D.Force The Fourth Chapter
Force-5
波紋
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それは完全な"無"だった。 自分がどこにいるのか、あれからどれくらい時間がたったのか。全ての感覚が失われていた。 ―――――― 私は一体どうしたというのだ・・・ かろうじて思考力が残ってはいるものの、それは余りにも曖昧で、同じ事を何度も考えては答えを見つけ出せないでいた。 だが、考える事をやめれば、あの光景が思い出される。 目の前には銀髪の憎き相手。彼は引きずられる自分を見て驚きの表情を見せていた。 それが最後の光景。それからは完全な無。 周囲が明るいのか暗いのか。横になっているのか立っているのか、起きているのか寝ているのかさえわからない状態だった。 それでも、あの光景がちらつくだけで底知れぬ憎しみと怒りがこみ上げてくる。その感情だけは確かだった。 わが国を、我が栄光を、そして―――――― その言葉の先を思い、更なる強い憎悪に駆られる。 エンドレス!許さない、永遠に! 何度呪ったかわからない。 憎い、憎い、憎い!! 禍々しいほどの憎しみがいよいよ頂点に達す。自分自身も飲み込まれて押しつぶされてしまうのではないかと言うほどの強い憎しみに包まれた時だった。 "―――――― 憎め、憎め。憎悪をむき出しにせよ" 静かではあるが、底知れぬ威圧を抱いた声が響く。多重音声のような、どこから発せられているのか特定できない不思議な声。 "力が欲しいか?破壊が欲しいか?" 言葉が響くたびに全身に振動が伝わってくるようだ。 未知なる存在に恐怖を感じた。 "我を求めよ、我が力を求めよ、狂ったこの世界に戒めを――――――" 自分の憎悪など比にならぬ深い憎しみ。それがすぐ自分に迫っているのが分かった。今すぐにでも自分を捕らえようとしているのを感じる。 直感的に、言葉に耳を傾けてはならないと察するが、声は否応なしに入り込み、恐怖を増幅する。 "破壊を持って再生を促さん。穢れた大地を清浄へ帰せ" 来るな・・・! 近づく憎悪。それが自分の憎悪と同調し、さらに増幅しているのが分かった。 だが、どんな憎悪に駆られようと、未知なる存在に対する恐怖は比例して増すばかりだった。 呼応して受け入れようものなら、決して無事に済まないだろう。 何より、今はそんなものに付き合っている暇など無い。自分には目的があるのだ。腕を無くそうとも、命の危険があろうとも、絶対に成さねばならない目的が。 "忌まわしき竜に鉄槌を" 再び言葉が響く。だが、思わずその言葉に注意が向いてしまう。 いや、注意を向かざるを得なかった。 "竜に従いし者に破滅を" 竜・・・?従いし者―――――― 嫌なあの顔がちらつく。 竜・・・竜神の血を持つ、エンドレスの末裔―――――― "そうだ、汝の憎む者どもだ" 初めて自分の思考に呼応する声。 「お前は・・・誰だ」 そう、"口"にした時だった。 全てが自分の中に収縮し、形を成す。だが、同時に何かが溶け込むように入ってきたのが分かった。 違和感や拒否反応はない。心地いいまでの一体感に、全てを任せる。 そして、それはほんの一瞬だった。 「ここは・・・」 融合し、全てを取り戻したエルディストは、感覚の戻った自分の体よりも目の前の光景に釘付けだった。 自分の左腕が戻っている事など気づきもしない。 "これが汝への仕打ちだ" 自分の頭に声が響く。 目の前は荒廃した庭園があった。庭を潤す噴水も枯れ、半分は崩れ落ちている。かつては美しい花を咲かせていた花壇も、今は枯れた雑草が背を伸ばしているだけだ。茶色っぽい景色だけが全てだった。 "知っておろう?" 問いかけにエルディストは何も答えなかった。わざわざ答える必要など無い。 そこはあまりにも知りすぎた場所だった。 「ガイスター・・・」 百年以上前、エンドレスに破壊された国。どこよりも富み、永劫を築いていた軍事国家だった。 制圧された後、ガイスターの一族は隠れ処とも言える場所で他の目を忍び、ひっそりとそこで暮らしてきた。 そう、クーデターを起こす二十四年前までは。 その二十四年前まで暮らしていた屋敷がこの場所だった。