D.Force The Fourth Chapter
Force-3
予感
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「やっぱりこうでなくっちゃな!」 厨房で一人戦っているディクスは、満足そうに息をつきながら料理の味見をしていた。一体何をどうしたら、夕食に朝から夕方まで時間がかかるのか・・・ 夕飯の支度を終え、ディクスはエプロンを脱いだ。 「ディクスー、お茶頂戴」 厨房から顔をのぞかせたのはナチだった。ディクスに用件を言いつつ、冷蔵庫の中に陳列している様々な菓子を物色している。 「スティングが来たのか?」 「うん。やっと仕事が終わったんだって」 そう言うと、ナチは冷蔵庫から食べかけのアップルパイを取り出した。 「ディクスも一緒するでしょ?」 「ん?ああ、やっと夕食の支度も終わったしな!」 肩を回しながら、ディクスは得意げに言う。それをジト目で見るナチ。 ―――――― すごく嬉しそう・・・ 絶品料理を頂けるのは嬉しい限りだが、最近、もっぱら料理にしか目が無い兄にナチは呆れているようだった。 フォースの事はどうなったのかと、問い詰めたくなる。 「・・・そう、夕食楽しみね。じゃ、ディクス、飲み物よろしくねー」 そう言うと、ナチはパイを等分に切り始めた。 その様子をやや困惑した様子で見ているディクス。 「アップルパイは出来立てがうまいんだけどな・・・」 冷蔵庫で冷たくなってしまったパイに、不満そうにそう漏らす。 言わずもがなだが、このアップルパイもディクスのお手製だったりする。 そう、昨夜は例外だったが、ディクスの料理に対する情熱は高まる一方なのだ。冷蔵庫の中に眠っている菓子の数々も、ほぼ全てがディクスの手作り。 しかも、少し味見をしただけで、自分で食べないものだから冷蔵庫には未完食のものが詰まっているというわけだ。その後始末がナチとスティング・・・そして、セカンダリだったりする。 「さすがに早朝からの料理は眠いな・・・」 あくびをしながらカップに紅茶を注ぐ。 「今日は早く寝てね。寝不足でトリップしてもらったら困るから。じゃ、先行ってるねー」 ティーカップとパイの乗った皿をトレイに乗せると、ナチは厨房から出て行ってしまった。 「・・・・・・ふふ、なんだかんだ言って、俺の事心配してくれて・・・」 ナチの皮肉をわざと勘違いしている辺りがディクスらしい。 「っていうか、俺、そんなにトリップしてるっけ?」 自覚が無い辺りが危険信号。 ディクスは首をひねり、最近の自分の行動を思い返した。 「傷ついた竜ですか?」 応接間で、ナチの話を聞いていたスティングが神妙な表情を見せた。 指を絡ませ、何か考えているようにも見える。 「空を飛べなくなるくらい酷く傷ついてて・・・セフィーロと一緒に治したの。それからすぐに飛び立って行ったから、もう大丈夫だとは思うんだけど」 「・・・・・・」 「結構大きな傷が多かったから、大きなモンスターにやられたか、それか竜同士で争ったんだと思う。・・・・・・スティング?」 「え?ええ、そうですね。―――――― 実は、今日、モンスターの駆除に関する報告を受けたのですが、その中で、竜の大量死があげられていたんです」 「大量死?」 鸚鵡返しに言うナチに、スティングは緊張した面持ちでうなずく。 「原因は不明なのですが、いずれの竜も病死ではなく、怪我によって死んでいる・・・。竜の抗争ではないかと思っているのですが、大量死に至るまで大きな争いになるとは思えませんし」 「じゃあ、もしかして今日の竜ってその争いか何かに巻き込まれた竜かもって事?」 「確信はありませんけど」 「エンドレスだけなのかな」 「駆除に関する調査は手広くやってますけど、ディオール大陸の随所で同じような現象が起きているらしいんです。原因がわからないので、現在調査を進めているところです」 「竜は貴重だもんね。もし、竜が激減してしまったら、竜によって抑制されていたモンスターたちが一気に増えちゃうかも・・・」 それはスティングも懸念している事だった。 モンスターの頂点に立つのは竜だ。その竜の存在によって人間を脅かす獰猛なモンスター群は圧されている。 竜がいなくなればそれらの抑制が無くなり、大陸中を暴れるのは自明の理だ。 特に竜神の存在が無い今、これは早急に対策しなければならない問題なのだ。 「デルタにも竜が出現したという事は、アクオスたちにも気をつけてもらわないといけませんね」 「アクオスたちは大丈夫だと思うけど。襲われても術で返り討ち!って。・・・それにしても、あのゴールドドラゴン・・・」 「ディオール大陸では珍しい種類なんですけどね。