D.Force The Third Chapter
Force-30

交錯


「痛たたっ・・・」
床に倒れるようにしていたディクスは、うめき声を上げながらゆっくりと身を起こした。ずきずきと痛む頭をさすりながら周囲を見渡す。
そこはいつもの玄関ホールだった。
・・・・・・なんだ、倒れたのか、俺・・・
倒れた時に勢いよく床に打ち付けたのだろうか。体中に痛みを感じる。
「はぁぁ・・・」
ため息をつきながら立ち上がり、服をはたく。
「俺も歳なのかなぁー」
腰に手を当てながら、ディクスは嘆いた。


日はもう高い。
ナチとスティングは、暖炉のある簡素な部屋に待機・・・いや、ほとんど監禁状態にあった。
窓の外を見るスティングの表情は険しい。ナチも、物憂げだ。
あれからすぐにレイルたちに連絡を入れた。宮殿の外に出た事に怒るよりも、血に濡れ、激しく争った跡の残る林を見、レイルもライアも驚いていた。
そして、ナチとスティングの二人の話に首をかしげた。
「黒い球体がエルディストを飲み込んだ・・・?」
信じろと言う方が無理なのかもしれない。だが、二人は目の当たりにした事を忠実に伝えているだけだ。
脚色も、省略もしていない。紛れもない真実。
残された左腕は丁重に扱われ、保管された。それがエルディストのものであるという証拠を示すために。
「王子、分かってるとは思いますが、勝手に宮殿を離れる事は大変な事です。私達がこの件については虚偽報告を行いますが、何か訊かれたらそれにあわせてください」
レイルもライアも神妙な表情でそう言った。
意外にも怒られはしなかったが、逆にそれが不安を煽る。レイルとライアは二人何か話し合うと、あまりスティングに気を掛ける事も無くどこかに行ってしまった。それは、この事態が大変である事を物語っていた。
「王子もナチュラルさんも、私たちが戻ってくるまでこの部屋から絶対に出ないでください」
そう言われ、二人はこの部屋にいるのだ。
今頃、レイルとライアが適切な虚偽報告を行っているはずだ。
また従者の二人に迷惑をかけてしまったと、スティングは申し訳なく思っていた。
「ごめんね、スティング・・・」
長い沈黙を破るように、ナチがぽつりと言う。
「え?」
スティングが振り返る。ナチは視線を落とし、悲しげな表情をしていた。
「わたしが・・・スティングを連れ出したりしたからこんな事に」
やはり、スティングを連れ出した事を悔やんでいるのだろう。膝の上に握るこぶしを硬くし、唇を噛んだ。
「さっきも言いましたけど、僕はナチに感謝しているんですよ。本当のデルタを見れた事はもちろんですが・・・エルディストの事も・・・」
声のトーンをやや落とす。そして再び窓の外に目を向ける。
「僕はエルディストと一戦交えたかったんです。どうしても、この国を自分で守っているという実感が欲しくて。まさか、それが今日やってくるとは思いませんでしたが」
「でも!それでスティングは危険な目に・・・!」
「―――――― ナチ、やめましょう」
相変わらず背を向けたままスティングは言った。
「スティング?」
「今はそれどころではないはずです。エルディストは重傷を負って僕らの前から消えました。ですが、エルディストが死んでしまったという確証はありません。再び襲ってくる事だって十分にありえます。僕たちはそのために備えをしておくべきだと思いませんか?」
だが、ナチは首を振った。
「わたし、何か嫌な予感がする・・・。確かに今までは、ディクスも一緒に三人で困難を切り抜けてきたわ」
そして息をつく。わずかに早くなっている脈を押さえるように。
胸の中にある一つの予感。それを口にするべきか否か・・・しばし考えた。口に出してしまったら、それが現実になるような気がしたのだ。
「ええ、ですからこれからも・・・」
「だけど、今回は違う気がする。このまま深入りしたら、三人がばらばらになってしまうような気がして」
スティングの言葉に反応するように、ナチは消えない予感を口にした。
「恐い・・・恐いのよ。何か良くない事が起こる気がしてしょうがないの。それがどうしても頭から消えなくて――――――」
戦い直後から、その予感が生まれた。どうしようもない不安を押さえられない。
胸が締め付けられるように痛い。ナチは身をかばう様に両腕を抱えた。
「ナチ!」
肩に掛かった手に思わず顔を上げるナチ。そして、いつの間にかそばにいたスティングを呆けた様子で見る。
「大丈夫ですか?震えてますよ」
