「スティング!こっち!」 ナチが先頭を切り、入り組んだ路地を走り続ける。背後から迫る殺気。 遠ざかるでもなく、二人の後を追っている。 だから二人は走り続けた。人のいない安全な場所へ。 「あと少しっ・・・!」 疲れと焦りの混じる声。ナチは最後の路地を曲がり、そして塀を大きく飛び越えた。 ざっ 着地した場所は、郊外にあるうっそうとした林。人気などない。 がさささささっ 普段は誰も足を踏み入れない、草生い茂るこの場所に二人は逃げ込んだ。 相変わらず殺気はすぐそこに在る。二人を狙っている。 「はぁっはぁっ」 かなりの距離を走り、息が荒くなる。林に入り程なく、小さな池のある開けた場所に出た。 そこで立ち止まる。同時に殺気も間隔をあけ、止まった。 「誰だ!」 スティングが叫ぶ。林の暗がりに確認できる暗い影。それが殺気の発信源である事は容易に推測できた。 ざっざっ ゆっくりとした足取りで近づく影。その影に木漏れ日が射す。 「初めまして」 うかがえるその顔。 「お前は・・・?」 白髪交じりの髪を撫で付けた中年の男。見た目の歳の割には体つきは良い。 一目見て、戦術に長けているものだとわかった。 ナチもスティングも自然と構える。 「この時を待っていました。こうしてあなたと会い見(まみ)える時を。私が孤独を有してから二十余年。私はようやく復讐できる」 スッ 鞘から抜かれる剣。 まぶしい朝の太陽に鋭くぎらつく。 カチャッ 普段より質は劣るが、腰に差しているショートソードにスティングも手をやる。 丸腰のナチは、体術よろしく構えのポーズをとってみせた。 「私はガイスター国末裔、エルディスト」 朗々と名を告げた次の瞬間。 「ぐぅっ!!!」 ギィンッ スティングのすぐ目の前に銀色の刃が。スティングは反射的に剣を盾に取る。 物凄い力がスティングを圧倒する。 「忌々しき国の末裔よ、ガイスター国末裔が血祭りにあげてくれよう!!」 血走った目でエルディストが言い放つ。 慌てず、ナチが援護に出た。 「忘れてもらっちゃ困るわ!フレイムアロー!!」 エルディストに向けてナチが術を放つ。と、同時にエルディストの姿が消えた。 「お嬢さんが出る幕ではないよ」 「!?」 シュゥゥゥゥッ 背後に聞こえる死の旋律。いつの間にかナチの背後に回りこんでいたエルディストの手の光球が、ナチに向かって放たれた! 「烈火の陣!!」 ナチの腕が円を描く。同時に炎が盾となり、光の刃を飲み込んだ。 「お前の相手は僕だ!!」 間髪いれずスティングが突っ込む。振り上げた剣がエルディストを捉える。 入った・・・! 鈍い手ごたえにスティングは確信を得る。だが、次にやってきた悪寒に慌てて飛びのいた。 どぉんっ スティングが今しがたいた場所に円錐の岩がそそり立つ。 その岩のオブジェの後ろにいるエルディストは伺えない。だが、確かに殺気の一撃はヒットした。 少なからずダメージを与えたはずだ。 「さすがはエンドレスといったところか。平和を歌っていようとも、他国を握りつぶす軍事力は随一ということか」 ゆっくりと岩から姿を現し、嘲るように言う。 腕から大量の出血が伺えるが、それが効いているようには見えない。不敵な笑みを浮かべ、スティングを見据える。 「何故だ、エルディスト。何故今更エンドレスを襲う?」 問いに、エルディストはわざとらしく首をかしげて見せた。 「うん?そうか、君は知らないのか。私はエンドレス・・・いや、エンドレスの国王に、私と同じ苦しみを味わって貰いたいのだ。二十年前、私が味わった底知れぬ苦しみを・・・」 口元を歪める。 「エンドレスに復讐をすべく、毎日計画を練っていたよ。だが、どんなに素晴らしい計画を練ってもエンドレスに勝てる気はしなかった。そう、つい最近まではね」 「貴様っ・・・!!」 「私は力を手に入れる。そう、近いうちに強大な力を。