何か、この大陸で変化しているのでしょうか・・・」 「もし、モンスターが暴れるような事があったら遠慮なく言ってね。ストレス解消がてらに駆除するから!」 「その時はお願いします」 そしてどちらからともなく笑った。 そんな、話が一段落した時だった。 「スティング、お前夕飯どうするんだ?」 応接間の扉が開き、ディクスが訊ねてきた。 「昨日と違って、今夜はすごいんだよ。だって朝からずっと厨房にこもってたくらいだし」 ナチがスティングに小声で伝える。 「もちろんです。僕のもよろしくお願いします」 にっこり笑い、そう答えた。するとディクスは満足そうにうなずき、厨房に戻ってしまった。 「また戻っちゃった・・・ディクス、自分の分のパイ食べるの忘れてるのかな」 結局厨房にずっと居座ったまま、話に参加しなかったディクスの残したパイを見てナチが苦笑する。 「じゃあ、これ、僕が貰っても良いですか?」 「もちろん!食べて食べて」 一切れでも大分大きかったのだが、スティングは嬉しそうに二切れ目をぺろりと食べてしまった。 「ディクス、戻ったみたいですね」 口の端についたパイのくずをぬぐいながらスティングがそう口にする。 「うん・・・そうなんだけど・・・」 そう言ったナチの顔に陰りがさす。スティングから視線をはずし、テーブルの上に落としている。 「もしかして、あの事ですか?」 ―――――― 三人がばらばらになってしまうような気がして 震える声でそう口にしたナチを思い出す。 「弱気になってちゃいけないってわかってるんだけどね。でも、どうしてかなぁ。このことだけはどうしても忘れられないの。わたしって、自分が思っている以上弱いのかも」 そういってナチは苦笑した。だが、その表情には寂しさ、悲しみが込められていたのをスティングは感じ取っていた。 僕は両親も兄弟だってたくさんいる・・・けれど、ナチは・・・ 良く考えたらナチにはディクスしかいないのだ。ディクスはナチにとって、たった一人の家族。 ディクスもナチも、普段は喧嘩ばかりしているが、お互いがあったからこそ今までやってこれたのだ。 明るく振舞い、元気あふれる二人。 だが反面、怯えていたのだ。 孤独になるのではないかという不安に―――――― 「大丈夫ですよ。それに、あのディクスですよ。ナチがついてくるなって言ってもついて来るに決まってるじゃないですか」 「・・・そうだと良いけど」 「そんなに心配なら、"わたしのそばにずっといてね"って言えばいいんですよ。ディクス喜びますよー」 笑いながら言ったスティングにナチは慌てて首を振った。 「そんな事言えるわけ無いじゃない!」 「だったら僕が代弁しましょうか?」 「絶対駄目!」 反応を楽しむかのように言うスティングに、ナチは精一杯断る。 くすくすと笑うスティングに気づき、ナチはむっとしながら浮かせた腰を椅子に落ち着けた。 「何よー、そんなに笑って」 「いえ、別に」 本当に素直じゃないんですから。 そう心の中で思い、スティングもようやく落ち着く。 「また三人で旅しましょうね」 え・・・? 何気なく言ったスティングの一言がやけに耳に響いた。戸惑いのまなざしを向けるナチに、スティングはいつもの笑みを浮かべている。 まるで、その願いが必ず実現するとでも言いたげに。 ―――――― それが叶わないって事、スティングが一番わかってるはずなのに ナチは、スティングが一番旅望んでいることを知っている。だが、スティング自身、それが不可能であるという事を誰よりもわかっていたのだ。 「うん、そうだね。旅しようね!」 気を使い、ナチを元気付けるよう言ったスティングに感謝をしたのだった。 お決まりの会議で、ライアは鬱な気分になっていた。 いつもなら真剣な気持ちで参加していたと言うのに。 理由はわかっていた。ディオール大陸で発生している、相次ぐ竜の死。 ・・・こんな所にいる場合じゃない。 正直な気持ちだった。宮殿にこもっていたって真実は見えない。 この問題について、議会に究明の参加を申し出たが、スティングの従者であるという立場からその希望は退かれてしまった。 それからずっとやきもきした気分が続いている。 原因の究明が思うように進んでいないのも原因なのだろう。 これは凶兆ではないか・・・?だとしたら早く対策を――― 会議の終了まであと二十分・・・壁に掛けられた時計に幾度と無く目をやりながら、ライアは不安を募らせた。 満腹になった腹を抱え、ナチとスティングは薄明かりの並木道を歩いていた。 「だめ・・・もう、食べられない・・・」 「―――――― 同じく・・・」 前のめりに歩くナチが苦しそうに言う。