D.Force The Fourth Chapter
Force-2

傷ついた竜


近づくにつれて見えてきた竜。飛行の体勢は不安定なまま少しずつ下降している。
長い尾はだらりと垂れ下がり、時折思い出したように弱弱しく縦に振られる。翼に入る力も少しずつ失われ、羽ばたきの一つ一つがすでに竜の体を支えきれないほどに消耗していた。
身を切るような冷たい風に顔をしかめつつ、ナチはその竜の後を追い、やがて大きな体がすぐ目の前に来た。
赤い、まだら模様の竜。ナチにはそう見えた。
「セフィーロ、もうちょっと近づける?」
ナチの望みどおり、セフィーロは速度を上げ、まだら模様の竜の隣に着いた。
強い風でしみる目を何とかこじ開け、ナチはその竜の様子を伺う。
大きさはセフィーロたちと同じくらいだろう。だが、その体は痩せ切っている。さらに赤いまだら模様だと思われたその体は、体全体に見受けられる傷からの出血だった。
不安定な飛行も、無数の傷のせいだろう。目もどこと無く生気が無く、荒い息で必死に飛んでいる。
セフィーロも並走する竜が気になるのか、少し首を回し、竜を見遣っていた。
「大変!」
並走しているとはいえ、その竜との距離は十数メートルはある。
この位置から治癒の術をかけることは到底できない。かといって、このまま見過ごせば、この竜は確実に町に落ちる・・・。
「どうしよう」
考えるもいい案が思い浮かばない。そうしている間にも少しずつ下降し、町並みもだいぶはっきり見えてきた。
「ねえ!お願いだからもう少し頑張って!町に落ちたらあなたも死んじゃう!」
竜に届くかどうかはわからないが、ナチは声を掛ける。だが、竜は相変わらず不安定で、飛行速度も確実に落ちていた。
地上で、人々が空を見上げている様子が見えるまでに降下したその時。
泣き声を上げ、セフィーロがおもむろに方向転換した。
ひとつ旋回すると、そのまま竜の後ろにつく。そして間隔を開けたまま飛行を続けた。
「セフィーロ?」
何か思うところがあるのかと、ナチが名を呼ぶ。
セフィーロがひとつ鳴いた。それと同時だった。
フォンッ
風を切る音がし、目の前の竜にグリーンの光が走ったのだ。
鼻先から翼、尻尾の先まで光がスキャンするように。それには見覚えがあった。
本家であるセフィーロが使っているところを見たことは無いが、レクサスやアクオスは飛行時必ず使用していた術。
「飛行術!?」
風を操るエアロガイドには、飛行術は必要なかった。だが、風を操ることのできない種は飛行術を併用して飛行する必要があったのだ。
目の前の竜を凝視しているセフィーロ。
余力のあるセフィーロは目の前の竜に飛行術をかけたらしい。
それが功を奏したのだろう。竜の飛行スピードが見違えるように上がり、さらに空へと上昇する。
そう、近かった町も遠くに感じられるまでに。
吹き付ける風の音と、乾いた羽音だけが頭に響く。心配そうなまなざしを竜に向けたまま、ナチは心の中で竜の無事を願った。
眼下に広がる景色もかなり変わってきた。デルタは宮殿を取り巻くように住宅や店が並んでいる。たが、郊外となるとその様子はまるで違う。
常緑樹の森が広がる大地が姿を現すのだ。街道がないような場所はモンスターも生息し、人がむやみに近寄る事はない。そんな場所なら竜が一頭飛んでいたところで不思議はない。
「良かった・・・、町は抜けたわね」
上半身を後ろにひねり、過ぎてしまった町に安堵する。そして再び目の前の竜に目をやった。
相変わらず翼に力はないが、セフィーロに助けられ、ようやく町を抜けたのだ。
後は上手く着地するだけなのだが。
だが、ナチの安心を裏切るかのように、竜の翼が急速に力を失う。
がくんっと、体が落ちる。
再び訪れた緊張感に、ナチの表情に焦りの色が浮かぶ。
「着地するまでがんばって!」
飛ぶための翼が無くては飛行術も意味は成さない。竜は急速に下降していく。それを追いかけるセフィーロも下降する。
セフィーロの急降下に、ナチは嫌な浮遊感を覚えつつ、離されまいとセフィーロの背にしっかりとつかまっている。
恐怖を感じながらも目をこじ開け、先に降下している竜を見る。風にあおられ、満足に羽ばたく事ができないでいるようだ。
何とか逆らうように翼を広げるも、力尽き、ついに羽ばたきが止まった。
ガァァッ!!