エルディスト自身、生まれた時から慣れ親しんできた屋敷だったのだ。 だが今、既に人の影は無く、完膚なまでに荒廃しきった荒地だった。 "奪ったのは竜を祭る国々。国も、財力も・・・そして、汝の――――――" 「やめろ!それ以上口にするな!」 怒りと悲しみの入り混じった声で叫ぶ。 "今度は汝が全てを奪う時" 「・・・・・」 "我は待ち続けていた。汝のような強き憎悪を持つ者を。竜にひれ伏す者どもに怒りを覚える者を" 頭に響く声が一段と大きくなる。体が押し付けられたような重みを感じる。 "今一度我を求めよ。さすれば我が力は汝と融合せり" 自分が求めようが求めまいが、もう抗えないことは分かっていた。 未知の存在に問うてはならなかった。興味を少しでも示してはならなかったのだ。 存在に問うことは同時にそれを受け入れること。 分かっていたのに問いかけてしまった・・・ 「お前は私の力になれるのか?」 低い、絞り出すような声で再び問う。 「竜神にひれ伏すものどもを滅する力はあるのか?」 "右手のひらを見るがいい" 堅く握られていた右手の拳。それをゆっくりと開く。 いつの間に握り締めていたのか、手の中にあったのは黒い尖った石。 "それが力の源。破壊の石" ただ持っているだけの手が熱く疼く。石の鈍い輝きが、まるで脈打ったように感じられる。 今までに無い強い大きな力。その結晶が今手のひらに転がっている。 言われなくても分かる。 この石は―――――― "願いを口にせよ。我ら目的の為に" 己の中の何かがさらに大きく膨れ上がる。 じわじわと、体の奥底から何かが這い上がってくるような感覚に襲われた。 飲まれる・・・・・・ そう察する。 だが、後悔はない。 何故なら、融合した存在と目的は同じだから。力を与えられると言うならなおさら。 恐怖が完全に消えたわけではない。だが、目的達成の可能性が確実であると確信した今、エルディストには憎き者への嘲笑しかなかなかった。 「我が力となれ。穢れたこの地を正すために」 言葉にした瞬間、エルディストの中で何かがはじけた。 「王子、紹介したい人がいるのですが」 そう言って部屋に入ってきたのはライアだった。 「僕に?」 早朝、ライアが訪ねて来てから既に日は高く上り、暖かな日差しが心地よい午後だった。 ライアがドアの向こうへ呼びかけると、一人の女が入ってきた。 「私の旧友です。王子に一度お目通しをと」 おしとやかな印象を持たせる白が基調の服に、ライアとは対照的な長いグリーンの髪。 「初めまして、スティング様」 「初めまして」 丁寧に頭を下げた彼女にスティングも慌てて返す。 「セルディアと言います。スティング様にお会いできて光栄です」 「僕こそ!こんなに美しい女性を紹介してもらえるなんて、果報者です」 セルディアを緊張させないように砕けて言う。・・・が、美しい女性を紹介してもらえて果報者と言うのはスティングの本音だったりする。 だが、何より嬉しいことがあった。 「今までライアが誰かを連れてくることなかったから、なんだかすごく嬉しいよ」 ライアは従者としてよく仕えてくれている。だが、彼女の私生活は謎に包まれていた。 知りたければ訊けばよかったのだが、果たして女性にそんなことを訊いても良いのだろうかとずっと迷っていたのだ。 昨夜から今朝、ライアが急に遠くなったと感じていた分、彼女が自分に誰かを紹介してくれると言うことは本当に喜ばしいことだった。 「それで、王子。セルディアに宮殿を案内したいのですが・・・」 「ああ、もちろん構わないよ。わざわざ僕に許可を取らなくても、ライアだったら大丈夫だろう?」 セルディアをスティングに紹介すると言うのは単なる口実だった。 朝の出来事からスティングがずっと気になっていた。そこで、スティングの様子を伺うため、セルディアを紹介すると言う自然な方法で会いに来たのだ。 セルディアももちろんスティングに会いたいと快く受けてくれた。 「ええ、ですけど王子は私の主ですから。ちゃんと許可を頂きたかったのです」 「そうか」 スティングが安心したような表情を見せた。 ―――――― 良かった・・・王子のいつもの笑みだわ・・・ 同時にライアも安堵する。 「スティング様、良かったらご一緒してくださいませんか?宮殿のこと、色々教えてください」 思いついたようにセルディアが言う。 