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Skylove
FirstFlight

第3話 息子の思い、母の願い

「じゃあ、僕、夜食しにいきますね」
「あまり遅くならないようにね」
夕食後、間もなくラグーンは家を出た。いつものようにエルビアはそれを見送る。
ラグーンは食事の続きに森へ出かけたのだ。
さっき、料理をたらふく食べたラグーンだが、すぐに腹をすかせるらしく、森で木の葉を中心に摂取しているのだ。
もちろん、人間の姿ではなく、ドラゴンの姿に戻り摂取しているらしい。
エルビアはラグーンの姿が見えなくなると、家に戻った。
そして、リビングでテレビを見ているドライブに対面するように床に座った。
「母さん、テレビ見えないんだけど・・・」
目の前に座られ、テレビが見えなくなったドライブは怪訝そうだ。
「そうね。でも今はお母さんの話を聞いて欲しいの」
「・・・・・・」
静かな声に、ドライブは異変を感じ、ソファに預けていた体を起こし、床に正座した。
「――― 話って何・・・?」
「ドライブ、あなたがそうしたいと願うのなら、お母さんはそれを否定したりしないわ。それが危険を伴う事でも、あなたが責任を持ち、大人として行動できると言うのなら、それも否定したりしない」
―――――― 俺の進路の事か・・・
エルビアには操術士訓練校に行くと言ってある。もちろん、ドライブにそのつもりはない。
ついさっきラグーンに言ったように、まずはルクレージュを離れるつもりなのだ。
その件に関しては、ラグーンからエルビアに説明してもらうはずだったのだが・・・
いきなりこんな形で話を振られ、ドライブは緊張していた。
「ドライブ、あなたは将来何になりたいの?」
「操術士」
一つしかない答えに、ドライブは即座に口にする。
「じゃあ、そうなるために、あなたはこれからどうするの?」
「・・・」
ドライブは返答に詰まった。もし、ラグーンに話した内容と同じ事を言えば、エルビアの怒号がドライブを襲うだろう。
「――― はっきり言いなさい」
その真剣な眼差しに、ドライブは思わず視線をそらした。
「あなたの決意はその程度のものなの?お母さんにはっきり言えないくらい薄っぺらい決意なの?」
「違う!」
喧嘩を売るような言葉に、ドライブは声を荒げた。
「なら、お母さんにちゃんと話して。ちゃんとお母さんの目を見て話しなさい」
ここまで言われて引き下がるわけにも行かない。ドライブは深呼吸し、エルビアの目を見た。
「が・・・学術院に行こうと思って・・・。マスターの称号を持ってたら、就職にも有利だから・・・」
「あなたのレベルですぐに院に入れると思うの?」
ドライブはこの場からとんずらしたい気持ちを押さえるように、正座した膝の上で拳を硬く握った。
「だから・・・俺・・・、ルクレージュを・・・」
「・・・」
エルビアは無言でこちらをじっと見ている。
「ルクレージュを離れて旅をしようと思うんだ!大陸中を見て、色んな術に触れてみたいんだ。術だけじゃない、色んな視野を広めたいと思ってる。・・・浅はかだって思われるかもしれないけど、俺はそうしたいんだ・・・」
思いを声を大にして訴える。
怒られる事など承知の上だ。エルビアはドライブが目的地のない危険な旅に出る事を望んでいない。
旅をするという行為を、ドライブは小さい頃から否定され続けていた。
その反動だろうか。進路を決めなければならない日が近づくにつれ、ドライブの旅をしたいという思いは強くなっていった。
「それで、本当に学術院に行けるの?行って、称号を得られるの?」
威圧的に聞くエルビア。
