

第4話 省エネ対策は万全に!
「とっ、飛んでる・・・!!」
ボードにただ直立していたドライブはいつの間にか空にいた。眼下に見えるユンハカが小さい。
『ね?すごいだろ?』
突然、ユンハカの声が頭に響いた。風の音の中、とてもクリアに聞こえ、ドライブは驚いて声を上げた。
「ユンハカ!?」
『リンカーだもの。最低限の通信機能は搭載済みさ。自作骨伝導装置はクリアに聞こえるだろう?』
「クリアに聞こえすぎて正直ウザイ」
『・・・ドライブ・・・君は私の技術をことごとくけなすね・・・』
自慢げに言ったユンハカだったが、ドライブのドライな一言に思わず本音が出てしまう。
ユンハカの嘆きも無視したドライブは、町を回ろうと体を傾けた。が、傾ける前にボードは勝手に方向を変えた。
それは非常に奇妙な感覚だった。このボードが生き物に思えてしまう。
『どうだい、ドライブ。今までのボードとは一味違うだろう?』
「リミッターを外したってこういうことなのか?」
飛んだということが分からなかったほどスムースに上昇した。今までのボードとはまるで違う感覚に、戸惑いつつも驚きを隠せない様子でドライブは問う。
『リンカーを装備したのは私の力だけどね。リミッターを外したおかげで好き放題にカスタマイズ出来たってわけさ』
カスタマイズとは言うが、違法改造だ。
「すげぇっ!すげえよ、ユンハカ!」
『これでラグ君の背中に乗らなくても済むね。ま、飛行高度は限界あるけど』
「どれくらいの高さまで飛べる?」
『さあ・・・?試した事無いから分からないけど。五十メートルくらいは行くんじゃないかな』
「オッケー、試してみる!」
ドライブが意識を集中させると、ボードはさらに高度を上げた。
これで町並みが見渡せるほどになった。
「ラグーンの背中から見る世界とはまた違う!すっげー!」
いつもならラグーンの背中に乗って空を飛ぶドライブだが、今日は邪魔なラグーンの頭がない。さらに、うるさいお小言もない。
まさに、ラグーンに代わる飛行機だ。
『ドライブ。感心するのは良いけどさ、操作性とか飛行高度とかちゃんと覚えておいでよ。そのボードにまだフライトデータレコーダを入れてないんだよ。君の感想だけが頼りなんだから』
「ひゃっほー!」
ユンハカの言葉を無視し、ドライブは風を切って飛ぶ。
エンジンの音も、羽ばたく翼の音も無い。風の音だけがドライブを取り巻く。
さすがにラグーンの飛行速度には及ばないが、今までのボードでは味わえない自由を感じていた。
"意思で操作する"とはこういう事なのだと体全体で感じていた。
「まさにマキシマム!このボードの名前まんまじゃん!」
上空に顔を向ける。真っ青な空に煌くものを見つけた。
飛空挺だ。
自分の意思で飛空挺を動かす感覚は一体どれだけの驚きに満ちているのか。薄っぺらいボードの操作でこんなにも感激しているのだ。飛空挺はその驚きをさらに上回るのだろう。
そう考え、操術士になりたいという思いはさらに強くなった。
『どう?意外に凄いだろ?』
「久々に感心した!すげえよ、ユンハカ!」
『感心したなら、ユンカース博士と呼んでくれたまえ』
「略称は若者のたしなみだろ?変態科学者の名前はどうでも良いとして、このボード、市販化したら大もうけだぞ!」
言うところ見ると、ドライブの言うユンハカとは、"ユンカース博士"の略らしい。
ユンハカ改め、ユンカースは残念そうにため息をついた。
『私は儲ける為に作ってるんじゃないよ。君がラグ君の背中に乗らなくても風を感じられるようにって作ったんだ。世界でたった一つのボードだよ』
「ユンハカ・・・」
ただの変態科学者だと思っていたが、自分だけのためにこんなに素敵なボードを作ってくれた。
そんなユンカースを誤解していた自分を、ドライブは恥じた。
『そういうわけで、ラグ君はもう用済みだよね?』
ユンカースの弾む声が響いた。
「は?」
『これからはさらなる生体工学の時代!ラグ君なら、良い生体材料になるはず。無駄にはしないから』
「こんの、変態科学者野郎〜!!」
『失礼な!まあ、すぐにバラすのは勿体無いから、まずは簡単な組織検査からかな。そうそう、ラグ君がドラゴンから人間に変体するときのデータも取ってみたいし。実に興味深い!』
「やっぱり変態じゃねえか!」
『私だって、できるならラグ君が女の子だったら・・・って思うよ。彼がメスだったらもっと良かったんだけど・・・』
残念そうなため息がドライブの耳に届く。
「隅から隅まで本当に変態野郎だな」
憎しみを込めてドライブは言う。
だが、そんな事は気にしないとでも言うように明るい声が返ってきた。
『素敵な褒め言葉を有り難う。とりあえず、町を一周したら戻っておいで。何か不具合とかあったらすぐに連絡ね。点検するから』
「はいはい。じゃあな!」
ユンカースの声を振り切り、ドライブは快適な空の旅と決め込んだのだった。
昼食時にもかかわらず、ラグーンは広い庭で一人せわしく動いていた。配達に預かった荷物のチェックをしているらしい。
リストと荷物を照らし合わせては、重い荷物を運んでいる。
「ラグーン!」
重い荷物を積み終え、後は軽いものだけだと一息ついたとき、突然声がかかった。
「こんにちは、カシス」
「今日も配達のお仕事?」
たくさんの荷物をせっせと運んでいるラグーンを見ていたらしい。ラグーンは手を休めると苦笑してうなずいた。
「ええ、お得意さんからの依頼で、イグヌまで運ばないといけないんです。今回はちょっと数が多いので、荷物のチェックに時間がかかって」