セフィーロが発したことも無いような荒い声を上げる。術力を上げ、竜の落下を止めようと必死なのだ。
しかし願いむなしく・・・
ずさささささっ
葉にこすれる派手な音。
森の木々の上をすべり、そして、重さに耐え切れなくなった木々の間に落下した。
派手な音が森に響くと、たくさんの鳥が空へ逃げた。
セフィーロも後を追い、すぐ近くに舞い降りる。
ぐったりと横たわる竜に、ナチはすぐさま駆け寄った。
落下音は大きなものではあったが、竜にはまだ息があった。ちょっとした山のような大きな体がゆっくりと上下している。
それに少し安堵し、少しずつ近づく。
相手は野生の竜だ。獰猛な種類だったら襲われる可能性だってある。だが、緊張気味のナチとは反対に、セフィーロは何の警戒もなく竜に近づき、容態を伺おうとしていた。
「セフィーロ!」
ナチが小さく声を上げるが、セフィーロは一瞬ナチに目を向け、それから再び鼻先を竜に向けた。
どうやら近づいても大丈夫だと言いたいらしい。
ナチも近づいて竜の容態を見る。やはり無数の傷。しかもどれも深いものばかりだ。
そこから流れ出た血が竜を汚していた。赤いまだら模様に見えたのもこの流血のせいだろう。
竜は眠り込んだように目を瞑ったまま動かない。息はあるから死んでいるわけではないが、相当消耗しているのは目に見えていた。
竜は本来ずんぐりした体型だが、角ばった骨が、厚い皮に密着し、痩せた印象を持たせる。何者かからの攻撃を受け、なおかつ痩せた体での飛行は無謀すぎた。
「まずは傷を治さなきゃね」
手近な傷に手を当てる。
セフィーロもナチに習い、手近な部分に目を向けると治癒の術を掛け始めた。
もともと竜といった長命の生き物は生命力も比例するように高い。人間相手では治癒に時間のかかるような大きな傷でも、竜の長命である特性が相まって見る見るうちに治っていく。
目を閉じ、ぐったりと動かなかった竜も少しずつ楽になってきたのだろう。頭をほんの少しだけもたげ、ナチとセフィーロが右往左往しているのを見ている。
そして、哀れんだ声で小さく鳴いた。
「これなら大丈夫よ。あと少しだから」
ナチが安心させるように言うと、竜はそれを理解したのか再び頭を地に着け、ゆっくりと目を閉じた。
「それにしてもひどい傷。高位のモンスターをここまで追い詰めるなんていったい誰が・・・。もしかして竜同士の争いか何かかな」
それに答えるようにセフィーロが鳴いたが、残念ながらナチには理解できなかった。
強いて判断するならば、セフィーロはナチの意見に反対している・・・そう思えた。
「セフィーロ、そっちはどう?傷は治った?」
言いながら反対側の傷を治療しているセフィーロの元に足を運ぶ。
「さっすがー!グランドアビスに勝る治癒術は伊達じゃないわね」
完全にふさがった傷をなでながら、ナチが感嘆をもらす。治癒術といった補助系の術を得意とするエアロガイドにとって、これくらいは造作もない事らしい。
感心しているナチに、セフィーロは得意そうだ。
「じゃあセフィーロ、今度はあっち側やってくれる?わたしは血を落とすから」
持ち合わせていたタオルを取り出し、ナチは汚れた竜の体を綺麗にする。
白かったタオルはすぐに赤く染まり、それを何度も洗っては竜の体を拭いた。一日一回はセフィーロはもとより、レクサスやアクオスの体を拭いてやるナチにとってこの作業はまさに天職だった。
てきぱきと作業をこなし、血を拭い去る。同時に、竜の本来の色も見えてきた。
「黄色・・・の竜?」
黄色い皮膚と鱗を見、ナチは首をかしげた。
黄色の竜・・・それは―――――-
「まさかとは思うけど、ゴールドドラゴン?」
木々の木漏れ日に照らされる竜の肢体。反射する竜の鱗は金に輝いて見える。
「でも、ゴールドドラゴンって、ディオール大陸に生息してたっけ・・・。っていうか、これってすごいレアなドラゴンじゃない!」
体を拭きつつ、ナチが興奮したように声を上げる。
竜は一般的に色に大きく分類される。ブルードラゴン、ブラックドラゴン、レッドドラゴン・・・この三種はきわめてメジャーな種だ。
だが、逆に滅多にお目にかかれないものも存在する。それこそ、このゴールドドラゴンに分類される種だ。ちなみにセフィーロはグリーンドラゴンに属し、その中で高位の種に当たるエアロガイドと名称付けられている。
このゴールドドラゴンの正式名称はわからないが、おそらく例外なく貴重であろう。