ドライブは自分でも不思議だと思うくらいに力強くうなずいていた。
「俺は絶対成し遂げてみせる。そして、一流の操術士になってみせる。――― 父さんみたいに」
「・・・」
口を真一文字に結んだ息子の姿がとても大人に見えた。
今まで知らなかったその真剣な姿に、エルビアは口元を緩めた。
「・・・そう。あなたが決意するなら、お母さんは賛成するわ。あなたの夢を成し遂げるために、努力なさい」
「母さん・・・」
怒りの鉄槌が下されると思いきや、まさかのエルビアの言葉に、ドライブは気が抜けたようにつぶやいた。
「あなたはお父さんの更なる上を目指すのね。学術院で称号を得るなんて」
「だって、訓練校に行く以外に操術士になるにはそれしか思いつかなくて・・・」
本当は、"旅をする理由"が"マスターの称号を得るため"以外に思いつかなかったのだ。
「そうね。称号のためなら旅も出来るしね」
・・・ばれてる・・・
さすが母親は息子の心を見事に読む。
「・・・でも、母さん昔から俺に旅だけは駄目だって言ってたのに・・・。どうして許してくれたの?」
その質問に、エルビアは一瞬だけ表情をこわばらせた。
「お母さんの弟・・・、シグノアを知ってるわよね」
ドライブはうなずいた。
「うん、シグノア叔父さん。若い頃に死んだ・・・。えーと、俺が四歳くらいの時だっけ。俺、覚えてるよ。父さんの代わりだって、よく肩車してもらった事。あの時、本当に嬉しかったんだよなー」
ドライブの記憶の中で亡き叔父の顔が思い浮かぶ。小さい頃の出来事ではあるが、叔父に遊んでもらった記憶ははっきりと覚えていたのだ。叔父はドライブの大好きな人だったのだ。
しかし、懐かしむドライブとは逆に、エルビアは少し寂しげな表情だ。
「ええ、そうよ。わがままを言っていたあなたの事をよくなだめてくれたわ。―――――― そのシグノアは・・・旅の途中で命を落としたの」
ドライブの表情が凍りついた。
そんな事聞いたこともなかったのだ。病気で死んでしまったと教えられていた。
「嘘だろ・・・?」
「旅の途中でモンスター討伐隊に参加した時、返り討ちに遭ってしまった・・・そう、同じ隊にいた人が言っていたわ」
まるで近所を散歩するかのようないつもの挨拶を残してシグノアは旅立った。
それから半年も経たないうちの出来事だった。
普通に大陸を回る程度の旅ならば悲劇は起こらなかっただろう。だが、シグノアは自ら危険な場所に身を投じてしまった。
「囮となって一人モンスターの群れに立ち向かい・・・二度と戻らなかった。剣を立ち振るう後姿が最後だったと」
「最後の姿・・・?で、でも、葬儀の時、叔父さんは・・・」
「あなたには敢えて見せなかったのだけど、葬儀の時の棺桶の中にシグノアはいなかったのよ。彼の遺品だけ納めたわ」
ドライブは急に背筋が寒くなった。
こんなにも身近な人物が、こんなにも悲惨な結末を迎えていたなどと知りもしなかった。
さらに、それが旅の途中だと言うのだ。
まさに、今から自分が立ち向かおうとしているそのものだ。
「だから、母さんは俺が旅をする事をあんなにも否定して・・・」
「シグノアとあなたを重ねてしまったのよ。もし、あなたが同じ目に遭ったら・・・と。でも、そんな考えはもうやめにしたの。ドライブはドライブよ。シグノアとは違う。あなたは旅の先に目標が待っているわ。それを必ず達成なさい」
「・・・・・・」
「無茶だけはしないのよ、絶対に。"己の力量を知りたいがため"に命を粗末にしないで」
エルビアの言葉が胸にずしりと重みを残す。
「それから。いつまでもラグーンに頼っていないで、大切な事はちゃんとお母さんに言いなさい。ラグーンはずっとあなたのそばにいるわけじゃないのよ」
「もしかして、俺たちの話聞いてたの?」