スティングも同じだ。 時折口を抑えたりしてのろのろ歩いている。 「なんであんなに作ったのよー。どう考えたって三人で食べきれる量じゃないわよ」 ナチの額には脂汗がにじんでいる。 原因はディクスだ。 ディクスが腕によりをかけ過ぎたあの料理だった。 夕食は豪華絢爛だった。和、洋、中、その他、ちょっとしたパーティーが開けるのではないかというボリューム。 「まあ、食え!」 この一言がいけなかった。始めは喜び勇んで数々の料理を堪能していたナチとスティングだったが、限界はある。しかし、頑張ってくれたディクスのことを思うとどうしても口を動かさなくてはならない。 「さすが・・・ディクス・・・」 「ディクスの料理は・・・最高ですね・・・」 苦しそうに褒める二人に気を良くしたディクスは、とどめのデザートを差し出した。 もう、味はわからない。どんなデザートだったかさえ良く覚えていない。 しかし、ディクスだけは嬉しそうだった。二人の様子を観察しては口元をほころばせていたのだ。 そして今、スティングは自室への帰り道。ナチは無駄だとは思いつつもウォーキングダイエットをしている途中だ。 「ディクス、本当に嬉しそうでしたね」 「うん。あれだけ喜んでくれたらわたしたちも食べた甲斐があるわ。・・・というか、料理を作ってくれたディクスに、私たちが感謝しないといけないんだけど」 二人とも苦しそうな声で話している。 分かれ道に来ると、二人は同時に立ち止まった。 「じゃあ、僕はこっちなので」 「うん、またね。おやすみ・・・」 途切れ途切れの会話の後、二人は別々の道を歩き始めた。 胃の辺りをさすりながら暗がりの道を歩く。スティングは顔を上げるのもつらく、うつむき加減に足を進める。 「ちょっと・・・やばいかも」 手近な壁に片手を押し付け、もう片方の手で口を押さえる。 まさかこんなところで戻してしまうわけには行かない。じっと動かず、胃の不快感が和らぐのを待った。 「戻ろう・・・」 数分そうしていたが、埒があかない。仕方なく、スティングが再び歩き始めようとした時だった。 「・・・・・・?」 不意に顔が上がる。ゆっくりと顔をめぐらせるが・・・ ―――――― なんか、変だ 直感的に察する。冷たい風が髪を揺らすと、さらにスティングの緊張感が高まった。 風が吹いてきた方に自然と足が進む。 足音と、高鳴る心音が頭に響いた。 何かいる・・・ 自分でも何故だかわからないが、そう確信する。 ざっ 歩道からはずれ、茂み深い場所にたどり着く。 そこは庭園の裏にあたる、普段は誰も足を踏み入れない場所だった。低木の植え込み以外は特に目立ったものは無いはずだった。 だが・・・ 「・・・・・・」 暗闇に目を凝らす。 低い木々を押し倒す程の黒っぽい、大きな塊。 不自然なそれは、ゆっくりと上下していた。 そう、それの息遣いにあわせるように・・・ スティングの手に光が生まれる。目の前のものを確かめようとそれを掲げた。 「これ・・・は・・・」 なだらかな体のラインに沿って流れる血。そして、グリーンの表面の無数の傷。 それはスティングに対して背を向けている格好だった。翼であろうものは、狭いこの場所で窮屈そうに折れ曲がっており、やはり無数の傷がついていた。 「竜・・・?」 恐る恐る体に手を当てる。冷たい、固い感触。 当てた手につく赤い血。血の匂いが鼻につく。風が吹くと、そのさびた匂いはスティングがやってきた方へと流れた。スティングはわずかな血の匂いに反応し、この場に惹かれたのだろう。 ・・・・・・これも例の事に関係しているのか・・・? 手についた血に眉をひそめる。 体調不良のことなど既に頭には無い。スティングは茂みに踏み込み、竜の頭に回った。 口と鼻に垂れ流れている血で、泡ぶくができてはいるが、思いのほか息遣いは穏やかだった。 スティングの存在にも気づかず横たわっている。 この竜はセカンダリたちより一回り大きい。竜の事については良くわからないスティングだったが、横たわっているこの竜には既視感があった。 どこかで見たことのある竜・・・大きな、緑色の・・・ 明かりに照らされ、全体をあらわにした竜を見、スティングは立ち尽くしていた。 「レイルに・・・いや、今日は家に帰ると言っていたか・・・」 側近に知らせようとレイルの名を口にするが、彼が今夜、宮殿敷地にはいない事を思い出し、もう一人の従者の名を口にする。 「ライアに知らせないと」 竜の事を誰よりも詳しく知っている彼女だ。傷ついた竜を扱う知識を備えているかもしれない・・・。 スティングは目印に明かりを置くと、急いでライアの元に向かった。 「ただいま〜ぁ」 間延びした声でナチは帰ってきた。 