D.Force The Third Chapter
Force-8
マスターの称号
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大きな鏡が壁に広がる。 衣装室にしては大きすぎる部屋に、ディクスとナチがいた。 「ネクタイ曲がってるよ。いつもの服と違うんだからあんまり動き回らないようにね」 「ネクタイってのは本当に慣れないな・・・」 窮屈そうにしながらディクスが言う。そして見慣れない自分の姿を鏡で映し見た。 「なかなかいいじゃない」 ナチも鏡の中のディクスを見てそう言った。 黒いタキシードに身を包んだディクス。細身にデザインされていたため、ディクスには小さいのではないかと思われたがそんなことはない。黒という色もあってか、とても良くあっていた。 髪もしっかりとワックスで整えられている。ややべたつく髪をちょっと触っては指についた整髪剤をタオルで拭いていた。 「わたしはどう?ちょっと大人っぽくなったと思わない?」 ナチはディクスの前に出ると。ロングスカートのすそをちょっとあげて回って見せた。 シンプルなイブニングドレスのスカートがふわっと中に浮く。淡い黄色のドレス。後ろの腰の部分にある長いリボンが特徴的だ。 髪はもちろんアップにして薄い化粧もしている。 「ま、俺の妹だからな」 ちらっとナチを見てそういった。二人がこんな格好をするのは豪華客船クィーン・ヒュー・エスティナ号に乗船したあの時以来だ。 「そうね・・・ディクスふけ顔だもんね・・・」 ――――――― 一言くらい"可愛いね"だとか"よくあってる"だとか嘘でも言ってくれれば良いのに ジト目でディクスを見る。そのディクスは目の前のナチのその向こうを見ている。 でも・・・・・・そんなに変かなぁ・・・? さっきからあまり目を合わせてくれないディクスにそう思ってしまう。そして、鏡の中の自分を凝視した。 がちゃっ 「衣装どうですか?」 そんな二人のところにスティングがやってきた。ディクスの着ているタキシードとは違い、すその長い青い服に、白いマントを身につけていた。 普段着をやや豪華にした程度で目新しさは感じられない。 「二人ともよくあってますよ。ディクスもこうやってみると男前ですね〜、ナチもとても綺麗ですよ」 臆面もなく言うスティングにナチが顔を赤くする。 「どうした?」 そんなナチをディクスが不思議そうに見ている。 「だって・・・スティングみたいに言われると、嘘でもやっぱり恥ずかしいんだもん」 「嘘じゃないですよ!とてもよくあってますし・・・姉上がコーディネートしてくれたんですが、良かったです」 笑みを浮かべて言う。 「有難う。ディクスが何も感想言ってくれないから、もしかして変じゃないかなって心配になってたんだけど」 ナチが言うとディクスは憮然とした表情をしていた。 そのディクスを見て、スティングは再びナチに視線を移した。そしてにっこり笑う。 「・・・そりゃそうですよ。いくら心の中で可愛いって思ってても口にするはずがないじゃないですか、ね、ディク・・・」 ぽんっ 皆言い終わる前に、ディクスがスティングの肩に手を置いた。そしてその手に力をぎゅーっといれる。 ディクスの表情はさっきとは打って変わってものすごいさわやかな笑みに変わっていた。 「――――― ところで、式典まで三十分あります。ディクスは先に会場のほうに行っててください。一度だけリハーサルするそうですから。ナチはもう少しここで待っててくださいね」 ディクスの雰囲気に圧されつつ、スティングは用件を伝えた。 「ということで、ディクスは早く会場に向かってくださいね」 ぎこちなく笑みを浮かべ、スティングはそう言った。それからやや沈黙あって、ディクスはようやく手を離した。 「・・・ということだから先に行くな、ナチ」 すれ違いざまにスティングの肩を意味ありげに叩き、扉に向かう。そして―――――― 「よく似合ってるぞ、ナチ」 確かにそう言った。 そしてそのまま目もくれず出て行ってしまった。 しかしスティングは気づいていた。自分の背後に一瞬向けられた敵意の視線に・・・・・・ ・・・・・・余計なことを言うんじゃなかった・・・! 頬に一筋の汗が流れる。 「なんだったんだろうね・・・?」 ナチもディクスの雰囲気に気づいていたのか、驚いた表情をしつつそう言った。 「本当に感情を素直に出すのが下手ですね・・・」 ディクスが出て行ってしまったドアのほうを振り返る。そしてぼそっとつぶやいた。 「え?」 スティングの言葉をうまく聞き取れなかったナチが疑問のまなざしを向けた。 