さっきからあの密談をなぞったような話ばかりだ。
「あなたたち二人が大声でわめいていれば、嫌でも聞こえるわ」
少し意地悪そうにエルビアは笑った。
「嘘だろ〜」
なんとも格好悪い結果になってしまったと、ドライブは仰け反った。
「それから、ラグちゃんをジャーキーで釣るのはやめなさい。可哀想でしょ」
「だって釣れるんだもん。母さんだってジャーキーで釣ってるだろ?」
ドライブとエルビアが言うジャーキーと言うのは、"高級ジャーキー"という文字がパッケージにでかでかと掲げられた犬用のジャーキーだった。
見た目にはそこらへんのジャーキーと変わりは無いのだが、ラグーンに言わせると、この高級ジャーキーは一味違うのだと言う。
一口食べて以来、ラグーンはその高級ジャーキーをいたく気に入り、高級ジャーキーと引き換えに色んな事を引き受けるようになったのだ。市販のジャーキーなのだが、ルクレージュには売っておらず、ドライブもエルビアも独自ルートでわざわざ入手しているのだった。
もちろんだが、その入手ルートをラグーンは知らない。
「あら。お母さんはラグちゃんの仕事手伝いの正当な報酬としてお金の代わりに渡しているのよ。あなたとは違うの」
「一緒だろ」
「そのラグちゃんはどうするの?連れて行くの?」
ドライブは腕を組んでうなった。
「うーん、連れて行くとうるさいし・・・でも、いると何かと便利だし・・・」
「計画的に行動なさいね。準備をしっかりしてからじゃないと、旅を中止にするわよ」
「わ、わかってるよ・・・」
その"準備"が厄介なのだ。バイトで路銀はある程度溜めているが、そんなもの微々たる額だ。支度金に使ってしまえば後が無い。
「大丈夫なの?」
「だ、大丈夫に決まってるだろ!・・・風呂入ってくる」
訝しげな顔のエルビアに、ドライブは慌てて首を振り、そそくさと立ち去ったのだった。


「今日の葉っぱはなんだかしっとりしていて柔らかかったような気がしますけど・・・明日は雨かな」
がさっ
ラグーンは一振りの木の枝を庭に投げた。この木の葉を気に入ったのだろう。美味しいと思った木の枝を折り、こうやって庭においておくのだ。次の日の朝につまみ食いするためだ。
夜空を見上げ、大気の匂いをかぐ。
「やっぱり少し湿っぽい・・・。夜中には雨が降るかもしれませんね」
顔をしかめ、家に入る。どうやら雨が嫌いらしい。
「今帰りましたー」
「あら、お帰りなさい。早かったのね」
リビングからエルビアが顔を出す。
「母殿、早ければ夜中に雨が降るかもしれません。洗濯物は控えた方が良いでしょう」
「そうなの?もう干しちゃったのよね・・・仕方ないわ、取り込まなくちゃ。ラグちゃんの鼻はよく利くから助かるわ」
エルビアはサンダルに履き替え、庭に出て行った。ラグーンは靴を脱いで家に上がった。
どうやらこのルクレージュでは、家は靴を脱いで上がるものらしい。
風呂に入ろうと脱衣所のドアに手をかけたときだった。
二階への階段を上がるドライブを見つけ、ラグーンは声を掛けた。
「ドライブ!さっきの話ですけど、母殿には明日――― 」
言いかけたラグーンの言葉をドライブは手を振って遮った。
「あー、その話はもういいよ」
「え・・・?でも、母殿に・・・」
「それなら決着ついたし。母さんは全部承諾してくれたよ」
「!」
すると、ラグーンはすごい勢いで階段を駆け上がり、ドライブに詰め寄った。
「こ、高級ジャーキーは・・・?」
「ミッション失敗。報酬無し!」
ビシッと、ドライブは両手でばってんを作った。
妙な声を上げながらへたり込んだのはラグーンだ。
「楽しみにしてたのに・・・」
「残念だったな。次のミッションをお楽しみにな〜」