心配そうなスティングの顔。我に返ってからも、ナチの体は小刻みに増えていた。
一瞬、ナチは悲しみに顔をゆがませ、そして両手で顔を覆った。
「ごめん・・・気が動転していて・・・よく分からなくて・・・」
スティングは衝撃を受けていた。こんなに弱いナチを見るのは初めてだったのだ。
いつもは気丈に振舞っているナチ。だが、今は不安と恐怖におののいている。
もし、スティングがこれ以上ガイスターの件で躍起になれば、ナチにさらに迷惑が掛かるだろう。
・・・・・・気にはなるけど、仕方がない・・・
「わかりました、ナチ。僕はもう無茶はしません。すみません、また、自分の事しか考えていなくて・・・。大丈夫ですよ、僕も、ディクスもナチから離れたりしませんから。安心してください」
安心させるように背中をさすった。
しばらくし、ナチは落ち着きを取り戻すと顔を上げた。
「有難う・・・。でも、スティング、約束ね。絶対に無茶しないで。不安や憎悪に駆られても、絶対に一人で立ち向かおうとしないで。わたしもディクスも力になるから」
頼み込むようにナチは言う。
――――――― 今度は自分が彼女の支えになる番だ・・・
スティングは真剣な表情でうなずいた。
それで安心したのだろう。ナチはふと表情を和らげた。
「あれ?ところでナチ、いつも首にかけている青い石は・・・?」
ナチが肌身離さず持っている青い石が見当たらない。首にかけている時は気にしないが、逆に見当たらないと違和感を感じるようだった。
「それがね」
ナチはポケットに入れていた青い石を取り出して見せた。
切れてしまったチェーン、そして、大きな裂け目を見せる青い石。
「えっ・・・割れたんですか?」
「気付いたら割れてて・・・。多分、さっきの戦いの時に割れたんだと思う」
「確かディクスから貰った大切な石なんですよね」
「そうなの。綺麗だし、これもらった時、本当に嬉しかったからお守り代わりにいつも身に付けてたんだけど、チェーンも切れて、石もこんな風に」
苦笑するが、やはり大事なものだ。
手の平の上の青い石をいじり、ナチは少し落ち込んだように言う。
「ちょっと見せてもらえますか?」
ナチから石を受け取る。
「破片はありますか?」
「それが見当たらないの。どこで割れたかもよく分からないから探すのは相当大変だと思うし。もしかしたら、いつも首にかけてたからもろくなっちゃったのかも」
「破片があったらある程度修復可能だとは思うんですけど・・・」
「あ、いいよ、大丈夫!ほら、形あるものはいつかは壊れるって言うじゃない。それに、失くした訳じゃないし、割れてもわたしの大事なものには変わらないから」
「そうですけど・・・」
力になれないスティングはそういうが、何も出来なかった。
そんなスティングに感謝をしつつ、ナチは話題を変えた。
「ところで、わたしたち、いつまでここにいればいいのかな?大分時間も経ってるはずなんだけど・・・」
時計に目をやれば既に午後三時。この部屋に待機しているのもつらくなってきた。
「レイルたちが頑張ってくれているとは思うんですけど。でも、どうやって言い訳をしてるのか、気になりますね・・・」
スティングが宮殿から抜け出した事、そしてエルディストと交えた事。
この二つをなんとかして隠蔽する必要があった。ガイスターの件について、エンドレスの重鎮は神経を尖らせていた。執拗な彼らの詮索をかいくぐるには相当上手く隠さねばならないのだ。
「ディクス心配してるかな?朝から全然連絡入れてないし」
なんとなく部屋のドアを見遣った時だった。
がちゃっ
「王子、ナチュラルさん」
部屋に入ってきたのはライアだった。そして・・・
「またトラブルに巻き込まれたんだってな」
続いて入ってきたディクス。
「えっ、ディクス?」
ナチが声を上げる。入ってきた二人は、ナチの真向かいに座る。
「ライア、それでエルディストの事は・・・」
「ご安心ください。クロードさんの協力も頂き、今のところ問題はありません」
「どういうことですか?」
ナチが問う。
「クロードさんなら早朝から買いだしに行く事も良く知られていますし、エルディストの左腕を討ち取るほどの術力も持ち合わせています。ですから、ナチュラルさんとクロードさんが朝の買出しに行っている時にエルディストに襲われた・・・そういう事にしています。王子、この件に関して何か訊かれても、絶対にぼろは出さないでくださいね」
「相当激しい戦いみたいだったな。それに、エルディストってやつは消えたんだろう?」