「イグヌって森の向こうの村よね。用事があるからそこまでは行けないけど、荷物並べるの手伝うわ」
カシスは小型のコンテナに荷物を運び始めた。
「有難うございます。助かります」
たくさんの小さな荷物をコンテナに詰めていく。ラグーンはこのコンテナを手足にくくりつけて空輸するのだ。
ちょっとした荷物なら大きな袋に入れて手でも運べるが、今回はたくさんの荷物を運ばなければならないため、コンテナを借りてきたらしい。
「ねえ、ドライブは?」
「ユンハカさんのところですよ。ボードを取りに行くとかで」
「まだそんなことやってるんだ。訓練学校に行く準備しなくていいのかな」
「ああ、それなら、ドライブは行くのやめましたよ」
「ええっ!?なんで!」
驚いたカシスは荷物を崩しそうになった。慌てて荷物を支え、疑問のまなざしをラグーンに向けている。
「だって、操術士になるんでしょ?訓練校が一番の近道なのに」
ドライブが操術士になりたいと夢を語っていたことはカシスも知っていた。だから、どう勉強すれば操術士になれるか、詳しく調べていた。それが訓練校だとドライブは言っていたのだが・・・。
「旅に出るんだそうです。そして、エンドレスの術資格認定、マスターの称号を目指すんだそうですよ」
「ええっ!?」
さっきよりも驚いた声を上げるカシス。今度はラグーンが何事かとカシスをうかがっている。
「マスターの称号?ドライブも?」
「え?じゃあ、カシスも称号を・・・?」
カシスはこくこくうなずき、興奮した口調で話し始めた。
「うん。あたしは院で勉強しようと思って。実は学術院の入学試験受けてたの。何とか合格できたから、来週からエンドレスのデルタに行こうかと・・・」
デルタはエンドレスの首都で、マスターの称号を得ようと術者が集う、いわば術者のメッカだ。
「さすがカシス。学術院の試験をパスするなんて・・・じゃあ、来週から院生なんですね。おめでとうございます!」
マスターの称号を得るには高度な術技術が必要になる。そのため、学術院で術を学び、そして、選ばれたものだけが称号を得られるのだ。
称号を得られるのはほんの一握りだが、学術院への入学も非常に狭き門なのだ。
「有難う。でも、院生になったはいいけど、ちゃんと称号を得られるかな・・・。目指すならやっぱり最高位のマスターが良いけど、何年かかることやら」
「マスターでなくても、術者のレベルに合わせていくつかランクがあるんでしたよね」
最高位はマスターの称号だが、それ以外にも称号は存在する。マスターを諦めた者は、自分の実力に見合った称号を得、学術院を出るのだ。
「ちょっと・・・ううん、かなりハードル高いけど、あたしはマスターを目指すわ。ドライブに負けたくないもの」
すると、ラグーンは笑った。
「それなら大丈夫ですよ。ドライブがマスターの称号を得られるわけないですから。大体、院にも入学していないのにどうやって称号を得るんだか」
「特別外部認定制度ってのもあるみたいだけど、ドライブそれを狙ってるのかな・・・」
「もしかして、院に行かなくても試験を受けられるって事ですか?」
「多分そんな意味合いだったと思う・・・。資格を得るには厳しい条件が必要だったと思うけど」
「そう言えば、マスターの称号は取ると言ってましたけど、学術院には行くとは言ってなかったですね。また、無理難題なことを思いつきで・・・」
深くため息をつくラグーン。本当に大丈夫なのかと心配になってきた。
「ドライブはマスターの称号のために旅をするって、おばさんに言ったの?」
「ええ、建前は。でも、旅をしたいから称号を得ようとしてるんです」
ラグーンはきっぱりと言った。
「いいなぁ・・・。あたしも旅してみたいなぁ。院は窮屈そうだし・・・」
「老若男女、院にはいろんな人がいるでしょうね。面白い術を修得出来たら、僕にも教えてください」
「習得するまでに廃人にならないように頑張るわ。で、ラグーンはどうするの?ドライブに着いて行くんでしょ?」
さも当たり前のように言ったカシスに、ラグーンは首を振った。
「え!この町にいるの!?」
意外な返事に、カシスはまたまた声を上げた。
「仕事がありますし。しばらく一人で過ごせば、旅がどれだけ大変なものか痛感して帰ってくるでしょう。それまで待ってます」
「・・・ラグーンらしくない発言ね。ドラグーンとかって、二人でワンセットみたいな感じだったのに」
ドラグーンとは、"ドライブとラグーン"の略語だったりする。町ではこの言葉が浸透しており、ドラグーンといえば、ドライブとラグーンのことを指すのだ。
「そろそろドラゴン離れをしてもらわないとと思いまして。町には母殿もいますし、ドライブがいなくなることで仕事もはかどります」
「確かに、雑用でこき使われることはなくなるかもね・・・」
エルビアからの頼まれものや、自分でしなければならない宿題など、ドライブはラグーンに押し付ける癖があった。
昔、自分を慕ってくれる幼いドライブが可愛くて仕方なく、ついついわがままを聞いてしまったせいだ。そのせいでゆがんだ性格になってしまったと、ラグーンは今さらながらに後悔していた。今は出来るだけ言いなりにはならないと意地を張ってはみるが、高級ジャーキーをちらつかされては受けないわけにはいかなかった。
「でも、あれは正当な報酬ですから」
「何が?」
考えが思わず口に出てしまい、ラグーンは慌てて首を振った。
「あ・・・いえ・・・。今度のお給料日に何を買おうかなって」