今日はそのご挨拶にやってきたというわけだよ」 まるでこの状況を楽しむかのような口調。 エルディストがしようとしている事にスティングの怒りが頂点に達する。 術によって変色していた金の髪が生まれ変わるように美しい銀髪へと変化する。そして、青い瞳が憎悪の入り混じる血の赤へ。 「スティング、駄目!あいつは挑発をしているだけよ!」 スティングの憎しみが急激に増大している。その著しさはスティングの殺気が如実に語っていた。 怒り、嫌悪、憎悪・・・ガイスター国エルディストに対する全ての感情が爆発した! 「海龍破っ!!」 いつの間に体勢を整えていたのか、スティングは必殺技を繰り出した。 小さな池から巨大な水柱が出現する。 「なにっ!?」 背後に突然現れた柱に、エルディストが驚愕の声を上げる。 ドォォォォォッ!!! 竜をかたどった水の塊がエルディストを襲う! 上げる声もなく、エルディストのは宙を舞い、そして硬い地面に叩きつけられた。 どさっ 落下の音がすると同時にナチがスティングに駆け寄る。 「スティング!!」 胸の辺りをつかみ、肩膝を着いて苦しそうにしているスティングに声をかける。 暴発寸前だった。術力はほぼ全開。だから前振り無しにあの技を繰り出せたのだ。 「無茶しないで!」 「でも、エルディストは・・・」 苦痛の表情で顔を上げる。水の竜に叩きつけられたエルディストの姿が見えない。 やったか・・・? 期待に緊張が緩み、疲労が一段と増す。 「甘いですねぇ」 だが、その期待は外れてしまった。不意に上がる声。 「あれくらいで私がくたばるとでも?」 ゆっくりと立ち上がったのは同じシルエット。 「エルディストッ・・・!!」 歯軋りし、力入らぬ体を何とか奮い立たせる。 「駄目、スティング!これ以上暴発したら廃人になっちゃう!」 ナチの叫びも届かない。スティングは鋭い視線でエルディストをにらみつける。 「さぁ、エンドレスの末裔よ、どうした?これで終わりなのか?エンドレスの栄光とはこの程度の力なのか?お前はエンドレスにふさわしい人間なのか?」 スティングを逆なでする言葉の羅列。 彼を自滅させようと言う魂胆が見える。だが、その思惑に今のスティングは気付かない。 ただ、激しい怒りに本能をむき出しにしている。 このままでは危ない・・・!そう感じたナチは立ち上がり、エルディストに両手を突きつけた。 「悪いけど、スティングを相手にするならわたしを倒してからにして!これでも戦術は心得てるんだから!疾風迅雷!!」 振り上げた手から、紫電がほとばしる。 バリバリバリッ!! 耳に、痛いほどの激しい音が襲う。空間が真っ白く光り、辺りに焦げ臭いにおいが立ち込めた。 白い煙が視界を悪くするが、それも一瞬の事。すぐに冷たい風に舞い、視界が開ける。 「確かに・・・お世辞にも長けてるとは言えないが、なかなかの術を持っているようだな」 エルディストの周囲を取り囲むように半透明の障壁があった。 「・・・・・・」 「君の勇気を称えよう。ガイスター至高の術を持って息の根を止めてやる!」 両手を胸に構え、精神を統一し始めたエルディスト。 それを好機に、ナチは術を放った! 「デルタフォース!!」 三筋の光がエルディストを中心に空に伸びる。そして、内にいる者を砕く力を生み出した。 バシュンッ だが、中のエルディストは何事もなかったようにそこにいる。まるで効いていない。 「だったら、わたしも・・・!」 ナチも急いで精神を統一する。力をより強くするために、力ある言葉をつむいだ。 「心惑わす美しき声、心安らぐ清らかな声。汝の叫び、力となりて光遮る闇を砕け!」 ナチの頭上に金色に光りが生まれ、その光から翼が広がる。 クアァァァァッ!! この世ならざるものの声が天高く響いた。 迦陵頻伽(ガリョウビンガ)・・・実はディクスが最強の技とする術の一つだった。