二人はうなずいた。
「ええ、ですから完全勝利と言うわけではありません。まだ襲ってくる可能性もありますし、エルディストがいなくなっても、その取り巻きがやってくる事だって十分に考えられます」
「ナチ、今回は大丈夫だったから良いけど、スティングを連れ出すな。実感がないかもしれないけど、こいつはエンドレスの要なんだ。一般人と同じにするな」
「ごめんなさい・・・」
やや強い口調にしゅんとしてナチが謝る。
「いえ、ディクス。ナチは悪くないですよ。それに、特別扱いされるより、自然に接してくれるほうがどれだけ嬉しいか」
「ですが、王子!危険は回避してください!言っておきますが、もし、今後勝手に宮殿を出られたら・・・私たちはフォローしませんよ。アルバート様にこっぴどく叱られて下さい」
「ははっ、肝に銘じておくよ・・・」
スティングには顔を引きつらせている。アルバートに叱られるのが相当嫌なのだろう。
「まぁ、少なくとも宮殿にいれば大丈夫だろ。スティング、無茶するなよ」
「わかっています」
「私はこれからガイスターの事で会議がありますので。王子、しばらくは部屋で自粛なさってください」
そう言うとライアは部屋を出て行ってしまった。
「ごめんね、スティング・・・」
「いえいえ、いつもの事ですから」
苦笑する。
「ところで、怪我はないのか?相手の左腕を落とすって、真剣勝負だろう?」
「怪我はないわ。奇跡的に。死に掛けはしたけど・・・」
「死に掛け・・・?」
ナチが何気ない一言にディクスが過剰反応する。眉をひそめ、ナチを見た。
や、やばい・・・!怒られる!
「相手の攻撃が掠めたというか・・・死に掛けるだなんて、大げさな表現したけど、全然大した事なくて!」
ナチが慌てたように弁解する。だが・・・
「嘘つくな」
視線をそらしたナチをディクスは凝視している。
「えーっと・・・」
口ごもり、それ以来黙ってしまったナチ。すると、ディクスは静かに立ち上がった。
「帰るぞ」
ナチの手をつかむ。そんなナチは今にも泣き出しそうだ。
「館に帰ってみっちり話し合おうか」
いやああっ!相当怒ってる!怒られるー!
「じゃあな、スティング。お前もアルバートさんに叱られないように気をつけろよ」
そしてディクスはナチを引きずるようにして帰ってしまった。
その場に残ったスティングは再び顔を引きつらせている。
明日は我が身・・・・・・
そうならないよう、大人しく過ごそうと決意したのだった。


そして昨日の今日。
散々ナチは叱られ、しばらくの謹慎処分を言い渡された。スティングも同じようで、今日、館に来るまでレイルがくっついてきた。二人は館でセカンダリの世話をしているはずだ。
そして時間は経ち、時は夕方。
ディクスはレイシェルの手を引き、彼女の家の手前まで来ていた。
今日はレイシェルの訓練日だったのだ。厳しい訓練に疲労も見せず、レイシェルは元気だ。
「明日も頑張るんだぞ」
「うん!ディクスおにいちゃん!」
嬉しそうに答えるレイシェル。
ゆっくりと歩きつつ、見上げた空は茜色に染まり、自分たちが落とす影もだいぶ長くなっていた。
――――― 赤い・・・空・・・
紅蓮色の空をディクスが魅入られるようにじっと見つめた。
レイシェルの家はすぐそこだが、思わず立ち止まる。
「ディクスおにいちゃん?」
声をかけたレイシェルに返事もせず、ディクスは空を見つめていた。
赤い、赤い、血を思わせる色。
十三年前、故郷を包んだ業火と同じ、赤の―――――
「ディクスおにいちゃん!」
動かないディクスを心配したレイシェルが、ディクスの手を握って呼びかける。
一瞬、はっとした様子でディクスは目を見開く。
だが・・・
ややうつろな目がレイシェルに向けられる。そして・・・
「っ・・・!」
ディクスが驚いたような声にならない声を上げた。眉をひそめ、レイシェルを凝視している。
様子のおかしいディクスに、レイシェルは不安げな表情で見上げている。
そんなディクスの目に映るもの。
それは、金色の髪、何ものにも染まらない青い瞳・・・・・・そして、たたえられた悲しげな表情。
「ナチュラル?」
不意にディクスは訊いた。驚いたレイシェルは慌てて首を振った。
「違うよ、レイシェルだよ!」
レイシェルが握ったままのディクスの手を乱暴に振って主張する。
すると、ディクスは一つ瞬きをした。そして辺りを見渡し、それから再びレイシェルに目を向けた。
――――― ナチュラル・・・じゃない・・・?