「ラグーンって本当に偉いわよね。ドラゴンってそういうものなの?」
聞かれ、ラグーンは首をひねった。
「――― まれ・・・でしょうか・・・」
「ドラゴンが皆そうだったら楽しいのにね。あたしにもラグーンみたいな頼れるドラゴンがいれば良いのに」
「どんどん頼ってくださいよ。ドライブのわがままに付き合うのは飽きましたしね。カシスの頼みなら喜んで引き受けますよ」
「有り難う。ラグーン大好き!」
ドライブもそうだが、カシスもまたラグーンにとって大切な家族だった。
三人で日が暮れるまでよく遊んだものだ。
時は過ぎ去り、ドライブもカシスも自分の夢に向けて飛び立とうとしていた。成長していく二人を見守るのはラグーンの楽しみなのだ。
「僕はいつだってドライブやカシスの事を考えています。何かあったら連絡ください。どんなに遠い場所でも、僕の翼があればひとっ飛びですから」
「正直、ルクレージュを離れるのが怖いの。だって、見知らぬ土地で生活がスタートするんだもの。でも、ラグーンがそう言ってくれると、あたしも安心して院に行けるわ。ラグーンならきっとすぐに駆けつけてくれるから」
カシスの屈託の無い笑みに、ラグーンも嬉しそうにうなずいた。
「ねえ、お昼ご飯食べた?」
「それがまだなんです。母殿はご友人と食事をするとかでしばらくは帰ってきませんし。僕は配達を終えてから食事の予定です。イグヌの手前に穴場があるんですけど、そこで済ませようかと思って」
ラグーンの言う穴場とは、"美味しい葉っぱがある場所"である。決して美味しい料理店ではない。
「それって森の中じゃない?大丈夫?あそこを荒らし回っている凶暴なモンスターがいるって新聞に載ってたけど・・・」
ルクレージュ周辺は比較的穏やかな地域だ。しかし、町に被害を及ぼさない程度のモンスター類は存在し、こうやって新聞に載るほどの被害をもたらすモンスターも時折現れるのだ。
カシスの心配に、ラグーンは苦笑した。
「大丈夫です。僕ドラゴンですよ?」
「それもそうよね・・・余計な心配だったわ。ねえ、あたしも一緒して良い?お弁当買ってくるから」
「ええ、もちろんです。一人で食べるよりかは誰かと楽しくおしゃべりしながらの方が消化に良いですし。でも、何か用事があるんじゃないですか?」
「ううん、いいの。大した用じゃないし。それに、ラグーンの背中に乗って風を感じられるのも今の内だから。天気のいい日にラグーンと一緒に飛びたいの。良いかな?」
特に用事が無くてもラグーンの背に乗って空を堪能していたカシスだが、ここ最近は卒業試験やらで忙しく、すっかり疎遠になっていたのだ。
ラグーンの背にいると気が安らぐ。そして、ラグーンと会話しているその時間がとても大好きだったのだ。
「分かりました。じゃあ、行きましょう!先にお弁当買ってきてもらえます?その間に出発の準備を終えるので」
「オーケー!行って来る!」
遠ざかっていくカシスの背中。成長したその姿に、ラグーンは少し胸が痛くなったような気がした。
変化が訪れようとしているのを肌で感じていた。今までに無い大きな変化。
それがもたらすものを考え、ラグーンは静かに目を閉じたのだった。
ドライブが飛んでいってから既に一時間以上が経過していた。
うるさい客人がいなくなった倉庫で、ユンカースは仕事の依頼を淡々と・・・いや、耽々とこなしていた。
この依頼を失敗するわけにはいかない。成功させなければ、望みに望んだ報酬がふいになってしまう。それは、金では得られない、またとない報酬だ。
手元の小さい機械を分解しては組み立て、動作を確認している。その機械は色違いのものが二つあった。持ち替えては、耳に当てたり、他の機械に繋いだりして動作をチェックしている。
真剣そのものだ。
だからこそ"呼びかけ"に気付かなかったのだ。
『ユンハカーッ!!!』
ユンカースの脳天を、つんざくような声が貫いた。
「いっ・・・!?」
危うく機械をすべり落とすところだった。メガネをかけなおし、ユンカースはインカムに手を添えた。
『いい加減答えろよ!何度呼んでると思ってんだてめぇ!』
ドライブだった。リンカーの通信でずっと呼びかけていたらしい。インカムを装着しっぱなしだったユンカースだが、作業に集中するあまり、まるで聞こえていなかったようだ。
「ド、ドライブ・・・」
『やっと出たな・・・!おせえよ!』
ユンカースの反応の鈍さに相当怒っているのだろうか。終始怒鳴りつけるような声がユンカースの脳を揺らす。
「悪かったよ・・・大事な仕事をしてたんだ。で、どうしたんだい?そんなに怒って」
『仕事してる場合じゃねーだろうが!ボードが落ちたんだよ!バッテリー切れ!!』
「バッテリー切れ?」
『なんか急にピーピー言い出して、着陸する前に落ちたんだよ!なんだこれ、全然バッテリーの持ち悪いじゃん!』
「仕方ないよね。機械は電気食うもんだし。色々手を加えたから消費電力は前より増えてるし、軽量化の為にバッテリーも小型のに換えたし」
『使えねえよ!バッテリー切れじゃ、どんなにすごい機械でもただの粗大ごみだ!』
「省電力装置つけてないんだ。時間が無かったから仕方ないだろう?そんなに文句言うなら帰っておいで。また預かるから」
面倒そうに言うユンカース。
『馬鹿!俺・・・今・・・ど・・・・・・・だっ・・・・!』
通信に急に雑音が入り始める。
「ドライブ?」
『・・・か・・・!』
ブッ
通信の切れる音。ユンカースは一人納得するようにうなずき、インカムをはずした。
「ああ、そうか。なるほど」