「いえ、なんでも・・・じゃあ、僕も行きますね。時間になったら会場のほうへ向かってください。一応顔パスで通りますので」 あいまいな笑みを浮かべつつそう告げる。 「うん、わかった!スティング、頑張ってね!」 「ええ、有難うございます」 そしてスティングも部屋を後にし、ナチ一人になった。 今回のマスターの称号取得者は三人。 その三人がリハーサルにと、玉座の前に整列させられていた。 「なるほど・・・それでマスターの称号を・・・さすがはクロードさんですね」 ディクスの隣に立っているエイブルが、やんわりと笑みを浮かべて言う。 「うーん、俺もこれは予想外だったんですが・・・」 禁術が引き金となったこの前の事件。それからあったマスターの称号取得試験に、見事エイブルは合格したのだった。ディクスと同じように黒いタキシードに身を包み、そして玉座の前に立っている。 「それも実力のうちですよ。試験に合格した時は正直、クロードさんに勝てたと思っていたのですが、また同じラインに立ってしまったようです」 苦笑する。 「いえ、そんな・・・」 「私は来月にでもデルタを発ってエルダスに向かうつもりです。あそこには非常に高度な医療技術があるという話ですから。そこで修行を積むつもりです」 ――――――― デルタを・・・発つ・・・か エイブルの一言を繰り返す。マスターの称号を得れば院生のような行動の制限はなくなる。そう、以前のように自由に旅をすることが出来るのだ。 「クロードさんも頑張ってくださいね」 エイブルの言葉にディクスはうなずいた。 「そろそろ時間になります!リハーサルどおり、皆さん位置についてください!」 授与式のコーディネーターが大きく手を上げてその場の全員に告げる。新たなマスターの三人もリハーサルどおり、玉座の下手へと移動したのだった。 迫る時間に右往左往する人々。マスターという称号がどれほど大きなものであるか象徴しているようなものだった。 特例で手に入れた称号は本当に自分にふさわしいものなのかやや不安になるディクス。 位置についてからやたらとあたりをきょろきょろして気を紛らわせた。 人ごみの中、周囲に圧倒されているナチを見つけた。ナチもこちらに気づいたようで、視線が合うとガッツポーズを取って見せた。ディクスも応えるように親指を立てる。 そして再び正面を向いた時だった。 「あ・・・」 目上の玉座を整えている人物が一人。イルクの付き添いのアーネスだった。 彼もまた正装に身を包み、玉座のわずかな乱れも逃すまいとちょこまか動き回っていた。アーネスはディクスが見ているのにも気づかず、懸命に作業している。 ―――――― そういや、イルクは位の高い人物って言ってたからアーネスがここにいるのも不思議はないか・・・ アーネスを目で追いながら思う。 しばらく見ていると、アーネスは額の汗を手でぬぐい、満足そうに息をついた。そして一人にこやかにどこかに消えてしまった。 「お知り合いですか?」 アーネスを見ていたディクスに気づいたエイブルが訊ねる。 「ええ、まあ」 「そうなんですか、私も何度か見かけたことがありますよ。私の記憶が正しければあの人は・・・」 途中で言いやめる。 授与式の時間がすぐそこまで迫ってきたのだ。先ほどがやがやとしていた大きな広間は水を打ったように静まり返っている。 アーネスを凝視していたせいで忘れていたが、またまた今までにない緊張感がディクスを襲った。 その場の全員が自分達に注目しているのが分かった。ディクスはどうすることも出来ず、ただ固まっているしかなった。 室内が静かになってから数分。ディクスの背後から大きなファンファーレが聞こえた。 その音に驚くとともに、ディクスの不安はさらに大きくなった。 ――――――― あー・・・なんか緊張しすぎて腹が痛くなってきたような・・・ 冷や汗が脂汗に変わる。 カツンカツン 祭司風の男がディクスたちの前に出る。そしていかにもという感じの巻物を手にし、口上し始めた。 「真に術を極めしものたちよ。汝らマスターの称号を名乗りえんためにこの学術院を・・・」 一体あの巻物には何がそんなに書かれているのか。緊張していたディクスだが、文章の羅列にいい加減飽きてきた時だった。 「では、これより大国エンドレスの王より称号の授与を行う」 巻物をしまうと、男は脇のほうへ行ってしまった。そして再び背後からのファンファーレ。 その音で、飽き飽きしていたディクスが我にかえる。 玉座の後ろのカーテンが引かれ、中から人が現れた。 そう、普通には絶対会うことの出来ない人物。