レイシェルの顔をまじまじと見る。不思議そうに眉をひそめていたディクスの表情が今度は一変して恐怖のものに変わった。
「ナチュラル!ナチュラルはどこだ!?」
いきなりの大声に、レイシェルは呆然としている。ディクスはレイシェルの手を振り払うと、体を震わせて周囲をにらんだ。
「ディクス・・・おにいちゃん・・・?」
しかし、レイシェルの呼ぶ声を無視し、ディクスははじかれたように走っていってしまった。
あわてて追いかけるも、子供の足では到底かなうはずもない。
「どうしちゃったんだろう・・・?」
家のすぐ手前に取り残されたレイシェルは、不安そうにそう口にした。


ディクスは赤く染まった路地を走っていた。
スピードを緩めることなく、館に向かって一心不乱に。
――――――― ナチュラル・・・!
ばんっ!!
激しい音を立てて館の扉が開く。いつものようにセカンダリの世話をしていたナチとスティングが、その音に驚いて振り返った。
「はあ・・・はあ・・・・・・」
ディクスの焦燥した表情、そして荒い息遣い。
ナチもスティングも驚きで手の動きが止まっている。
「ディクス・・・?」
ナチが神妙な面持ちで言う。
そして、一体どうしたのかと、ディクスに声をかけようとした時だ。
「ナチュラルはどこだ!?」
大声を上げると、怒りの表情でディクスは立ち尽くしている二人に詰め寄った。
「どこへやった!!」
怒号とも言えるディクスの声に思わず身が固くなる。
「ディクス、何言ってるんですか、ナチはすぐ目の前にいるじゃないですか」
困惑の表情でディクスに言うスティング。だがディクスは了解しなかった。
ぎろっとナチに目をやる。ディクスと目が合い、ナチは驚いて一歩後ずさる。
「な、なに・・・・・・?」
気に圧され、恐る恐る声に出す。
「ナチをどこにやった?」
また同じ質問。ナチとスティングは顔を見合わせた。
「ディクス・・・わたしがそのナチなんだけど・・・」
やや上目遣いでナチがつぶやくように言う。するとディクスの表情が一瞬ひるんだ。だが、すぐに恐ろしい形相に戻る。
「ふざけるな!ナチュラルはまだ小さい!」
ディクスの殺気が膨らむ。
ナチもスティングも、豹変したディクスに困惑していた。
いつものトリップとはわけが違う。鬼気迫る・・・その表現が一番的確だろう。
笑う顔も、怒っている顔も、冗談を言う顔も・・・今までの面影はまるで無いディクスの表情。
一体何故・・・・・・?
「小さいって・・・でも、わたしはナチュラルよ!ディクスの妹!」
ディクスに圧されつつも、ナチは懸命に主張する。
だが・・・・・・、それはディクスの逆鱗に触れてしまった。
「言わないのなら・・・」
ディクスの手の中に光が灯る。
――――― やばい・・・!