と、ドライブの事など気にもしていない様子でつぶやいた。
「後で文句を言いに来るんだろうなぁ。その前にこっちの仕事を進めないと」
ドライブの事はそっちのけで、ユンカースは再び仕事に没頭始めたのだった。
「嘘だろ・・・!?」
ドライブはリンカーをはずした。今まで点灯していたランプが消灯している。こちらも電池切れだ。
「あんのやろーっ!!どうすんだよ!帰れんだろうが!」
ドライブは悔しそうに地団太を踏んだ。
気持ちよく飛んでいたら、電圧降下のアラームが鳴り響いた。方向転換し、慌てて町に戻ろうとするも、ボードは急に降下を始め、一分も経たないうちに完全に動かなくなってしまったのだ。
調子に乗って、町からかなり離れた場所まで飛んできてしまった。そして、途中墜落。
歩いて帰るには一体どれくらいかかるのか・・・。しかも、どっちを向いて歩けばいいやらで、ドライブは完全な迷子になっていた。
空はラグーンの背に乗って行き交う事が多いために見慣れているし、上空なら場所も把握できる。だが、森の中で一人で行動する事など無い。土地勘ゼロだ。
「マジかよ・・・」
反応の無いリンカーを握り締め、ドライブは絶望的につぶやいた。
リンカーも電池切れで通信手段が他にない。
だが、ドライブは何かを思いついたようにポケットの中を探った。手に取った四角いもの。
その四角いものを目にしたドライブの表情がさらに暗いものに変わった。
「圏外・・・」
所持していた携帯電話も、この場所では圏外だった。通信エリアの狭い安い料金プランを選んだ事を激しく後悔していた。
けちけちしないで、どこでも電話プランにしていれば・・・と。
「大体なんで料金によって通話エリアが変わるんだよ。意味分からん」
大人の事情に不満をぶちまけつつ、ドライブはボードを担いで歩き始めた。
「あー、うそー!ケータイの電池も切れそうだー」
どこか電波の入るところは無いかと、ケータイを確認しながら歩いていたドライブだったが、電波のアンテナが立つ前に、電池の残量メモリが一つ減ってしまった。三つあったメモリは今や一つ。
最悪の状況だ。
「夜まで待たないといけないのかよ・・・」
さすがに帰りが遅くなれば、誰かが捜索してくれるだろう。それを見計らって光の術でも使って位置を知らせれば良い。
エルビアにはこっぴどく叱られ、町の住人からは白い目で見られることだろう。
「あーっ!それだけは嫌だ〜!」
一人文句を言いながらとりあえず歩き続ける。時間が経つのは早い。迷子になってから既に一時間が経過していた。
黙々と歩いていたドライブだったが、急に立ち止まり腹を押さえた。
「腹減った・・・」
起きてから何も食べていない。何かつまんでくるのだったと後悔した。
「はぁー・・・どこかに美味いもん落ちてないかな・・・」
こんなところにそんなものが落ちているはずが無い。それでも、ドライブは辺りを周囲深く観察しながら進んでいく。
生い茂る緑の木々、柔らかい木漏れ日が差す森の中を、一人腹を抱えてうなっている。そんなドライブの表情が急変した。
「・・・?」
ドライブは目を閉じ、匂いをかいだ。
眼光を鋭くし、周囲を見回す。そして、ある一点に注目した。ゆっくりと近づき、茂みを掻き分けた。
「やっぱり!」
予想が当たり、ドライブは歓喜の声を上げた。
「クルムの実か。懐かしい」
赤い実のなる木の枝を折った。この甘酸っぱい美味しそうな香りは赤い実から漂っている。ドライブはその香りを察知したらしい。
さくらんぼくらいの大きさの赤い実で、甘酸っぱい味がするのだ。確か、ラグーンがこの実を大好きで、木を枯らしてしまうほど食べつくした事もある木だ。
森に来た時はおやつ代わりによく食べたものだ。
ドライブは実を手にとっては口に入れを繰り返し、空腹を満たした。ついでに、特別実がたくさん生っている枝を折った。どうやら道中に持って行くつもりらしい。
「あれからどれだけ経ってるんだ・・・?」
枝を肩に乗せ、ドライブはケータイを取り出した。
―――――― 液晶は真っ暗だった。
「・・・電池切れてる」
ケータイを地面に叩き付けたい衝動を必死に押さえ、ドライブは苦い表情で歩き始める。
ボードに始まり、リンカー。そして、ついにケータイまでもが電池切れで機能停止してしまった。
重なる電池切れが招いた不幸。
今日は厄日だ。
「一体どれだけ歩けば着くんだよ・・・」
時間だけが無常に過ぎていく。このままでは本当に捜索願いが出されてしまう。
道なき道を歩き、細い川にぶつかった。
川のせせらぎの音が気持ちいいが、悠長に堪能している場合ではない。とりあえず、川下に向けて歩いてみる事にした。
ルクレージュにも川が流れている。運がよければ町にたどり着けるかもしれない。
時々クルムの実をつまみながら無言で進んでいく。
がさっ
茂みが揺れる音に驚き、ドライブは振り向いた。
飛び出してきたものを確認するや否や、ほっと息をついた。
「・・・・・・なんだ、シカか」
胸をなでおろし、再び歩き始めようとした時だった。
がささっ
一際大きく茂みが揺れた。ドライブはびくりと体を震わせた。振り返らず、硬直している。
そうしていると、背後からかなり強い光が差し込んだ。
ずんっ
重量感のある音。その後、木が大きく揺れ始めた。
「ひっ・・・!」
振り返ったドライブが見たもの。
「うわぁぁぁっ!!」
ドライブに巨大なモンスターが襲い掛かった。
ボードにただ直立していたドライブはいつの間にか空にいた。眼下に見えるユンハカが小さい。