ドライブは自室に入った。すると、続けてラグーンが入ってきた。
「ここは俺の部屋だぞ。勝手に入んな」
ぼやーっとした表情でラグーンはドライブを見つめている。
「なんだよ、そんな目で見るなって!次があるだろ、次!」
「いつですか、それ」
「さあな。俺の気分次第」
ドライブはベッドに寝転がって雑誌を手に取った。
「どうしてドライブから母殿に話したんですか〜。契約違反ですよー、違約料としてジャーキーよこして下さい」
「俺から話したんじゃないもん。母さん、俺とお前の話し聞いてたんだってさ。こそこそしてないで、ちゃんと話なさいって言われた」
「あーっ!ドライブの声が大きいからですよ!僕のジャーキーが・・・」
「うるっさいな。さっさと俺の部屋から出ろ!」
面倒そうに言い、ドライブはラグーンに背を向けた。
「・・・でも、母殿がよく許してくれましたね。旅するなって口をすっぱくして言っていたのに」
「その理由も聞いた」
「?」
「母さんの弟が・・・俺の叔父さんなんだけどさ。旅の途中で死んだんだってさ」
「・・・へ?」
背は向けたまま、ドライブは話した。
「だから俺を旅に行かせたくなかったんだって。・・・でも、叔父さんと俺は違うから・・・俺には旅の先に目標があるから、それを達成するためだけに無茶をしないで旅をしろって」
「・・・そうだったんですか」
「正直、かなりショックだった。俺、叔父さんの事大好きだったから。まさか、そんな事があったなんて。そんな事知りもしないで旅がしたいだなんて軽はずみに・・・」
ドライブは仰向けになり、自分の顔に雑誌を乗せた。
「母さんに悪い事したかな」
「でも、軽はずみではないでしょう?」
「・・・」
「母殿が言うように、旅はあくまでも通過地点です。ドライブにとって過酷なのはその先です。訓練校に行けば楽だったでしょうけど、ドライブは敢えて別の道を選んだわけです。勇気のいる事だと思いますけど」
「何が勇気だよ」
ぶっきらぼうな反応に、ラグーンは苦笑した。
「それに、母殿はドライブを認めてくれたんですよ。ドライブが大人としてちゃんと行動が出来るって。でなきゃ、こーんなワガママ愚息を旅に出したりしませんって!」
笑ったラグーンの顔に雑誌がヒットした。
「・・・こういう行為が愚息といわれる所以なんですよ・・・」
「そんな事言うのお前だけだ!それに、俺はお前の息子じゃねえだろ!」
「同じようなもんですよ。こーんなに小さい頃から面倒見てんですから」
ラグーンは肩幅に手を広げた。
「そんなに小さくねえよ。お前、物の尺し方間違ってんじゃないの?」
「僕から見たらこの位なんです。あーあ、あの頃はまだ擦れてなくて可愛かったんですけどね。どこで育ち方間違ったんだか」
「・・・お前、本っ当に口減らずだな。出てけっ!!」
再び雑誌が飛び、ラグーンは身軽に交わした。
「それで、明日はどうするんです?エレカーの免許でも取りに行くんですか?」
一旦廊下に出、ドアから顔を半分覗かせてラグーンは聞いた。
「いや。まさかこんなにすんなり旅を許してくれると思ってなかったからさ。"ユンハカ"んとこに行って預けてたボードを取りに行こうかと思って。お前は?」
「僕は配達の仕事があるのでパスです。それに、ユンハカさんところに行くの怖いので・・・」
苦い顔のラグーン。どうやら、ラグーンは"ユンハカ"なる人物が苦手らしい。
「"切り刻まれる"かもしれないもんな。お前がミンチにされたら俺困るし」
「・・・・・・」
「ま、そう言う事だから。おら、早くドア閉めろ」
「はいはい、おやすみなさい」
ばたんっ
ドアが閉められると、ドライブはベッドから下り、投げた雑誌を拾い上げた。
"ザ・操術士読本!"