ナチが本能的にそう感じた次の瞬間。
ばしっ
「!」
ディクスの手首を思い切りつかむスティングがいた。ディクスがスティングを見て不愉快そうな顔をする。
「邪魔をするな!」
空いたもう片方の手でスティングに殴りかかる!
「きゃっ、ディクス!」
がしっ
だが、ディクスのこぶしはスティングのガードした腕にヒットしただけ。スティングはディクスをにらみつけたまま動かない。
スティングは緊張に肩でゆっくりと息をしている。
「ディクス・・・、よく聞いて下さい。幼いナチはここにはいません」
「嘘をつくな!」
落ち着かせようとしたスティングになおも食い下がろうとするディクス。だがスティングは表情一つ変えず、ディクスを見据えている。
その真紅の瞳の奥の強い意志。
ディクスの術の程を知っているからこそ、スティングは立ちふさがる。
―――――― 絶対にディクスを暴走させてはいけない。もし暴走させれば・・・
「落ち着いて聞いてください」
彼を暴走させれば、この場の全員の命が危ない――――――
「じゃあ、彼女は誰なんです?」
そう言ってスティングはナチに視線を投げた。つられてディクスもナチに視線を向ける。
視線の先には不安そうな表情なナチがいた。
「ディクス・・・」
険しい表情でナチを見つめるディクス。
「・・・・・・?」
・・・・・・彼女は・・・・・・誰?
ディクスの中で疑問が生まれる。自分と同じ金色の髪に青い瞳。
ナチュラルだと言い張るこの女の名前は――――――?
ディクスの表情が徐々に困惑したものへと変わる。
「誰・・・?」
疑問を口にする。その言葉に、ナチは信じられないといった様子で目を見開いた。
こんな女の顔は知らない。俺が探しているのはナチュラルだけ。
なのに――――――
この既視感はなんだろう。
食い入るようにじっと見つめる。
彼女の恐怖の入り混じった心配そうな表情。青い目からは今にも涙があふれそうだ。
震えも、金色の髪一本一本に伝わり、わずかに揺れている。
「・・・おにい・・・ちゃん・・・」
そして、自分を呼ぶ消え入りそうな声。
―――――― おにいちゃん・・・?
自分の中で復唱する。その瞬間、ディクスの頭の中がフラッシュバックする。
見渡す限りの瓦礫、絶える事のない黒い煙。立ち尽くす自分。
そして・・・・・・
"おにいちゃん・・・?"
繰り返される言葉。頭の中に一瞬蘇るあの光景。
「おにいちゃん・・・?」
自分を呼ぶ声。
焦点の定まらないディクスに再びナチがそう口にした時、ディクスの目が一瞬見開かれた。
「・・・・・・・・・」
どうしてだか胸が急に熱くなる。そして体が吸い込まれるような不思議な感覚に襲われた。
"あの時"と同じように。
心底から湧き上がる恐怖、悲しみ、孤独感・・・そして、罪悪感。
暗闇にさまよう自分を呼び覚ましてくれたのは、"あの声"。
絶対に離すまいと決めた声の主。
―――――― 俺を呼ぶのは・・・
暗転した意識が現実に戻る。ディクスの目にはっきりと映ったのは彼女だった。
あの時と同じように自分を見上げている―――――
「―――――― ナチュラル・・・」
思い出される目の前の女の名前。
紛れもない自分の妹。たった一人の肉親。失くしてはいけない唯一の・・・
どうしてさっきはあんな事言ったんだろう?