『ね?すごいだろ?』
突然、ユンハカの声が頭に響いた。風の音の中、とてもクリアに聞こえ、ドライブは驚いて声を上げた。
「ユンハカ!?」
『リンカーだもの。最低限の通信機能は搭載済みさ。自作骨伝導装置はクリアに聞こえるだろう?』
「クリアに聞こえすぎて正直ウザイ」
『・・・ドライブ・・・君は私の技術をことごとくけなすね・・・』
自慢げに言ったユンハカだったが、ドライブのドライな一言に思わず本音が出てしまう。
ユンハカの嘆きも無視したドライブは、町を回ろうと体を傾けた。が、傾ける前にボードは勝手に方向を変えた。
それは非常に奇妙な感覚だった。このボードが生き物に思えてしまう。
『どうだい、ドライブ。今までのボードとは一味違うだろう?』
「リミッターを外したってこういうことなのか?」
飛んだということが分からなかったほどスムースに上昇した。今までのボードとはまるで違う感覚に、戸惑いつつも驚きを隠せない様子でドライブは問う。
『リンカーを装備したのは私の力だけどね。リミッターを外したおかげで好き放題にカスタマイズ出来たってわけさ』
カスタマイズとは言うが、違法改造だ。
「すげぇっ!すげえよ、ユンハカ!」
『これでラグ君の背中に乗らなくても済むね。ま、飛行高度は限界あるけど』
「どれくらいの高さまで飛べる?」
『さあ・・・?試した事無いから分からないけど。五十メートルくらいは行くんじゃないかな』
「オッケー、試してみる!」
ドライブが意識を集中させると、ボードはさらに高度を上げた。
これで町並みが見渡せるほどになった。
「ラグーンの背中から見る世界とはまた違う!すっげー!」
いつもならラグーンの背中に乗って空を飛ぶドライブだが、今日は邪魔なラグーンの頭がない。さらに、うるさいお小言もない。
まさに、ラグーンに代わる飛行機だ。
『ドライブ。感心するのは良いけどさ、操作性とか飛行高度とかちゃんと覚えておいでよ。そのボードにまだフライトデータレコーダを入れてないんだよ。君の感想だけが頼りなんだから』
「ひゃっほー!」
ユンハカの言葉を無視し、ドライブは風を切って飛ぶ。
エンジンの音も、羽ばたく翼の音も無い。風の音だけがドライブを取り巻く。
さすがにラグーンの飛行速度には及ばないが、今までのボードでは味わえない自由を感じていた。
"意思で操作する"とはこういう事なのだと体全体で感じていた。
「まさにマキシマム!このボードの名前まんまじゃん!」
上空に顔を向ける。真っ青な空に煌くものを見つけた。
飛空挺だ。
自分の意思で飛空挺を動かす感覚は一体どれだけの驚きに満ちているのか。薄っぺらいボードの操作でこんなにも感激しているのだ。飛空挺はその驚きをさらに上回るのだろう。
そう考え、操術士になりたいという思いはさらに強くなった。
『どう?意外に凄いだろ?』
「久々に感心した!すげえよ、ユンハカ!」
『感心したなら、ユンカース博士と呼んでくれたまえ』
「略称は若者のたしなみだろ?変態科学者の名前はどうでも良いとして、このボード、市販化したら大もうけだぞ!」
言うところ見ると、ドライブの言うユンハカとは、"ユンカース博士"の略らしい。
ユンハカ改め、ユンカースは残念そうにため息をついた。
『私は儲ける為に作ってるんじゃないよ。君がラグ君の背中に乗らなくても風を感じられるようにって作ったんだ。世界でたった一つのボードだよ』
「ユンハカ・・・」
ただの変態科学者だと思っていたが、自分だけのためにこんなに素敵なボードを作ってくれた。
そんなユンカースを誤解していた自分を、ドライブは恥じた。
『そういうわけで、ラグ君はもう用済みだよね?』
ユンカースの弾む声が響いた。
「は?」
『これからはさらなる生体工学の時代!ラグ君なら、良い生体材料になるはず。無駄にはしないから』
「こんの、変態科学者野郎〜!!」
『失礼な!まあ、すぐにバラすのは勿体無いから、まずは簡単な組織検査からかな。そうそう、ラグ君がドラゴンから人間に変体するときのデータも取ってみたいし。実に興味深い!』
「やっぱり変態じゃねえか!」
『私だって、できるならラグ君が女の子だったら・・・って思うよ。彼がメスだったらもっと良かったんだけど・・・』
残念そうなため息がドライブの耳に届く。
「隅から隅まで本当に変態野郎だな」
憎しみを込めてドライブは言う。
だが、そんな事は気にしないとでも言うように明るい声が返ってきた。
『素敵な褒め言葉を有り難う。とりあえず、町を一周したら戻っておいで。何か不具合とかあったらすぐに連絡ね。点検するから』
「はいはい。じゃあな!」
ユンカースの声を振り切り、ドライブは快適な空の旅と決め込んだのだった。
昼食時にもかかわらず、ラグーンは広い庭で一人せわしく動いていた。配達に預かった荷物のチェックをしているらしい。
リストと荷物を照らし合わせては、重い荷物を運んでいる。
「ラグーン!」
重い荷物を積み終え、後は軽いものだけだと一息ついたとき、突然声がかかった。
「こんにちは、カシス」
「今日も配達のお仕事?」
たくさんの荷物をせっせと運んでいるラグーンを見ていたらしい。ラグーンは手を休めると苦笑してうなずいた。
「ええ、お得意さんからの依頼で、イグヌまで運ばないといけないんです。今回はちょっと数が多いので、荷物のチェックに時間がかかって」
「イグヌって森の向こうの村よね。用事があるからそこまでは行けないけど、荷物並べるの手伝うわ」
カシスは小型のコンテナに荷物を運び始めた。