「何を言ってるのセルディア!王子は暇じゃないのよ」 「綺麗な人の頼みじゃ断れないよ」 ライアが困惑したように言うが、スティングは嬉しそうにうなずいた。 そんなスティングの反応にライアがますます顔を上気させる。 「王子まで何を浮かれているんですか!案内なら私が・・・」 「行きましょう!」 そう言うと、セルディアは両手でスティングの手を取った。 「ちょ、ちょっとセルディア!王子に触れるなんて言語道断・・・!」 「ライアも行こう」 スティングが振り返り、ライアに手を差し伸べる。 「え・・・」 「さあ」 躊躇しているライアの手をスティングが握った。 「はい・・・!」 はにかんだ様子でライアが返事をする。 そして三人は部屋を後にしたのだった。 「軽い食あたりでよかったですね」 ナチが安堵したように言うと、隣を歩いていたエリオスがうなずいた。 「有難う。今朝からなんだかエデンの調子が悪かったから、もしかして何かの病気になったんじゃないかって心配だったんだが・・・」 「セフィーロもたまになるんですよ。そういう時は草を食べさせてあげるのが一番だってライアさんに聞いたので」 「これからは注意するよ」 そう言ってエリオスは苦笑した。 「もうここで大丈夫です。ここからの道なら知ってますから」 見慣れた廊下に出たところでナチが言う。 「ああ、だが・・・」 「スティングのところに行く時によく通りますから。最初は複雑で迷いましたけど。それで、エリオスさんに助けてもらったんですよね」 「そんなこともあったな。・・・もう、昔のことのように感じるよ」 エリオスは深く息をつき、廊下の向こう側に目をやった。 そこは小さな中庭だった。 「わたし、あの場所でうろうろしていたんですよね。ディクス・・・じゃない・・・兄とはぐれちゃって」 エリオスの視線に気付いたナチも同じように目をやった。 「ああ」 「じゃあ、エリオスさん、美味しいお茶、有り難うございました」 「こっちこそ有り難う。エデンの分も礼を言うよ」 「良かったら、今度館のほうに遊びに来てくださいね。セフィーロたちも歓迎します!」 ナチは一礼すると、廊下の向こうへと行ってしまった。 それに応えるようにエリオスは手を軽く振る。 「・・・・・・」 ナチの姿が見えなくなったところでため息をつき、来た道を戻ろうとした時だった。 「本当に大きな宮殿ですね」 背後の聞き慣れない女の声にはっとする。声のするほうに目を向けると、そこには見飽きた顔があった。 「侵入者が容易に動き回れないように複雑なつくりになっているんです。僕も子供の頃はよく迷いました」 声の主・・・セルディアに解説するスティングがいた。その少し後ろにやや怪訝な表情のライアが。 一体何をしているのかと、エリオスがじっとその三人を見ていると、あちらの方から声をかけてきた。 「エリオス!」 本当なら無視したいところだが、客人を前にそういうわけにも行かない。 「ああ、スティング」 印象がよく見えるよう小さく笑む。 ―――――― あ、表情作ってる だが、スティングはそれをしっかり見抜いていた。スティングに対して微笑む事はないのだ。 「何をしてるんだ?」 内心苦笑しつつ問う。 「ナチュラルを送ってたんだ。少し手伝ってもらった事があってな。ところで、そちらの女性は・・・」 「初めまして、エリオス様。セルディアと申します」 まだ名乗ってもいないのに名前を言われ、エリオスは少し面食らう。 「ライアの友人なんだって。今日は宮殿に来たから僕がその案内に」 「そうか、ライアの・・・。初めまして、私はエリオスです。スティングはドジで間が抜けているが、どうか許してやって下さい。悪気はありませんから」 ―――――― さすがエリオス・・・言う事が胸に痛い・・・ 笑みを作りつつも、スティングの心は号泣だ。 「良かったらエリオスも一緒に・・・」 「残念だが、これからやらなくてはならない事があるんだ。本当はスティングの代わりに私が案内したいところだが・・・」 「別にエリオスじゃなくても僕だけで十分だ。・・・・・・自分だって昔は宮殿内で迷子になったりドジしてたくせに」 最後の方をぼそっと言う。エリオスには聞こえなかったようだが、セルディアとライアは苦笑している。