絶対に間違えるはずがないのに。答えられないなんてあり得ないのに・・・
「わ、わかる?わたしがわかるのね!?」
ようやくディクスの目が"本当のナチ"を捉える。
「・・・・・・わかる。だってお前は俺の妹だろ?」
さっきの様子が嘘のようだ。まだ混乱気味ではあるようだが、わずかな笑みを浮かべ、ディクスはそう言った。
「大丈夫ですか?」
横から声をかけるスティング。返事こそしなかったが、ディクスはうなずいた。
「ちょ・・・ちょっとぉ!何トリップしちゃってるのよー!びっくりしたんだからねー!」
緊張が一気に解け、ナチはあふれる涙を乱暴に拭きながらディクスに突っかかる。
スティングの異変の次はディクス。ナチはどうしようもないといった様子で大きく息をついた。
「ほんっとに人一倍心配かけるんだから!」
緊張感が安心に変わり、涙腺が緩む。見えないようにと、ナチはうつむいて目をこすった。
「ごめん・・・ごめんな、ナチ・・・」
しばらくぐずっていたナチだが、目を真っ赤にして顔を上げる。
目に映ったディクスの表情は穏やかなものだった。そして、いつもと違う、柔らかい笑み。
「――――― 本当に・・・良かった・・・」
まるで壊れ物を扱うように、本当に大事なものを体で感じるように・・・そして、決して離さないように・・・
ディクスは大きな腕でナチを包み込んだ。
「ふえ・・・?」
さらに文句を言おうと思っていたナチだが、予想だにしない出来事にディクスに身を任せたまま固まっている。
驚いているのはナチだけではない。
スティングもディクスの一連の行動に、そして今の状況に驚きの表情を見せていた。
ナチの体に直接伝わるディクスの息遣い。普段なら突き飛ばして術をお見舞いしているところだが・・・
なんで?
頭の中が同じ疑問で繰り返される。
なんでだろう・・・すごく安心できる・・・
その理由が分からなかった。だが、初めてではないと、本能的にそう思った。
ずっとずっと前に、いつも感じていた安心感。不思議なくらい落ち着ける場所。
今の今まで忘れていたぬくもり。
わたし、知ってる・・・この感じ・・・・・・ずっと前から・・・
自然と目を閉じかけた自分に、ナチが我に帰る。
「ディ、ディクス!なにやってんのよ、離して!」
慌ててディクスから離れる。
「全くもー、一体何考えてるんだか・・・」
恥ずかしいのを押さえつつ文句を言い、そしてディクスに目を向けた。
「・・・・・・」
確かにそこにディクスはいた。
けれどその表情。ナチをじっと見つめるそれは、まるで捨てられた子犬のようだ。
少し困惑したような、悲しそうな・・・
いつにないディクスの表情。
ナチとスティングは再び顔を見合わせる。スティングもただ事ではないと感じているらしい。
「本当に・・・ディクス・・・?」
何も言わないディクスにナチが問う。
すると、ディクスは少し驚いたようだったが、すぐに笑顔に変えた。
「ああ、ディクスだ。悪かったな、トリップして」
照れ笑いをし、頭を掻いた。
そして一つ深呼吸をする。
「さーあ!今夜もデリシャス料理を作るぞー!」
両手を大きく上げ、元気に言う。
当然だが、ナチとスティングはまだ、ディクスを不安そうに見ている。
「スティング、お前も食っていくだろ、夕食」
「えっ、ええ、はい。お願いします」
勝手に話を切り上げると、ディクスは厨房へ行ってしまった。
取り残されたナチとスティング。
「何があったんでしょう・・・?」
つぶやくスティングに、ナチは何も答えず、厨房の扉を見続けていた。


パタンッ
厨房の重い扉が閉まる。
「・・・・・・」
後ろ手でディクスは扉の鍵をかけると、そのまま扉にもたれかかるようにして床にうずくまった。
目頭が熱くなる。うな垂れると、冷たい床に涙がこぼれた。
それが嬉しさ故の涙なのか、悲しさ故の涙なのか・・・自分でも分からない。
なのに、こみあげる熱い感情を抑えることはできなかった。
さっきフラッシュバックしたあの光景。
・・・・・・引き戻された過去、見失った現在、そして視える未来・・・
「なあ・・・ナチ・・・」
つぶやいたディクス。
・・・・・・お前は俺を許してくれるだろうか?
だが、ディクス自身、そう口にした事も、思った事も、自分で気付いてはいない。
再び頭の中に、決して消えることのない過去が投影される。
うやむやにしてしまいたくて、ディクスは頭を激しく振った。
「俺・・・どうしたんだ・・・」
顔を上げ、天井を仰ぎ見る。
無機質な蛍光灯の光だけが、冷ややかにディクスを照らし出していた。



心の奥深く、己でも触れることのできない深淵
遥か昔の記憶をたどり、己の深淵に触れた時
彼は、全ての鍵を手にする


D.Force
第三章   - 終 -



第29話
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