大国エンドレスの国王。 スティングと同じ銀髪を持ち、そして緋色の瞳を持った――――――――― 「えっ」 思わず声に出す。声を上げたディクスにエイブルが注意したのにも気づかず、ディクスは国王を凝視していた。 初めて見るはずだった。そうそう一般人の前には出てこないエンドレスの国王を。知っている顔ではないはずなのだ。 なのに・・・ ―――――― イルク・・・? 開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。あの酒場で自分に絡んできたあの顔だ。 あの時は金髪に碧眼であった。しかし、そんなものは術でどうにでもなる。 もしイルクが"国王"ならば、全てのつじつまが合う。彼がスティングたちエンドレスの末裔達のことを知っているのは当然だ。 ディクスが気づいているのだからイルクも当然ディクスに気づいているはずだ。しかし、イルクは酒場の顔とは違い、まさに国王の顔。威厳をたたえたエンドレスの国王としての顔であった。 後ろにいるナチの表情は分からない。もし、国王の顔が見えているなら恐らくディクスと同じように驚愕しているに違いない。 イルク・・・というより、国王と言った方がいいのかもしれない。その斜め後ろにアルバートが控えていた。スティングの姿は見えない。国王が新たなマスターとなる三人の前に歩み出る。そしてアルバートから小さな箱と一本の巻物を受け取った。 「ダウエル・レーン。汝に術における最高の称号、マスターの名を与えよう」 マスターの称号取得者の一人、ダウエルに巻物が手渡された。 「この輝石はその証となろう。常に身につけ、術の発展に役立てよ」 小さな箱を開け、渡す。その中には深い青をたたえた石がはめ込まれたレリーフが入っていた。 そしてエイブルが受け取り・・・いよいよディクスの番がやってきた。 ―――――― 称号を受けたものとしての二つの証を受け取り、ディクスは深々と頭を下げた。 再び顔を上げた時だ。 また会ったな、ディクス。この日を楽しみにしていたぞ! 「!」 頭の中に響く声。それは間違いなくイルク―――――― つまり、国王のものだった。術を使ってディクスに話しかけてきたらしい。国王の顔をうかがい見るが澄ました顔で立っている。 ディクスは遠慮なく国王の顔を凝視したが、微動だにしない。 ディクスも酒場にいた時は酒を飲んでいたせいで観察力が落ちていたが、よくよく見ればスティングに似ていないことはなかった。というよりも、国王にスティングが似ているのだが。 目の色、髪の色はもちろんだが、髪の質に体格、目元など似ているところは多い。酒に強いのも遺伝だろう。スティングが歳を取れば似たようになるのかもしれない。 しかし何故国王という身があんなところにいたのか・・・ 「それでは式典はこれにて終了する」 その言葉に会場の中心に大きなテーブルがセッティングされた。次々と料理が運ばれる。 「これから会食がはじまるのだよ。もちろん酒も用意してあるから普段の疲れをここで吹き飛ばすといい」 ディクスがあっけに取られていると国王がそう言った。その表情を見れば先ほどの真剣な表情とは打って変わって柔和なものに変わっていた。 会場に再び活気があふれる。雑踏の中、ナチが人を掻き分けてこちらにやってきた。 「ねえ、ディクス、これから何が始まるのかな?わたし知っている人誰もいなくて・・・」 いいかけてディクスの背後の人物に気づく。 「へっ・・・えぇぇぇぇっ!?」 ナチがすっとんきょうな声を上げて驚く。その声に驚かれた国王がナチに気づく。 「おお、お嬢さんも参加していたのか。うむ、なかなかそのドレスにあっているぞ」 ドレスを着ているナチに国王が満足そうにうなずく。 「ナチ、式典の間気づいてなかったのか?」 「だ、だって・・・後ろのほうにいたから人影で見えなかったんだもん・・・。でもイルクさんって・・・」 ディクスもナチも疑惑のまなざしを向ける。しかし国王は笑顔のままだ。 「私だってたまには息抜きが必要なのだよ!何も減るものじゃないし、かまわんだろう?しかし、私の顔を見たときのディクスの表情は見ものだったがな」 「そ、そりゃあ・・・!誰だって驚きますよ!酒場で飲み交わした人物がまさか国王だなんて・・・」 「ふふふ。実はそれが狙いだったのだ!とはいえ、初めて会った時は偶然だったがな。二回目は謀ってみたのだ。スティングの正体が分かったときもエンドレスの王子だなんて驚いただろう〜?」 と笑った。 「―――――― ちょっと待ってください。