エリオスはそんな二人に不思議そうなまなざしを向けていた。 「良かったら今度お話しましょう」 「ええ、是非」 「じゃあな、エリオス」 「エリオス様、失礼します」 そうして三人は去っていった。 「さて・・・エデンのところに行くか・・・」 おとなしく過ごしているであろうエデンの元にエリオスは急いだ。 館の扉に鍵がかかっていないところ見るとディクスは買い物から帰ってきたようだ。 厨房からかすかな料理の香りが漂っている。 「お帰りー、今日は早かったね」 厨房の扉からナチが顔を覗かせる。やはりディクスは愛用のエプロンを着用し、料理にいそしんでいた。 香辛料の強い匂いからして今日はカレーらしい。 「おー、ただいま!今日は早くから店で張っていた甲斐あって、タイムサービスを逃さなかったからな。安くで食料が買えたんだ。・・・お前はどこ行ってたんだ?」 「うん、エリオスさんのとこ」 「珍しい。スティングのところじゃなかったのか」 「帰りにスティングのところ寄ってみたんだけど誰もいなかったの。エリオスさんのところへはエデンの調子を見に行っていたの。軽い食あたりだったみたい」 「なるほどね。俺はてっきりエリオスさんとデートしてるのかと心配して・・・」 「馬鹿ね、エリオスさんがわたしなんか相手にしてくれるわけ無いじゃない。ほら、人のこと心配してる暇あったら目の前の料理に注意する!なんかそこの鍋の火力強すぎなんじゃない?」 不機嫌そうにそう言い残すと、ナチは扉を閉めて二階へ上がってしまった。 「え、火力?・・・ああああっ!!」 いつの間に火加減を間違えたのか、強すぎる火力に鍋の底が焦げかけていた。 「あ、危ない・・・焦がすところだった・・・」 冷や汗を手の甲でぬぐい一息つく。 厨房の扉に目をやったが、既にナチの姿は無かった。 「なんだよ、ちょっと冗談言っただけなのに怒ったような口調して。そっけないし。小さい頃はあんなに俺にまとわりついてさ。それを俺が邪険にしてさ、それから・・・」 思い出すようにうんうんとうなずいていたディクスの動きが止まる。 「それから・・・どうしたんだっけ?」 首をかしげる。 「ナチがまとわりついて、それが邪魔だったからきつい口調でなんか言ったんだよな、俺。そしたら怒られて・・・誰に怒られたんだっけ」 頭の中を探る。構って欲しいとやってきたナチを邪魔にしてしまい、それを怒られてしまったところまでは覚えている。だが、誰が自分を叱ったのか・・・思い出せない。 「えーと・・・ナチと俺と・・・」 頭を抱え、登場人物を口にし・・・ 「ああ、そうだ!父さんに怒られたんだ!ナチが母さんに言いつけて、それで父さんが俺を叱って―――」 そこでふと疑問が湧く。 ―――――― 父さんと母さん・・・? 「―――――― どんな顔だっけ」 思わず口にした言葉に慌てて首を振る。 「な、何言ってるんだ、俺!父さんと母さんの顔を思い出せないなんて・・・」 そんな事・・・そんな事あるはずが無い・・・だって、いつだってすぐに頭の中に二人の笑顔が浮かんで・・・ 堅く目を瞑り、必死で輪郭を捉えようとする。だが、まるでもやがかかっているかのように遮られて思い出せない。 「まさか。思い出せないなんて」 焦りに額に汗がにじむ。 「いや、そういう事もあるさ!他の思い出だったら――――――」 そこで再び動きが止まる。 ―――――― 嘘だ・・・ 息が速くなる。 「思い出?・・・お、おかしいな」 もう一度目を閉じて冷静に思い出してみる。 ―――――― 何も・・・思い出せない ステンレスの冷たい台の上に握る拳を見つめ、愕然とする。 楽しい事、嬉しい事。悲しい事やつらい思い出だってあった。確かに記憶の中にあったはずなのだ。 なのに・・・ 「思い出せない・・・」 呆然とつぶやく。 ナチとの思い出は残っている。だが、両親との思い出・・・いや、記憶だけがごっそりと抜け落ちている。 まるで思い出せない。 口元に手を当てる。何故か唇が震えているのに気づき、唇をきつく結んだ。 記憶が抜け落ちる事はあるだろう。何年も顔を見ていない、写真すらも無い記憶の中だけの両親だ。 ふとした拍子に思い出せないということもあるかもしれない。 「嘘だろ・・・?」 だが、ディクスは言い知れぬ危機感に恐怖を感じていた。 |