「自分の道は自分で見つけるべきだ。俺は絶対に俺なりの方法で操術士になってみせる」
ドライブは雑誌をゴミ箱に投げ捨てた。
そして、クローゼットを開けて大きなスポーツバッグを取り出した。
「母さんの気が変わらないうちに・・・」
旅立つ予定日も決めていないドライブは、早々に旅支度を始めたのだった。


次の日の朝。
昼前に起きたドライブは、町外れにある白い壁の家にやってきていた。
大きな庭を備えており、その周囲には格子鉄線が敷かれている。バラックの小さな倉庫まである、怪しげな家だ。
「俺のボード、ちゃんと直ってるよな・・・」
ボードとは、若者に人気のスポーツの一つだ。ボードは一般的な呼称で、正式名称はエアウィングと言う。
スノーボードのような車輪のついていないボードで、空を"サーフィン"する事ができる。エンジンがついているため、風がなければ飛べないと言う事はない。だが、風にあおられやすいため、風に乗っていかに上手く飛ぶかが鍵を握る。
特殊コーティングされたボードと靴の裏が完全に密着し、搭乗者が落下しないようなシステムではあるが、危険なスポーツである。
空の簡易移動手段として使われる事も多い。
また、エアウィングの搭乗者の事をウィンガーと呼ぶ。
ドライブはそのボードを取りに来たのだ。
がしゃっ
カードキーでロックを解除すると、金網の扉をくぐり、庭に踏み入った。
ドライブが呼びかけるより早く、その人物は倉庫から顔を覗かせた。
「ドライブ!!」
かなり汚れた白衣を着た男がドライブに手を振っている。それに気付いたドライブが倉庫に足を進めた。
「ユンハカ、この前預けてたボード取りに来たんだけど」
挨拶もなしに言うと、ユンハカと呼ばれた男は得意げにうなずいた。
埃で汚れためがねを掛けなおす。
「うんうん、分かっているよ。エアウィングの事だね」
ふふふと怪しい笑みを浮かべ、倉庫の奥で何か準備を始めた。
ドライブは目を細めて倉庫を見回した。本の詰まった棚。頑丈そうな金属製の棚には鎖が下がり、南京錠が掛かっている。その中には薬品らしき液体の入ったビンや注射器が陳列されていた。
大きなテーブルにはノートや設計図やら色々なものが散乱している。
家の外見や、倉庫の中、そして、中で作業しているメガネを掛けた白衣の中年男を見れば、誰だってそれがマッドサイエンティストだと思わざるを得ない状況だった。
とは言え、彼はルクレージュで有名な研究者なのだ。町の人間はその事を承知済みだ。
「今度は何やってんだ?追尾型照明弾は諦めたのか?」
追尾型照明弾とは、人の後ろを付いて回るスポットライトの事だ。夜間、手を煩わさずに足元を照らす目的で開発されたものだ。防犯機能付きで、機能を動作させると、ライトが天高く飛び上がり、周囲の人間に身の危機を知らせるのだ。
その追尾型照明弾の開発機のテスト中、機器が暴走し、ボードで走行中のドライブと激突してしまったのだ。ドライブはとっさにボードを立てに取ったが、すごい勢いでぶつかり合ったボードと開発機は粉々になってしまった。
それで、ユンハカはドライブのボードを修理していたというわけだ。
「諦めたわけじゃないよ。また挑戦するよ。何事も失敗は付きものさ」
懲りた様子も無く言い、ユンハカは黄ばんだ布にくるまれたボードを取り出した。
「改良するって言ってたけど、どれだけ変わったんだ?」
「早まらずに。さあ、君のボードだ」
布が床に落ちる。
久しぶりに見る自分のボードに、ドライブは眉をひそめた。
「何が・・・変わった?」
大穴を開けていた箇所も綺麗に張りなおされている。あんなに酷い状態だったのに、よくもこれだけ綺麗に修理できたものだと感心はするが・・・
ドライブは、ユンハカが持ったままのボードをこんこん叩いた。見た目には以前のボードと変わりはない。
「前のボードと変わらないじゃん・・・」
落胆したドライブに、今度はユンハカが眉をひそめた。
「だから早まらないようにって。ほら、持ってみて」