「わたしってラッキーかも」
必ずしも貴重が希少というわけではないが、こうして見える事は自慢できる事だ。
特にゴールドは金を意味し、このゴールドドラゴンにお目にかかれば、将来金銭的に恵まれるというチープな言い伝えまである。信じているわけではないが、こうして会うことができ、ナチは喜んでいた。
「さてと・・・こんなもんかな」
手の甲で額の汗をぬぐい、ナチが息をついた。
横たわったままだったが、大きな傷は完全にふさがり、流血も完全に止まっていた。おまけにナチに体を綺麗にされ、こざっぱりとした印象を与える。
「やっぱりゴールドドラゴンだよねー、これ」
竜の全体像を見ながら、ナチは確かめるように言う。やせ細った印象ではあるが、鱗の美しさまでは失われてはいない。このまま休んでいればすぐに旅立てるまでに回復するであろうと確信し、ナチは笑んだ。
「セフィーロ、ゴールドドラゴンって肉食?」
訊くと、セフィーロはいきなり伸び上がり、近くの木の枝を一本むしり取った。
それを渡すようにナチ向ける。
「草食なのね」
それを受け取り、頭を地に着けたままのゴールドドラゴンに近づく。
「あのー、良かったら食べてみない?」
枝を持ち、葉で顔をくすぐるようにゴールドドラゴンに話しかける。
かさかさと、葉が顔にこすれる。すると、ゴールドドラゴンは面倒そうに目を開け、ゆっくりと起き上がった。ナチを見下ろすような形でこちらに顔を向けている。
「はい」
ナチが枝を勧めると、ゴールドドラゴンはあまり気乗りしていない様子でそれをくわえた。
それからゆっくりとした様子で枝ごと平らげる。
「まだ食べる?」
訊くと、ゴールドドラゴンはナチに背を向け、低木の柔らかい新芽を食べ始めた。
成長しきった硬い葉よりも、やわらかいもののほうがお好みらしい。
むしゃむしゃと葉を食べている。
「食欲もあれば大丈夫そうね」
傷も癒え、食欲もある。これならもう大丈夫だろう。
「じゃあ、わたしたちは行くわ。もう無理しないようにね」
食事をしているゴールドドラゴンにそう告げ、ナチがセフィーロにまたがろうとした時だった。
「えっ!?」
服のすそをいきなり引っ張られ、ナチは声を上げた。振り返ればゴールドドラゴンが服のすそをくわえて引っ張っている。
ナチが向き直ると、くわえていたすそを離す。
「どうかしたの?」
ゴールドドラゴンは何も言わなかったが、その胸の前あたりに光り輝く何かが現れた。
まぶしいほどではないが、白い光を放ち、宙に浮いている。
クゥゥゥ
ゴールドドラゴンが小さく鳴く。同時に、その輝くものがナチの胸の辺りまで浮遊してきた。
ナチがそれを受け取るように手のひらを差し出すと、輝きは一瞬にして失われ、代わりに金色の球体がナチの手に転がり落ちた。
その球体をまじまじと見、ナチはゴールドドラゴンに目を向けた。
「くれるの・・・?」
返事こそなかったが、ゴールドドラゴンはじっとその場を動かなかった。そして、セフィーロのほうを見遣ると、セフィーロは何かに答えるように鳴いた。
「有り難う。大事にするね」
金色の玉を大事にポケットに納め、ナチは礼を言う。
すると、突然のゴールドドラゴンの翼の一振り。舞った埃が目に入り、目を硬く瞑ったナチだったが、次に目を開けた先にはあのゴールドドラゴンの姿はなかった。
反射的に空を見上げれば、大きな黒い影が空を旋回しているのが見えた。しばらくその場を飛び回っていたが、やがてどこかに行ってしまった。
見えなくなってからもしばし空を見上げていたナチは、ポケットの中にしまった玉を取り出した。
「なんだろう?まさか本物の金ってわけじゃないだろうし・・・。フォースみたいなものかな」
きらきらと輝く玉をしばし見つめた後、再びポケットにしまった。
「じゃあセフィーロ、帰ろうか」
頭をなでると、セフィーロは気持ちよさそうに目を閉じた。
ナチがセフィーロの背にまたがると、一人と一頭は、空に向かって再び飛翔した。


「これで最後か」
ようやく最後の書類に目を通し終えると、サインをし、大きく伸びをする。
そして何気なくスティングが向けた視線の先には大量の書類が。これもレイルとライアの課題である。仕事を与える事でスティングの行動を制限しようとしているのだ。
文句を言いたいところだが仕方ない。もともとやらねばならない仕事をいっぺんにやっているだけの事だ。仕事さえ終われば、また暇な時間がやってくるだろう。