相変わらず腹の辺りに手を当てているところを見ると、まだ本調子ではないようだ。 「おー、お帰り」 ナチの声に気づき、ディクスは厨房から顔を出した。どうやら後片付けの途中らしい。 ―――――― あー、まだおなか一杯・・・ 「その分だとまだ消化されてないみたいだな」 ナチの様子を見てディクスが笑う。 「ちょっと食べさせすぎたか?」 「・・・大丈夫よ、これくらい。ディクスがせっかく作ってくれた美味しい料理だもん。少しだって無駄にはできないわ」 「――― そうか、有り難う」 少し驚いたような表情を見せた後、ディクスは安心したようなやわらかい笑みを浮かべると、再び厨房に戻ってしまった。 その様子を見ていたナチだが、何故だか居ても立ってもいられなくなった。 ディクスの背中を追うように厨房の扉を勢い良く開け、大きな声で呼びかける。 「ねえ、ディクス!片付け終わったら、肩揉んであげようか?それともマッサージのほうがいい?」 「え?」 ナチの突然の申し出にディクスの手が止まる。泡のついた皿を手にしたまま、きょとんとした様子でナチを見ていた。 「たまには役に立たせてよ。いつもディクスばかりに押し付けてちゃ悪いもん」 「でも・・・」 珍しく、本気で戸惑っているディクスがおかしくて思わず笑ってしまう。 「遠慮しないでよ。絶品料理のお礼なんだから!」 満面の笑みを浮かべ、ナチは楽しそうにそう言ったのだった。 暗闇に二人は足早に向かっていた。 淡い光が灯るその場所。グリーンの竜が倒れているあの場所へ―――――― 「ここだ」 息を切らせ、足元に苦しそうに息をしている竜を見下ろしながらスティングが言う。スティングの後をついてきたライアも、緊張した面持ちで見下ろしていた。 ―――――― この竜は・・・ 体に衝撃が走る。無数の深い傷に横たわる竜。 私が・・・早急に対策を取らなかったから・・・! 後悔が自責の念となってライアを襲う。 「ライア、君なら竜に詳しいと思って。なんという名前の竜だろう?」 「・・・」 だが、ライアは何も答えなかった。すぐの前の巨体に目を見開き、食い入るように見ている。 「ライア?」 「え?・・・ええ、はい・・・。恐らく・・・高位の竜かと・・・ただ、この場所では良くわかりません。竜の全体像も見えませんし・・・何より、傷が深くて・・・」 珍しく動揺しているらしいライア。 少し震えた口調でそう言った。 「助かるだろうか?」 「――― 必ず」 間をあけ、そう答えるとライアはスティングに向き直る。 「王子、ここは私にお任せください。私が処置いたします」 「だけどライア一人じゃ・・・」 「大丈夫です。この場所で、竜に一番詳しいのは私です。私が全て責任を持ちます」 断固たる意志を秘めた目で自分を見据えているライアに、スティングは口をつぐんだ。 背を向けたライア。 たったそれだけなのに、何故だか彼女が遠い存在に思えた。 その背中が手の届かないところにあるような錯覚・・・ 「ライア・・・ッ」 奇妙な感覚に、スティングは思わず叫んでいた。 「―――――- 大丈夫ですよ。・・・王子はお休みになってください。明日の朝、一番でご報告にあがります」 体勢はそのままに、振り返ったライアはスティングに表情を和らげてそう言った。 「あ、ああ・・・」 「それではおやすみなさいませ」 「――― おやすみ・・・ライア」 つぶやくように答えると、スティングは静かにその場を立ち去った。 その場にいる事ができなかったスティング。ライアの目が、彼を退けようとしていた。 それを感じ取る事ができたからこそ、今こうやって部屋に戻ろうとしている。 今まで感じた事の無いライアとの隔たり・・・それが不安となって、胸を締め付ける。 ―――――― ばらばらになってしまうような気がして ナチのあの言葉がリフレインする。 「ばらばら・・・か」 そう口にして、それが現実味を帯びたような気がした。 いつもの三人に限らない、また、別の大切な誰か。 この日常が壊れるのではないかという予感に、スティングは固く目を閉じた。 一方、横たわる竜を伺っているライア。 力なく目を閉じている竜の頭にそっと手を置く。 「どうして・・・」 懐かしくも感じるエメラルドグリーン、そして大きな翼・・・ 空を悠々と飛んでいたあの姿からは想像できないほど傷ついた体。弱弱しい息遣い。 ゆっくりと視線を頭から体全体に移す。 それは良く知っていた。間違えるはずがない。 なぜなら、"彼女"とは悠久の時を共に過ごしたのだから。 「何があったの、セルディア・・・」 呼びかけても何も答えない緑竜に、ライアは悲しげにそう問いかけた。 |