「有難うございます。助かります」
たくさんの小さな荷物をコンテナに詰めていく。ラグーンはこのコンテナを手足にくくりつけて空輸するのだ。
ちょっとした荷物なら大きな袋に入れて手でも運べるが、今回はたくさんの荷物を運ばなければならないため、コンテナを借りてきたらしい。
「ねえ、ドライブは?」
「ユンハカさんのところですよ。ボードを取りに行くとかで」
「まだそんなことやってるんだ。訓練学校に行く準備しなくていいのかな」
「ああ、それなら、ドライブは行くのやめましたよ」
「ええっ!?なんで!」
驚いたカシスは荷物を崩しそうになった。慌てて荷物を支え、疑問のまなざしをラグーンに向けている。
「だって、操術士になるんでしょ?訓練校が一番の近道なのに」
ドライブが操術士になりたいと夢を語っていたことはカシスも知っていた。だから、どう勉強すれば操術士になれるか、詳しく調べていた。それが訓練校だとドライブは言っていたのだが・・・。
「旅に出るんだそうです。そして、エンドレスの術資格認定、マスターの称号を目指すんだそうですよ」
「ええっ!?」
さっきよりも驚いた声を上げるカシス。今度はラグーンが何事かとカシスをうかがっている。
「マスターの称号?ドライブも?」
「え?じゃあ、カシスも称号を・・・?」
カシスはこくこくうなずき、興奮した口調で話し始めた。
「うん。あたしは院で勉強しようと思って。実は学術院の入学試験受けてたの。何とか合格できたから、来週からエンドレスのデルタに行こうかと・・・」
デルタはエンドレスの首都で、マスターの称号を得ようと術者が集う、いわば術者のメッカだ。
「さすがカシス。学術院の試験をパスするなんて・・・じゃあ、来週から院生なんですね。おめでとうございます!」
マスターの称号を得るには高度な術技術が必要になる。そのため、学術院で術を学び、そして、選ばれたものだけが称号を得られるのだ。
称号を得られるのはほんの一握りだが、学術院への入学も非常に狭き門なのだ。
「有難う。でも、院生になったはいいけど、ちゃんと称号を得られるかな・・・。目指すならやっぱり最高位のマスターが良いけど、何年かかることやら」
「マスターでなくても、術者のレベルに合わせていくつかランクがあるんでしたよね」
最高位はマスターの称号だが、それ以外にも称号は存在する。マスターを諦めた者は、自分の実力に見合った称号を得、学術院を出るのだ。
「ちょっと・・・ううん、かなりハードル高いけど、あたしはマスターを目指すわ。ドライブに負けたくないもの」
すると、ラグーンは笑った。
「それなら大丈夫ですよ。ドライブがマスターの称号を得られるわけないですから。大体、院にも入学していないのにどうやって称号を得るんだか」
「特別外部認定制度ってのもあるみたいだけど、ドライブそれを狙ってるのかな・・・」
「もしかして、院に行かなくても試験を受けられるって事ですか?」
「多分そんな意味合いだったと思う・・・。資格を得るには厳しい条件が必要だったと思うけど」
「そう言えば、マスターの称号は取ると言ってましたけど、学術院には行くとは言ってなかったですね。また、無理難題なことを思いつきで・・・」
深くため息をつくラグーン。本当に大丈夫なのかと心配になってきた。
「ドライブはマスターの称号のために旅をするって、おばさんに言ったの?」
「ええ、建前は。でも、旅をしたいから称号を得ようとしてるんです」
ラグーンはきっぱりと言った。
「いいなぁ・・・。あたしも旅してみたいなぁ。院は窮屈そうだし・・・」
「老若男女、院にはいろんな人がいるでしょうね。面白い術を修得出来たら、僕にも教えてください」
「習得するまでに廃人にならないように頑張るわ。で、ラグーンはどうするの?ドライブに着いて行くんでしょ?」
さも当たり前のように言ったカシスに、ラグーンは首を振った。
「え!この町にいるの!?」
意外な返事に、カシスはまたまた声を上げた。
「仕事がありますし。しばらく一人で過ごせば、旅がどれだけ大変なものか痛感して帰ってくるでしょう。それまで待ってます」
「・・・ラグーンらしくない発言ね。ドラグーンとかって、二人でワンセットみたいな感じだったのに」
ドラグーンとは、"ドライブとラグーン"の略語だったりする。町ではこの言葉が浸透しており、ドラグーンといえば、ドライブとラグーンのことを指すのだ。
「そろそろドラゴン離れをしてもらわないとと思いまして。町には母殿もいますし、ドライブがいなくなることで仕事もはかどります」
「確かに、雑用でこき使われることはなくなるかもね・・・」
エルビアからの頼まれものや、自分でしなければならない宿題など、ドライブはラグーンに押し付ける癖があった。
昔、自分を慕ってくれる幼いドライブが可愛くて仕方なく、ついついわがままを聞いてしまったせいだ。そのせいでゆがんだ性格になってしまったと、ラグーンは今さらながらに後悔していた。今は出来るだけ言いなりにはならないと意地を張ってはみるが、高級ジャーキーをちらつかされては受けないわけにはいかなかった。
「でも、あれは正当な報酬ですから」
「何が?」
考えが思わず口に出てしまい、ラグーンは慌てて首を振った。
「あ・・・いえ・・・。今度のお給料日に何を買おうかなって」
「ラグーンって本当に偉いわよね。ドラゴンってそういうものなの?」
聞かれ、ラグーンは首をひねった。
「――― まれ・・・でしょうか・・・」