「アクオスどうしてるかな・・・」
たまに窓の向こうを眺めたりして、外の空気を恋しく思っていた時だった。
「失礼します」
ノックの後に入ってきたのはレイルだった。一礼すると、数枚の紙を手に、スティングの机のそばまでやってくる。
「モンスター駆除の報告書です」
手に持っていた紙を渡すが、スティングは不思議そうに首をかしげた。
「駆除報告はエリオスの担当じゃなかったっけ」
「ええ、ですが、エリオス様がスティング様にと。私も報告書に目を通したのですが、少し気になる箇所がありまして」
またガイスターの事が絡んでるのではないかと眉をひそめ、緊張した面持ちで報告書に目を通す。
大した報告はなさそうだが・・・
「竜の大量死?」
一番最後の項目に目が留まる。どういうことかとレイルに目を向けた。
「ええ、それがそのままの意味で。数ヶ月前から竜の死骸が目立つようになったとの事です」
「伝染病か?」
「どうやら争って命を落としているようで。大量の血痕と、派手に暴れた跡が残っているのだそうです。調査により確認されている報告のほぼ全てに」
次ページに、さらにその詳細について書かれてあった。
ディオール大陸各地で、争いによる竜の死亡が起こっているらしい。竜同士の争いが互いを傷つけ、そして命を落とす・・・。今までなかった現象だ。
竜同士の抗争は珍しいものではない。そもそも竜は単独で行動し、他の竜とテリトリーを共有する事を拒む。それゆえ争いが起こることもあるのだ。
だが、それがディオール大陸全土で起こっているとは考えにくい。
「原因究明には時間が掛かりそうだな・・・」
状況説明は詳細なものの、肝心な原因の記述はなかった。
「それで、エリオス様のセカンダリも外出を控えているそうです。ですから、万が一の事を考え、王子のセカンダリも外部の接触を避けるようにお願いします。伝染病の可能性が無いとも言えませんので」
「伝染病が争いの原因である事は否定できないって事か」
「その報告書は王子がお持ちください。また新しい情報が入りましたらお伝えに参ります」
一礼し、レイルが下がろうとした時だった。
「おや。王子、もしかして公務のほう・・・」
机の端に積まれている書類にレイルが目を丸くする。
「大量の仕事を有難う。終わったよ」
苦笑しながら言うスティングに、レイルは満足そうに笑んだ。
「さすがです。じゃあ、早速次の・・・」
「もうたくさんだ、レイル!さっきから目が痛くて」
参ったとでも言うように、スティングは両手を軽く挙げた。
「冗談ですよ。そうですね、手伝っていただきたい仕事はまだまだたくさんあるのですが、今日はこれまでで。私もこれから仕事ありますから、ご自由になさってください。もちろん無茶はしないでくださいよ」
「ああ、有難う」
そしてレイルはスティングの部屋を出て行った。
散らかった机の上を片付けると、スティングは椅子から勢い良く立ち上がった。
「アクオスの様子でも見に行こうかな」
コートを引っ掛けると、スティングも自室を後にした。
誰もいない長い廊下を歩き、やがて外にでる。たまに青い空を見上げながら、スティングは見慣れた場所にたどり着く。
「あれ?もしかしてアクオスとレクサス?」
遠目から見える見慣れた二つの巨体。館の前で右往左往しているようだ。
だが、そのほかには誰も見受けられない。
「アクオス!レクサス!」
少し離れた場所から呼びかけると、二頭は小さく鳴きながらスティングの元にやって来た。
もう一度周辺を見渡し、探すが、ディクスもナチもいない。セフィーロもいないようだ。
「どうしてこんなところに。ディクスとナチは?」
訊くと、レクサスは館の方を、アクオスは空を見上げた。
「もしかしてずっと二頭でここにいたのか?」
もう一度訊くと、二頭は声をそろえて鳴いた。
それから、アクオスはなでて欲しいとでも言うようにスティングに擦り寄った。たたらを踏みつつ、スティングはそれに応えてやる。
―――――― ディクスのことだからきっと料理でもしてるんだろうな。でも、ナチとセフィーロは・・・
なんとなく空を見上げたスティング。
青い空にぽつっと見える黒い染み。だんだんとそれは大きくなり、こちらに向かってくる。
「ただいまー!」
届いた聞き慣れた声。
「ナチ!」
それはセフィーロに乗ったナチだった。



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