ナチが見よう見まねで試していた術だったのだが、まさかこんなにも早く実践で使う事になるとは。 未完成の術に、己の全てを注ぎ込む。 「迦陵頻伽!!!」 光の塊から生まれた金色の鳥は、大きく羽ばたき、金色の光を撒き散らしながら、目標に向かってまっすぐ飛び立った! 「獅子黒炎弾!!」 対するように放たれたエルディストの術。 空間から躍り出た巨大な黒い塊。血の滴るような赤い眼。光をも飲み込む暗黒色の長いたてがみ。 グオォォォォォッ! 空気を揺るがす咆哮。同時に宙を蹴り、ナチの放った金の鳥に向かって巨大な歯牙を露にした。 どぉんっ 鳥と獅子がぶつかる厚い音。 互いに押し合うように空間に止まっている。互いの気がぶつかった事で、周囲に台風のような強風が吹き荒れ、木々をなぎ倒す。 スティングも、巻き添えを食らわないように障壁を張るのが精一杯のようだ。 まともに目も開けられず、必死に術を発動している。 「くぅっ!!」 金の鳥がわずかに後退する。 少しずつ、少しずつ、押される。黒獅子が迫る。苦悶の表情のナチ。 「まだまだこんなものじゃないよ!」 余裕の笑みを浮かべたエルディスト。 そして次の瞬間・・・ パァンッ まるでガラスが割れるような衝撃音。金の鳥が砕けた。 黒獅子は、金の鳥が残した光をまとい、黒い軌跡を残して真っ直ぐ突き進む。 術を破られたナチを目指して―――――― 「あっ・・・」 既に視界は獅子にさえぎられている。喉もとめがけて口を広げる黒獅子だけが視界を覆う。 嘘・・・? 抗えないとわかっている。だが、防衛心が自然と喉元を押さえる。 その時、手に感じた硬い感触。ディクスが自分にくれた青い石のお守り。いつも首に掛けて身に付けていた。 手で握る。ほんの少しだけ安心できた。 ごめん、ディクス。今度こそやばいかも・・・ いよいよ迫る黒い顎。 動けぬナチ。 術を放ったスティング。 嘲笑するエルディスト。 スローモーションのようにナチの目に映る獅子。 ワンフレームずつ、確実にナチに近づく。 石を握る手に力がこもる。 目を硬く瞑る。 「ナチ―――ッ!!」 スティングの絶叫が木霊する。だが、それはナチに届かなかった。 ザンッ・・・ 黒い残像を残し、ナチは飲み込まれた。 いつものようにディクスは朝の仕事をこなしていた。 昨夜、ナチに翌日の朝ごはんはいらないとは言われたが、ディクスは構わず二人分作っていた。ナチの事だ。きっと腹をすかせて戻ってくるだろう。 気の利く兄だと思われたくて、ディクスはいつもより気合を入れた朝食を用意していた。 「うん、上出来!ああ、ナチの尊敬する姿が目に浮かぶ」 一人で勝手に妄想しているディクスが意気揚々と厨房から出ようとした時だった。 「へっ・・・?」 体に感じる浮遊感。そしてぼやける視界。 立ちくらみかと、頭を押さえてホールにゆっくりとした足取りで出る。だが、その立ちくらみは治まらない。 急にぼやけた視界が真っ暗になる。でも意識ははっきりしているようだ。 気を失ったとか、そういう感覚ではないようだが・・・ 一体どうなっているのかさっぱり分からなかった。 なんだ、これ・・・ 見渡すも、何も見えない。 自分が真っ黒い空間にあるような不思議な感覚。 「・・・ったく・・・!うざいな!!」 ディクスが大きく腕を凪ぐ。その軌跡からこぼれる白い光。光の帯はほんの少しの間とどまった後、黒い空間に一気に広がり、闇を覆った。 獅子に飲み込まれたナチ。獅子は音もなく咀嚼を繰り返す。 「ナチ・・・ッ!」 「残念だったようだね。なかなか優秀だったようだが・・・」 スティングの絶望の声にエルディストは薄く笑う。 「さあ、私の復讐劇はこれからだ」 呆然と立ち尽くしているスティングに次なる術が生み出されようとしている。 それにも気付かず、スティングは黒い塊に目をやったまま動かない。 