「ドラゴンが皆そうだったら楽しいのにね。あたしにもラグーンみたいな頼れるドラゴンがいれば良いのに」
「どんどん頼ってくださいよ。ドライブのわがままに付き合うのは飽きましたしね。カシスの頼みなら喜んで引き受けますよ」
「有り難う。ラグーン大好き!」
ドライブもそうだが、カシスもまたラグーンにとって大切な家族だった。
三人で日が暮れるまでよく遊んだものだ。
時は過ぎ去り、ドライブもカシスも自分の夢に向けて飛び立とうとしていた。成長していく二人を見守るのはラグーンの楽しみなのだ。
「僕はいつだってドライブやカシスの事を考えています。何かあったら連絡ください。どんなに遠い場所でも、僕の翼があればひとっ飛びですから」
「正直、ルクレージュを離れるのが怖いの。だって、見知らぬ土地で生活がスタートするんだもの。でも、ラグーンがそう言ってくれると、あたしも安心して院に行けるわ。ラグーンならきっとすぐに駆けつけてくれるから」
カシスの屈託の無い笑みに、ラグーンも嬉しそうにうなずいた。
「ねえ、お昼ご飯食べた?」
「それがまだなんです。母殿はご友人と食事をするとかでしばらくは帰ってきませんし。僕は配達を終えてから食事の予定です。イグヌの手前に穴場があるんですけど、そこで済ませようかと思って」
ラグーンの言う穴場とは、"美味しい葉っぱがある場所"である。決して美味しい料理店ではない。
「それって森の中じゃない?大丈夫?あそこを荒らし回っている凶暴なモンスターがいるって新聞に載ってたけど・・・」
ルクレージュ周辺は比較的穏やかな地域だ。しかし、町に被害を及ぼさない程度のモンスター類は存在し、こうやって新聞に載るほどの被害をもたらすモンスターも時折現れるのだ。
カシスの心配に、ラグーンは苦笑した。
「大丈夫です。僕ドラゴンですよ?」
「それもそうよね・・・余計な心配だったわ。ねえ、あたしも一緒して良い?お弁当買ってくるから」
「ええ、もちろんです。一人で食べるよりかは誰かと楽しくおしゃべりしながらの方が消化に良いですし。でも、何か用事があるんじゃないですか?」
「ううん、いいの。大した用じゃないし。それに、ラグーンの背中に乗って風を感じられるのも今の内だから。天気のいい日にラグーンと一緒に飛びたいの。良いかな?」
特に用事が無くてもラグーンの背に乗って空を堪能していたカシスだが、ここ最近は卒業試験やらで忙しく、すっかり疎遠になっていたのだ。
ラグーンの背にいると気が安らぐ。そして、ラグーンと会話しているその時間がとても大好きだったのだ。
「分かりました。じゃあ、行きましょう!先にお弁当買ってきてもらえます?その間に出発の準備を終えるので」
「オーケー!行って来る!」
遠ざかっていくカシスの背中。成長したその姿に、ラグーンは少し胸が痛くなったような気がした。
変化が訪れようとしているのを肌で感じていた。今までに無い大きな変化。
それがもたらすものを考え、ラグーンは静かに目を閉じたのだった。
ドライブが飛んでいってから既に一時間以上が経過していた。
うるさい客人がいなくなった倉庫で、ユンカースは仕事の依頼を淡々と・・・いや、耽々とこなしていた。
この依頼を失敗するわけにはいかない。成功させなければ、望みに望んだ報酬がふいになってしまう。それは、金では得られない、またとない報酬だ。
手元の小さい機械を分解しては組み立て、動作を確認している。その機械は色違いのものが二つあった。持ち替えては、耳に当てたり、他の機械に繋いだりして動作をチェックしている。
真剣そのものだ。
だからこそ"呼びかけ"に気付かなかったのだ。
『ユンハカーッ!!!』
ユンカースの脳天を、つんざくような声が貫いた。
「いっ・・・!?」
危うく機械をすべり落とすところだった。メガネをかけなおし、ユンカースはインカムに手を添えた。
『いい加減答えろよ!何度呼んでると思ってんだてめぇ!』
ドライブだった。リンカーの通信でずっと呼びかけていたらしい。インカムを装着しっぱなしだったユンカースだが、作業に集中するあまり、まるで聞こえていなかったようだ。
「ド、ドライブ・・・」
『やっと出たな・・・!おせえよ!』
ユンカースの反応の鈍さに相当怒っているのだろうか。終始怒鳴りつけるような声がユンカースの脳を揺らす。
「悪かったよ・・・大事な仕事をしてたんだ。で、どうしたんだい?そんなに怒って」
『仕事してる場合じゃねーだろうが!ボードが落ちたんだよ!バッテリー切れ!!』
「バッテリー切れ?」
『なんか急にピーピー言い出して、着陸する前に落ちたんだよ!なんだこれ、全然バッテリーの持ち悪いじゃん!』
「仕方ないよね。機械は電気食うもんだし。色々手を加えたから消費電力は前より増えてるし、軽量化の為にバッテリーも小型のに換えたし」
『使えねえよ!バッテリー切れじゃ、どんなにすごい機械でもただの粗大ごみだ!』
「省電力装置つけてないんだ。時間が無かったから仕方ないだろう?そんなに文句言うなら帰っておいで。また預かるから」
面倒そうに言うユンカース。
『馬鹿!俺・・・今・・・ど・・・・・・・だっ・・・・!』
通信に急に雑音が入り始める。
「ドライブ?」
『・・・か・・・!』
ブッ
通信の切れる音。ユンカースは一人納得するようにうなずき、インカムをはずした。
「ああ、そうか。なるほど」
と、ドライブの事など気にもしていない様子でつぶやいた。
「後で文句を言いに来るんだろうなぁ。その前にこっちの仕事を進めないと」