ユンハカは押し付けるようにボードを渡した。そのボードを手にし、ドライブは首をかしげた。
「・・・軽い事しか特徴に無いし」
文句たらたらのドライブに、ユンハカはため息をつき、ボードを取り返した。
「あのねえ、軽量化ってどれだけ大変かわかってるのかい?私がどれだけ苦労して開発した軽量素材をこのボードにつぎ込んだと思っているんだ」
「まぁ、そうだけど」
ユンハカはボードを床に置いた。
「ごちゃごちゃ言ってないで早く乗ってごらんよ。凄いから」
「乗れって・・・ここ倉庫じゃん。こんなところで乗ったら部屋が風でさらにめちゃくちゃになるぞ」
「良いから、試してごらんって」
言われ、しぶしぶ乗った。そして、恐る恐る電源スイッチを押した。
ボードが床より僅かに浮いた。
「おっ・・・!」
途端、ドライブの表情が変わった。
「んー、いい反応だね〜」
「すげぇ、これ、離陸がすっげースムーズ!しかも、静か!」
ユンハカが倉庫の中で乗れといった理由が分かった。通常のボードにあるような、強風や振動が無いのだ。
絶賛の声に、ユンハカも得意げだ。
「静音性にはこだわったからね。離陸だって、普通のボードのあの、がくんって衝撃は可能な限り吸収。それに・・・」
「何かあるのか?」
「セーフティーリミッター外したし」
ドライブはボードの上から勢いよく飛び降りた。
「ちょっと待て!!それって、安全装置だろ?大事なものを取るなよ!!」
「取った故の成功だよ、ドライブ。それがどれだけの可能性を秘めているか・・・さあ、ゆけドライブ!君が第一号の被験者だ!!」
「嫌だ!」
意気揚々としたユンハカとは逆に、ドライブは一歩退き、首を振って拒否する。
「大丈夫だって。ラグーンがいるだろう?」
「関係ねぇっ!」
「セーフティーリミッターってのは、命を守るための安全装置じゃないよ。人がスピードを出し過ぎないようにするための制限装置だ。怖がらずに走ってごらんよ。病み付きになるから。はい」
ユンハカは小さな装置を渡した。インカムのように見えるが・・・。
「何これ?」
「リンカーだよ。飛空挺のやつと同じ。ボードと操縦者の意志を繋ぐんだ」
「ちょっ・・・マジで!?」
「マジだよ。飛空挺の操縦練習だと思って行っておいで。君が思う以上にそのボードは凄いはずだから」
通常のボードは、ボードの上面に取り付けてあるアクセルを踏み、踏み具合を調整する事で加速度が変わる。そして、体の重心を変えることで方向を変えることができる。
だが、このボードは違った。アクセルではなく、リンカーを通したドライブの意思が加速度に変わるのだ。
「リンカーはイメージする飛行を具現化する手助けをしてくれるだろう。君が空を飛びたいと願えば願うほど、リンカーを通してボードがそれを実現してくれるよ。もちろん、行きたい方向もね。急停止だってできるし、バックもできるよ。そうそう、普通のボードと違うのは、滑走路がいらないって事かな。垂直上昇ができるから」
ユンハカの話も半分に聞き、ドライブは耳にリンカーを装着した。
「ボードに乗ったまま外に出てごらん。コントロールは足で動かすよりずっと楽だよ」
ドライブは恐る恐る意思をリンカーに送る。それを読み取ったリンカーは、ボードを倉庫の外へとゆっくりと滑らせた。
「足で何もして無いのにボードが勝手に動く・・・!」
奇妙な感覚にドライブは興奮している。
「当然さ。リンカーは意思を具現化するための道具だからね。術と同じだよ」
ドライブは空を見上げた。空を飛びたいという欲求が段々と大きくなっていくのが自分でも分かった。
ユンハカのほうを振り返る。すると、彼は笑顔でうなずいて空を指した。
ドライブもうなずき返し、静かに目を閉じた。
"空を飛びたい"
その意思をリンカーが読み取ったその時。
冷たい風がドライブを取り巻いた。
ゆっくりと目を開ける。
「!」
そこは天高い空だった。


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