その黒獅子が咀嚼を終える。そして満足そうに喉を鳴らした時だった。 黒い背中から・・・いや、体のあちこちから光の筋が見え隠れし始めた。薄い光が現れては消え、次に現れた時には光が少しずつ強まっていた。 「光・・・?」 「まさか・・・!」 スティングの声に生気が宿り、エルディストは驚愕の声を上げる。 カッ 獅子の体が光に四散する。 「えぇっ!?」 光がはじけたその中心には飲み込まれたはずのナチが。素っ頓狂な声を上げつつ、地面に転がった。 「ナチ!!」 スティングがナチに駆け寄る。 「あれ・・・?スティング・・・?」 スティングの顔を見上げ、ナチは首をかしげる。そして、見える限りで自分を確認する。 どこもちぎれてはいない。かすり傷もない。 「良かった・・・!ナチ・・・!」 泣き出しそうなスティングの顔。だが、ナチは納得が行かないと言った様子だ。 「スティングが助けてくれたの?」 「いえ・・・僕は何も出来ませんでした。すみません、ナチをこんなにも危険な目にあわせて・・・」 スティングの力ではない? でも、自分が何かをした覚えもない。なのに、自分は無傷でここにいる。 手に握っていた青い石。チェーンが切れて手の中にある。 「・・・・・・?」 綺麗な球体には大きな亀裂が入っていた。 「よもや奇跡とは・・・。全く、手間を掛けさせる」 憎憎しげに吐き捨てる。 かがんでいたスティングがゆっくり立ち上がった。 「エルディスト・・・ガイスター国末裔よ」 エルディストに背を向けたままスティングが静かに言う。 「大国エンドレス、末裔がお相手する」 振り返り、意志のこもった瞳を向ける。 「竜神の力の下に、地に伏すがいい!」 「それこそ私が求めていたものだ。来い!」 言われるより早くスティングが動く。 「何人たりともこの地を殺める事は許さない!」 叫びに術が発動する。 「何度発動しようと同じ事・・・!」 全ての攻撃がかわされる。 だが、エルディストの放つ術もまた、スティングに全てをかわされていた。 一進一退のない互角の戦い。 馬鹿な・・・!術を暴走させたはずなのに! ついさっきまでは術の暴発に苦しんでいたスティング。だが、今のスティングにはその様子が微塵も感じられない。 銀の長い髪が宙になびく。朝日に照らされきらめいた。 それは竜神の銀のたてがみのごとく。 攻撃がかすめ、スティングの頬に流れる一筋の赤い血。 敵を貫く真紅の瞳。 巨大な力を持ち、守護神としてあがめられた竜神の遺伝子を持つ者。 「滅びろ!エルディスト!!」 振り上げる剣。 「させるか!」 術で応戦するエルディスト。 だが・・・ 「スティングを相手にするならわたしを倒してからにしてって言ったでしょ!」 ドンッ ナチが放った氷の刃。戦闘術の基本中の基本技。 かわせるはずだった、無効化できるはずだった。 だから余裕の笑みを浮かべた。 ドクンッ 激しく波打つ己の鼓動。エルディストの目が見開かれる。 "我が大地を脅かす者よ" 頭に響く声。 笑みが驚愕に変わる。 "去れ!" 「エルディストーッ!!!」 「!!!」 対応が遅れる。 銀の軌跡が目に焼きつく。 スティングの懇親の一撃。 ざしゅっ 飛び散る血。天高く舞い上がった左手。 「ぐああぁぁぁぁぁっ!!!」 脳天を直撃した激痛に、絶叫を上げるエルディスト。 飛びのくスティング。 エルディストは目を剥き、激しくのた打ち回る。致命傷ではないが、相当なダメージだ。 だが、スティングのダメージも大きかった。やはり、無理に動き回ったのが祟ったらしい。強がっているようだが相当消耗している。 「ひぃっ・・・ひぃぃぃ!!!」 無くなった左腕をかばうように、エルディストは地に這ったまま後退する。 先ほどまでの威勢と威厳はどこに行ってしまったのか。今のエルディストには恐怖と苦痛の表情しかない。 