スティングの正体がわかったって・・・なんでその事・・・」 ディクスが驚いたように言うと、国王は不敵な笑みをたたえたままそれ以上答えなかった。 「私はちょっと席をはずさせてもらうよ。この服じゃきつくてねー」 そしてどこかに行ってしまった。あっけに取られているディクスとナチ。 「ねえ、ディクス。イルク・・・じゃなくて、国王の言葉・・・」 「ああ。スティングの旅の事知っているみたいだったな。しかも正体が分かったって・・・あいつが女装していたのも知っているのか・・・?」 「でも・・・国王だったなんて・・・エリオスさんにイルクさんのこと訊いたことがあったんだけど、その時は知らないって言ってたのに・・・」 「偽名だろ?しかし・・・エンドレスの王族ってのは曲者だな・・・」 スティングに続いてその父親にも身分をだまされたディクスとナチは深くため息をついた。 「ディクス、マスターの称号取得おめでとうございます」 一体どこにいたのか、いつの間にか隣に来ていたディクスに酒の入ったグラスを手渡した。 「ナチはこっちのほうが良いんですよね」 ナチにはノンアルコールのジュースを渡す。 そして二人はグラスを重ねると酒を口に含む。 「ああ、お前のおかげだよ。有難う」 「僕こそお礼を言わないといけませんよ。ディクスに手合わせしてもらったんですし。でも、マスターの称号本当に良かったですね。僕持ってないのでうらやましいです」 「確かに王族が院生になるのも変だよな」 互いに苦笑する。 「ねえ、スティング。スティングのお父さんだけど・・・」 二人のやり取りを見ていたナチがようやく口を挟んだ。するとディクスも思い出したと言うように続けた。 「そうだ!ナチが"イルク"っていう人物の事訊いた事があったろ?その正体がお前の父親だったんだよ」 「え?」 スティングがぽかんとする。 「うん、わたしも今日エンドレスの王様を初めて見て驚いたんだけど、そのイルクさんが王様だったの!」 ナチにまで言われスティングはますます困惑した表情を見せた。 「た、確かに・・・話で、父上はたまに宮殿を抜け出すとは聞いてたんですが・・・まさか本当だったなんて・・・」 「お前だって勝手に旅に出ただろ?同じじゃないか」 ディクスに言われスティングは恥ずかしそうに頭をかいた。 「あはは・・・そうですね。じゃあその"イルク"って言う名前もお忍びのための偽名というわけですね。分からないわけです」 「スティングだったら"グレース"よね」 今度はナチに言われ、ぐさっとくる。 「それからスティング」 ディクスの顔つきが真剣になる。 「まさかとは思うが、お前、旅に出てた事国王に話してないよな?」 顔を近づけて小声でしゃべる。 「言いませんよ、そんなこと。というより、言えませんよ・・・怒られますから」 「だよな・・・だけど、国王多分知ってるぞ。そのこと」 「えええっ!?」 大きな声を出したスティングの頭をディクスが一撃する。ディクスは忘れているかもしれないが、スティングは腐ってもエンドレスの第一王位継承者である。そんな彼を殴ったディクスに周囲は不審な目をむけている。 「――――――― よく考えたら酒場で話した時、お前の事、"身長を低くしてやれば女と指されても文句はいえん"って言ってたしな。女装して宮殿抜け出したの知ってるんだろ・・・」 スティングの顔から血の気が引く。従者のライアとレイルはともかく、それ以外に女装を犯したなどとは誰にも言っていない。なのに一番知られてはいけない人物にその情報が伝わっていたのだ。 「な、なんで・・・」 「でも、まあ、大丈夫なんじゃないか?だって今まで何も言ってこなかっただろ?知らなかったらそれでいいし・・・それにあの性格だったらなんでも了承しそうじゃないか」 スティングの肩をぽんぽんと叩くがスティングは首を振った。 「まさか・・・父上厳しいんですよ。僕術や一般教養でどれだけしかられたか・・・」 ふっとため息をつく。 「そういう風には見えないけどな。見た目の割りに豪快そうだったと思うけど・・・」 「そうなんですか?僕もよく把握してないんですよね。父上の性格。僕にとっては厳格なイメージがあるんですけど」 ひそひそ隠れて話す二人の後ろに黒い影。 その二人が自分に気づかないことを確認すると両手を大きく振り上げた。 そして―――――――― ばしぃっ!!! 『!!!!!』 背後からいきなり肩を叩かれたディクスとスティング。あまりの驚きに飛び上がる。しばらく肩で息をしていた二人だったが、恐る恐る振り返った。 「私の話題かな?」 金の杯を手にしている国王だった。 |