ドライブの事はそっちのけで、ユンカースは再び仕事に没頭始めたのだった。
「嘘だろ・・・!?」
ドライブはリンカーをはずした。今まで点灯していたランプが消灯している。こちらも電池切れだ。
「あんのやろーっ!!どうすんだよ!帰れんだろうが!」
ドライブは悔しそうに地団太を踏んだ。
気持ちよく飛んでいたら、電圧降下のアラームが鳴り響いた。方向転換し、慌てて町に戻ろうとするも、ボードは急に降下を始め、一分も経たないうちに完全に動かなくなってしまったのだ。
調子に乗って、町からかなり離れた場所まで飛んできてしまった。そして、途中墜落。
歩いて帰るには一体どれくらいかかるのか・・・。しかも、どっちを向いて歩けばいいやらで、ドライブは完全な迷子になっていた。
空はラグーンの背に乗って行き交う事が多いために見慣れているし、上空なら場所も把握できる。だが、森の中で一人で行動する事など無い。土地勘ゼロだ。
「マジかよ・・・」
反応の無いリンカーを握り締め、ドライブは絶望的につぶやいた。
リンカーも電池切れで通信手段が他にない。
だが、ドライブは何かを思いついたようにポケットの中を探った。手に取った四角いもの。
その四角いものを目にしたドライブの表情がさらに暗いものに変わった。
「圏外・・・」
所持していた携帯電話も、この場所では圏外だった。通信エリアの狭い安い料金プランを選んだ事を激しく後悔していた。
けちけちしないで、どこでも電話プランにしていれば・・・と。
「大体なんで料金によって通話エリアが変わるんだよ。意味分からん」
大人の事情に不満をぶちまけつつ、ドライブはボードを担いで歩き始めた。
「あー、うそー!ケータイの電池も切れそうだー」
どこか電波の入るところは無いかと、ケータイを確認しながら歩いていたドライブだったが、電波のアンテナが立つ前に、電池の残量メモリが一つ減ってしまった。三つあったメモリは今や一つ。
最悪の状況だ。
「夜まで待たないといけないのかよ・・・」
さすがに帰りが遅くなれば、誰かが捜索してくれるだろう。それを見計らって光の術でも使って位置を知らせれば良い。
エルビアにはこっぴどく叱られ、町の住人からは白い目で見られることだろう。
「あーっ!それだけは嫌だ〜!」
一人文句を言いながらとりあえず歩き続ける。時間が経つのは早い。迷子になってから既に一時間が経過していた。
黙々と歩いていたドライブだったが、急に立ち止まり腹を押さえた。
「腹減った・・・」
起きてから何も食べていない。何かつまんでくるのだったと後悔した。
「はぁー・・・どこかに美味いもん落ちてないかな・・・」
こんなところにそんなものが落ちているはずが無い。それでも、ドライブは辺りを周囲深く観察しながら進んでいく。
生い茂る緑の木々、柔らかい木漏れ日が差す森の中を、一人腹を抱えてうなっている。そんなドライブの表情が急変した。
「・・・?」
ドライブは目を閉じ、匂いをかいだ。
眼光を鋭くし、周囲を見回す。そして、ある一点に注目した。ゆっくりと近づき、茂みを掻き分けた。
「やっぱり!」
予想が当たり、ドライブは歓喜の声を上げた。
「クルムの実か。懐かしい」
赤い実のなる木の枝を折った。この甘酸っぱい美味しそうな香りは赤い実から漂っている。ドライブはその香りを察知したらしい。
さくらんぼくらいの大きさの赤い実で、甘酸っぱい味がするのだ。確か、ラグーンがこの実を大好きで、木を枯らしてしまうほど食べつくした事もある木だ。
森に来た時はおやつ代わりによく食べたものだ。
ドライブは実を手にとっては口に入れを繰り返し、空腹を満たした。ついでに、特別実がたくさん生っている枝を折った。どうやら道中に持って行くつもりらしい。
「あれからどれだけ経ってるんだ・・・?」
枝を肩に乗せ、ドライブはケータイを取り出した。
―――――― 液晶は真っ暗だった。
「・・・電池切れてる」
ケータイを地面に叩き付けたい衝動を必死に押さえ、ドライブは苦い表情で歩き始める。
ボードに始まり、リンカー。そして、ついにケータイまでもが電池切れで機能停止してしまった。
重なる電池切れが招いた不幸。
今日は厄日だ。
「一体どれだけ歩けば着くんだよ・・・」
時間だけが無常に過ぎていく。このままでは本当に捜索願いが出されてしまう。
道なき道を歩き、細い川にぶつかった。
川のせせらぎの音が気持ちいいが、悠長に堪能している場合ではない。とりあえず、川下に向けて歩いてみる事にした。
ルクレージュにも川が流れている。運がよければ町にたどり着けるかもしれない。
時々クルムの実をつまみながら無言で進んでいく。
がさっ
茂みが揺れる音に驚き、ドライブは振り向いた。
飛び出してきたものを確認するや否や、ほっと息をついた。
「・・・・・・なんだ、シカか」
胸をなでおろし、再び歩き始めようとした時だった。
がささっ
一際大きく茂みが揺れた。ドライブはびくりと体を震わせた。振り返らず、硬直している。
そうしていると、背後からかなり強い光が差し込んだ。
ずんっ
重量感のある音。その後、木が大きく揺れ始めた。
「ひっ・・・!」
振り返ったドライブが見たもの。
「うわぁぁぁっ!!」
ドライブに巨大なモンスターが襲い掛かった。


|
「どうしたの?」 口に葉を詰めたまま、辺りを注意深く観察しているラグーン。 『いや・・・』 そうは言うが、ラグーンは何かを感じているようだった。のそりと立ち上がる。 |
![]() |
![]() |
![]() |