再び近づいてきたスティングになすすべもなく、ただ、絶望している。 すっ 血に濡れた剣をエルディストの喉に突きつける。 「殺すつもりは無い。だが、お前の所業、厳罰に処す」 全くの無抵抗のエルディストに、スティングは言い放った。 ぴたっと止むエルディストのうめき声。 「――― それはどうかな?」 どんっ 腹に叩き込まれる強烈な一撃。スティングはたまらず後ろに吹き飛ぶ。 「くっ!」 すぐに起き上がり、態勢を整えるが・・・ スティングの額すれすれの氷の刃。エルディストの右腕から真っ直ぐ伸びていた。 「勝利を確信してしまったかね?私の演技も捨てたものではないな」 左腕をなくし、大量の出血をしつつもエルディストは笑っていた。冷徹な笑みでスティングを見上げている。 「黙れ・・・!」 圧される事なく、スティングは再びエルディストの喉元に剣を突きつける。 「さっきの一撃は驚いた。けれど、痛覚鈍化の術を常用している私には効かないねぇ」 平然と言い、スティングを再び挑発する。肩で息をしつつ、スティングはにらんだ。 「スティング・・・」 少し離れた場所で対峙している二人を見ているナチ。体が凍りつくような緊張感に圧され、見守る事しか出来ない。 二人の対峙はしばし続いた。 スティングが動けば額を貫かれる。エルディストが動けば喉を貫かれる。 スティングの表情に焦りが浮かぶ。術力はほとんど残っていないのだ。 「術に腕など必要ない。思い上がるな、竜神の下僕が」 エルディストはスティングに詰め寄る。後退するスティング。 「おっと、お嬢さん。やめておいたほうが良い。今度は本当に死ぬよ。私はいくつもの奥の手を持つのだから」 再び援護しようとしたナチにエルディストが意地悪な笑みを浮かべて言う。 「さあ、続きを始めようか」 スティングが歯軋りする。 そして、互いに行動しようとした次の瞬間―――――― ヴォンッ エルディストの背後に現れた黒い球体。 「・・・!?」 背後の異変に気付いたエルディストも思わず振り返る。空間に真っ黒な球体があった。 「なんだね、この術は?」 スティングが放った術だと思ったのだろう。薄い笑みを浮かべ、そう言った次の瞬間。 エルディストに向かって、黒い球体から触手が伸びた! 「なんだっ!?」 その場の全員が驚きにその場に固まる。 無数に伸びる黒い触手はエルディストを確実に捉えた。スティングはその巻き添えを食らわぬようにと大きく後退する。だが、その触手はスティングやナチを捕らえようとする事なく、エルディストのみを標的にしているらしい。 エルディストは球体に飲み込まれまいと必死にもがくも、力及ばず引きずられる。ずるずると、体が黒い球体に近づいていく。さらに伸びる触手。 「エアークラッシュ!」 球体に向けて術を放つスティング。 パギンッ だが、その術は硬い音を立ててはじかれた。ナチも同じだ。黒い球体にぶつけた術は全て弾かれてしまう。 ナチもスティングも何が起きているのか分からない。 成すすべなく、その状況を見るほかない。 容赦無く襲い掛かる黒い触手に、エルディストは恐怖に打ち震えている。 「ぐあっ!なんなんだこれは!」 必死の抵抗もむなしい。手が空をつかむ。その手を触手が捕らえる。 体が宙に浮く。一気に引き寄せられるエルディスト。 「くそっ!!エンドレスのまつ・・・」 みな言い終える前に。 じゅるっ エルディストは驚愕の表情を張り付かせたまま黒い球体に飲み込まれ、 ヴォンッ 消えた。 残ったのは大量の血痕と、戦闘の傷跡。そして、落とされた左腕。 冷たい、静かな空気が再びこの池を支配する。 ナチもスティングも、目の前で起きた出来事に呆然としている。 突然現れた球体。飲み込まれたエルディスト。 「何が起きたの・・・?」 スティングは答えることはできない。 ただ、エルディストが消えた空間を見ているしかなかった。 |